奇跡
煙がこみ上げる中、伊吹と楠が目にしたのは立っている御神槌の姿とその足元で倒れいているリアと命の姿だった。
「・・・ん、楠じゃねえか」
御神槌はこちらの存在に気がつき声をかけてくる。
「み、御神槌....これは一体・・・」
「これか?....はは。なんだろうな。これが本来の俺なのかもしれないな」
死んではいない。だが、もはや虫の息だった。
「貴様・・・そうかお前がか。破滅の逸材者 御神槌忍」
伊吹は何かに気づいたかのようにハッとした。
破滅の逸材者。それは御神槌が逸材者から呼ばれている二つ名みたいなものだ。
破滅に追い込む力を持つ御神槌にはそういったことで呼ばれることもある。
だが最近は温厚で平和にしていたためその面影がまるでなかったのだ。つまりこれが御神槌本人の実力となる。
「御神槌忍、なぜここまで派手にやった。少しは加減が出来たと思うが?」
「確かに片方はてんで話にならないがな。こっちは相当な手練だぜ」
そう言ってリアの方を指差す。
「まさか空間停止能力を持っているとは驚きだった・・・が。まだ幼すぎたな。俺を倒す覚悟があると思ったのだが、思い違いだったみたいだ」
命の髪の色は黒、つまりもう力を使っていないことになる。正真正銘力尽きている状態だった。
「あとはこいつを・・・と」
ガシッとリアの頭を掴む。
「そいつをどうする気だ」
「どうするもなにもこいつは脱獄者だ。警察に届けるよ」
そう言って御神槌はこちらにやってくる。
コツコツと歩き、伊吹の隣を通り保健室を出る。
「行くぞ楠」
「・・・えっ、あ・・・え・・・」
御神槌の言葉に楠はビクビクしている。
今の御神槌はいつもの御神槌ではない。少しだけ昔の状態になっているのが伝わっている。
「待な」
伊吹はジャキっと手元から銃を取り出し御神槌の頭に向ける。
「どういうつもりだ?まさかここでやろうってんじゃないだろうなァ」
後ろ向きで御神槌はそう言う。
「さあ、それはお前次第だ──犯罪者といったな。その女・・・だからどうしたというのだ。別段ポリスに届ける必要はなかろう」
「悪い奴は捕まって当然だ。お前だって銃刀法違反だぜ。伊吹さんよォ」
「そうだな。だからか俺はその女に対してあまり気にしていない」
「というと?」
御神槌は怖く笑いながらそう聞いてくる。
「──少なからず俺はこの女どもの味方ってわけだ。そいつを離しな」
「・・・・なるほどな。お前はもっと賢いと思っていたんだが、違ったか」
「俺はただ終戦を願うだけだ。必然的に好戦的な貴様を駆除するのが俺の目的になる」
「やれやれ・・・そうきたか」
御神槌はいいぜといいリアを楠に手渡す。
「少しは楽しませてくれるよな。伊吹ッ!!」
「それはこちらのセリフだッ御神槌!!」
伊吹は銃を構え御神槌は拳だった。
傍から見れば伊吹が有利なこの立場、だが御神槌には空気弾という広範囲の攻撃法が存在している。
同様に伊吹にもどんな位置からでも狙うことのできる超広範囲射程がある。
だが、伊吹には格闘技術は殆どない。つまり、広範囲の攻撃と至近距離の格闘を持っている御神槌に分はあることになる。
パァンという伊吹の銃声と共に、双方が動き始めた。
まずは先生で伊吹が一撃放ったが、御神槌はそれを手で跳ね返す。
「跳ね返すか・・・なら」
これならどうだとばかりに伊吹は天井や壁に目掛けて数発放った。
「なんだこれは・・・」
カンカンカンと放たれた銃弾は跳弾を繰り返している。
「はっ、だからどうしたってんだァ!!」
御神槌は大きく後退し、腕をグッと構え腰を低くする。
シュゥゥゥゥという音が廊下に響き渡る。
「テメーの跳弾が届くのが先か俺の空気弾がテメーに届くのが先かッ、どうだろうなァ!!──くらえ空気弾・改!!」
御神槌は腕を回転させながら手先にある空気を押し込み発射した。
「──ッこれは・・・くっ」
チャキと銃を構え空気弾の方に向ける。
パァン!!と一発放ったが、貫通力を高めた空気弾・改の前では無力だった。
「なにッ!?」
伊吹はそのままかわすことができず空気弾に直撃した。
だが、一方で跳弾を繰り返していた伊吹の弾は御神槌の足と左手を射抜いた。
「ちっ、」
しかし御神槌にはさほどダメージが通らなかった。
伊吹はモロに喰らっている。立っているのが奇跡だった。
「俺の空気弾・改を防いだか、正面から撃った銃弾で威力を弱めたな・・・。一瞬だがいい判断じゃねえか」
通常の空気弾に比べて貫通性能および威力そのものが上がっている「空気弾・改」、負担が大きく連発はできないが、御神槌が持つ今の切り札的技だ。
その威力は通常の弾丸一発では相殺できない威力だった。威力ダウンは狙えるが貫通性能が伴っており伊吹に直撃した。
「伊吹!!」
後ろからは楠の叫ぶ声が聞こえる。
「けっ、そんな不安な声をだすなよ・・・まだ大丈夫だっての」
グググと膝に手を当てながら立ち上がる。
「(しかし弾を当てて威力を下げたのにここまでとはな・・・こりゃ女二人がかりでも勝てねえわな)」
命とリアのやられ方は恐らくこの空気弾だ。命の実力は分かっていないが、リアは一度交戦しているため実力はある程度わかっている。
リアは強い。一瞬で動き回れる時間停止能力。だがそれを持ったとしても御神槌には及ばなかった。
使用者がまだ未熟だという証拠だ。どんな優れた力でもその使い手が愚かなら十分な力は発揮できないのと同じだ。
御神槌を止める方法、そんなものは今現在存在していない。だが、もしできる可能性があるとすればだ。
それは危険な賭けでもある。俺は別にこいつらに手助けするほどお人好しではない。ここで撤退するのもまたひとつの手だ。
自分の目的のためここで倒れては意味がない。そう考えると退散するのが得策といえる。
「なんだ・・・もう終わりか。呆気ない」
御神槌はそう言って伊吹を通り過ぎ楠の元に近づく。
「そら、行くぞ楠」
行くというのは恐らくリアを警察に届けることだろう。
「・・・・・」
「どうした楠」
しかし楠は動かない。
「私は何か正しくて何が間違っているのか考えていた。もちろんこの子を野放しにすることはいけないことだと分かってる。でも──」
「まさかお前までこいつらの方につくってわけか?」
御神槌の顔が怖ばっている。返答次第では楠もやられてしまうだろう。
「私は昔世界がつまらないと思っていた。でもその感情は徐々に消えて行き今ではこの生活が楽しいとまで感じていたの。・・・それは少なからず貴方がいたからよ御神槌。始めて貴方が私に会った時言ってくれてた。私を退屈にさせないと」
その言葉は紛れもなく御神槌が楠に対して言った言葉だった。
「でも今この状況はちっとも楽しくなんかない。私は貴方に正義感を抱いて欲しいわけじゃない。ただ私の隣にいてくれればいい!!だから・・・この子は東雲さんに任せましょうよ」
楠の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「楠・・・・」
その楠の表情を見て御神槌はググっと何かを抑えながら葛藤していた。
「俺は・・・・どこかで境川を追い求めていたのかもしれない。彼奴の行ってきたことは正しいことばかりだった。一緒に共闘し俺は密かにあいつに憧れていたのかもしれない。だから今回だって俺はリアを野放しにできないと思った。だが、違ったな。俺が間違っていたか・・・目が覚めたよ楠」
その表情はいつもの御神槌だった。
「御神槌・・・!」
「心配かけたな。俺はもう大丈夫だ。・・・伊吹って言ったか。この女はお前が処理するなり好きにしろ」
そう言って楠の手元からリアをとり伊吹に投げつける。
「けっ──なんだよ」
「やれやれ・・・一件落着か」
伊吹はそうつぶやいた。この煙だらけの保健室、そろそろ消防車が来るころあいだな。
御神槌たちはもうその場にはいなかったが、こいつらの関係はこれで再び良好に戻ったわけだ。
逸材者の消滅を望む伊吹だが、リアと命はこの場で殺すことをしなかった。
どんな情があったのかは定かではない。だが、二人を家まで送っていく優しさだけは伊吹にも存在していた。
「──境川生・・・お前が守ろうとしている仲間はまだ健在か」
崩壊しかけた身内関係だが、その仲を取り戻させたのは間違いなく楠だ。
逸材者でもない彼女が行えた奇跡、それは伊吹にも理解しがたいものだった。
「アメリカ──そっちはどうなっていやがるんだ」
命とリアを無事に家に届けたあと伊吹は空を見上げてそう思った。
「──へっくち」
「あら生・・・風邪?」
アメリカの夜、ライブラリータワーを目指している俺とルナだが、俺はくしゃみをしていた。
「誰か噂でもしてるか・・・?」
大方 日本で何かあったのだろうと俺は思う。
それとも日本とアメリカの季節の差か?
「いや、それはないわね。日本もアメリカも同じ北半球だから季節は同じよ」
てことは今は秋か。まあでも秋の夜は結構冷えてくるからな。それもあるかもしれない・・・。
「そんなことより生、着いたわよ」
そう言って目の前にある超高層ビルの前に俺たちは立つ。
いよいよ来たぜライブラリータワー!!待ってろよ・・・シャルルッ。
境川のいない間に日本では小さな問題が起きていたが、それは無事に解決した。
一方アメリカでは決戦が迫る・・・!




