陽の咲く国〈12〉
カナコ――あの、女王の娘と同じ名の少女。
〈太古の時〉の記憶を持つ、と、言う言葉に、嘘は見受けられなかった。
俺は、カナコの一言一句を逃さず、耳と胸の内にと、刻ませていった――。
カナコは〈其処〉で母親の“力”を側で学ぶのが課せられていた。宮殿から外に出るというのは、滅多になく、まさに《箱入り娘》状態であった。
翼を拡げて空を羽ばたく鳥、大地を駆け回る獣、自分と変わらない歳と思われる子供が、遊戯をする姿。宮殿の縁側より覗くその光景に、堪えず憧れを抱いていた。
自由が欲しい―――。
それは、突如訪れた。宮殿の外より罵声と怒号が毎日のように、響き渡る。母である女王とは、顔を合わせる事もなく……日々を過ごす。
騒がしさが、止み、元の静けさとなる。それと同時に、母親とも、完全に会うことを失ってしまう。
女王が消えた……。それに伴い、王位継承は実娘のカナコではなく、女王の側近だった――女に譲られた。理由は……先代の女王が掲示した《主》の声を伝えていた役割を、勤めていた――。
カナコは【国】を追放される身となる。その付き添いとして、ある女性が名乗り出す。
――あなたの生き方を、あなたらしく、見つけなさい……。
女性はカナコの手を引き、ひたすら、拡がる大地を踏みしめていく。そして、ある場所にたどり着く。
闇夜を照すかのように、其処は蒼い光が灯されていた。
女性は楽器を取りだし、それより、音色を奏でる。
眩い光が迸り、その中から《扉》が現れ――。
―――二人は……《其処》を潜り抜けていった―――。
―――カナコの語りは、そこで止まる。バースは一行が沈黙を続ける最中、息を大きく吐く。
「……カナコ、おまえはその、女性の名は聞いていたのか?」
バースは綴じる瞼をぱっと、開くと、カナコの目を見て、そう、訊ねる。
カナコは微かに頷き、そして、振り絞るようにその名を言う。
「………そうか……。あいつも、そうやって……生きていた……」
バースはそう、呟くと、腰を上げ、家屋の外へと向かって行った。
「……バースさん、何だか浮かないお顔をされて……。私が伝えたお話……やはり、よくなかったのですね?」
カナコは瞳を涙で潤ませ、シムズを見る。
「ただ、動揺しているだけだ。あの青年は、それくらいで、自身を見失ったりはしない」
シムズはカナコの頭をそっと撫でながら、そう、言う。
――皆さん、心配されていますよ?
夕映えの空の下、シムズに案内された場所より離れた小高い丘に、バースは腰を下ろしていた。
「カナコ、おまえも、よく俺が此処にいると判ったな?」
「《風》が 、あなたが此処にいると、言ったのです」
バースは腰を上げ、ひとつ背伸びすると、頬に溜める息を一気に吐く。
「まさに〈時〉を越えて来た……。おまえも、あいつも、正真正銘〈太古の時〉の【国】の生き残り……だった」
「でも〈此処〉は〈創られた時〉……。私は、もう……此処にしか居場所は―――」
生きる場所は、与えられるものじゃない。探して、其処で自分を示すものだ!
「バースさん?」と、カナコは唖然と、する。
「……と、言うのは、俺の師匠の口癖だ」
バースが満面の笑みを湛えると、カナコもまた、笑みを溢していく。
「そうだ!そうやって、笑うのが、おまえには似合ってる」
「まるで、お父さんが側にいるみたい!」
そっちか?
え?えーと、だったら……。
いいっ!それは、本当に惚れたやつにとっとくのだ。
「バースさん、面白い!私、ぜーんぜん、異性に愛だの、恋だのて……一度も……無かった……な」
「おまえのお袋さんだって、そのおかげで……おまえを授かったんだ。それは、頭の隅っこにでもいいから……入れとけ」
「バースさん、その、お相手がいるのですね?」
カナコの問い掛けに、バースははにかむ。そして、咳払いをすると
「ちと、肌寒くなってきた。どれ、戻るぞ」と、カナコの手を引き、丘を駆け下りていく。
バースさん、そんな、ぐいぐいと、引っ張らないでよ!
急げーっ!あの、キネという、アネゴに俺もふっくるめてぶっ飛ばされるっ!
私が、言うから……!だから、お願い……。
―――ゆっくり歩いて行こう―――。
「カナコに免じて、あんたのことは、許すけど……。また、この子を振り回すようなことをやってのけるのなら――」
陽は沈み、至るところに、篝火がゆらりと、火の粉を撒き散らせ、灯される。その広場で、キネは、怒りの形相を剥けて、今にもバースに拳を振り上げる仕草を示していた。
「血の気が多いな……。あんまり、そう、ポンポンとすれば―――」
行き遅れるぞ――――。
広場に激しい衝撃音が轟き、静けさが戻ると、地面にバースが卒倒していた。
一行より、半ば呆れる溜め息、吹く風に乗る。
「奴等から招待されている。ぼやぼやしていると、ご馳走が消えるぞ」
シムズに起こされ、バースはふらりと、立ち上がる。
――夜は更け……、振る舞われる食事に舌鼓をさせる陽光隊。彼等は唄い、舞を踊り、語り合う。
そして、宴は終わり、就寝と、向かう。
「起きてるか?」
「ああ、丁度よかった。俺も、あんたに、話したいことがあった」
バースは、シムズと共に、寝息をたてる同志をひとまたぎして、家屋の外へと出る。
「例の品は、カナコに渡せたのか?」
シムズに訊かれ、バースは、首を横に振る。
「さすがに躊躇った。お袋さんの豹変ぶりも、伝えることは出来なかった」
バースは箱を握りしめ、それをひたすら凝視する。
「〈創られた時〉に異変が起きる……。青年、おまえはそれも、恐れた……」
「ビンゴだよ……」
シムズは溜め息をする。
「なんだよ?拍子抜けるような態度をしやがって」
「おまえさんのようなやつでも、そういうのがあるのかと、思っただけだ」
バースは、篝火のわずかな炎に目を追う。
――おっさん【今の国】の〈時〉に、カナコを連れて行くのは、賛同できるか?
――随分な賭けだな。其処に到ったのは、どのような理由かは、述べられるか?
「〈団体〉が蓋を開けたのが引き金だろうが、まずは【国】に巣食う《闇》を振り払うのが先決だと、いくら頭を捻らせても、其処に辿り着いてしまうんだ」
「女王の娘の“力”がどこまで威力があるかは、ワシでも解らない……。だが、青年。おまえさんには〈同志〉がいる。おまえさんを支え続けた《絆》がある。今までも、そうして難関を突破してきた」
――《今》を生きる人の“力”がどれ程素晴らしくて、強いものかと、見せて、示すのだ……。
「……おっさん、あんたも、手を貸してくれるか?」
「大歓迎だ。むしろ、此方から願おうと、していたところだ」
バース、瞳を澄みきらせ、シムズと眼差し合わせ、更に拳を重ね合わせていく。
「また、世話になる。頼むぞ、おっさん」
――陽は昇り、陽光隊、カナコとシムズ、そして、無理矢理交ざるキネと共に、バースが開く《扉》を潜り抜けていく。




