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7話


 大型の航空機は百万以上の部品や装置から出来ている。重さ400トンを越えるそれはハイテクノロジーの結晶と言っても過言ではない。だからこそ高度に精密化したその航空機部品はどれ一つとして欠けてはならず、正しく動いているのか、装置は誤作動を起こしていないか、各航空会社が設けているチェックリストをもとに逐一点検し保守する作業が離陸する全ての飛行機に施される。早朝だろうが昼間だろうが夜間だろうがそれは同じ、フライト前の航空機はこの日常整備を終え、責任者である確認整備士がGOサインを出さない限り飛び立つことが出来ない。更にライン整備や一定飛行時間を超えた飛行機の点検である定時整備、これらは夜間のうちに行われる。

 ――詰まり、ここまで言えば解るだろうけど、空港勤務の航空整備士ってのは24時間の3交替制を取らなきゃいけないのだ。俺のようにいつも同じ時間に電車に乗って大体同じ時間に帰るなんて有り得ないしまず出来ない。けれど俺は小さいが一応空港勤務の整備士だ。・・・なのに何故俺がその通勤時間が可能なのかと言うと、それは。

 『航空機整備課・整備補給部』。俺がその部署にいるからだ。

 整備補給部は航空機の部品の発注や保管を主とする部署で、整備課の間接的な部門だ。そこで俺は事務として居るため発注が多量に無ければそうバカみたいに遅くなることもない。

 だから、俺は凄くなんかない。

 "和樹君が凄いと思う"。

 彼はそう言ったけれども、俺は全く凄くなんて無いのだ。

 なれなかった。


 凄くなんて、俺はなれなかった。





「――上村、吉住から電話」

「へ」


 白いドアを押し開け開口一番そう言われ、口にしかけた挨拶は中途半端に消えて無くなった。ぱちくりと目を瞬くと、メタルシルバーの受話器を持った同僚がずいとそれを突きつける。――早く取れ、と言っている。

 無言の圧力に慌ててデスクに走り、鞄を放り投げて受話器を取った。保留解除し耳に当てるが、既に切れたそれは無情な電子音を響かせている。・・・待ってくれよこのくらい。


「何だ、もう切れてたか?」

「・・・切りやがった。悪い山崎、えっと――吉住?だっけ?」

「おう原動機工場のな。何かコンプレッサーのブレードが壊れたとか言ってたが」

「――はぁ?」


 思い切り顔を歪めて見せると、受話器を渡した本人、山崎は苦笑を浮かべた。まぁ気持ちは解るけどな、とデスクの発注記録をめくる。


「入ったばかりだしお前しか頼れないんだろ。かけてやれよ、相当テンパってたぞ」

「・・・仕方ねぇなぁ」


 溜息を落とし、椅子に座りながら内線番号を押した。原動機工場はエンジンを扱う部門だが、そこに半年前入ってきた吉住という男は俺の高校時代のクラスメイトだった。吉住とは仲が悪い方ではなかったが、特別良かったわけでもない。それが何で俺に電話をかけるのかは、ウチの技術部がエリート意識の上に成り立つ連中だからと言っておこう。

 整備課は大きく分けると二つの部門、直接部門と間接部門に分けられる。機械と直接触れて向かい合う、ライン整備工場・機体工場・原動機工場・装備工場、これらを現業・直接部門、そして間接的に関わる整備企画部・整備計画部・整備訓練部・整備補給部・技術部・品質保証部、これらをスタッフ・間接部門と呼んでいる。このうち技術部は整備の規定や技術指令、故障対策を専門に管理し作成する部門なのだけれども、つまりまぁ、物知りなのは違いないが、なまじエリートなので話が聞きにくいのだ。お互いに、【偏見】の壁は厚い。



『――はい原動機工場』

「どもお疲れっス。補給部の上村ですけど吉住居ますか?」

『お、上村か。ちょっと待ってな―――よしずみぃー!』


 内線だぞぉーと遠くに叫ぶ声が聞こえ、はーいとまた大きな返答も聞こえた。工場の連中はいつも保留のボタンを活用しない。別に客先から直接かかる電話はないし、状況もそれどころじゃないからだ。彼らの現状を知っているので俺も何も言わない。


『――上村!助けてくれ!』

「どわぁ!!」


 突然絶叫が耳を劈き、俺は受話器を放り出して耳を押さえた。デスクに転がった受話器のスピーカーから「おおいどうした!」と聞こえてくるが、どうしたもこうしたも――電話越しに怒鳴る奴があるか・・・!


『上村!おいどうした、聞いてるのかー!』

「・・・聞いてるよ!頼むから静かに出てくれ!」

『あ、そりゃスマン』


 けろりと悪びれない謝罪を返され、とりあえず続きを促した。こうでもしないと吉住との会話は進まない。

 ――ブレードが壊れたんだ、と吉住が言った。


『何か急に空気が逆流し出してな、サージングかと思って回復すると放っておいたんだ。そしたら回復するどころかコンプレッサー全体に拡がってよ、ブレードは破損するしエンジンは止まるし・・・どうなってんたこれ?』

「あー、一定時間して回復しなかったらエンジン絞んなきゃいけねぇんだよ。ほっとくとそうなる。――前後方向の空気の流れのバランスを保たせろ。円滑に流れるようにすりゃサージングは防げる」

『中段とか後段に抽気弁つけたらいいか?』

「それと、可変ステーター。ステーター翼の取り付け角度をリンク機構で運転中に変更できるようにして、広範囲運転条件でブレードへの空気流入角度を自動制御させる。最近のエンジンは2軸構造の各ローターに可変ステーターを併用して抽気を加えるものが多いからな。低速時や変速時に中段より前方数段のやつ動かして安定作動範囲を拡げるんだ」

『はー成る程!OKOK、解った!サンキュ!』


 朗らかな声とぱんと弾くような音が聞こえ、膝を叩いたなと思った。納得がいった時に吉住がやる癖だ。この半年で良く解った。


「どういたしまして。でも一応技術にも聞けよ。俺はただの事務なんだし、それで間違ってたら責任追えねぇ、な?」

『あ?あぁ勿論聞くぜ。聞くけど』

「おう宜しく。頑張れよ、じゃ」

『―――上村!』


 短い呼びかけに止められ、切りかけた受話器を握り直す。――いつ、と吉住が言った。


「吉住?」

『いつ戻るんだ』

「?は?」

『お前いつ戻るんだよ、現業に――工場に』

「――――吉、」

『戻れよ』


 ――戻れよ、現業の航空整備士に。

 視線をデスクに落とし、俺の喉は黙り込んだ。

 返すべき言葉は出てこない。吉住が俺は解んねぇよと言った。


『お前俺が入る去年までこっちに居たんだよな?確認整備士の話まで出てたんだろ。それが何で補給の、しかも事務方に行くんだよ・・・解んねぇよ、戻ってこいよ』


 ―――"俺は和樹君が凄いと思う"。



「・・・悪い、仕事あるから切るな」

『っ、上村ちょっと待て!』

「じゃな」

『うえ――』


 少し乱暴に受話器を戻し、向かいの山崎が驚いていた。それにへらりと笑って誤魔化し、俺は机のパソコンを立ち上げる。


 ―――"俺は空自どころか航空関係すら拒否して貿易会社に入社した。なのに君が選んだのは事故の起きた原因である整備士だ"


 逃げたと。

 あの夜彼はそう言ったけれど、それは逃げなんかでは決してない。全く違う道を選び進んだその手段こそが、何にも代えられない、そして何にだって勝る勇気なのではないかと俺は思う。彼は、あの人は選んだ。きちんと選べた、強い人だ。


 あの夜、俺は彼に何も言わなかった。言えなかった。

 俺が航空整備士になったのは他を選ぶことが出来なかったから。引きずられて道が解らなくなって、事故を理由にしてなっただけだ。

 しかも最終的に、俺は自分で課したプレッシャーに潰れて整備の間接部門に異動した。

 彼は逃げてない。逃げてなんかいない。

 本当に逃げたのは、逃げているのはきっと。


 俺の方だ。





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