沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり
──日本、東雲家。
「・・・ん、あれ・・・?」
命は寝覚めた。
「どうしたっけ・・・私」
顔に手を当てて考える。
「そうだ。私 御神槌さんと闘ってたんだっけ....」
脳裏に過るのはあの時の闘い。そう私は負けた。リアを守ろうと必死に応戦したけど勝つことはできなかった。
「リア・・・!」
リアはどこにいる。
ガバッと起き上がりダダダと私は階段を下りて一階へと走った。
ガチャとドアを開けるとそこには、
「東雲・・・起きたんですか」
パジャマ姿のリアがそこにいた。
「リア・・・よかった・・・」
リアは生きている。御神槌さんとの闘いには勝てなかったけど、リアはこうしてここにいるんだ。
「東雲、ありがとう。私はこうしてここにいることができた・・・。感謝しているのです....」
その言葉は私にとってどれほど嬉しく、心に届いた言葉だろうか。
守りたいものを守れた気持ち、それがこれほどまでに嬉しいと感じるとは思わなかったからだ。
だが、守れはしたが、結果的に勝敗は別だ。御神槌さんは強かった。私とリア、二人で挑んでも敵うことのない相手。「無の部屋」という環境で育った御神槌さんは通常の逸材者よりも遥かに強く遠い存在だ。生だって強い。でも御神槌さんだって強いんだということを改めて知った。
御神槌さんの性格上殺すことは躊躇ったかもしれない。でも最終的には私たちを守ってくれた存在がいる。
それはきっと「伊吹さん」と「楠さん」の二人であろう。動機は分からりえないが伊吹さんは私たちの味方でいてくれた。
本来は敵である彼が味方に回ってくれたおかげで私たちはこうしてこの世に生きることができている。
(でももう引き返せない・・・か)
リアを守る。その決意は私が悪の道に進むということ。
アメリカで家族を殺し、逃亡しているリアを匿っている私は実質共犯者となる。悪いことはしたくはないが、こればかりは仕方がないのかもしれない。
ちょっとだけだけど悪人の気持ちが分かりかけている気がする。きっと私のように深い決意があるからこそ、悪や正義が存在している。
(でも後悔はない。やりたいと思ったからこそ私は今もこうしてリアと共にいるんだから)
一度誓ったことだ。投げ出したりなんかしない。そんな躊躇半端な覚悟や決意なら私は自害したほうがマシだと思っている。
やると言ったらやる。投げ出す人間は所詮そこまで。決めたことをできないのなら、この先生きていく上で相当な苦労を強いることになるのだから。
例え御神槌さんや楠さん。恋桜先輩に愛桜先輩、棗くんたちに認められないかもしれない。現に御神槌さんからはよく思われていないだろうし。
皆との関係性が絶たれるのは少しだけ残念に思う。もしみんなが同じ道を歩むのならきっと楽しく明るい未来が待っているだろう。
でもみんなを巻き込むことはできない。これは私が決めたこと。みんなを悪の道に連れ込むことは決してしない。
「ねえ、リア。もしさ・・・引っ越すことになったらどこに行きたい?」
「どうしたのですか・・・突然...?」
「ううん。気にしないで....ごめんね」
この街で過ごすのも辛いだけなのかもしれない。生は喜んで私についてくるだろう。でもここで過ごしてきたことに反することになるかもしれない。
だったら引っ越すしかない。隣町でも他のところにでも行くしかない。
リアを守るということはそういうことなのだから。
(リアは家族を失っている....もう二度とそんな思いはさせないからね。リア・・・)
私はリアを見つめて再び頑なに誓うのだった。
──とある学校の廊下。
そこに歩いているのは恋桜学園の生徒会長である恋桜祐春と愛桜三夏の二人だった。
生や命は「緋鍵高校」という場所に一時期的に転校しているが、この二人を含めて数人は別の高校に通っているのだ。
「会長」
「どうした愛桜」
となりで歩いている愛桜に会長は目をやる。
「風の噂ですが、緋鍵高校で私たち恋桜学園の生徒が問題を起こしたとのことです」
会長はメガネをクイッとやり
「問題、か。境川はアメリカに居る。となると、後はあいつらか・・・?」
会長の脳裏に浮かぶのは境川の周りにいる人物たちだ。
「恐らくはそれで間違いないでしょう。しかし目撃情報によると、"赤い髪をした小さい女の子"と"銃を持った緋鍵高校の生徒"の姿も同時に目撃されています」
愛桜は「こちらです」とスマホのカメラに保存されている写真をみせきた。
写っているのは見たことのない二人の人物。
「・・・ほぉ、よくあったなその写真」
「ちょうどSNSにて発信されていた写真です。今は学校側の報告でその情報は残っていませんが、このように一度出回った写真は中々消えないものです。とりあえず何かあったのでしょうか」
「・・・・逸材者が絡んでいることに間違いはないはず、だ。だがその写真を見る限り、相当な力を持った奴だぞ」
写真の背景は崩壊している保健室の現状だった。知性を持った逸材者というより、力を持っている逸材者の反抗と見て間違いないだろう。
「境川に近き存在・・・。そんなやつはいたかな」
指を顎に当てて歩きながら会長は考える。
「愛桜、少しだけ頼まれてくれないか?」
「・・・はい」
「──日本の逸材者、"判明しているものだけピックアップしてくれ"」
会長の目はいつになく本気だった。




