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一球入魂Girls!  作者: ぐうたらパーカー
第1章 過去との決別
7/11

投手の資質

 グラウンドでようやく友恵に追いついた。そこにはすでに二宮の姿はなく、真中と友恵の二人が向かい合って立っていた。


「真中、あんた今二宮さんに負けたんでしょ」

「だからなんだ。お前には関係ないだろ」

「そのことには直接関係ないけど、別のことであんたに話がある」


 友恵は二宮が置いていったであろうバットとヘルメットを拾い上げた。


「あんた昨日、あの子にひどいこと言ったでしょ。直接じゃなくても、言ったでしょ」


 友恵の目は翼の方を向いている。そのままヘルメットを被り、バットを振り回しながらバッターボックスに入る姿を見て、翼は彼女がなにをしようとしているのかはっきりとわかった。

 すっとあげたバットの先端は真中をしっかりと捉える。


「女子だからなんだ。ちょっと比較されたくらいで動揺するようなやつにエースなんか務まるもんか」

「うるさい、お前なんかになにがわかるんだ」

「わかる。あんたよりも風野さんのほうがよっぽどいいピッチャーだってこと。今のあんたじゃあ、誰にも勝てないってこと」


 止めよう。止めないと。これ以上真中のプライドを傷つけるようなことはあってはいけない。彼は、この野球部の時期エースなのだから。

 頭の中では答えは出ていた。そのはずなのにどうしても声が出せない。友恵の言っていることは暴論で、なんの根拠もないことだから、これ以上しゃべらせてはいけない。それなのに、どうしても止めに入れない。

 もうやめて。

 そう叫びたいはずなのに。

 翼は両方の拳を強く握って立ち尽くすばかりだ。

 友恵は右打席でバットを構えた。


「なんのつもりだよ」真中が普段よりも幾分か低い声で言う。

「投げてきなよ。あんたが女子にも勝てないって証明してやる」


 少し強めの風が吹いて桜の木が騒ぎ出す。風は友恵の長い髪を撫でると、砂煙を連れて去っていった。

 それを合図にするように、真中がマウンド上で両腕を振り上げる。


「だめ……だめ……」


 消え入りそうな声しか出ない。

 投球動作に入った真中は止まらない。鍛え上げられた太い腕が、強靭な足腰が、白球に力を込める。そして放たれた140km/hを超えるストレートはストライクゾーンのど真ん中に向かって一直線に突き進んだ。

 打たないで。打たないで。打たないで。翼の頭の中で何度も唱えられる。

 ––––でも本当にそう思ってる?

 一瞬、脳内から「打たないで」の願いが消えた気がした瞬間、両耳に快音が飛び込んできた。翼の両目はセンター方向に飛んでいく白い影をはっきりと捉えた。

 転々とするボールを、その運動が終わるまでじっと見つめる。


「もう一球だ」


 真中の声がした。

 彼は友恵が返事をする前に投球動作に入り、普段よりも早い動きで––––言ってしまえば雑な動作でボールを放った。

 結果は見る前からわかっていた。鋭くスイングされたバットに弾き返された打球は、レフトの守備位置を軽々と越えていく。


「最初から相手を舐めてかかったり、動揺して雑な投球したり。あんた本当に今のままだとエースなんてなれやしないよ」


 友恵がバットを下ろしながら言う。

 真中はもうなにも言わない。


「風野さんは、相手に敬意を払って、一球一球を大事に投げてる。堂々と野球してんだよ。

 真中は知らないかもしれないけど、一度は大好きな野球を奪われて、自分は男子と同じグラウンドで対戦しちゃいけないなんて考えてたんだよ。それでも昨日、二宮さんと対戦して昔の熱い気持ちとか、きっと思い出してさ。それまでブランクがあったにも関わらずにあんなすごい球なげたんだよ。

 ……もうなに言ってるか自分でもわかんなくなってきちゃったけど、とにかくあたしが言いたいのは、今のあんたじゃあ、風野さんの足元にも及ばないってこと」

「だったら」マウンドから降りてきた真中が友恵の前に立つ。


「だったらどうしろって言うんだ。おれだって必死にやってんだ、ここでエースになるために。それなのに、女子のマネージャーなんかと比べられて、挙げ句の果てにおれのほうが投手として劣ってるなんて。そんなの認められるわけないだろ」

「だからそれが悪いって言ってんの。男子とか女子とか関係ない。あんたが認めるとか認めないとかじゃない。事実から目を背けんな!」

「もう二人ともやめて!」


 翼が叫ぶ。ようやく声が出た。それも想像以上に大きい声が。


「あのさ、私が原因なのに私を置いていかないで」

「ごめん」友恵が謝る。真中はなにも言わない。

「私、さっきの対戦見てわかっちゃったんだけど」


 二人が翼を見る。なにを、そう訊かれているのが言われなくてもわかる。

 だから言った。今の素直な気持ちを。


「私、間違ってた。中学のときのチームメイトも真中くんも、みんな間違ってた。男子と女子が本気で勝負しちゃいけないなんてことないし、女子が勝って男子のプライドを傷つけちゃいけない、なんてこともありえない。

 だいたい、負けたくらいで傷つくプライドなんて、そもそも大したプライドじゃないんだよ」


 友恵が打った瞬間、スカッとした。心の中に蔓延ってた暗い気持ちが一気に晴れたのがわかった。

 真剣勝負とは本来、勝ち負けによって嫉妬心のような黒い感情が芽生えるものではない。両者が全身全霊で相手に向かっていたら、負けた方に悔しさはあっても、その結果を受け入れて次の対戦への向上心と相手への尊敬を抱くことができる。そういうものだ。

 だから、みんな間違っていた。翼の活躍もあって勝ったことを認められなかった、かつてのチームメイトも、翼に負けていると言われて腹を立てた真中も、そしてそのことを「当然だ」「私が悪いんだ」と納得しようとして野球をしなかった翼自信も。

 翼は右手を軽く握って胸に当てた。


「あのさ真中くん。橘さんの言う通り、今のままじゃあエースは無理だと思うよ。エースには相手の力量を見定める力と、いつどんな場面でも堂々と投げられるメンタルが必要だから」

「それは……そうだけど」

「きっと焦ってたんだよ。もうすぐ先輩たちもいなくなっちゃうしね。そんなところに、昨日の私の出来事があったりして、それが引き金になっちゃったんだね。ごめんね、マネージャーなのに選手の心を乱すようなことしちゃって」

「いや、その、おれも悪かった」


 真中は少しだけ頭を下げて、そのまま言った。


「いつか二宮さんを抑えられるような投手になりたかったんだけど、なかなか対戦の機会もないし、負けるのが怖くて自分から申し込めなくて……。

 そんなときに、風野が二宮さんと対戦して、しかもあんなに堂々と投げてた。結果は二宮さんの勝ちだったのに、なんだか無性に悔しくて。

 だから、あんなこと言って、それでさらに焦って二宮さんに無理言って対戦してもらって……。ああ、今になって本当に情けない気分になってきた。全部風野と橘の言う通りだ」


 ぐっと右手を握りしめている。真中は、さらに頭を下げて、ごめん、と言った。


「二宮さんを抑えたい気持ち、わかるよ。だって私もピッチャーだから」

「え?」

「だからさ、どっちが先に二宮さんから三振取るか勝負しようよ」


 真中は驚いた顔をして翼を見た。


「正直に言わせてもらうけど、私、真中くんからエースナンバー奪う自信あるよ」

「お前までそんなこと。おれがそう簡単に背番号やるわけないだろ」


 そう言った真中の表情は晴れやかで、女子だの男子だの言っていたときの不快感はなくなったようだ。

 翼はこのチームでは選手ではなくマネージャーだから、彼と背番号を巡って競い合うことができないことを本当に残念に思った。


「じゃあ勝負だよ。私のほうがすごいピッチャーになるんだから」

「望むところだ。おれが風野よりすごいこと証明して、甲子園連れてってやるよ」


 言い終えたと同時に昼休み終了五分前のチャイムが聞こえてきた。


「今の、なんか宣戦布告というよりは告白だね」


 翼が、茶化すようにそう言うと、真中はわりと本気で恥ずかしかったらしく、赤面して校舎のほうに走り出した。


「馬鹿なこと言ってると授業遅れるぞ」


 そう言い残してどんどん離れていく真中の背中を、翼と橘友恵はゆっくりと追いかけていく。


「真中のやつ、恥ずかしそうにしてたな。しばらくからかってやろうかな」

「だめだよ。うちの投手いじめちゃあ」

「冗談だよ、冗談」


 そうは言っているが、多分冗談じゃない。まあ、面白そうだし、いいか。


「あのさ橘さん」

「なに」

「さっきのお誘いのことなんだけど、ぜひチームに入れてくれないかな。野球したくなっちゃった」

「もちろん。大歓迎」

「ありがと。あともう一ついいかな」

「なにさ」

「私も”ゆえっちゃん”て呼んでいいかな」

「もちろんいいよ。”翼”」


 なんだか照れくさくなって、二人で吹き出して笑ってしまった。


「あとさ、もうひとつあったっけ」

「なになに」

「ありがとね、ゆえっちゃん」


 友恵が照れ隠しに翼の頭を叩いた。


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