手のひらの花びら
薄紅の花びらが、風に吹かれて晴天に舞い上がる。ひらりと、その一つ、手のひらの中に吸い寄せられるように、押し込められる。
タクトはその花びらに息を吹き掛け、空へと飛ばしていくと、聞き覚えがある声に振り向いていった。
「お久しぶりです、タッカさん」
「元気そうではないか!」
タッカは袋いっぱいに詰まるドリンク類を片手に、空いてる手をタクトの肩に乗せて、笑みを湛える。
「バースさんは、やっぱり、来られないのですよね? 」
「何度か促したがな……。休暇が取れないと、奴も嘆いていた」
「……仕方ないですよ。また、更に階級が上がってしまわれた上に、家庭もありますからね」
「上官が退役すると同時でな。必死の抵抗は愚か、選択の余地もなかったと、俺の顔見る度に顎を突き出している」
タッカさん、それ、ひょっとして……。
この、満開の花を見るには付き物だ。食料は、ハケンラットがロウスの店で予約したオードブルだ。
タクトから笑みが溢れていく。
「ついに〈その道〉を極められた……。ロウスさんらしいですよ」
「ファミリー向けにと、メニューも工夫されている」
――おーい、おまえ達さっさと来てくれよぉお……。
「あは、マシュさん待ちくたびれてる様子です!」
タクトとタッカは土手に生える草を踏みしめ、更に滑り落ちるように、その場所へと向かっていった。
ひとり、ふたりと、敷かれるレジャーシートに集い、その上に各自で持参した品を並べると、タッカは立ち上がっていく。
「多忙の中、よく、集まってくれて感謝をする。残念ながら、あの頃の隊員は、バースを含めて五名……は不参加と、なってしまったが、奴等の分も大いに呑んで食ってと、楽しむ事にしようではないか!」
「乾杯」
と、彼等は飲み物が注がれているカップを一気に空にさせると、一斉に食べ物に手をつけていく。
「すいません。僕、それ、苦手なので……」
ザンルが注ぎ込ませようとするその手を、タクトは阻止すると―――。
「アラ、意外!タクトくん、ハタチ過ぎちゃったから、てっきり呑んでるかとワタシ……」
「乾杯程度の量は何とか大丈夫ですけどね」
タッカ。これ、アルコールばっかりじゃない!
……近くに自動販売機があっただろう?
何だか、盛り上がってる様子だから、僕が行きますから、ザンルさんは、続けてください。
「えーと……結局、みんなも飲むと、言い出したのだっけ?」
タクトは自動販売機より商品のボタンを押し続け、あとひとつ、と、いうところの時であった。
――俺、ブラックコーヒー頼む。
――はい、ブラックコーヒーですね?………。
「え?」と、タクトはその声に驚愕すると、抱える缶をぼろぼろと、地面に落下させていき、そして―――。
懐かしさを含ませた眼差しを、その方向に恐る恐る、向けていく。
「よ!」
ズボンのポケットに手をしのばせて、笑みを湛える青年……に、タクトはその名を呼ぶ。
バースさん、酷いですよ。あなたが来れないと、僕、聞かされてたのに!
内緒にしとけと、俺が言ったのだ。おまえの目を丸くさせてやる為にな!
「て、ことは?」
「はは、悪いな」
「みんなのあんぽんたん!」と、唇を噛みしめながら、バースの掌に拳を押し込めていく。
「あは、目もと、バースさんにそっくり!」
「やっぱり、似てるか?」
「ええ……」
カナコ……久しぶりに会うから顔忘れちまったのか?
バースは片手で抱く幼児――カナコを地面に降ろしていく。
「赤ちゃんだったから、覚えてなくて、当然ですよ」
タクトは腰を下ろして、カナコと視線を合わせようとするものの、バースの後ろに廻り、その脚に両腕を絡ませる仕草に微笑をする。
「お父さん大好きと、いうところですね?」
「ただの人見知りだよ……。一番ひどかったのは、ちょっとでもアルマが離れるものなら、ビービーと騒ぐものだから、爺が落胆しまくってたな」
アルマさんは?
臨月だから、連れてこれなかった。ロウスの飯余ったら、持って帰ってこいだとよ!
「なら、本当は……」
「心配するな……。呑めないだけだ」
タクトは「ふう」と、息を吐き
「みんなの処にいきましょうか?」と、腕にドリンクの缶を抱えて言う。
お、カナコ、タクトの手伝いするのか?
え?そんなに沢山はさすがに……。
やらせてみろ!そのうち、放り出すさ。
バースさん、その、言い方あんまりでは?
「行くぞ、タクト」
「了解」
双方が目を合わせそう、言うと、何処より汽笛が高らかと鳴り響く音に耳を澄ませ、河川に架かる鉄橋を通過する列車に振り向き、そして、かつての同志の側に辿り着く。
樹に咲く花、今一度、風に吹かれてその花びらを舞い上がらせ―――。
―――駆け抜ける紅い列車を目指すかのように……吹雪いていった――――。