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一球入魂Girls!  作者: ぐうたらパーカー
第1章 過去との決別
8/11

二人の力

 乾いた金属音がそこら中から響いている。

 天井から床までしっかりと張られた緑色のネットの向こう側では友恵が気持ちのいいスイングで軟式ボールを打ち返していた。

 今日は学校帰りに二人で近所のバッティングセンターに立ち寄っている。テスト期間中なので部活は休みだ。


「ナイスバッティング」

「硬球で打ち慣れちゃうと軟式じゃ物足りないね」

「でもここ150km/hだよ。よくそんな簡単に打てるね」

「こんなの表示は150でも実際は130出てるか出てないかくらいでしょ」


 そう言って友恵はまたバッターボックスに戻る。そして残っていた数球をいとも簡単に打ち返すと、その最後の一球。彼女はさっきまでより少しだけダイナミックなフォームでバットを振った。


「おお、行った行った」


 大げさな素振りで、目の上に手を当てたりしながら打球の行方を見る友恵。翼も打球の行方を目で追いかける。

 すると、真っ白なゴムボールは綺麗な放物線を描きかけたところで「ホームラン」と書かれたボードに直撃した。

 背後でかすれた電子音混じりのファンファーレが鳴る。


「ふふん、どんなもんよ」


 狙ったのか偶然なのかはわからないが、ホームランはすごい。翼はゲージから出てきたゆえっちゃんを肘で小突いた。


「はい、じゃあ次、翼」

「私はいいよ、バッティングは」


 友恵の差し出すバットを翼は拒んだ。拒んだが、彼女はぐいぐいとバットを押し付けてくる。


「いいじゃん、天才野球少女のバッティング見たいんだって」

「勝手に天才野球少女にしないでよ」

「あれ違った? でもいいピッチャーって大体バッティングもいいじゃん。ね? ほら」


 結局渡されてしまった。

 バットのグリップを軽く握ってみる。先日の「全力投球」も久々だったが「フルスイング」のほうがもっと久々だ。ちゃんと打てるだろうか。いや––––

 ピッチングマシーンから飛び出したボールに、翼のスイングしたバットはかすりもしなかった。

 ––––現役のときからちゃんと打てたことなんて、数えるほどしかないじゃないか。


「あれ、どうした。ブランクがありすぎて打てないのかな」


 背後で友恵が首を傾げている。

 ブランクのせいだと思いたい。しかし、これは元からなのだ。

 もう一度ボールに合わせてバットを振るが、まったく当たる気配がない。それから五球連続で空振りをしたあたりで友恵も察したらしい。


「翼ってバッティング下手?」

「さあ、どうだろうね」


 「ね」の発音に合わせてもう一度バットを振るが当たらない。

 ついに友恵が吹き出した。


「あっははは、ド下手じゃん」

「ド下手ってひどくない?」


 結局二十三球を打ち終わってみると、まともに打ち返せたのは二球だけだった。


「ひどいのはあたしじゃなくて翼のバッティングだと思うんだ」

「なんだか私もそんな気がするよ」


 バットを所定の置き場に戻してゲージを出る。そのままスタッフのおばちゃんがうたた寝してるカウンターの前を通り過ぎて、ストラックアウト(数字の書かれた的にボールを当てるゲーム)のコーナーに入った。

 後ろをついてきた友恵は始終にやついていた。


「なに汚名返上?」

「そういうこと」


 機械がボールを翼に渡す。

 的はストライクゾーンを縦三分割、横三分割の計九分割になっていて、投げられる持ち球は十二球だ。

 ワインドアップからよく狙いを定めて、まずは左上。

 翼の指から離れたボールは真っ直ぐに的の左上、コースで言えばアウトコースの高めに飛んでいく。的とボールの衝突する鈍い音がなると、当たった箇所に光がついた。


「狙い通り」


 小さく呟いて、次の狙いに視線を移す。対角線に投げていこう。

 立て続けに投げた二球目と三球目は、それぞれ真ん中、右下と狙い通り対角線の的を射抜いた。

 その後も当然のように当てていき、九球ですべての的に光を点けた。


「やっぱりコントロールいいね」


 友恵も感心しているようだ。汚名返上は上手くできたらしい。


「残り三球、もっとすごいの見せてあげる」


 翼は高らかに宣言をすると、ボールの縫い目に人差し指と中指を乗せるようにしてボールを握り直した。


「アウトロー」


 アウトロー、つまりアウトコースの低めにカーブを叩き込む。カーブはスピードはないが左斜めに大きく変化するので、空振りを取るときによく使う。


「次、インロー」


 インロー。インコースの低め。今度は中指と薬指でボールを挟み込み、腕を内側にひねりながら投げる。真ん中よりやや左上あたりのコースから右下に大きく変化をしたボールは狙い通りのインコース低めに当たる。これはシンカーだ。


「最後、真ん中低め」


 二宮との一打席勝負で最後に投げた変化球、ドロップ。縦カーブと言われることもあるこの変化球は、ボールにかかる重力とボール自体にかかっているトップスピンとの影響でかなりの落差、つまり下方向への変化の出る変化球だ。

 右腕を思い切りしならせて放ったボールは二宮戦のときよりも、さらに大きな変化の後、狙い通りの真ん中低めを直撃した。


「どう? 汚名返上できたかな」


 そう言いながら、翼が内心誇らしげな気分で振り返ると、友恵は目を輝かせて口元を押さえていた。


「すごい、すごいよ翼。え、なに、変化球投手なのは知ってたけど、何種類投げられるの? 二宮さんにはスライダー投げてたよね。たしか中学のときシュートみたいなの投げてたきがするし、本当に何種類あるのさ」


 一気にまくし立てられた。

 悪い気はしない。


「何種類というか、握り方とかリリースのときの腕の曲げ具合とか変えれば数え切れないだけの変化があるよ。私、昔から指先の器用さと、関節の柔らかさだけが取り柄で」

「だけって、それだけできれば十分でしょ」

「まあそうだね。もともと体が小さいのもあって、速球にはまったく期待してなかったからね」


 それに、女性で体格のいい投手もプロやセミプロにはいるが、皆球速では到底男性の足元にも及ばない。

 それがわかっていたから、男子たちへの対抗策として徹底的に変化球とコントロールを磨いてきた。


「ゆえっちゃんのチームは草野球だけど硬式なんだよね。慣れてる軟式だから今はここまで投げられたけど、これから硬式でもここまで投げられるように練習しないとね」


 草野球というと、軟式野球を想像する人のほうが多いだろう。それは単純に軟式のほうが競技人口が高いからだと思う。草野球は基本的に、一度野球から離れた人、もしくは初心者が趣味としてやるものなので、硬式ボールのような硬くて痛く、下手をしたら当たっただけで怪我をするようなものを好き好んで選ぶ人は少ない。

 それでも友恵のように、軟式では物足りないと感じる人が一定数いるために硬式の草野球チームも存在しているのだ。そして、軟式では物足りないと感じるような人が集まってくるため、プレイヤーのレベルは硬式のほうが遥かに高いだろう。

 翼も早くボールに慣れて戦力にならなくては。


「うんうん、そうだね。それにあたしのリードがついたら怖いものなしだよ。最強バッテリーだね」


 想像以上に興奮している友恵をなだめながらストラックアウトのコーナーから出る。最強バッテリー。安直だが、悪くない響きだ。

 先日、真中との一件のあとに友恵が翼に言った話だが、友恵のポジションはキャッチャーだ。四番でキャッチャー。ありがちだけど似合ってると翼は思った。

 そんなことを考えながら先ほどのカウンターの前を通った時、いつのまにかうたた寝から覚めたスタッフのおばさんが声をかけてきた。


「友恵ちゃん、その子が新しいピッチャーの子? すごいじゃないか」


 

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