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原点

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※これはとある男の始まりの物語です。『誰』とは申しませんが……。

※こちらの短編は本編をお読みで無い方にも問題無く読めると思いますが、本編をお読みになってからの方が多分楽しめます。




 俺の母はとても家庭的な人だった。


 家は常に綺麗に整えられていた。


 公務員の父には毎日朝早く起きて作った手料理のお弁当を持たせ、俺や二つ違いの兄の世話もせっせと焼いてくれた。


 優しかった母。


 母を中心に笑いの絶えない明るい我が家。


 とても楽しそうにキッチンに立つ母の後ろ姿。


 だがそんな我が家にも一つだけ、人には言えない大きな秘密があった。


 いや、人にはじゃない。


 これは母にだけは言っちゃいけない、大きな秘密。


 俺と兄と父は、母に対して大きな秘密を持っている。


 父は優しい、穏やかな人だった。


 そんな父が俺や兄が物心つく頃に、何度も何度も必死に言い聞かせた言葉がある。


 絶対に言ってはいけない、ある言葉。


 秘密の言葉。


 これだけは何があっても、母さんには言わないでくれ。


 父は真剣な目で俺たちを見つめ、辛そうに顔を歪めながら俺たち兄弟に言い聞かせた。


 俺たちにはその頃にはもう、父の言う事の意味が漠然とわかっていた。


 俺たちの脳裏には、とても楽しそうにキッチンで料理を作る母の姿がある。


 だから辛かったけど、頷いた。


 秘密の無い家庭など存在しない。


 どんなに幸せそうに見える家庭にだって、大なり小なり秘密はあるものだ。


 俺たちは父と母の、いや俺たちの幸せな家を守る為に誓った。


 決してこの秘密を母に告げたりはしないと。






     *****






 俺がそれに気づいたのは祖母の元へ預けられた時だった。


 理由はもう覚えていない。


 俺と兄は三日間ほど二人だけで祖母の元へ預けられた。


 離れて行く母の背中。


 その背中に向かって俺は手を伸ばし、届かなかった手に無償に寂しくなった事を覚えている。


 もしかしたらちょっと、泣いていたかもしれない。


 これが俺の運命の日。


 俺の苦行はこの日から始まった。


 いや、苦行自体はもうとっくの昔から始まっていたのだ。


 だが俺が、”ソレ”が苦行だったのだと気づいたのがこの日だった。


 気づかなければ、そう云う物だと思っていられたんだろうか?


 知らない方が幸せな事もある。


 だが運命の悪戯が俺にそれを知らしめた。


 預けられた祖母の家。


 俺と兄の為にと祖母が用意してくれたもの。


 食卓の上に所狭しと並んだ、祖母の心尽くしの手料理。


 それを食べた瞬間、俺は知ってしまったのだっ!


 家庭的な母。


 いつも楽しそうにキッチンに向かう母。


 父のお弁当を欠かした事の無い母。


 その母の手料理は






 ……… ゲ・ロ・マ・ズぅぅぅぅぅー!






 絶対味覚。


 その時はそんな名前など知らなかった俺の特技。


 そんな味覚を持つ俺の舌はこの三日間で急激に祖母の手料理の味を吸収し、覚え込んで行った。


 その日から俺の苦行は始まった。


 祖母の味を覚えてしまった俺の舌に、日々食卓に並ぶ品々はきつかった。


 思えば俺が料理にのめり込んで行ったのは、あの時の記憶のせいかもしれない。


 俺は必死に考えた。


 日々与えられる苦行を前にして考えた。


 どうすれば『アレ』がまた食べられるのか。


 どうすれば今の『コレ』から逃れられるのか。


 今の俺を形作る、全ての出発点。


 それが運命の、あの日。




 俺と兄は迎えに来た父と母の手を振り払い、祖母にしがみ付いていた。


「「ばっちゃー、ばっちゃー」」


 舌足らずな俺たちが必死に祖母を呼ぶ。


 迎えに来た母に訴える。


「やー、いる(・・)ぅー。ばっちゃ、いる(・・)ぅー」


 大声で泣く俺たち。


「まあまあ、こんなに懐いて」


「嬉しいねぇ」


 俺たちが祖母の側に「る」と言って泣いていると思い、和やかに笑っている大人達。


 真実は祖母の『手料理』が俺たちには「る」のだと言って泣いているのだと知ったら、果たして母は笑ってくれただろうか。




 ……謎は永遠に謎のままに。








 完






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