第2話 アイドルにもう一度なりたい(2)
喫茶店に入ると、加世は早速カウンターにいる男性に声をかけた。
「ジョーさん、こんにちは! 今日は私と同期のアナウンサーを連れてきたよ」
「いらっしゃいませ。さあ、どこでもいいから座って」
ジョーと呼ばれるその男は、この喫茶店『カー&ジョー』のマスターである。50代と思われるその男は、口ひげをたくわえた温厚そうな風貌を備えている。
私たち3人は、カウンター近くのテーブル席へ座ることにした。そして、加世はすぐにメニューを目を通すと、ジョーにランチの注文をお願いした。
「ジョーさん、いつものやつ3人分お願いね!」
「オムライス3人分ですね。できあがるまで少々お待ちくださいね」
ジョーは、加世からの注文に応えるように早速オムライスを作り始めた。オムライスを作っている間、私たち3人はここぞといわんばかりに会社への愚痴や不満を言い始めた。
「ラジオ担当のアナウンサーの前で言った部長の一言、今でもまだ忘れないわ」
加世が開口一番言い出したのは、アナウンス部長に対する不満である。私たちは、その不満の理由を聞いてすぐにうなずいた。
「何と言ったと思う? ラジオ担当は最前線の営業マンと言ったのよ!」
「それって、ラジオショッピングのこと? トクアーク通販ラジオショッピングに登場する担当者なんかおおげさな発言を繰り返すのよ」
「そういえば、藤本副部長から聞いた話だが、最近までパートナーを組んだ若手タレントがトクアーク通販のやり方は悪徳商法と番組内でぶちまけたことがあったわ。そしたら、アナウンス部長がそのタレントを呼び出して、その場で一方的に契約解除させたのよ! クビですよ! クビ!」
加世の発言をきっかけに、私やさゆ子も次々とぶちまけるように言った。それは、現在のラジオ部門における大きな収益源となっている通販会社の圧力への強い不満といえるものである。それは、タレントを守るよりも通販会社の意向を優先するアナウンス部長やラジオ制作部長に対する不信感につながっている。
「最近のトクアーク通販ラジオショッピングなんか、担当者が『港南放送を聞いている皆さん、先着〇〇名限定で』云々言っているのは、リスナーへのサービスよりも私たち新人アナウンサーへの圧力にしか聞こえないわ」
「おれたちの言うことを聞かなければ、あのタレントみたいにクビにする権限を持っているぞみたいな感じで見下しているわ! 藤本副部長が隣にいるし放送中だから口には出さないけど、本当にトクアーク通販の担当者には頭にくるわ!」
会社の社員食堂では和気あいあいと話し合う私たち3人だが、この喫茶店ではここぞとばかりに会社への不満が次々と飛び出している。しかし、それは新人アナウンサーである私たちにとって、緊張を強いられる仕事のストレスを発散する場所として大きな役割を果たしている。