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アイディア

作者: 竹仲法順

     *

 会社の企画部にいて、常にアイディアを出すのが俺の仕事だ。毎日、各種新聞や雑誌などを読み漁っているのだし、ネットもしているが、頭が回らないこともある。そんな時は気持ちを切り替える意味で、大抵美味いものを食べに行く。牛丼ぐらいなら安くていいのだし、三十代半ばだから、まだ大盛りを頼んでいる。

 その日の昼も部下の一人で男性社員の野村と一緒に街を歩いて、牛丼屋へと入った。

「主任」

「何?」

「最近スランプですよね。何かあるんですか?」

「別に何もないよ。普通に仕事してるじゃないか?」

「どう考えても、主任が尋常じゃないのが分かるんですよね。悩み事抱えてそうな……」

「おいおい、そんなこと言うなよ。飯がまずくなるし」

 野村の言葉を遮る。だが、彼が、

「主任、私と一体何年仕事してるって思ってるんですか?私が企画部に入ってきて七年経ちますから、ツーカーで通ってますよね?」

 と言った。

「ああ、まあな。……俺も正直な話、最近めっきり世情に疎くなってね。仕方ないんだよ。加齢してるからな。それにきついし」

「そうお感じになってるんでしょうね……」

 野村も俺のスランプぶりは手に取るように分かるらしいのだ。お互い食事を取り終わった後、お冷を飲み、俺の方が、

「野村、また午後から企画書打ってくれよ。俺も精一杯頑張るからな」

 と言った。

「無理なさらないようにしてくださいね」

「うん。気遣ってくれてありがとう」

 そう言って席を立つ。ゆっくりと歩きながら、街へ出た。車がたくさん通っている。車列が絶えず道路上を蠢いていて気にはなっていた。十二月でいかにも年末らしい光景が眼前にある。思っていた。これから年末まで忙しいだろうなと。

     *

 オフィスに戻り、パソコンのキーを叩きながら、所定の書類や企画書などを作る。一応一つの係の係長なのだが、ずっとパソコンに向かっているので、腱鞘炎やドライアイなどがひどい。いろいろと作り続けるのだが、別に気にしてなかった。ある種、作業のようなものだ。一々気にすることはないと思う。

 午後の時間は何かと倦怠があった。ずっと係長席に座り、キーを叩く。こんなことをもう何年続けているだろうか……?ずっとやっている。この季節、どうしても寒さがあり、夜遅くまでオフィスで仕事をしていると、疲れてしまうのだが……。

 実家や親戚縁者とは一切縁を切った。今、実家の近くにある病院に入院中のオヤジのところには、一度たりとも見舞いに行ってない。故郷を出たのが、大学進学を機にだったから、もう十五年ぐらい帰ってなかった。オヤジは極度のアル中で肝臓ガンに罹り、体の各所にガンが転移して、機能不全に陥っている。そんな人間、相手しても仕方ないだろうと、冷ややかに思っているのだった。

 別にあんな人間どうでもいい。残るのは、ただ罪だけである。あの男が朝から酒を飲んでは母に散々暴力を振るったせいで、母は自宅のトイレで首を吊り、自殺したのだ。いつも思っていた。苦々しいなと。クソのような男である。何ら反省もなしに。こう言っちゃなんだが、早く死んでほしいとぐらい思っていた。あんな人間に生きる価値など微塵もないのである。

「考え事ですか?」

 野村は副主任席に座ったまま、俺の方を見ていた。ふっと気が付くと、手が止まっている。

「まあね。……俺は俺でやるから、気にするなよ」

「ええ。……でも、主任って本当に分かりやすいですよね」

「ああ。単純だろ?」

「はい。一発で分かります。私も長年ご一緒させてもらってますから、手に取るように分かるんですよ」

 そう言って冷めてしまったコーヒーを淹れ直すようで席を立った。俺も作業を再開する。何か刺激のようなものがないか、ネットを見ながら探し続けた。まあ、別にそう気にしても仕方なかったのだが……。スランプもある。人間なのだし……。

     *

「お先します」

「ああ、お疲れ」

 社員たちは終業時刻が過ぎ、カバンを持ってフロアを出る。皆ゾロゾロと帰っていった。俺も野村も居残っていたのだが、やがて野村の方が先にパソコンの電源を落とし、

「お先します。お疲れ様でした」

 と言ってフロアを出ていく。一人取り残されたのだが、オフィスに残ると、シーンと静まり返っている分、アイディアはたくさん湧いて出てきた。一気にパソコンのメモ帳に打ち込んでいく。いろんな事柄を、だ。

 目抜き通りは、幾分冷え込んでいるようだった。寒いのは承知で、オフィスを出るつもりである。家に持ち帰るのはデータの詰まったフラッシュメモリだけだ。三十代という年代にやけに違和感を覚えていた。だが、ここを乗り切れば、何かが見える。そう思っていた。

 夕食には取ってあった出前のラーメンを食べ、済ませていたのである。こういった時こそ、やけに食事が美味しい。そう思いながら啜っていた。冬場はラーメン屋も繁盛するだろう。そう思って食べていた。

 やがてデータの詰まったフラッシュメモリを抜き取り、パソコンの電源を切る。立ち上がって歩き出した。幾分疲れている。やはり過労と心労が重なっているからだろう。社の入ったビルを出、あの憎たらしいオヤジのことを思い出してしまったので、道に痰を吐いた。そして何でもない風にして歩き続ける。

 まっすぐに家へと向かうため、最寄りの駅から電車に乗り込み、揺られた。アルコールフリーの缶ビールは確か、冷蔵庫に買い置きがあったと思う。帰宅したらビールを飲み、すぐに休もうと考えていた。別に気にしてない。単に一日が終わったなと思う程度で。

 また明日も通常通り出勤だ。だが、今日の残業時に出したアイディアはちゃんとデータが取ってある。これを活かして企画書を打つつもりでいた。別に一日が終わった後の倦怠は気にしてない。一晩休めば、また新しい日が訪れる。しっかりやろうと思っていた。企画部にいる以上、その手の文書はたくさん打つ必要があるのだし……。

                              (了)


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