明鏡青雲〈2〉
――僕は、辿り着いた。この、空の下の何処かに母さんがいる。
胸が一杯の筈なのに、何故か、すぐにそれは、掻き消されていく。
みんなが心配。たぶん、其処にある。
そして、申し訳ないと、思いが駆け巡る。
一番真っ先にお礼を言わないといけない人は、バースさんだ。
――みんなと一緒に母さんと会いたかった。みんなのおかげで、此処まで来ることが出来たと、胸を張りたかった――。
蒼く澄みきる空に白く浮かぶ雲を、タクトは、仰ぐ。
吹く風緑を薫らせ、鼻をひくつかせる。
深呼吸をすると、噎せて、吐く。
「あは。吸い込み過ぎて、こんなものまで口にはいっちゃった」
タクト苦笑して、掌に乗せる赤い羽に黒い斑点模様の虫を凝視する。
「飛べるかな?」と、その指先を空に向けると、それは、よじ登り、先端に着くと羽を拡げ、弾けるように飛翔する。
「……なんて、和んでる場合じゃないな?さて、どうやって、母さんがいるところまで、行けばいいのだろう――」
独り言呟き、タクトは、足元の草葉を掻き分て、腰を降ろし、再び空を仰ぐ。その視線の先、 一羽の白い鳥、タクトの頭上で「クケー」と、鳴き声を含ませ、旋回しながら羽ばたき続ける。
「んー……。あの、鳥さん、母さんの処まで案内してくれるといいなーて、都合がいい……」
い―――っ?と、驚愕するタクト。その頭上にそれまで羽ばたく白い鳥、髪に二本の足の爪先をくい込ませる。
「あの、すみません。よければ、その足は離して頂けませんか?凄く絡みあって僕の頭もかなり、大変なのです」
「クー」と、白い鳥は鳴く。そして、タクトが腰を降ろす草葉のその膝近くにそれは、舞い降りる。
タクトは掌を差し出し、そのくちばしに指先を乗せていく。
「ありがとう、僕はタクト=ハイン。キミは、ヒメカ、て、いう人知ってるかな?その人、僕の母さんなんだ。会いたいけど、何処に行けばいいか途方に暮れてる。案内……て、催促は駄目だよね?」
白い鳥は鳴く。そして、タクトの膝をくちばしで突き、翼を拡げて飛翔する。
「えーと。付いてこい、て、ことなの?」
タクトの目先で白い鳥は飛翔する。その向かう先に歩幅を拡げ、後を追う。
小高い丘に一本の樹木。白い鳥、その枝にゆっくりと翼を閉じて舞い降りる。
「あれま。疲れて正に、羽休みて、ところかな?」
タクト、苦笑してその言葉、白い鳥へと解き放す。
「空が茜色に染まってきた……」
夕焼けと変わる空をタクトは、見つめると同時に
「何だろう?この、音色」と、タクトは、耳を研ぎ澄ます。
鈴と笛、そして、かつこつと、木が打つ音が丘の下より響き渡る。
その音の方向に脚を運び、更に凝視する。
列を成す灯に混じり、唄が奏でられる。それは、ゆらりと、タクトへと近づき、そして、停まる。
「ようこそ。あなたが、ヒメカ様のご子息ですね?」
頭に灯篭を乗せ、薄紅の反物の衣装を身に纏う女性が袖に掌を含ませ、タクトに向けて、深く頭を垂らす。
タクト、唖然として、その女性をひたすら見つめる。
「ご案内致します」
女性はそう、呟き、身体を翻す。
再び、楽器と唄が奏でられ、しなやかに、列は動き出す。
タクト、口を閉ざしたまま、その後を追っていく。




