一、王子様とお姫様
ここはどこだろう?
ベットに入った状態から見えてきたのは見覚えがない天井だった。
「ヨイショっと」
体を起こしてみるとやはりここは私の知らないどこかと気付かされる。白を基調とした部屋は私の部屋とは違い質素で寂しい感じがする。周りには変な機械がピコピコと光っている。
見覚えがあるのはガラスに挿された薄紫色の花くらいだ。
私はなんでこんな所にいるんだろ?
悩んでいるやグーとお腹が小さく鳴った。
「スイマセン」
「はい。何か?」
「908号の大河のお見舞いに来た者ですが入っても宜しいですか?」
「908、908。大河郁恵さんですね。親類か何かですか?」
「そういうのではないのですが……」
「スイマセンがその方との関係は?」
「あーと。なんて言うか古い友人というかー」
説明にしどろもどろになり話が進まない現状に困っていると、奥から年配の看護士がこちらに向かってくる。それが目に入るとホッとして駆け寄る。
「よかった。早紀さん」
「進君だったの。いいわよ行ってらっしゃい」
「今日も……」
「花でしょ。いいから時間無くなるわよ」
軽く頭を下げるとスーツに似合わない直に握った花を振りながら慣れた様子でエレベーターに乗り込んでいった。
「婦長いいんですか?うちはきっちりしないとうるさいじゃないですか」
いつもの婦長のまめさとの違いに不思議と思い問い掛ける。
「いいのよ。あなたは入ったばかりでわからないだろうけど、彼は病院公認みたいなものだから」
カルテの整理をしながら若手の看護士に返事をする。
「彼。何者なんですか?」
「越山進君」
「越山って……えー!例の王子様」
驚きの余り大きな声がでてしまう。人差し指を口に当てて早紀が大きな声を注意するとわかりやすく慌てて口を抑えた。
「その例のよ」
「でも噂は噂ですよね。私王子様って言う位だから、もっとカッコイイイメージがあったのに」
「王子様ていうのは、カッコイイからとは違う意味からのあだ名だからじゃないのよ」
「?」
「眠れる森の美女を起こそうとするから王子様。つけた私が言うんだから間違いないわ」
キョトンとしている新人をみてうるさくない程度の明るい声で笑った。
ハーと狭い部屋で溜息が出そうになるのをはっとして押さえる。溜息したら幸せが逃げてしまう所だった。そんな事気にして子供かよと自分でも思うけど、こいつはもう染み込んで離れられないんだからしょうがあるまい。
上を見上げるとエレベーターが今三階を通過した。
この密室に何回乗って、何回降りたのか?それに手に持っているくだらない見舞いの品もそうだ。人生がどんなに長いかは知らないが病院という小さな存在にどんだけの時間を費やし、これから費やしていくのか?なんてくだらない事を考えて答えをだそうとするが終わりは決まっている。
チーンとドアがひらいて、答えはこのエレベーターに置いて俺は目的を果たしにあの場所に向かう。
開かれたドアの向こう側には夜の病院らしく静かなフロアに蛍光灯によってできた寂しげな影が延びていっている。そして、歩く度に自分の足音以外は響かない廊下。病院に慣れた自分でもやはり気持ちいい物ではない。ぼつぼつと進んでいくと自然に足がドアの前で止まり軽くノックを二回鳴らす。
どうぞ
この返事を何百回期待した。その後の返しも何百通りシュミレーションした。
結局、今でもここに来ているのが現実なのだが。
一個の利点はマナー違反だけど、返事がなくても入れる事だな。
相変わらずの機械と相変わらずのベット、それに相変わらずのベットの上の物体。
俺が週一位のペースで見舞いの品を持ってこないと代わり映えのない風景になっていただろう。
とりあえず風景に変化を与えて、少しでも時間が進んでいると実感したかったのもあるけど。
「おい、元気か?今日は………何だっけ?確かルーゲンなんとかって奴だ」
慣れた手つきで花を移し替えるとベットのそばにあったパイプ椅子に座った。
さっきからこの人は何を言っているんだろう。
この人は私を知っているようだけど、私はこんなおじさんなんか知らない。
ただでさえ起きたら知らない病院で、めちゃくちゃお腹減ってて、知らないおじさんに話し掛けられなきゃいけないんだろう。
眠ってるふりをしてる間も話続けてる。リアクションのない私に話して何がおもしろいんだろ?
俺は医者じゃないから治療なんてできない。できるのは寝てる話し掛けるだけ。なんとももどかしいが俺にはこれしかできない。
「そろそろ時間か」
ただでさえ時間的に無理なのに、早紀さんに迷惑をこれ以上かけるわけにはいかない。
十数分程度しかとれない密会はこれで終わりとなる。もう一度ベットに寝ている女の子を見つめる。
ベットにスッポリ納まっている姿を見ると小さいと実感する。
髪も早紀さんが綺麗に整えてくれてる。早紀さんはコイツで遊んでるのかと疑う程にバリエーションが多彩になった時期があったけど、今は肩位の長さに落ちついたみたいだ。
顔は……………。
「不細工ではないけど美人でもないな。普通。中の下位」
カタと小さな音が音が鳴った気がしたが気のせいと流す。
本当に変わってない。
だから辛い。
辛さから逃れる様に出口に足を進める。
「じゃ、また来るから」
スライドドアの手摺りを掴んで静かに開けると立ち止まる。
「ほいたら、イク。生きてる間にもう一回」
出ていこうとした時。
「な」
「な?」
後ろを振り返らずに知った声に動きが止まる。
「なんでその別れ方知ってるの?それに私の名前」
振り返り声の主の姿が目に入ってくる。驚きのあまり、パチンと癖がでてしまった。
「デコポン、もしかしてサダ?」
久々に聞くあだ名たが、デコポンの痛さで現実である事もわかった。
長い間待ったというのに望んだ瞬間は呆気なく来るものだと思う。
それはそれで、俺にはイクが起きた時に言う事はずっと前から決めていた事があった。
「イ、イク、お」
「お?」
「お、はよう」
「夜だよ」
笑った顔はあの頃のままだった。いや、久々だからもっと、中の上くらいに見えてしまった。
眠れる森の美女は何百年後に王子様に起こしてもらい幸せだったけど、現実ではどうなるのか? コンセプトはまたいつか書きたいと思います。 下手ながら終わりまで書いていければいいと思います。