復讐はありきたり。慈悲は稀有なもの。【その参】
「──なんの用だ"ルノアベル"」
樹はリアに向かってそう言う。
「まさか私たちを倒そうだなんてくだらないジョーダンをいいに来たんじゃないだろうな。そのオンボロな刀でどう闘うというのだ?」
リアの手に握られている刀はいつものではなくいかにもボロく錆びている刀だ。
いつもの刀は俺が借りている身で今は教室に置いてる。だからこの場にリアの刀は存在しないのだ。
「魔王・・・よくも兄様・・・をッ」
「フン、いい目だ。迷いのないとてもいい目・・・"私によく似た感情"を抱いているな」
(彼女もまた復讐心・・・恨みの心に染まっていく....)
隣にいるアンジェリカは冷静にリアのことを分析している。
リアはシャルルが殺された樹と大差のない感情を抱いている。だが、樹は復讐心に駆られた際に瞳から光を失った。だが、リアの瞳は光を失っていない。それどころか紫色の瞳はより光を増していた。
「境川生は期待はずれだったぜ。この通り一瞬でカタがついてしまった。お前は楽しませてくれるのだろうなルノアベル」
「兄様はまだ死んでいない。死なない限り兄様は絶対に負けない」
刀を前に突き出してリアは叫ぶ。
「ほざけ」
──ビュン、二人は同時にダッシュした。
「はあ!」
「やあ!」
キンッ、カッ、キン!キンカカン!!と二人の刀は刃を交える。
リアも樹もどちらも負けず劣らない実力差だった。
「ほぉ、使い慣れているな。これは楽しめそうだ」
「負けない・・・絶対に・・・!!」
双方譲らなかった。リアが刀を振るえば樹はそれを弾いて刀を振るう。だがリアもそれを弾き再び攻撃に入る。
それが絶え間なく続いている。
「くっ....り、あ・・・」
俺は壁際に吹っ飛ばされていて力が入らない状態でリアの名を発した。
リアはまだ幼すぎる。強さはあっても精神的に追い詰められてしまうだろう。樹は強すぎる。刀という近距離武器に頼りながらその実力は遠距離にも適応している。ハッキリ言えば弱点が見つからない。
それに加え隣のアンジェリカと呼ばれる女性。彼女の「推理による先読み」そのせいで俺の動きは全て読まれているも当然なのだ。
つまり俺やリアが動いたところでアンジェリカがサポートに入った場合勝つのは0に近い数字となる。
(逃げてくれ・・・リアッ)
この場で彼女は失いたくない。だから俺は必死で心の中でそう叫んだ。
──カンッ、キンっ、と音は今だに鳴り続く。二人の打ち合いは続いていたのだ。
「やるじゃないかルノアベル。ここまでついてくるとはな」
「正直びっくりです。私だってついていけるとは思いもしなかったですからな」
「心外がひとつだけあるがな」
パキ・・・リアの持っている刀に亀裂が入る。
「っ・・・」
「それが心外だ」
ドゴーーーーン!!樹の攻撃はリアの刀を貫通しそのままリアを大きく吹き飛ばす。
それと同時にリアの刀は刃がパッキリと割れてしまった。
「あっ・・・私の刀が・・・」
「終わりだ──ルノアベル」
チンッと刀を鞘に収めて技の体制に樹は入りながら言った。
「残虐・・・"天命"」
シュバッっと鞘から抜刀された刀で空気を二三回切り裂く。刃の先から飛ばされる剣風はリアをめがけて放たれた。
みるみるとリアに天命は迫っていき、
──ザシュ、グシュとリアの腕と喉を切り裂いた。
ブシュウウと喉あたりから大きく真っ赤な血が飛び出る。
「り、リアーーーーーーー!!」
俺は叫んだ。かつてないほどに叫んだ。
「にい・・・さ・・・・ま・・・・」
天命によって切り裂かれたリアはそのまま後ろに倒れる。
「くっはっは・・・思い知ったか境川。これが大切な人を失う気持ちだ。私が味わった苦しみ。それを受け、死ぬがいい」
樹は笑い俺にそう言ってくる。
彼奴は元々こうするつもりだったのだろう。俺の身近な人物を殺し、同じ気持ちを与えてから殺す。何ともひどい復讐だ。
「──・・・・」
だけど俺は恨む気持ちは出てこなかった。
あぁ、俺はなんて無力なのだろうという自分に対しての怒り。そしてリアを守れなかったという後悔。その二つが俺を酷く襲って来る。
「──さま・・・」
俺はハッとなり顔をあげる。そこには手を伸ばしているリアの姿が目に入った。
「ッ・・・リア!!」
ちょっとだけ回復した俺はリアの元に駆け寄る。
「リア・・・」
「にいさ・・・ま・・・ご・・・めん・・・な・・・・さい・・・・私・・・・」
喉を切られているリアは声を出すことすら厳しい状態だった。
だというのにリアは喋ろうとする。
「リア・・・喋るな。お願いだから・・・俺はお前をまだ失いたくない」
それは俺の本心。
心からそう思うことだ。
「・・・・・ありがとう....──さま」
そう言ってリアはガクッと首が倒れた。
脈はまだある。気絶か・・・。
俺は少しだけホッとする。リアはまだ辛うじて生きている。だが、このまま放置していれば死んでしまうだろう。
目の前には魔王と呼ばれた残虐をもろともしない男、織田樹が立ちはだかっている。
彼に勝つことは不可能に近い。
(──それでも俺は勝たなきゃいけない)
俺はリアを前回同様にお姫様抱っこをして持ち上げる。
そして樹に背を向ける形で会長の方にトコトコと歩き始めた。
「背を向けるか──馬鹿が」
樹はビュンと俺の方に移動してきて近場で跳躍をし空中で刀を抜いた。
「その心臓・・・貰い受ける!!」
ヒュ──刀を俺の頭上から打ち放つ。
「会長──リアを頼みます」
俺は刃が当たる丁度でしゃがみその場にいた会長にリアを託した。
「境川ッ逃げてるんじゃねえーー!!」
樹はキレ気味の口調で横から刀を振るう。
──ガシィ、
「なっ」
この場にいる全員が驚いた。
会長、愛桜先輩、樹、アンジェリカ。この光景に皆驚いた。
樹の振るった刀は俺の首をめがけていた。
しかし当たる寸前それは止められた。
「──うるせえ・・・」
刀の傍、俺の首筋には刃が届く前に俺の指がある。指で刀を止めたのだ。
──バチバチバチ.....室内にそんな音が響き渡る。
「貴様・・・・何を・・・した・・・」
身の危険を感じたのか樹はバッと後ろに後退する。
「いい判断よイツキ。今の境川生は危険・・・何か危ないと告げている」
右目からはバチバチと稲妻のようなものが走っている。
あぁ、そうかと自分の中で何が起きたのかを理解する。
入ったんだな。極限の世界に。
俺の全ての力を引き出す究極の技、「極限の極致」
「この力を持ってお前に勝つ」
この時の俺はそう言ったのだった。




