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4話

 兎に角シンプル。

 部屋に入ってまず思ったのはそれだった。


 最寄り駅から徒歩十分、彼が住むというモノクロ調のシックな十階建てセキュリティマンションは、驚いた事に俺が使っている駅の一つ手前に建っていた。近所という枠組みに入れるには些か距離があるが、無理すれば自転車で行けない距離でもない。その思ったより近かった距離感に意外さを覚えながら、俺は知り合って一月以上経つのに彼のプライベートに関しては何一つ知らなかった事実にやっと気付いた。けれど多分それは俺だけでなく彼もそうだと思う。考えてみれば互いに仕事と世界情勢の事についてはやたらと話した記憶があるが、生活含む自分自身の事に関しては一切口にした覚えが無い。避けていたつもりはないけど、多分無意識に互いに身の上話が面白いものではないと理解していたからなんじゃないかと思う。家族が一人であると言う初期データがある以上、それ以上の詮索は暗黙の了解レベルで無意味に等しいと確認していたような気がする。

 それはとても不思議だった。

 彼は他人なのだ。彼は彼であり、俺は俺でしかない。俺は彼ではないし彼は俺ではない。

 なのに、何故こんなにも俺は彼に安堵を覚えるのか、俺はそれが不思議でならない。



「・・・眠そうだねぇ」


 広々したリビングでぼんやりしていると、ブランデーを手にキッチンから戻ってきた彼が苦笑した。はっと我に返って瞬くと、ジャケットとネクタイを外した彼の姿が目に入る。


「ごめん、忙しいのは解ってたんだけどね。週末だからいいかなと、つい。・・・俺が誘ったから無理して仕事片付けてきたんだろう?」

「――え?あ、いや」


 はっとしてそんなことはないと慌てて首を振ると、彼は木製のローテーブルにグラスを置きながら困ったような笑みを浮かべた。ブランデーのボトル瓶のキャップを捻り、飴色より濃い液体を氷の入ったグラスに注ぐ。

 ごめん、と言葉が落とされた。


「畑さん?」

「いや、今のは狡い聞き方だったなと思って。普通こう聞かれて首を縦に振る人そう居ないし」

「・・・えぇ? そんな事はねーよ」


 そう?と申し訳なさそうに言う彼に、俺は笑って当然と頷いた。


「だって言わなきゃ損するの自分じゃん。安請け合いしてぶっ倒れても何も得るもん無いし、――つぅか俺そんなに謙虚な性格して無いって」


 彼は意外そうな顔を浮かべたが、謙虚に見えてたというならそれこそ誤解だ。

 俺は多少の無理はしたって誰かのタメになんて言う自己犠牲の精神は人より少なくしか持ち合わせていないし、今日だって確かに仕事が多くて疲れているのは確かだが、それは自分が彼と話したかったからだ。彼のせいではなく、全ては自分の為でしかない。

 くく、と彼が笑った。


「何か妙に実感籠もってるねぇ。さては一度経験したクチ?」

「実は」


 ぺろりと舌を出すと、説得力がある訳だと彼が吹き出した。

 傍らのミネラルウォーターを手に取り静かに混ぜていく。


「――少し、話したいんだけど」


 からん。

 氷が歌い、彼の言葉に俺は顔を上げた。

 彼の視線は手元のグラスにあった。フレームのないメガネのレンズが蛍光灯を反射し、無機質に光る。――プライベートな話をするのだと直ぐに理解し、俺はただ「どうぞ」と口にした。

 薄々、気付いていた。

 彼が俺の疲労を心配してくれたのも本当だろうけど、本当は単に家に呼ぶための口実に過ぎないという事は。何か、話したいことがあるんだろうなと。


 ――話というか、と彼が言った。


「気になってたんだけど――年齢いくつ?」


 そういえば年齢も知らなかった。

 今更な事実につい笑いながら、二十五、と答えた。


「十月で六になるけど」

「若いね」


 目を瞬かせると、彼の口元には苦笑が滲んでいた。

 そしてこちらが尋ねるより早く、「俺三十七です」と肩を竦める。


「・・・・・・・・・・・・」

「・・・そう驚かないでくれないかな」


 絶句して固まった俺に困った顔で言うが、そりゃ無茶というものだ。

 皺一つない顔はどう見ても五つか六つ上にしか見えないし、話している時別段ギャップは感じなかった。俺が若年寄だと言われたらそれまでだが、彼は童顔でもないのにこれはある意味詐欺なんじゃないか。


「み、見えねぇ・・・っ」

「はは、よく言われる。・・・別に若作りしてるつもりはないんだけどねぇ」


 溜息混じりにそう言い、持ち上げたグラスを傾けた。いや若作りとかそういうレベルじゃないと思うんだけど。素材そのものが年齢の常識を無視してるんだから。

 ――まぁいいんだけど、と彼がグラスをテーブルに置いた。


「・・・俺ね、最終学歴は外語大学なんだけど」

「、え」

「実は二十一の頃にそれまで居た大学を辞めて、二十二で入り直してるんだ」

「入り直した?」


 突然に学歴と言われて面食らったが、問うと彼は頷いた。


「ちょっと特殊だけどね、防衛大学にいた。専攻は理工学部で」

「ぼ・・・」


 グラスに手を伸ばしかけ、唖然とした。防衛大学と言えば恐ろしく厳しい上難関な専門教育機関なはずだ。何でそんなところをさらっと辞めてしまったんだろう。

 俺が首を傾げると、メガネの奥で彼が苦笑した。――静かに口を開く。


「俺が居た学科がね、航空宇宙工学科だった訳」

「あ、えぇと航空自衛隊?」

「そう。他の科ならそのまま留まっていたかもしれないけどね、幸か不幸か航空科だった。・・・耐えられなかったんだよ。――"一九八六年四月二十六日"」


 ぽつりと。

 瞬間に、俺は自分の顔が強張ったのが解った。

 背中を冷たいものが伝い、硬直して見開いた目の先で彼の手がメガネを外した。十七年前、とその口が紡ぎ、レンズのない瞳が疲れたような態で笑った。


「"機種型式ボーイング式747-200B型、JA8162。定期009便"、時刻――」


「午前十時、二十五分」


 口にした時刻に、彼は頷いた。そして「やっぱり」、と。そう言った。


 ――嘘だ。

 有り得ない。けれど俺はそれ以上言葉が出なかった。



 ・・・一九八六年 四月二十六日、午前十時二十五分。

 飛行機、機種型ボーイング式747-200B型、JA8162定期009便。垂直尾翼の破壊と方向舵の脱落により、墜落炎上する飛行機事故があった。

 暫く世間を騒がせたその事故の被害は、山の中腹に墜ちた為地上の被害はほぼ無かった。炎上した機体は山に燃え移り小範囲で山火事を引き起こしたが、半日後に消し止められその地区においての死傷者は出ていない。けれど。


 ――全く、と。


「家族の事と君の仕事を聞いて、もしやとは思ってたけど――」


 困ったように笑い、彼は静かに溜息をついた。



 地区の死傷者は出なかった。

 けれど、当機乗客254名・機長他乗組員23名、合わせて計278名。その全員は死亡した。事故を引き起こした直接の原因は、飛行機の整備不良だった。―――そう聞いている。


 ―――" 機長達には何の責任も無いんだ "―――


 何度も何度も言われた言葉は、未だに耳にこびりついて離れない。



「けど、本当だとは。・・・会うとは思わなかったよ、『君』に」



 ―――その機に乗っていた副操縦士の名は「畑」。

 そして、機長の名を「上村」。

 その苗字は決して偶然の一致ではない。


 飛行機で墜落死したパイロット、上村和成機長。彼は、俺の死んだ父親である。


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