1ー5話
この日の天候は昼を過ぎてなお、先週以上に秋の訪れを感じさせるものだった。
晴天にもかかわらず気温は25度前後とかなり快適で、午前中から微風が吹き、僕の座る長椅子の周りでは、お洒落な囲いの中で、コスモスが可愛らしく花冠を揺らしている。
まだ五分咲きといったところだけれど、噴水広場には赤、ピンク、白の三種類のコスモスが植えられ、それぞれがそれぞれの色の長椅子の傍で、綺麗に花を咲かせている。
この街の園芸愛好会の方々が寄贈、植え付けまでしてくださったものだ。そのうち僕が座っているのは、白色のコスモスの咲く、白色の長椅子になる。
赤やピンクの長椅子に男ひとりで座るのは少々憚られるから、白色の長椅子を選んだ訳だけれど、実際、他の長椅子には若い女性ばかりが三人、四人と詰めあって座り、長めのランチタイムを満喫している。
話し声は聞こえないけれど、華やかで、楽しそうな雰囲気が噴水広場全体に伝わるようだ。
ちなみにコスモスの花言葉は《乙女のまごころ》だそう。そこに赤なら愛情、ピンクなら純潔、白なら優美といった意味が加わる。
もちろん僕がそれを知っていた訳ではなく、囲いの前の案内板に書かれている内容をそのまま述べただけだけれど、なるほど、いかにも女性らしい花という訳だ。
こんなふうに、この街の楽園ここにありというようなこの日の噴水広場に、乙女の皮を被る恐るべき侵略者がやってきたのは、その宣告通り、13時を少し過ぎた頃だった。
※
先週と同じ水色のワンピースを着ていたから、美希だとすぐに分かった。
美希も僕に気付いているらしく、噴水広場の入り口から真っ直ぐこっちに向かって歩いてくる。
ーー本当に来てくれた。
美希が来なかった場合の心構えがようやく済み、僕は来なくて当たり前だと思い始めていたから、美希の姿を見つけた時は、嬉しさのあまり駆け寄りそうになった。
でも、それは何とか思いとどまった。
あくまで僕は歳上で先輩だ。立場というものがある。それに絵を描いてくれと言ってきたのは向こうの方だから、僕が下手に出る必要はなく、堂々としていれば良い。
と、そんなふうに思いながら、僕は美希から視線を逸らして、午前中に描いた何枚かのラフ画を見直し始めた。
わざとらしく、スケッチブックのページを前後させたりして。
別に美希のことを待っていた訳じゃない、こちらはいつも通り噴水広場に来て、絵を描いているだけだと、美希に思わせるための芝居だ。
細かいことに気を回して、全然堂々としていないと思われかねないけれど、まったくその通りだ。
まぁ、そんな芝居をしたところで、僕の思惑なんて美希には筒抜けだったんだろうけれど、この時の僕にできる精一杯の防御態勢がそれだった。
そして美希は僕の座る長椅子の前までやってくると、『お待たせ』。
恐らく悪意を含めて発せられたその言葉によって、僕たちの第二戦は始まりの時を迎えた。