正しいと思ったから
「──行ってやるよ。アメリカ」
私は突然、彼からそう言われた。
その瞳はいつものように光を失った目ではなく、どこか決意をした覚悟のある瞳だった。
「え──」
その言葉は望んていた。でも予想していなかった。
私は半ば諦めていた。それでも彼の強さを知り、彼しかいないと思い私の心は彼に執着した。
Mr.Kを倒したという最強の逸材者。そんな彼ならシャルルを倒してくれる。そう思っているからだ。
諦めかけていたその時、私は言われた。行ってくれると言った。
それがどれほど心を揺さぶったか・・・。
「ほ、本当に・・・?」
「ああ、行ってやるよ」
聞き間違いではない。この言葉は紛れもなく、彼の口から伝えられたものだった。
「だが、出発の期間は少し待ってくれ、お前の最低ラインには合わせるからそこは安心してくれ」
そう言って彼は部屋から出て行った。きっと今のことを伝えに行くんだろう。あの女(命)に。
パタン、
彼が部屋を出ていき、私は彼の部屋にただひとり残される。
心臓に手を当てる。いつもより鼓動は速くリズムを刻んでいる。
「──まさかね」
そんなはずはない。それに関係を聞かなくてもあの二人は付き合っていることくらい分かってる。
でもなに?この胸の鼓動は・・・・。
「ダメよ・・・この想いだけは諦めないと」
私の気持ちはたった一つ、"シャルルを倒す"それでけよ。
──日本から離れた国、アメリカ
「へえ・・・ルナ・ユーフラテスは日本っていうところに居るんだ」
黄色い瞳をした男の人は椅子に座りながらそう言った。
背丈が平均男性より下回っているため、椅子に座っていると足がブラブラしている。
「俺に適わないと知って、あんな貧相な国に助けを求めたか」
「ですが、シャルル様・・・日本にはあのMr.Kを倒した男がいるそうです」
手下であろう人にそう言われシャルルのブラブラした足が止まる。
「なに・・・あのMr.Kをか?」
「はい」
「・・・父上は何があってもMr.Kだけとは闘うなと言っていた。その存在を倒した奴が・・・日本に」
暗い部屋、カーテンで閉められた広い部屋の一角、そこにシャルルは存在し、優雅に考えた。
「そいつを束ねて俺に挑むか、ルナ・ユーフラテス・・・面白い」
手に持っているグラスをパキっと割り、
「──その男を倒せば・・・俺が最強だ」
ニヤリと笑いシャルルは不敵にもそう言ったのだった。
「ってなわけだ命」
俺は夕飯を作りに俺の家に戻ってきた命にルナと一緒にアメリカに行くことを話した。
命はカシャーンと皿を手から落とした。
「お、おい・・・」
「本当なの生・・・」
「そのなんだ・・・俺一人で決めたのには悪いと思ってる。でも今回は誰も迷惑かけてたくないんだ」
御神槌も楠も棗、会長・・・そして命、今回はこいつらと一緒に闘うわけにはいかない。
だから俺は一人で決断したんだ。
「別に私は反対じゃない・・・・でもそうなるとしばらく会えなくなるのよね」
命はションボリとしそう言う。
「・・・大丈夫スグに終わるさ」
俺は命の頭をいつものように優しく撫でながらそう言う。
「生ずるい・・・それすればいつも私が大人しくなると思ってる」
ムッと頬を膨らませて命は珍しい反応を見せた。
「珍しい反応、可愛いな」
思わず思っていたことを口に出してしまう。
だが、
「そ、そそそそんなこといいいいわないの」
命は顔をボッと赤くし、滅茶苦茶テレてた。
とりあえず俺がアメリカに行くことには反対していないみたいだし、あとは機嫌を損ねないようにすれば問題ないか・・・。
「でも生よく行くって決めたわね」
夕飯を珍しく三人で食べる。そんな中、命がそう言ったのだ。
「・・・まあ、気まぐれだよ」
俺は適当に返す。
「ルナさんの力も相当だと思うんだけどなぁ~~やっぱシャルルって人そんなに強いの?」
「強いわよ。それはとてつもなく。貴方たちは日本っていう小さく孤立した島国だから分からないんだろうけど、世界は驚く程に広い、そして世界にはもっともっとやばい逸材者だって存在している」
「・・・・」
ルナの言うとおりだ。俺は人工的に作られた逸材者。だが、命やルナ・・・そして世界にはもっと凄い才能を持った生まれ持っての逸材者だって存在するんだ。
ある国ではそれを神と称するだろう。だが、それは外国の話であって、孤立した俺達 日本はそんな習性はなく、逸材者はただ単に頭のいい超人と理解されるだけだ。
一部の研究者は俺たちに興味があるが、世界にもっと凄い逸材者がいると知れば俺達日本の逸材者には興味を示さなくなるだろう。
それは能力についても言えることだ。
現に俺達、日本の逸材者は能力がこれといって凄く長けたものではない。それをルナと出会い俺は知った。
御神槌は"空気を操る「崩壊の逸材」"・・・そして生まれ持っての逸材者である有田院は"遠くを見通す「千里の逸材」"、命は"未来を見る「未来予知の逸材」"
Mr.Kは"未来を知り、5秒先の世界に移動できる「万能の逸材」"そして愛桜先輩だ。彼女は"生前逸材者でありその記憶を持っている「転生の逸材」"だ。
皆に共通しているのは能力が身体に及ぼす力が多いということ。
逸材者は皆驚異的な頭脳を持つだけでなく、その他に能力を得ていることでそう呼ばれている。それが天才と逸材の違い。
だが、逸材の力はどれも身体的な力ばかりで頭脳に対しての力ばかりなのだ。
一方ルナは自身にオーラを身にまといそれを気弾のように発射する力がある。
「才女」と呼ばれている彼女は当然頭脳もよい。極めつけにMr.Kから直々に仕込まれた体術を持ち合わせており、頭脳明晰かつ驚異な身体能力に加え遠距離からの攻撃を可能としている。
日本の逸材が身体に及ぼすと異なり外国の逸材は恐らくだが武力に長けた力が多いと俺は予想する。
でなければルナは態々シャルルを倒すのに俺たちを頼っては来ない。
「なあシャルルってのはどんな男なんだ?」
俺はルナから強いということしか聞かされていない。
それは単純に気になってしまうことだ。
「──シャルルは一見幼い容姿をしているけど年齢は私たちと大差ないわ。黄色い瞳をしていて私と同じアメリカ人・・・逸材者よ」
逸材者。それは以前屋上で聞かされたこと。恐らくだがルナと同じで生まれた時から逸材の素質があり、成長したのだろう。
生まれた時から逸材が使えるとその力に溺れ、悪の道に進むことが多いとされる。現に日本でも有田や、以前出会った魂を奪う逸材者もそうだった。
だがルナは違った。Mr.Kという存在に接触していたからか、彼女は悪の道には落ちず、こうして俺達の元にやってきている。
「どんな力かは分からないのか?」
「・・・これは噂だけど──シャルルは『点火』をすると聞いているわ」
点火・・・それはどんな能力なのかは理解しにくい。だが一般的に言われる点火は"火をつけること"だ。
つまりシャルルは炎を自在に操るという力なのかな。
御神槌が空気を操るのなら十分にありえることだ。
「炎使いなら水を利用して闘えば勝てるんじゃないかな」
「そうでしょうね。でもシャルルは生半可な水では通用しない。彼の炎は水をも蒸発させるレベルだそうよ」
まっ、そうだろうな。水で勝てるんなら逸材者とは言えん。精々放火魔とかそんなんだろうぜ。
「(──だが・・・気になるのは炎使いがルナより強いってことだ)」
ルナは遠距離からの攻撃を得意とする逸材だ。加え天才的な頭脳を持っていることから細かい戦術で相手を翻弄することだって可能のはず、
そんな彼女はきっぱりと自分では勝てないというのだ。ただの炎使いじゃないのは明白・・・。
「炎・・・もしかして点火ってやばいんじゃないの」
「どうした命何か閃いたのか?」
「・・・分からないけど、もしだよ。シャルルって人が"空気を点火"することが出来るんだとしたら」
命が放った一言は俺の考えにたどり着いた。
そうか、それだ。自由自在の点火、空気だろうと水だろうと術でを燃やすことのできる逸材、それがシャルルの力だ。
空気を点火できるのならルナや他の奴らが絶対に勝てないのも頷ける。
だが、分かったところで、俺でも対処のしようがない。空気を一瞬で点火出来るとなると様々なアレンジが可能だ。
例えば──『空気中にガソリンを撒いておくと、点火は爆発に変わる』
言えば俺は奴の前に立った瞬間、負けるということだ。
俺の"消滅"の力を使っても範囲が絞れない以上炎を消すことはできない。参ったなこりゃ手ごわいかもな。
消滅の力は滅多に使うことはないが、極めて強力なものだ。生徒会に大勢の銃声が会った時や未来の俺が御神槌の進化した空気弾を消す際にだけ使用している。
発動のデメリットはないが強いてあげるなら発動が少し遅いということだけだ。でもその発動の遅さは自身の速さで補えるので実質ないようなものだ。
だから未来の俺も身体能力を上げることでこのデメリットを打ち消していた。
「空気の点火・・・」
俺の言葉にルナは考え込む。
「でも不思議よね。なんでそのシャルルって人悪い人なのに逮捕されないのかなぁ?」
「無いのよ」
「えっ?」
ルナの言葉に命が首をかしげる。
「──シャルルを逮捕する"明確な証拠"がないのよ」
「・・・確かに証拠もないんじゃ逮捕することは出来ないな。シャルルが何らかの方法で証拠を消しているということか」
「ええ。そういう事ね」
「点火とかバカ派手な事する割に、冷静なやつじゃないか」
まあ証拠があったとしてもシャルルを捕まえることなんて出来ないと思うけどな。
「まっ──今日はこんなもんでいいだろう」
飯を食い終わった俺はスッと席から立ち上がり部屋に戻った。
命は食器の片付けを1階でやり、ルナはというと部屋に入りっぱなしだった。
俺は上にいてもやることが無かったので1階に戻りテレビを見ていた。
「ねえ、生」
そんな時、命が俺に話しかけてきた。
「どうしてルナさんに協力しようと思ったの?」
「・・・・・」
命の言葉に俺は無言になる。
「さっきは気まぐれーとか言ってたけど理由は他にあるんじゃない?」
「・・・・仕方ねえな。これはルナには言うなよ──」
そうだ。彼に言わなきゃいけないことがあるんだった。
私は部屋から出て階段を下りようとする。
しかし、1階からは命と生の話し声が聞こえた。
「どうしてルナさんに協力しようと思ったの?」
私のこと・・・。
「これはルナには言うなよ──」
私は階段の下に隠れてしまった。本当ならここで聞いているのは間違っているんだろうけどこればかりは知っておきたかったことだらだ。
身体が勝手にこんな行動を起こしてしまった。
「俺がルナに協力した理由、それは彼奴が正しいと思ったからだよ」
「えっ?どういうこと?」
「逸材者ってのは一般世間で言う『超人』と呼ばれる部類だ。生まれつき、突然変異で生まれる才能。これは俺の推測だが、"生まれついての逸材者はみんな悪い道に進む傾向がある"んだ。それは外国に限らずこの日本もそう、有田や魂の逸材者とかな」
確かに・・・・その言葉は頷けるわ。
「だが、ルナはどうだ?」
「ルナさん?・・・ん~確かに悪い人には見えないわね。ちょっとライバル心は感じるけど」
「ライバル心?まあいいや。で、だ。俺や御神槌は無の部屋という場所を得て逸材者になった。生まれついてではなく突然変異の部類だな。もう分かるだろ。俺とルナの唯一共通しているところ」
「共通・・・?」
「お前には話してなかったな。ルナは幼い時『Mr.K』に出会っている。彼奴の戦闘スタイルはそこから来ているんだ。命が勝てないのも無理がない」
「あっ・・・」
「命は一度ルナと闘っているから分かるだろ?──つまりMr.Kは手段は選ばずとも逸材者を真面目にするために動いていたんだとお俺は思っている。生まれついての逸材者は力に溺れ使い方を間違える。だが俺のように幼い頃から知識をつけ、教育されるとそれは出来なくなる。必然的にな」
「でもKは結局悪い人だったんじゃないの?」
「そうだな。決して彼奴の行いがいいとは言い切れない。でも逸材者を守るためと考えると少しだけ見え方が違ってくるんだ。彼奴は周りを救うために自分自身が悪に回ることで俺や御神槌・・・他の逸材者を正義の立場に持ってこさせた。ルナに戦闘法を教えたのも、アメリカでの正義の立場として育て上げたんだ。だが、シャルルという強者が出ることは見越せなかった。生まれついての逸材者にはどうあがいても勝てやしない。それは才能の差で決まってしまうんだ」
「じゃあ・・・」
「無の部屋の本当の意味、なぜ幼い頃からMr.Kの元に居させられたか。そうその答えがこれだ。生まれつきの逸材者に勝つ為。一から教育することにより、生まれつきとの差を埋める。それが彼奴の考えだ」
「そこまで考えていたっていうの!?」
「多分な。未来を見通せる力が彼奴にはあった。こうなることも分かっていんだろう。俺は無の部屋での最高傑作と呼ばれていた。恐らくは──だから俺がやらなきゃ行けないんだ。Mr.Kがとことん悪になったというのなら俺はとことん善になるだけ」
私はこの時どんな表情をしていたか分からない。偶然にも聞いてしまったこの話。
Mr.Kは幼い時に私に色々教えてくれた。それがなかったら私は今頃は死んでいた。でも生きることができてるのは彼が教えてくれた闘い方があったからだ。
Kが一番強いと思っている私はそれを倒した生を必ず頼ると信じて全て行動していたというの・・・?
日本、最初はこんなところに逸材者が居たとしてもそれは絶対に弱いと思っていた。でもいざ会ってみたら全然違った。
境川生、彼は紛うことなきMr.Kの作り出した──最高傑作の逸材者だったのだ。
圧倒的な思考能力、縦横無尽の力そして何より──正体不明の逸材能力。
私は思う、彼にできないことは無いんじゃないかと。
彼なら倒せる・・・シャルルに勝てるという気がしてならない。
アメリカの運命を救うのは私じゃない、彼なんだ・・・!
そのことが私は少し悔しかった。何で私はこんなにも無力なんだと嘆き・・・叫びたい。
女だから?いや、違う。教育の差とも言えることだ。
私が育ってきた環境は恵まれてきた環境。でも彼の環境は絶対に恵まれてなどいない。それは彼の表情を見れば分かることだ。あの瞳に光のない目、失った片目・・・それだけでも彼が過ごした生活がどのようだったのかが理解できてしまう。
「・・・強くならなきゃね」
私はこの思いを留めて、階段を上がって部屋に戻った。
「──ん?」
俺は階段の方に気配を感じた。
「生?」
「・・・気のせいか」
階段のところを見るがそこには誰もいない。
「誰かいるかと思ったんだけどな・・・」
「ルナさんしかいないでしょ。この家」
てことはルナか・・・聞かれたかな今の話。
「命、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか」
時刻は夜の8時すぎ、いくらとなりといえどもあまり遅くなるのはどうかと思う。
「そうね。じゃあ生、おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
そう言って命は帰っていく。
「さて──」
俺は階段を上がりルナのいる部屋の前にたどり着く。
コンコン、と二回ドアを叩き、
「入るぞ」
そう言って入った。
「・・・あら?」
ルナは俺に気がつくなりそう言ってきた。
「よぉ」
「何か用?」
「いやお前が俺に用がありそうだったからな」
さっき階段の体温と匂いを調べた。
そうしたらルナの体温と匂いが強く残っていたんだ。それはさっきまでそこにルナがいたことを示す。
「・・・お見通しなのね」
「逸材者だからなと言っておく」
「じゃあ言うわ」
ルナは深呼吸をし、目をゆっくりと開いてこう言った。
「──私を・・・強くして」
その言葉を放ったとき、ルナの瞳は揺れながらも固い決意をしているようだった。




