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一球入魂Girls!  作者: ぐうたらパーカー
第1章 過去との決別
9/11

チームの現状

 五月ももう下旬で、さすがに運動をすると汗をかく。自動販売機で買ってきたお茶がするすると喉の奥に流れていくのが気持ちいい。

 ぷはっと声をこぼしてペットボトルを口から離す。


「でもまさか、スタッフのおばさんがチームメイトだなんて思いませんでしたよ」


 翼の視線は目の前の女性。歳はおそらく三十代後半から四十代の前半くらいで、体格は少しがっちりとしている。人懐っこそうな笑みを浮かべてこちらを見ているこの女性は、このバッティングセンターのオーナーの奥さんで、友恵がキャプテンを務めるチームの一員、中里美千代なかざとみちよだ。

 つまりこれから翼のチームメイトになる人だ。


「ごめんねぇ、突然話かけちゃって。びっくりさせちゃったでしょ」


 左手を口に当てて右手をこちらに向けてひらひらさせている。親戚のおばさんもよくこういう仕草をするな。そう思う翼。


「でもねぇ、あんなにいいピッチング見せられたら声かけないわけにはいかないよ。友恵ちゃんもすごいピッチャー連れてきたねぇって、おばさん、感心しちゃったよ」

「でしょ? もう見つけた次の日にはすぐにスカウトに行ったからね」


 無駄に立派な胸を張る友恵。


「ありがとうございます。今日は軟式ボールだったからあれだけ投げられましたけど、硬式だとまだまだなので、ちょっとずつ慣れてきます」

「それもそうねぇ。あんまり慌てて慣れようとすると怪我につながっちゃうからね。自分のペースで進めていくといいわよ」


 中里は優しく微笑みながら言ってくれた。

 たしかにその通りだ。軟式と硬式ではボールの重さに大きな差がある。そのため、軟式に慣れている人が同じように硬式球を扱うと怪我につながりやすい。その逆も然り。

 この前は二宮相手につい全力投球をしてしまったが、あのようなことはボールの変化に慣れるまでしばらく控えたほうがいいのかもしれない。

 お茶を口に含みながら、翼は少し反省をした。

 中里はまた微笑んで友恵に話しかける。


「これで、あともう一人入ってくれれば試合ができるわね」

「そういえば今、私入れて八人なんだよね」


 腕を組み、何度か頷く友恵。

 友恵の話によると、現在チームのメンバーは八人。捕手は友恵。内野手が中里を含め三人。外野手も三人。そして投手が翼。内野手がもう一人入ってくれるのがベストな状態だ。とはいえ贅沢は言わない。どのポジションを希望する人であっても、入ってくれたら他のメンバーとの適性を見て守備位置を調整するという。

 メンバー集めは今年の二月から始めて、中里のように友恵の身近にいた人から誘ったり、SNSで呼びかけたりして募ったそうだ。

 なので年代はばらばらだと言う。


「ねえどんな人がいるの」

「そうだな。まず一番年上が主婦の中里さん。あともう一人主婦の人がいるよ。まだぎりぎり二十代の。それと高校三年生が一人と大学生が二人。最後にOLの人が一人で全員かな。前にも言ったけど、みんな女の人だよ」

「へえ、本当にいろんな年代の人がいるね。そういえば、なんでみんな女の人なの?」


 男の人でさえ、硬式の草野球人口はあまり多くはないのに、さらに少ない女性だけでチームを構成するのは難しいはずだ。

 翼としてはチーム内に男性がいないほうがやりやすくていい。


「あたしは、先週までの翼と真逆のこと思ってたから」

「選手までの私って、男の人に気を使って野球を控えてたってやつ?」

「そうそう。あたしも、中学の時女子だけど四番だったこともあって、つばさほどじゃないけど陰口とか言われたわけ。そのときにさ、あたし気が短いからぐわーって腹が立って、女子に負けてるお前らが情けないだけだろ、とか思っちゃったの」

「思っただけ?」

「ううん、直接言っちゃった」いたずらした子供のように笑う。「そしたらさ男子どもが、成長して大人になったら女なんか男に敵わないんだぜ、とか言うわけよ」


 容易に想像がついた。思春期真っ只中の男子だからこそ言ってしまう失言だと思う。成長して大人になったとき、そのときの言葉を何かの拍子に思い出して恥ずかしく思ったりするのだろうか。


「それでゆえっちゃんは、私とは違って、じゃあ女子だけのチーム作って男子どもに勝ってやるよ、とか思っちゃったわけだ」

「そういうこと」


 にいっと歯を見せる彼女の笑みは、どこか子供っぽくて愛らしい。翼は、まだ出会って間もないのに彼女の人間としての魅力をいくつも見つけられた。こういう人柄の良さもあって、困難なはずの「女性だけのチーム作り」が比較的順調に進んでいるのだろう。

 友恵は先ほど買ってきたコーラを飲み干すと、そのペットボトルをバットのように両手で持って振り回し始めた。


「どこかにいい人いないかな」


 台詞だけ聞くと彼氏募集中の女子高生のようだ。


「翼の知り合いに誰かいない?」

「いないかな。雪穂は野球できないし。というか、私よりも中里さんのほうが野球やってる知り合い多いんじゃないですか?」


 中里は眉を下げて困ったように笑って首を横に振った。


「声はかけてみたんだけど、みんな仕事とか育児が忙しかったり、もう他のチームに入っちゃってたりしてダメだったの」

「そうだったんですか」


 あと一人いれば試合ができる。裏を返せば、野球は九人いないと試合ができない。このままでは野球のできないまま月日ばかりが過ぎていってしまう。

 たった三ヶ月で七人のメンバーを集めた友恵はやはりすごかった。

 しかし、感心しているだけではいけない。チームの一員になったからには協力をしたい、と翼は思った。

 腕を組んで俯きながら自分の人生を遡り、チームに誘えそうな人を探してみる。

 高校、いない。中学、いない。小学校––––いたかもしれない。


「一人、心当たりがいた」

「え、知り合い? 野球やってる?」

「もうしばらくあってない子だから、今も野球やってるかわからないんだけどね」


 友恵がじりじりと詰め寄ってくる。


「小学校のときに同じ少年野球のチームにいた後輩の子でね、ショート守ってたすごく上手だったんだよ。きっと続けてると思うんだけど、小学校卒業してから直接は会ってないし、連絡も中学の途中までしか取れてなかったから現状はわからないんだけども」

「その子、今連絡取れる?」

「え、今? 一応、連絡先は残ってるけど」


 翼が、スカートのポケットからスマートフォンを取り出す。不慣れな手つきでアドレス帳を開き、名前を探し始めると二人が画面を覗き込んできた。


「あったよ、この子。桜庭さくらばそらちゃん」

「かわいい名前だね。じゃあ、電話かけてみてよ」

「え、今?」

「だから今だって。思い立ったその日そのときその瞬間こそが吉日なんだよ」


 翼はどうも押しに弱い。

 仕方ないなあ、とぼやきながら通話を始める。コール音が一回、二回、三回と流れていく。

 五回目が流れ終わるとき、諦めようとして耳からスマートフォンを離そうとしたらコール音が止まり、電話の向こう側から懐かしさをまとったかわいい声が聞こえてきた。


「はい、桜庭です。翼さん、お久し振りですね」

「うんひさしぶり。ごめんね急に電話して。今大丈夫?」

「大丈夫ですよ」


 快諾してくれたのでさっそく本題を切り出そうとすると、友恵がジェスチャーで静止をかけてきた。

 翼が口だけ動かして「なに」と返すと、彼女もまた「いあうのあふぇいおびあえ」と口の動きだけで返してきた。母音と、唇を使って発音するところしかわからない。

 翼が首をかしげると、友恵は自分のスマートフォンを取り出して手早く文章を打ち込んで翼に見せた。

「近くのカフェに呼び出せ」だそうだ。

 別に聞かれて困ることじゃないから口に出して言えばいいのに。

 そう思いながらも、言われた通り電話の相手を近所のカフェに誘うと「ぜひ。翼さんとお話ししたいことたくさんあるんです」と桜庭そらは言った。

 なんてかわいい後輩なのだろう。翼の口元が緩む。

 翼が指でオーケーサインを出すと、友恵は横で聞いていた中里と一緒に親指を立てて「ぐっじょぶ」と声に出さずに言った。

 声、出してもいいと思うよ。

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