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一球入魂Girls!  作者: ぐうたらパーカー
第1章 過去との決別
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橘友恵との出会い

 朝練の後片付けを終えて女子更衣室に向かう。今日は練習時間が少し伸びてしまったので、朝のホームルームまでもうそれほど時間がない。

 学校指定のカバンとエナメルバッグを背負って廊下を走っていると、正面から背の高い女子が歩いてきた。茶色の長い髪が歩くたびに揺れている。校内で何度か見たことがあるが会話をしたことはない。

 しかし、向こうは翼に気がつくと進路方向をわざわざ変えて目の前に立ちはだかった。近くにくるとその背の高さがよりわかる。148cmの翼よりも少なくとも20cmは高い。でかい。


「野球部のマネージャーの風野翼さんでしょ」

「そうだけど。あの、私急いでて」

「知ってるよ。授業始まっちゃうもんね」


 そうは言うものの前から退こうとはしない。


「昨日、見てたよ」


 ふいに発せられたその言葉に体がこわばる。

 昨日、見てたよ。昨日起こった特別な出来事は二宮との勝負だけだ。あれを見られていた。この人は、あの話をしようとしている。

 翼は脳内に警戒音がなっているような気がした。


「こんなちっこいのにいい球投げるね」

「うるさい、ちっこいって言うな」


 触れてほしくない話題二つを出されて居心地が悪い。もう無理にでも押しのけていこう。

 ホームルーム開始五分前の予鈴が校内に鳴り始める。もう着替えている時間はないから事情を先生に話して一限目の授業はジャージで受けさせてもらおう。

 目の前の背の高い女子は、鳴っちゃった、と天井についたスピーカーを見ながら呟く。


「また話そうよ。ゆっくり話したいんだけど……あ、ラインとかやってる? 登録しよ」


 自分の都合ばかりをまくしたてる女子生徒に「別に私は話すことないから」と少し強めに返した。するとむこうは何処吹く風といった様子でこう言う。


「あたし、二宮さんと付き合ってるんだ」

「え、うそ」

「うん、うそ」


 意味がわからない。もう話にならないと思って横を通り抜けて教室に向かおうとすると、腕を掴まれた。もうなんなの、本当に。

 横目で睨むと申し訳なさそうに微笑を浮かべて翼を見ていた。


「ごめんて。挑発するつもりはなかったんだけど、ついついね。かわいい子相手だと意地悪したくなっちゃうんだよね」

「おっさんなの」

「違うって」

「なんでもいいから離してくれないかな。授業始まっちゃう」

「また話してくれるかな」

「わかった。もうわかったから」


 そう言うと手を離してくれた。


「あたしは二年四組の橘友恵たちばなゆえ。部活は吹奏楽部」


 友恵と名乗った女子生徒は手を振りながら廊下を走って行ってしまった。なんだったのだろうとその背中を見ながら考えていると頭上のスピーカーがホームルーム開始を知らせるメロディーを鳴らし始めた。



 結局四限目までのすべての授業をジャージで受ける羽目になった。

 四限目の国語が終わり、教室内で各々机を動かしたり席を移動したりして仲のいい子とお弁当を食べ始める。翼もいつもの位置に移動して友達とお弁当を食べようと思っていた。しかし、教室の入り口から聞こえてきた「おー、ゆえっちゃん、どうしたの」「ちょっと風野さんに用があって」という声ですべてを察した。


「翼のことじゃないの」


 翼の前ですでにサンドウィッチを頬張っていた雪穂ゆきほが入り口を指す。


「ごめん、先に食べてて」

「もう食べてるよ」


 席を立って廊下へと出る。そこにはクラスメイトに「ゆえっちゃん」と呼ばれていた友恵がいた。


「約束どおり、お話ししよ」

「お昼食べたいんだけど」

「一緒に食べようよ。あたしも持ってきたから」


 友恵は後手に持っていたお弁当箱を私の目の前に出した。そして翼の背中を押して教室の中へと促す。


「あ、ゆえっちゃん。こっちこっち」


 それを見ていた雪穂がなぜか友恵を呼ぶ。


「雪穂のこと知ってるの」

「知ってるよ。だって同じ部活だもん」


 言われてみれば雪穂も吹奏楽部だ。

 翼がさっきまで座っていた席に友恵が座ったので、しかたなく手近の開いている椅子を引っ張ってきて座る。ついため息をついて机に頬杖をつく。なんだか昨日からいろいろなことがありすぎて疲れてしまった。

 すでにサンドウィッチを食べ終わった雪穂が翼の頭を撫でる。


「雪穂は風野さんの幼馴染なんだよね」

「そうだよ。幼稚園からかな」


 雪穂が答える。


「幼稚園のときの風野さんってどんな感じだったの」


 翼と話しにきたはずなのに、当人そっちのけで会話を始めた二人につっこむ気力すら湧かずに、二人を交互に眺める。


「ちっちゃくてかわいかったよ」

「へえ、じゃあ小学生のときは」

「ちっちゃくてかわいかったよ」

「おい」


 さすがにつっこんだ。


「じゃあさ、中学生のときは」

「ちっちゃいけどかっこよかったよ。ひたむきに野球やってて」

「だってさ、風野さん。かっこよかったってさ」


 だったらなんなのか。特に返事もせずにお弁当箱を開けてごはんを頬張る。真っ白なごはんと梅干の組み合わせがたまらない。

 黙々と食べている翼に友恵はさらに言った。


「昨日の投球もかっこよかったよ。堂々としてて」


 箸を持った手が止まる。また昨日の話。


「あのさ、風野さんにお願いしたいことがあるんだけど」

「……なに」自分でも驚くほどに低い声が出た。


 多分、機嫌の悪さが表情にも出ている。しかし、友恵は臆することなく続けて言う。


「あたしが作ってる草野球チームに入ってほしいんだけど」

「悪いけど断るよ。私はもう野球やりたくないから」

 

 翼は迷わずに断る。


「どうして。昨日あんなに楽しそうに投げてたのに。それも、あんなにすごい球を。もったいないって」


 ゆっくりと唐揚げに箸を突き刺した。怒ってはいけない怒鳴ってはいけない。何度も自分に言い聞かせる。

 楽しそうに投げてた。確かにあのときは本当に楽しかった。肩が、腕が、脚が、翼の全身がピッチングをすることに喜びを感じていた。あの心臓が弾んで、血液が巡る感じ。ずっと我慢していた感覚が甦っていた。

 でも、それはやっぱりいけないことで、女子は男子と同じグラウンドで戦うことが許されないんだと痛感してしまった。翼が野球を楽しむだけで傷つく人がいて、いずれそれが翼自身を傷つける。真中は今は控えのピッチャーだが、先輩たちが引退したら確実にエースになれるだけの実力がある。そんな彼でさえ、自分と比べられただけで憤慨した。

 脳内では後ろ向きな思考ばかりが巡る。やがて翼は俯いたまま固まってしまっていた。


「翼、大丈夫?」


 雪穂が顔を覗き込む。

 翼は答えられなかった。大丈夫じゃない。


「昨日、あのあとなにかあったの」


 友恵が訊いた。

 図星をつかれてつい頭に血が上った。だんっと両手を机について立ち上がると、そのまま教室を飛び出した。後ろから二人の声が聞こえたが振り返らない。

 そのまま行き場も考えないまま廊下を駆けていく。その途中、二宮と真中が話しているのが目の端に映ったような気がしたが、二人とも今見たくない顔だったのでそのまま通り過ぎた。

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