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逸材の生命  作者: 郁祈
第六章 偽りの因果編
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大切に想う人

 午前中の授業も終わった。

 あと数時間もすれば俺は記憶を失った命とバイトという名の修行に赴くことになる。

 逸材の力のせいで記憶を失った・・・それを取り戻すには力の消滅あるいは奇跡という名の記憶の思い出しのみ。

 現実は非常──そう簡単に記憶が戻る訳もなく時間だけがあっという間に過ぎ去っていく。


 「ねえ境川・・・しょうくんだっけ?」


 考え事をしていると隣から声がかかった。

 相手は命だ。俺は驚いた。なにせ向こうから話しかけてきたんだから。


 「授業中ずっと難しい顔をしていたよね?なにか悩み事でもあるの?」


 「いや・・・別に....」


 「嘘ね。私には分かるわ。生くんは現実から離れた領域のことを考えているって」


 未来を見たのかそれとも俺が単に顔に出ていただけなのか・・・どちらにせよ記憶を失っている命にもわかるくらい俺は追い詰められているのかもな。


 「話くらいなら聞くわよ」


 そう言って命は机をくっつけてくる。


 「・・・・?」


 「お昼でしょ。一緒に食べようって」


 ああ。そうか。昼だったな。

 にしても命から来るとは予想外だった。だが、ここで記憶を取り戻させるチャンスがあるかもしれない。


 「昼か。そうだな一緒に食べるか」


 そう言って俺と命は弁当を取り出した。

 なんだか命と昼を食べるって感じじゃないな。いつもと違う光景。俺の目にはそう映っている。

 

 「それで、何について悩んでいるの?」


 「世界の平和って言ったら信じるか?」


 「・・・・」


 命はジトーと俺を見つめてくる。

 呆れているのか、見透かされているのか。未来や心の内が見えない俺には分からなかった。


 「疑っているのか?」


 「そりゃ・・・ね。この世には無類の人々が存在しているのよ。人は自分のプライドや地位を守るために闘っている。あるいは自己満足や私欲のため。人は争うことをやめるのは決してないとも言い切れる。それなのに生くんは世界の平和について考えているの?」


 「もちろんだ。俺は誰しもが幸せであってほしいんだ。その願いは本物さ」


 だから命、俺はお前にも幸せであってほしいんだよ。

 記憶を失って本当のお前は酷く苦しいはずなんだ。


 「生くんの言いたいことは世界の中でも何人かは同じ理想をかかげていると思うわ。でもね──理想は想像。妄想とも呼べるわ。叶えられない理想なんて山ほどある。世界の全員が幸福であるなんておとぎ話にも等しいくらい」


 「なぜお前はそこまでして頑なにマイナスな意見を俺にぶつけるんだ?」


 純粋に気になった。だから俺はそう聞いた。


 「・・・そ、それは・・・」


 珍しく命は言葉を詰まらせた。


 「お前は俺のことをよく知らないだろう。俺はお前が想像しているよりも遥かに凄いんだぜ」


 「・・・?私にはただの同じ世界に生きる人にしか見えないけど」


 「そうだよな」


 記憶を失っている命は俺の存在を知らない。俺は過去にどれほどの絶望を抱いて生きてきたか。弱かった俺がどうしてここまで強くなったのか・・・それ全てを忘れている。

 だけど忘れているのなら再び語るまで。


 「なあみこ...東雲。俺はな・・・昔に人が死ぬところを見たことがあるんだ」


 そう語りだした。俺の脳裏には死ぬ間際の星川の姿。


 「その死んだ人はかつて心を閉ざし人との繋がりを切っていた俺にずーと接してくれ光を教えてくれた恩人だった。恩人は俺を守るためにその命を投げ捨てた。その時に俺は無力だと悟ったんだ」


 だから俺は強くなった。もう二度とあのような悲劇を繰り返しはしないとそう誓ったから俺は強くなった。


 「俺は強くなり守りたい存在がひとつだけあった」


 「守りたい・・・存在・・・」


 「だけどな。俺はその存在すら失おうとしているんだ」


 事実。俺は命を失おうとしている。方法は違えど俺は再び過去の体験を繰り返そうとしている。


 「その存在を助けるために俺は今、頑張ってるんだぜ。ひとりの人を救えなくして何が人類の幸福を願うってんだ」


 「・・・・・」


 「なあ東雲。お前が"大切に想う人"は誰だ?」


 「私が思う・・・大切な・・・人・・・」


 俺がそう聞くと命の箸はピタリと止まった。

 

 「大切な・・・・うっ・・・あ・・・・・あああ・・・・」


 手に持っていた橋がカタンと机に落ちる。

 命は苦しそうに頭を手で押させてもがいていた。


 「あ・・・あああ・・・大切な人・・・わ、わたしの・・・ああ・・・」


 しばらくの間苦しんでいたが、ようやく命は落ち着いてくれた。


 「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」


 「大丈夫か?」


 「え、ええ・・・」


 「大切な人は誰だった?」


 「分からない・・・私に大切な人はいないんだと思うわ」


 「そうか」


 記憶は戻らないか。今の苦しみでひょっとしたらと思っていたがどうやら杞憂に終わったらしいな。


 「ゴメンさない」


 「どうした?」


 「私には大切に想う人はいない。なのに少しだけ偉そうなことを貴方に言ってしまった」


 「気にするな」


 「でも私は何かを忘れている気がするの」


 その言葉に俺は胸がうずいた。


 「誰かは分からない。でも私にはなにか失ってはいけない者があった・・・」


 「そうか」


 俺は優しい声でそう言った。

 命は自覚をしてきた。自分が何かを失ったということに対して。一歩前進したこの状況。あと少しな気がする。俺はそう思うのだった。

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