悪の道
リアの過去、それは俺より幼い彼女からすれば騒然なものだった。
自身の力で殺めた家族。それはもう二度と帰ってくることのない一つの過去。
一人の人物によってもたらされた破滅の人生。それを彼女はおくってきていたのだ。
「兄様、これが私の過去」
リアは体育座りをしながらそう言う。俺は立ったままリアの話を聞いていた。
俺から見てリアは後ろ姿だが、話している時の彼女はとても辛そうにしていたのがわかった。
「リア・・・」
この場合なんて言ったらいいのか思いつくこともなく、俺はどうしたらいいのか迷っていた。
空間停止能力を使うことのできるリア。だが、彼女はそんな力を求めていたわけではない。時間が止まればいいのにと思っているのは彼女なりの一つの可能性なのだ。
「幻滅した?」
顔をこちらにクルッと振り向かせてリアは上目で俺に聞いてきた。
彼女はただ単にもう一度家族で幸せに暮らしたかっただけ。でもそれが叶わなかった。リアの想いは届かず、違った形で叶われてしまったのだ。
それは空間停止による「家族の生命の停止」力を自覚していない彼女はそれが出来てしまったのだ。
「・・・・・・」
もし俺がリアの立場だったらどうしていたか。俺には今、家族は身近にいないし、昔は無の部屋で過ごしてきていたから普通に接していないからリアの気持ちは分かりづらいんだ。
だから俺がどうすることもできない。
しかしながらリアの過去話を聞いていて一つ分かったことがある。
それは──リアの家族を陥れた存在、それはシャルルだ。話を聞く限りリアの母親は突然炎に包まれたと言っていた。それはシャルルの逸材能力「点火」ということで間違いないのだ。
以前ルナが言っていた。シャルルの力は点火するものだと。だから俺はリアの家族を陥れたのはシャルルの仕業だと思っている。
だけど気になるのはリアの母親を襲ったとき、隣にはリアもいたはずなんだ。だというのにシャルルはリアの母だけを狙った。なんでその場にいたリアを殺さなかったのか。それが腑に落ちない。
母だけを襲うことで家族の崩壊を確信していたのか。いくら逸材と言ってもそこまでは頭は回らないと思うんだけどな。
「兄様?何か考えてる」
俺は立ったまま考え尽くしていた。リアに言葉をかけられるまでどうやら自分の世界に浸っていたようだ。
「ん?ああ。ちょっと・・・な」
俺はスッとしゃがみこみリアの目線に合わせる。
「俺はお前の過去がどんなであっても幻滅はしない。『家族を殺したという過去』──それがあるからリアは今ここにいるんだからな」
優しく頭を撫で俺はそう言う。
「もしお前が家族を殺さなかったら俺はリアに出会っていない。もちろんその線の方がお前は幸せなんだろうけど俺はお前と出会えて良かったと思っている」
「にい・・・さま・・・」
リアの瞳からは涙がこぼれ落ちる。
「俺はお前と出会えたこと凄く誇りに思うよ」
俺はそう言ってリアをギュッと抱きしめた。
「・・・リアも....」
リアは小声で何か言っていたが俺には聞き取れなかったが、暗く沈んでいたリアも少しは立ち直っているように思えた。
「生、遅いわね」
私は1階でリアを追いかけた生が気になっていた。
ルナさんは待つのが飽きたのかテレビに没頭している。相変わらず自由な人だ。
『どうした気になるにかな?』
久々に突然声がするものだから私はビックリした。
「随分と久々の登場ね」
頭に直接響く声これは逸材能力により誕生しているもうひとつの私、影の声だ。
『リアと生が気になるか?』
「う、うるさいわね・・・関係ないでしょ」
『関係あるさ。私とお前は一心同体。影は命、考えることもある程度は共有してなくては不便であろう?』
影は私の逸材の力そのものの存在で非常に悪知恵が働く人物だ。普段の私はどうすることもできないが彼女の力を解放することで「未来視」つまり未来を見ることができるようになる。
また影をフルで使えば戦闘だってある程度は出来るようになる。彼女の存在は私と違ってとても使いどころのある存在なのだった。
「気になるわよ。ちょっと遅いから何かしらあるかもしれないじゃない」
『ほぉ・・・』
姿はわからなが影の表情はどこかニヤニヤしている感じがした。
『流石は私の惚れた男だな。私をここまで困らせるとはいやはや・・・実に面白い』
「うぎゃー!!私の分際で言いたい放題言わないで!!」
影にからかわれ私は複雑な気持ちになっていた。自分自身にここまで言われると何か怖いよ。
『境川生、ここのところ彼を観察しているのだけれど、未だに分からないことが多すぎる』
「どういうこと?」
『最近は少し感情が芽生えているようだがやはりなんといっても彼の瞳には光を感じられない。それが故に彼の思考が読めないのよ』
思考が読めない。それは確かに言えることだった。生の考えることはいつも私たちの予想を上回る。いつも自分だけが無理をして闘っている。他の人に頼ることが少ないのだ。
でも私たちのことをいつも第一に考えてくれている。それは確かなことだ。
命は知らないがこの世界は一度 生の手によりやり直しを行われている。既視感という能力により御神槌が有田によって殺されないようにするために一度行っている。
生は自らの命を削る禁忌の力を使ってまで仲間を助ける行為をしているのだ。それが生の誓いである限りずっと・・・。
『まあ少なくとも彼が敵に回ることはないだろうよ。私という存在がいる限りは、生は私の味方をする。それは間違いないことだね』
「そうね──生はどんな時でも私の味方をしてくれるんだもんね」
一瞬でも考えてしまった。もし生が私たちの敵に回ったとしたら誰が彼を倒すのかと。ありえない世界線ではあるが、なぜだか私はそう思ってしまった。
──リアも落ち着き、俺たちは1階に戻ってきた。
「あっ・・・」
ルナはリアと目が合い気まずそうに硬直する。
「えっとその・・・リアさっきはその、ごめんなさい」
少し迷っていたがルナはきちんとリアに大して誤った。
「ねえ生、上でなにかしてたの?」
「ん?ああ。少し話をな」
内容は深く言えるものではなかった。リアの過去なんて単語を出せばルナが食いつきまたさっきのような空気になりかねないからな。
それにリアも俺だけに話すと言っていた。迂闊に喋ってしまうことはいけないことだと思う。
「ふーん」
命はジト目で俺を見ている。
「なんだよ」
「べーつにー。随分とリアと仲がいいんだなって思っただけよ」
ツーンとそっぽを向く命。
「ったく、面倒だなお前も。まっ、そんなところも可愛いがな」
「ふえ!?い、いきなりなによ!!」
俺の言葉に命はボッと顔を真っ赤にする。一瞬で顔を赤くできるのももはやここまでくれば芸当に等しいなぁ。
ルナとリアの方をみると向こうは向こうで何やらワイワイと二人で楽しそうな会話をしている。元々二人はアメリカ人ということで二人だけだと英語で会話しているみたいだ。
だけどこういう光景も悪くない。俺の家にはいつの間にか人が増えている。今までずっと生活してきていたのは孤独な環境だったからな。少しだけ変な気持ちになるよ。
「生?」
幼馴染の命、それに敵か味方かも分からないルナ、犯罪経歴を持つリア。俺たちは全員逸材者だけどこうやって何もせずただ単に普通の生活をしているだけなら楽しいのにな。
こんな日々が続いて欲しいと少しは思う。でもそれが叶わないのが逸材者としての性、闘って戦って敵を倒し尽くすのが俺達なんだからな。
でもそんな汚れ役は俺一人で十分だ。皆には普通の・・・人としての生活をおくってもらいたい。だから俺はシャルルを倒すと決めたとき、連れて行くのはルナだけと決めている。
御神槌や楠、棗・・・会長そして命、中には逸材者じゃない奴もいる。これまではともに闘ってきたが今回は規模が違う。もう巻き込まない。あいつらにはちゃんと生活してもらう。
誰もが平等に平和に生きることができたとしたらそれでようやく俺は満足するのかもしれない。
「なあ命──ルナについてどう思う」
「え?どうって・・・」
「ルナの執事にあったんだ。そして聞いた。ルナとシャルルは兄妹なんだって」
兄妹なのにシャルルはルナをルナはシャルルを倒そうとしている。それがどうしてなのかは分からない。
ルナはシャルルの力に憧れを持っているはず。もし彼奴が悪の道に進まなかったら恐らくはいい兄妹だったと思う。
「ルナさん・・・そんな関係が」
「この闘い。ルナには何かの策があると俺は見ている」
Mr.Kを倒した俺を恨んでいるということは伏せて俺は命の言った。
「でも生はルナさんを信じてるんでしょ?」
「──ああ。そうだよ」
例えルナが俺を消そうと企んだとしていても俺はルナを裏切らない。俺が彼女を信じることによって、ルナは俺を知ることが出来る。
「・・・あながちMr.Kのやっていたことが間違いじゃないって最近気がついだよ」
でも俺はKを倒してしまった。彼奴は逸材者の中では大きく注目を浴びていた人物だった。それを倒した俺はある意味全世界で恐れられているか恨まれているどちらかの存在と化した。
世間では広まっていないが逸材の中では俺の存在は危険人物まで言われるだろう。
「生・・・」
「俺には何が正しくて何が間違いなのか分からない。世の中絶対正しいなんてことは存在しないのかな」
俺はどうしたらいい。いや、どうしたいのだろうか。ただ平凡な人生を送りたい。そう思っていたはずなのに俺はいつ日かその考えを辞めていた。
何が正しいのかも分からない。世界の矛盾は未だ多く存在し続けている。「逸材」この世の中は知恵のあるものが生き、力あるものが制する。つまり逸材者は世界の頂点だ。
その頂点に君臨していたのがMr.Kだ。彼無き今、世界は混乱へ道を進めている。それに乗じ世の中の悪人どもは悪さをし、頂点に立つ気なのだろう。だがそこに阻むのが俺という存在の威圧だ。
Mr.Kを倒した人物が存在する。その圧力は人間の行動を押さえつけている。だが逆に俺を殺せば頂点に立つことが可能になる。
日本の逸材者はそんな度胸がなく今まで襲ってこなかったが、他の国はどうだろうか。シャルルは恐らく俺の存在に気がついている。俺を倒しもし奴が世界の頂点に君臨したら世の中はどうなる。
みんな平和に暮らせなくなってしまう。だから俺は負けるわけにはいかない。世界の平和を維持するため、俺は闘う。戦い続けるんだ。
──もしそれが「悪の道」だとしても・・・ッ
「お兄様~~!!」
「ッリア!」
ルナと話していたはずのリアがいきなり俺の方に来て飛びついてきた。
「ちょ、リア──まだ話は・・・」
「えへへ~兄様補給の時間なのよ」
そう言ってリアは俺の身体に顔を擦りつけてくる。
命はやれやれといった感じに俺とリアを見ていた。
『確定したな』
突然影の声がした。
「どういうこと?」
『生は逸材者としてどうしたらいいのか考えている。逸材という地位はこの世界ではトップクラスだ。知恵を持ち力を要する人間。それをコントロールしていたのは間違いなくMr.Kという存在だろう。だが、その人物は生によって倒された。少なからず彼奴の行っていた行動は間違いがあったからな』
間違い、それは無の部屋のことや恋桜学園のことだろう。期待はずれの人材は殺されてしまう。そんなやり方を否定し、行動に移したのが私たちだった。でももし、その行動も間違いだとしたらどうなるのだろうか。
『それを生は考えているのだろう。恐らくルナに出会わなければMr.Kの思想理念に気づくことはなかった。日本では悪の行動をしていたMr.K、だけれど海外では善良な人とし、逸材者を生み出したりしていた。これがKのやり方だった』
それで世界のバランスが保たれていたのだから何も言うことはなかった。
「でも日本で行ってた無の部屋とかは知られてなかったんでしょ?」
あの部屋で行っていた研究などは警察に見つかった際に、色々言われていた。無許可で色々と行っていたみたいだ。
『日本ではそういうふうにやらなくてはいけない理由でもあったのかもしれないな』
「なるほどね・・・」
リアとじゃれている生を見ながら私は少し考えた。
正義とはなんなのか悪とはなんなのかを・・・・。
Mr.Kの傍にいた人物、それは「未来の生」だった。生とは違う未来、過去を生きその姿が彼だった。
彼の人生は悪の道に進んだ先だったのだろうか。あれが生の未来なのだろうか・・・・。
でも今はまだそんな予兆はない。今の生はただ単に気負いすぎなだけなんだよね。命はそう思った。
「ちょ、リア・・・離れろ」
「やーだー!兄様から私は離れないわよ」
俺は力強くリアを離そうとするがリアは離れない。それどころか力を強めてずっと俺に抱きついたままだ。
「ちょ、ルナと命助けてくれ」
「やだね。貴方の苦しむ姿はレアだからもう少し観察してるわ」
とルナはそう言い、
「私じゃ力不足かな・・・羨ましいけど」
命も俺を助けることはなかった。
「なんてこった・・・」
「えへへ・・・残念だったね兄様」
「ほどほどにしてくれよ」
俺は観念してリアの好きなようにさせることにした。
でもどこか今という時間が楽しく感じれたのはきっと気のせいだろう。




