プロローグ・b
「ゆ…幽霊?」
思わず苦笑いしてしまう。家出を誤魔化す為の言い訳としては新しいタイプだ。
俺が微塵も信じていない様子だと気付いたのか、彼女は少し頬を膨らませ不満そうに言葉を続ける。
「幽霊、ですよっ!デマカセじゃないんですから!ま、信じてくれなくても問題はないんですけど」
何故だろうか。彼女の言葉には不思議な力がある気がする。何度も繰り返し言われると、本当に幽霊なのではないかと信じてしまいそうだ。
もちろん、真っ赤な嘘だろうということは頭の中でわかっているつもりなのだが…。
「わかった、とりあえずは置いておこう。さっきの質問にもう一度答えてくれ。こんな時間に一人で何してるんだ?」
先程の問いを繰り返す。如何に幽霊であろうと彷徨うならそれなりの理由もあるはずだ。
「うーん、私、人探しをしてるんですよね」
人探し?なんでこんな時間に。彼女は俺の表情を見て思っていることを察したのか、言い直す。
「詳しくは言えません!女の子にはいくらでも秘密があるもんなんです!
あ、そうです、私の人探しを手伝ってくれる気はありませんか?」
思わず顔が引き攣ってしまった。可愛い女の子に釣られてホイホイ付いていったらとある新興宗教施設でした、なんてオチが透けて見える。
もしくは、人探しと称して黒い袋に包まれた謎の荷物を車に積んで各地を転々とさせられるのかもしれない。
どうやらあまり踏み込まない方が良さそうだ。適当に会話を打ち切って逃げよう。
「あー、手伝ってやりたいのは山々なんだけどな、俺も忙しいんだ。ほら、最近は労働環境が悪いって問題だろ?
今日も残業帰りでさ~。帰って風呂入って寝たいしこれで!お前も気をつけて帰れよ、なんならタクシーでも呼ぼうか?」
軽く、畳みかけるように言い俺は身を翻そうとする。彼女は今にも逃げ出しそうな俺を一瞥し一言だけ、こう呟いた。
「手伝ってください」
瞬間、心臓が跳ね上がる。血がどこへ行けばいいのか迷っているような、そんな気持ち悪い感覚に体が侵されていた。
正常な感覚を取り戻した時にはなぜだろうか、彼女を手伝わずにはいられない意気で頭が一杯になり、こくん、と頷いてしまっていた。
「ありがとうございます!悪いようにはしませんよ!女の子とデートするようなものと思って貰っても結構ですから!これ、私の連絡先です」
そう言って渡されたものは紙に書かれたメールアドレスだった。SNSが大流行してるこのご時世で少し珍しい。尤も、まさか見知らぬ男に普段使いするような連絡先を教えるとも思えないため、妥当と言えば妥当なのだろう。
さっき感じていた疑いはなぜか消え失せ、悪いようにはしない、根拠もないその言葉を盲信しそうになる。
「じゃ、今日は帰って貰って結構です!手伝って欲しい時には連絡しますよ!まさか、平日の昼間に呼びつけるような真似はしませんので安心してください!」
彼女はそう言うと俺が返事をする間もなく小走りで去り、闇夜に溶けていった。
残された俺はしばし呆然とする。残業なんて適当についた嘘で、就活浪人している俺はバイトさえなければ平日の昼間でも大丈夫なのだが、なんて情けない思考にはまっていたが近くを通った下品なバイクの爆音で我に返った。
「とりあえず、帰ってから考えるか…」
なんとなしにそう呟いて、帰路についた。
メモ書き程度として趣味投稿で続けていきます。