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逸材の生命  作者: 郁祈
第四章 アメリカの才女編
50/130

好きだよ

 ──いつからだろう 意識して(しょう)のことを見ていたのは。

 Mr.Kを倒したという逸材者。それは間違いなく強者だということはわかっていた。

 でも始めて生と出会ったとき私は少しだけ失望の眼差しがあった。

 右目を失った身体、そして何を考えているのかわからない瞳・・・そんな人物が本当に倒したのかなという疑問が確かにあった。

 所詮は日本の逸材者という差別的な意識もあったかもしれない。日本は平和な国と聞いている。だから私たちのように鍛え上げられた逸材者はそうはいないと感じていた。

 

 だけど実際には違った。境川生という男は生まれついての逸材者ではないのに恐ろしい程の才能を秘めていたのだ。

 一瞬で相手の前に移動できる驚異的な速さ。超人的な力を持つその筋力。なんといっても生の本当に凄いところは"瞬時に策を講じるその頭脳"なのだ。

 アメリカに来る前に闘った伊吹龍(いぶき りゅう)という逸材者がいた。伊吹はどんな方向からでも相手に放った弾を当てることができる力があった。

 生も最初はそれに翻弄されていたかもしれない。でも闘っている間に生は新しい可能性を見出したのだ。

 そう、それは──視線誘導(シソーラス)だ。跳弾を繰り返す伊吹の攻撃に対し視線誘導を行い狙った座標の位置をほんのわずかずらさせることに成功した。でも普通に考えて一瞬だけでも視線を別の方向にやるのは容易くはない。例としても例えばコインを手元に持っていて、それをスッと相手に見せる。そうすると相手はコインの方を見るのは間違いない。ピンとコインを上に弾けば相手の視線は宙に舞っているコインに向けられるだろう。だが、それは決して闘いに応用できるスキルではない。だがしかし生はそれをやってのけたのだ。

 さっきもそうだ。シルバーの視線を一瞬ずらずだけで生は攻撃をかわした・・・。

 それだけじゃない。一瞬だったけど生の実力はこれまで以上に見たことのない力を発揮していた。力も速さも全てにおいて一つ上の段階だった。

 彼の実力は未知数だ。図ろうとしても底が見えない逸材者だ。


 そんな彼に私は一緒に生活し少しの時間だけ共に歩んで惹かれていった・・・。

 それを自覚したのはいつだったか。でもハッキリとしているのはシルバーとの闘いのときだった。


『──黙れってんだよ下衆が』


『悪いが──俺の目的はアンタじゃない。ここで倒れるわけにはいかねえんだよ』


 生はそう言った。私がシルバーに近寄られた時に覚えたての英語でそう言ってくれた。

 シルバーと闘っているときにピンチになった時にそう言った。

 そして生は勝ってみせた。圧倒的な実力差を見せて。

 元はと言えば私が弱いせいで生が闘っているんだ。私がもっと強ければ生に負担をかけることなく私は生活できる。だが、現実はそうはいかずそんな簡単に強くなれる方法なんてない。

 そう思った私はどうしたらいいのかも分からず


 「強いのね・・・・」


 まともには生の顔は見れなかったが、下を向きながら私はそう言った。


 「俺はそこまで強くはない。ルナの方が強いよ」


 お世辞なのだろうか生はそう返してくれた。

 

 「ねえさっきシルバーを翻弄した技はなんなの?」


 「ああ・・・あれか。アレはちょっと奥の手みたいなものでな。あまり多様できない技なんだけど・・・」


 目で追うのも必死のレベルの動きができる技。恐らくは身体強化をフルで行い尚且つ凄まじい集中力を成すことで使用可能になる大技だろう。

 動きそのものは大方見様見真似で真似できそうだが、速さがとてもじゃないが真似できるものではない。この技は生のみが使える技といっても過言ではない。


 「・・・驚いたな。たったあれだけでそこまで分析しているなんてな。流石は才女と言われるだけはあるか」


 「そんなことないよ。見たままだったもん」

 

 「そうか」


 生は何かを言いたそうな顔をしていたが、それを意図的に感じ取ることはできなかった。

 

 「それじゃとりあえず私の家に案内するわね。そこでシャルルについて相談しましょ」


 「ああ、そうだな」


 そう言って私と生は歩き始めた。

 あんな激しい闘いをしたというのに生は普通に歩いている。怪我をしているようにも見えたのだがケロッとしているので軽傷なのかな?

 

 私は生の右側にいる。だからチラっと生の方を見ても彼は気づかない。彼の右目は出会った時から塞がっている。だというのにそのハンデをもろともしない強さ。ホント理解できない。

 

 「どうしたルナ?」


 「えっ」


 じーっと見ているのがバレたのか私は生に話しかけられてしまった。


 「俺の顔をみて・・・何かついてたか?」


 「い、いや違うの。ちょっと考えことを・・・」


 最初は生に対しての疑問だけだったのに今となっては別の感情が存在するせいでもっと複雑な気持ち。

 この気持ちに素直になりたいとは思っている。でも私は知っているんだ。

 生は命を大事に思っている。それと同時に命も生のことを大事に思っている。

 一緒に生活していてわかったことはそれだ。生と命は相思相愛、生がいるから命がいる。命がいるから生がいるんだ。

 あの二人の関係は私が介入できるものではない。それにあの二人はとてもお似合いと思っている。

 だからこの気持ちには素直になれない。どうしたら生のことを諦められるのだろうかと思ってしまう。


 「ルナ・・?大丈夫か?少し休んでもいいんだぞ」


 いつの間にか私は立ち尽くしていたようだ。生からは私が疲れているように見えたらしく目線を合わせるために態々しゃがんで話しかけてきてくれた。

 正直言ってそれはとても嬉しいことだ。でも諦めたいと思うとどうもうまくいかない。それどころか生がますます優しくなっていってしまう。これでは諦められれない。いっそ素直になるべきなのか。

 

 「ううん。大丈夫だから・・・本当に」


 「そう言っている顔は辛そうだけどな」


 「どうして気づいちゃうのかな....」


 それは本心だった。でも言葉に出すつもりはなかったのだがどうやら出してしまったらしい。


 「すまん・・・」


 生は珍しく謝ってきた。これでは生に私が嫌な女みたいな印象がついてしまう。それは嫌だ・・・!

 嫌?どうして?私は生のことを諦めたいはずなのに。はずなのに・・・!!

 葛藤する心はもはや私の中でぐるぐるとめぐりまわる。


 「ご、ごめん。私こそ」


 「やっぱり疲れているのか?」


 「ちょっとだけね」


 「俺が言えたたちじゃないけど、休むことも大切だからな。お前が気負う必要はないんだ。シャルルを倒すのもゆっくりやっていけばいい」


 その言葉は頼もしいものだった。


 「ありがとう・・・ね」


 そう言って私は元気な様子を見せるために張り切って歩こうとした。

 その時丁度ガッと足を躓いてしまい前から倒れそうになった。


 「わわ・・・!」


 「ルナ!!」


 生が私を支えてくれたおかげで転ぶことはなかった。


 「あ、ありがとう・・・」


 でもこの状況はよろしくない。私を支えるために生は私をギュッと抱きしめた状態になっている。

 咄嗟のことだったから仕方のないことなのだけれでもこの状況は不意打ち過ぎた。


 「大丈夫か?」


 生は抱きしめたままそう聞いてくる。

 ドクドクと鳴る鼓動の音が生に届いているか不安になってしょうがない。できれば聞こえて欲しくはない。恥ずかしくて死んじゃう。

 

 「大丈夫・・・あ、ありがと」


 本当だったらバッと生から離れるのが普通だ。諦めたいのだから尚更だ。

 でも──私は・・・。


 ギュ──


 「ルナ?」


 更に強く生に抱きついた。


 「もう少しだけ・・・・このままで・・・・」


 直で生の匂いが伝わってくる。とても安心のできる匂い。心が安らかになる・・・。

 こんなんじゃ諦めることなんてできないよね。

 

 自分の気持ちに嘘をつくことなんて普通できやしない。


 「ねえ生・・・」


 私は生に抱きついたまま聞いた。


 「──命は好き?」


 それは純粋に気になること。


 「命・・・??ああ。もちろん好きだよ」


 生は迷いもなくそう言い切る。やっぱりそうなのね。あの二人の間に私の入る隙なんてないんだ。

 

 「それがどうかしたのか?」


 「ううん。何でもない有難うね」


 そう言って私は生から離れた。もう満足だからだ。


 「もういいのか?」


 「うん」


 今どこ生に元気だよってことを伝えるために大きく前に飛び出しクルッと生の方を見た。


 「ねえ生──」


 「ん?」


 「──好きだよ」


 この時の私は一体どんな想いがあったのかは分からない。だが、自然とそう言えてしまったのだ。好きだと・・・。

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