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暁吹雪

 しん、と、静まる雪景色のように、其処は音がなく、さらさらと、粉雪の如く光の粒が降り注がれていた。


 バースはその一粒を頬に受け、温かさを覚えると、瞼を開いていく。そして、ゆっくりと足元に靴底を押しあて、辺り一面を見渡して、安堵の息を解き放していった。


 手を取り合ったまま、タクトを囲み寝息をたてる《宝》に笑みを溢し、更に歩みを続けて、佇むアルマに手を伸ばし、包み込んでいった。


「子供達が寝ているどさくさに、何て事をしてる……」

 アルマから甘い吐息が溢れ、バースはそれを塞ぐように、唇を重ねていく。

「おまえの肌、やっぱりいい……」

 頬に当てる指先を首筋、腕、胸元と這わせながら、バースもまた、息を吹かせてながら、そう、囁いた。


「気づいたか?」

「ああ、とっくにだ」

「世話焼くよな?」

「それは、おまえも同類だ」

「結局は〈あいつ〉の史上最大の癇癪が 爆発した。と、いうことに、しとくか?」

「その見解は、少しばかり異議を申し立てたいところだが、あれを見る限りは、可決と、定義しとこう」


 アルマはバースの腕を解して、その方向に穏やかな眼差しをさせていく。


「親と子の縁は、切ることは出来ないと、いうのは、まさに、この事だよな?」

「その同時に、孤独になったら、何にすがればいいのかとも、考える」

「随分と、回り道していたのは、確かだろうが、もうちっと努力もしてほしかったぞ!」


 ―――すべてを越えて、私達の為に、あなた方が見せた〈奇蹟〉は、永遠にこの胸に刻ませます……。


 ガラス細工に似た球体に亀裂が迸り、その破片は一度舞い上がり、溶けて消えていく。


 鈴と装飾品がぶつかり合う音色を響かせながら、深紅の袈裟を身に纏う女性が、水面を歩くように、バース達のもとへ辿り着く。


「やっぱり、ちっと、身体が透けてるな?」

 バースは鼻息をふんと、吹かせて言う。

「既に肉体は失っています。魂さえも《闇》に染めて………あなた方の〈時〉をも苦しみさせてしまった」

「あんたも、色々被って、鬱積してた。でも、それは、もう、するなよ」


 誓います……。


 女性は翻し、ある方向に歩み進んでいく。


「母さま……」

 カナコはその手を包み込み、眼差しを向ける。


「私を……そのように呼んで貰えるなんて……」

「ずっと、思い描いてました。このように、手を取り合って、沢山、お話しをしたいと、です」


 ―――カナコ、あなたは、沢山の愛情を注ぎ込まれて、大切にされていたのね?その方々に私は、どれだけの感謝と、お礼をすれば良いのか、と、際悩まされてしまう程、言葉が浮かんでこない……。


「たった一言でいいですよ!」

 母と娘、その声にはっと、なり、一斉に振り向いていく。


「タクト……と、お呼びしていいのかしら?」

「僕のことは、どんな風に呼んでも構いません。僕達は、あなたから見返りを求めるなんて、致しません。ただ、あなたが触れてる手の温もりを、今一度確めて、お伝えしてください」

 

 しゃらん、と鈴の音を鳴らして、女性はカナコと顔を正面にさせる。


「母さま、涙でお顔がよく見えません」

「そのままでもいいから、聞いてくれるかしら?」

 女性はゆっくりと、カナコの耳元に口を近付け、囁き始める。


 カナコの顔はきゅっと、綴じられ、女性の腕の中に飛び込んで……号泣していった。


 母さま、私もずっと、大好きでいる。どんなに姿が変わっても……母さまの子と、記憶を連れて行く……。


 カナコ……あなたは今から、時を刻む準備をしなさい。そして、うんと愛されて、自分が進みたい道を

 ………。


「母さま!」

 カナコが見る女性の身体は、透明に近く、その目より涙が溢れて出していた。


 ――あなた、それにアルーナ……。私達、もう一度〈絆〉を取り戻し合いませんか?


 ――それは、此方から願うところでした。


 ――《繋ぎ》は新たに時を刻ませる。我々は……何処に参ればいいのだろうか?



 おーいっ、聞こえてるかーっ。こいつらにうってつけの処に《あんた》が連れていけーっ!!!


「バース……。おまえ、都合が良いときばかり《主》を宛にするとは……」

「いいんだよ!《あっち》だって、俺の事をしこたま、弄くりまくってたからな!」


「何処にいても、騒々しいな……」

 手を振り上げ叫ぶバースに、タクトは、こめかみを指先で掻きながら苦笑する。


「タクトさん、あのですね」と、カナコはタクトの軍服の袖を握りしめ、引き寄せていく。


 タクトの顔は瞬時に赤く染まり「何かな?」と、訊く。


 ――私………と、いうのは、内緒にしといてください。


 耳元を掌で囲み、そう、囁くカナコをじっと、見ると

「……それは、さすがに喋れないよ」と、タクトは、はにかみながら、返答する。


「また、お会い出来る日を楽しみにします」

「元気でね……と、言うのは変だけど、ね!」

 双方満面の笑みを湛えていると―――。


 ――こらーっ、おまえ達さっさとこっちにこいっ!


「バースさんがうるさいから、行くよ」

「私も、ですか?」


 ――送ってあげるのに、キミがいないと、ご両親ががっかりするよ。


 タクトはカナコの手を握りしめ、バース達がいる場所へと駆けていく。



 ―――そして、その時は迫っていた―――。



「こいつが《其処》に行く為の〈灯〉だとよ」

 バースは、女性――ヒノカに、手にする個体を差し出しながら言う。


「バースの拾い癖は、意外と役にたつものばかりだな?」

「アルマ、それ、誉めたうちにはいらないぞ」


 一同、一斉に笑いをこらえる仕草をすると、バースは、顎を突きだしていく。


「太陽か……【国】の象徴を《主》も考えましたね?」

「その“光”と同化するのです。息吹は常に、あなた達に届けられる……。素晴らしい役割を与えられることに、胸を張りますよ?」


「あんたが、何になろうが、その輝きを大切にすればいいだけだよ 」


 で、親父とエルマの姉貴は?


「叔母上は、大地で陽の光を受け止める役割を、与えられた」

 アルマはそう、言うと、軍服の左胸に着けるブローチを外して、アルーナの掌に乗せていく。


「アルマ、これは……?」

「母上がこの地に遠征する前に、私に預けた物です。大地を潤す者に会えたら、必ず渡しなさいと、おっしゃっていました」

「それが、私と?エルマは、時の先を見る“力”を持っていた」


 こうして、私と叔母上が会う。それも、おそらくは……。


 アルーナはブローチを握りしめ、ほうっ、と、静かに息を吐く。


「カナコは、確か、キネから受け取った物があったのだよね?」

 タクトに訊かれ、カナコは頷くと、男へと歩み寄っていく。


「天と地を繋ぐ誰かに、私から渡しなさいと、いうことです」

「私は《風》を託された……。本来なら、このバースと、いう青年の役割―――」


 あーっ、それ、俺は断固として、嫌だと《あれ》にも掛け合ったからな!冗談じゃねーよ。


「バースさんは既に《風》そのものですよ。みんなに、いつも、そうやって、吹き込ませていた」

「空気吸って、旨い飯食って、それでもって――」


 ――何処を見て、言ってるのだ――っ!


「……生きてないと出来ない事が……ある、と、言いかけてたのだ………」

 アルマに岩の如く硬い拳を頭部に押し込められて、バースの目から涙が滴っていった。


  カンコンと、頭上より鐘の音色が響き、一同はそれへと仰いでいく。


「《主》が合図を送った。あんたらは、任されたのだからな。絶対にしくじったりするなよ!」

 バースは、瞳を澄みきらせ、男に拳を差し出していく。

「【国】に、いや、全ての大地に“光”と《風》を我々で注ぎ込ませ、届けると、誓う!」


 頼むぞ!


 バースと男の拳が重なりあい、そして、腕を絡ませて、解していくと同時に、其々の身体は舞い上がっていく。


 ―――どうか〈今の時〉を大切に過ごされてください。


 ―――我々の過ちを、けして繰り返さないように!


 ―――次に繋げる〈命〉を………。


「ヒノカ……今、何と申した?」


 ヒノカはアルマに微笑み、手を振りながら暁に染まる天に溶けていく。


 アルーナと男も、其々の場所を 目指すかのように、飛翔と舞い降りて……いった。


「見ろよ……あいつらが、吹雪かせたのだよ」

 バースはその光景を仰ぎながら、そう、呟くと、タクトとアルマもまた、それを追うように、ひたすら見つめる。



 ―――すごーい!お花がひらひら飛んでるみたい。


 ―――でも、色が真っ赤っかだよ?


 ―――きらきらしてるよ。


 ―――手の中でとけちゃった………。


 子供達は暁の吹雪に感嘆する最中、タクトは、カナコを振り向き「今なら、紛れて、入っていけるよ?」と、囁く。


 呉々も、例の件は………。


 心配しなくていいから、行ってらっしゃい。


「はい」と、カナコは返事をすると、身体を輝かせ“光”と姿を変えていき、吹雪の粒に繋がると―――。



 ―――アルマを目指して飛んでいき、その身体に溶け込んでいった――――。

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