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グミ

「お腹減った」

「おかしいな。寝てる間は飯食ってなかったのに」

イクはベットに腰をかけて、俺はパイプ椅子に対面に向かい合い座っている。

「だからお腹減ってるんじゃない?」

「俺は医者じゃないが違うと思う。食わせていいのかな?」

「内緒なら」

「駄目だろ。また寝こまれても困るし」

「お菓子くらいなら大丈夫じゃない?」

「お菓子とかいわれても……」

バックの中を開いて捜してみる。

書類、眼鏡、ペットボトル、新聞、カロリーメイトとやっぱりお菓子なんて百歩譲ってカロリーメイトくらいしかない。

「ない?」

「カロリーメイトくらいだな」

「しょうがない。じゃ、それで我慢」

「あとは……あ、グミならある」

「クマの?」

「それならある。どっちかだな」

イクの前に選択肢の二つを置いた。

すると、イクは数秒後にグミを

「こっち」と指しグミの袋をヒョイととりあげた。

イクは話を聞きながらグミの食感をハムハムと楽しんでいる。

俺がグミに手を出そうとしたらパチンと手を叩かれた。俺のなんだけどな、それ。

「サダはなんでこんな服着てんの?」

「スーツか?なんでっていわれても困るんだけど」

「新しい制服?」

「制服って」

ここで何となく食い違いに気がついた。

「おまえ、おかしいって思わなかった?」

「何となく」

「俺が老けてる事とかは?」

「そういえばそうかな?オッサンさが増したような」俺って昔からオッサン顔だったな。

「おいおいわかる事だけど、おまえは昏睡状態だったわけな」

「ヘェー」

「ヘェーじゃなくて」

ハムハム

「ハムハムしないでちゃんと聞けよ」

クチャクチャ

「音たてないで聞けって」ケラケラと宙に浮いている足をばたつかせツッコミされた事に嬉しそうにしている。

「久々にサダと話したからおもしろい」

寝てる奴に久々とか感覚はあるのか?

意識が飛んで気付いたら次の瞬間的感覚だと思ってた。

この話は先生にでもして貰う方がいいかもしれない。ショックで何か起こったらたまらん。

「そうだ。先生におまえが起きた事言わないと。和んで話してる場合じゃないのに」

「明日でいいんじゃない?」

「そうはいかないだろ。結構迷惑かけてるんだから」

「そっか」

「そうだろ」

でも反面もう少しだけこの時間を味わっていたい気持ちがあったのは否定できない。否定どころかその割合の方が強い。

何百回と見舞いには来たが今までとは明らかに違う。。

イクがいると昔に戻る。

溜息も忘れる。

これが当たり前の様に感じられる。

「グミ、うまいか」

「美味しいけど、体に悪そうな色だよね。早死にしそう」

一言多いのは相変わらずだけど。




「例の王子様遅いですね」もう一時間位になる。

「本当ね」

婦長の方は気にならないのかカルテを見ながら何かを書きこんでいる。

「気になりません?」

「ならないわね」

「もしかしたら寝てるクランケに悪戯してるかも」

「そうなら面白いのに。今までずーっと何も起きないんだもの。もうちょっと進君が押し強くて、キスでもすればあの娘が目覚めるかもしれないわね」

婦長ってこんなキャラだったのね。予想以上にやり手な感じ。

患者に思い入れいれるなって先輩に言われたのに、婦長はかなりいれこんでいるとみた。

「お姫様の方はどんな娘なんですか?」

「郁恵ちゃん?かわいいわよ。私は話した事ないから性格とかわからないけど、進君から聞く話だと明るい娘みたいね」

「王子様は?」

「あら、進君の事気になったの?」

「私、そんなモテナイわけじゃないですよ」

婦長は私の言葉を無視して話を進めている。

「でも無理ね。彼は郁恵ちゃんが大切だから」

「そうですか」

まだ、話してる。

「まず年数が違うもの」

「そうですか」

婦長、結構話すのが好きなのね。

「……年も相手を待つなんて普通出来ないわよね」

「そうですか。……今何年待っているって言いました?」

最後の最後に驚く事を耳にした。当たり前に婦長が言ったけど初めて聞いた私にはかなりのショツキングなセリフだった。



「ピコピコの奴?」

「心電図」

「私、そんなに大変だったんだ」

やっぱり、覚えてないのか。かなり大きな事故だったのは確かだった。

色々とこんがらがった事故だったけど、本人が覚えてないなら過去にすらならない。いらない過去はない方がいい。

「最初はかなり心配してたんだけどにゃ」

「そうにゃんですか」

「噛んだのは無視していいけど、マジで植物人間だったんだ」

「光合成とかは?」

「してなかった。人間植物だったら出来たかもな。二酸化炭素とかいっぱいあるし」

「どれくらい?」

「いっぱいあるよ。でっかいボンベも置いてあった」

「じゃなくて、私どのくらい寝てたの?」

「そっちか」

俺の顔はどんなふうになっていたのだろうか。

俺の顔を見たイクの顔は少し曇った。直感的にいいものではないと分かってしまったのかもしれない。

「で?」

「答えは俺から言うべきじゃないな。ちょっと待ってろ、先生呼んで来るから」逃げたい。

イクにはいずれわかるが俺から言いたくない。

パイプ椅子が立つ時に甲高い音を鳴らす。シリアスな場面には場違いだが、現実感を醸し出すにはいいBGMだ。笑いでも起きれば尚更いいけど。

「進」

後ろを見なくてもどんな表情かわかる。

「やめろよな。いつもみたいにサダって呼べよ」

「サダ」

背中から感じる。

あいつが求めてるもの。

でも今はそれは出来ない。だから代わりにあの言葉を置いていく。

「イク。生きてる間にもう一回」

ドアが閉まってカーテンコールもなく終演となる。いや、久々だから最後に主役のセリフがあったのを忘れてた。

「ほいたら、またね」

ドア越しにでも耳に懐かしい声とトーン。イクが確実に帰ってきてテンションが揚がっていたのか、夜の病院という事を忘れてパンパンと音をたてて走っていた。



遠くから音が近づいてくる。入院患者が出せるようなスリッパのペタペタという音ではなく、勢い良く元気で力強い。

「早紀さん!」

勢いを止めきれずにナースステーションのディスクを滑り止めに使い例の王子様は馬を使わずに登場した。

「デートは終しまい?みんな寝てるから声は小さくしてね」

「齋藤先生呼んで下さい」ピクと婦長の動きが止まった。

「起きたの?」

私にだって返事の代わりのニヤケタ顔で分かった。

婦長は電話器をとると、興奮気味に話している。

「よかったですね」

「え?」

「目覚めて」

「?」

「どうしたんですか?」

「僕らの事知ってるみたいな言い方だったから」

あんた達。病院のいい暇つぶしの話題に最適なんですよ、とはさすがに私でも言えない。

「お二人の事は婦長から聞いてますから」

これでもかというタイミングでスマイルが自然とでた。

私も腐っても看護婦なんだと自覚できた。

「早紀さんは話を誇張する節がありますから何言ってたか怖いな」

「さすがにあの年数で私にも嘘ってわかりました」

「年数?」

「婦長ったら、二十年間ずーっと昏睡状態だったって言ってました」

「早紀さんまた大袈裟にしてるな」

「ですよね」

二人に軽い笑いが生まれる。笑いのおかげか、話を信じていなかったわけじゃないが本人からの否定聞いてを何故か安心していた。

「十二年と二十年じゃ八年も違うし」

今、重要な事をサラリと言っていた気がする。

「じ、十二年は本当なんですか?!」

ありえない話にテンションがあがる。

「正確には十二年と三ヶ月と三日なんですけどね。待ってる間に僕はおじさんになっちゃいました」

彼は困った顔をしながら、おでこを右手でパシンと鳴らした。

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