幻林間〈3〉
たまに世話が妬く。それが、タクトだ。
確か、あいつが八歳だったころだ。
――ルーク。タクト 、見なかった?
顔面蒼白で〈あいつ〉は、休暇で帰省してきたばかりの俺に、問い詰めた。
「いや、見てないぞ」
――お願い!タクトを探して。
ほぼ、悲鳴の〈あいつ〉の声。頬には止める暇なく、涙で濡れていた。
「落ち着け!ヒメカ。あいつの行動範囲なら、たかが知れてるだろう?」
――分からないから、あなたに相談をしてるのよ。
タクト、タクト―――。
相変わらず繊細だ。俺は、ため息しか出せない。
―――家に入って、待ってろ!
今度は何だよ?
アルマに言われたことが、癪に障ったのか?
それとも、俺に、か?
頼む!〈あいつ〉に会う前に、おまえに何かあったら
―――言い訳では、済まなくなるんだよ―――。
「タクトーッ!何処だ。不満があるなら、俺に直接、言えっ」
「さっきより、回りが暗い。バース、こうなったら――」
「“力”は、使わないで、探すのだ!」
「いや、連中にも、手分けしてもらって―――」
俺達に原因があるんだ!いいから、あいつを見つけてやれっ!!!
アルマ、絶句。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうっ!
何処だよ?頼むから、出てきてくれよ!!!!!
「バース、あの“光”は?」
森の奥にうっすらと瞬くそれに、バース、凝視する。
「似てるけど、あいつの“色”じゃない」
行ってみる価値はあるはずだぞ?
バカチン!そんな余裕はないっ!
ぱきりと、木の枝を踏む音を含め、がさりと、落ち葉をつま先で掻き分け、樹木に掌を押しあてる。それは、バース。
―――バカチンめ!母ちゃんを困らせてどうするのだ!
―――バース兄ちゃんを迎えに行きたかったのに、僕が何で、怒られてしまうの?
―――そんなことしなくても、俺は、真っ先におまえに会いに行ってやってただろう?
―――テレビで、兄ちゃんの………。
―――〈戦〉で、俺が、しくじるかよ!
―――怖かったもん。約束してるのに、帰って来てくれなかったら、僕……僕―――。
思い出止めて、唇を噛む。
あいつが、俺の事を〈さん〉付けで呼ぶようになったのは、それからだった。
会話も、常に敬語。
俺は、タクトの〈子供らしさ〉を奪ってしまった。
あの頃に戻れとは言わない。
もう一人の〈おふくろさん〉を哀しませてくれるな。
―――願うのは、それだけだ―――。
「バース!タクトが、居たぞ」
アルマの叫び声に、我に帰る。
――タクト、起きろ!おまえは、何を哀しんだのだ?
アルマ。それ、ストレート過ぎる。
「とにかく、列車にこいつを連れて行くぞ」
バース、寝息をたてるタクトを背負い、再び“光”を目視する。
「あれ、が、タクトを俺達に示してくれたと、解釈しとく」
「念の為〈診察〉するが、いいか?」
「其れくらいで、俺に同意を求めるなよ」
母心。アルマのタクトに対する〈情〉はそんなところだ。
タクトの方は――――。
――アルマさんを泣かせないでよ。
「寝言なんか、言いやがって」
バースの背中でだらりと腕を垂らす、タクトに、アルマは軽く拳を押しあてる。
「こいつなりの俺に対する、精一杯の宣言だろう?」
苦笑しながら、ずり落ちるタクトを背負い直す。
「たかが寝言で、どうやったらその、解釈にたどり着けるのだ?」
どれ、こいつを看てやれ。
バースは、列車の救護室のベッドにタクトを寝かせると
「キャンプに戻る」と、言い残し、その場を去っていった。




