復讐はありきたり。慈悲は稀有なもの。【その肆】
極限の集中状態に陥ることで慣れる技だった極限の極致
だけど集中意外にもその状態にたどり着くことはできた。
なにせ今の俺は極限まで集中状態ではない。今の俺は焦りと怒り、そして後悔という雑念にも等しい位の感情を抱いている。
基本的に人に関心を持たない俺だが、信頼を持った人物に対してはとてつもなく大切に思うことが多々ある。
"星川"もそうだったのだ。無の部屋にいたとき彼女は俺に人一倍優しく接してくれた。だから俺も星川を信用し、心を開いた。
だが、その星川は死んでしまった。それが俺にとっての引き金であり、今の俺がある象徴だ。
彼女が死んだからなどと言うつもりはない。彼女が生きてさえいれば俺はまた違った道を歩んでいたことだろう。
この死んだ魚のような目だって光を宿していたはず。逸材にも目覚めていなかっただろう。
そしてら俺はあの部屋からでることはなかったのだろうか。無の部屋から出なかった俺。その姿は見たことがある。Mr.Kと闘った時、彼の下には未来の俺が存在した。未来の俺は俺と違い無の部屋を卒業しなかった存在と言っていた。つまりあれに近い存在になっていたのかもしれないな。
どちらにしても俺の心には後悔しかないようだな。
後悔はしたくない。願うのなら目に入る範囲の人間は守ってみせる。二度と星川が死んだ時のような思いはしたくないと思ったからだ。
・・・しかし現実は非常だ。俺はリアを傷つけてしまった。あんなにも近くにいたというのに俺は無力だったからリアを守れなかった。
──「もし俺が強かったらという後悔と激しい自分への怒り」それが今回のリミットを外す原因になった。
──キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴る。
交戦が起きている控え室より上4階、一年生のフロア。
「どうしたの御神槌」
休み時間、いや授業中から私の隣にいる御神槌は落ち着きがなかった。
読書の妨げになるので私はそう聞いたのだ。
「いや、境川の奴の姿が見当たらなくてよ。何かあったのかなってな」
「・・・貴方も意外と心配症なのね」
「ばっ、ちげえよ!」
御神槌は慌てて否定をする。
「ならなんだというの?」
「彼奴は・・・」
言葉に詰まっている。ちょっとだけ間があり御神槌は口を再び開いた。
「彼奴はライバル・・・だからな。なにかあったら困るんだよ」
「東雲さんに聞いてみればいいじゃない。彼女なら何か知っているんじゃないかしら」
チラっと東雲さんの方をみる。彼女の顔色は優れていない。それは何かを知っているということに間違いない。
「いや・・・彼奴はなんか今話しかけづらくてな」
話しかけづらい。それは境川くんがアメリカに行っている間にあった揉め事のせいだろう。
御神槌と東雲さんはアメリカの犯罪者である「リア・ルノアベル」と言う少女に対して争っていた。
片方はリアを守ろうとする頑固たる決意、もう片方は正義を貫こうとするリアを始末する思い。
決着はリアを生かすという感じで落ち着いたけど、そのせいで御神槌は東雲さんに話すのが気まずい状態でいた。
まあ、向こうからすればきっと同じ気持ちなのだろうけれどね。
なにせ本来なら東雲さん、御神槌に相談してくるはずだから。
(それをしてこないのは今だ関係がギクシャクしている・・・或いは私たちでは対処できないことを知っている・・・か)
どちらにしてもまた厄介なことに巻き込まれていると見て間違いない。
それが逸材者としての運命なのだから。
「まあ、たまには私たちが動かなくてもいいんじゃない」
私はそう言って再び本に目を通す。
「なあ楠・・・」
「なに?」
「何読んでるんだ?」
御神槌はよほどそわそわしているのか珍しい質問をしてきた。
「・・・・・」
言おうか一瞬だけ迷った末に私は
「──正義と微笑」
そう言った。
「お前・・・いつの人だよ」
「現代に生きる人類よ」
この作品を知っている御神槌もどうかと思うと感じながら私はそう返した。
「面白いのか?」
「感想は個人のものかもしれないけど、私から見れば何とも言えないわね。流石は昔の人が書いたって感じ。まあでも強いて言うのなら....『案外 今も昔も若者の考えていることは変わらない』ってところかしらね」
「・・・・?」
御神槌にはよく伝わっていなかった。
まあそんなものだろうと私は思って再び本に集中する。
(・・・御神槌。貴方はただ前を見ていればいいのよ)
心の中で私はそう思った。
できれば的確なアドバイスをするのが御神槌のタメでもある。だけどここは自分で動かさせるのが一番なのだ。
かつて御神槌は私を救った。私の心の中に存在を焼付けさせた。
でもそろそろそんな彼でも変わってもらう時が来たのだ。
(そうでなければ境川くんには勝てないのだからね・・・)
教室の角で楠は淡々と読書にふけるのだった....。
──二階、三年のフロア。
カツカツと足音が響く。
男なのに長く紫色の髪の毛をした男は廊下を歩いている。
男の名は「宮藤修」
彼は逸材者ではなく、普通の人間だ。だが悪いい意味での有名人だった。
それは彼の性格がとても悪く。言ってしまえば喧嘩体質だからだ。
だが実力はそれそうにある。あの生徒会長の恋桜祐春に匹敵するくらいの実力は持ち合わせている。
「けっ、どいつもこいつも偽善ぶりやがって。何が逸材だ。バカバカしい」
宮藤はそう言って廊下を歩く。
(最強は俺だ・・・恋桜を倒したら次は境川、御神槌、伊吹....全員倒して俺が最強の人類になってやる。逸材者だがなんだか知らねえが俺に勝てるのはいねえ)
宮藤はそんなことを思い教室に入っていった。
丁度その真下で境川は織田樹と闘っていた。
極限の極致に入った境川は樹と互角の闘いをしている。
「こいつ・・・マジで何もんだ。どんどん強くなっている・・・」
樹はまだ境川の拳を弾いているが、一発ごとにその拳の初速が上がっていることに気がついていた。
「厄介だ・・・だが、勝敗は別だ」
キンッと刀で大きく境川の体制を崩させる。
だが、
「──ッ!!」
よろけた境川は片手を地面につけて倒れるのを阻止してそのままケリを放つ。
ドゴォォ!!っと蹴りは樹の顎に当たって樹は少しだけ飛ばされた。
そのまま体制を起き上がらせて境川はタンッと飛びクルッと回転して蹴りを再び樹に喰らわした。
「ガッは・・・・」
蹴った先は地面で樹は大きくバウンドをして地面に叩きつけられた。
「馬鹿な・・・こんな力が・・・」
倒れている樹の元にアンジェリカは駆け寄る。
「恐らくこれがシャルルさんを倒した力かもしれないわ」
「・・・なるほど。それなら頷けるな」
樹の前に立っている境川は酷く無口だ。集中というよりもはやあれは感情、意識があるのかも定かではない。
ただ言えるのは慈悲が全く持ってないということだけだった。
「本番はここからか・・・」
キンっと刀を鞘に収めて樹はそう言った。




