アドルフィーネとアドルフ おまけ
―――ディー、それはなんだ
―――ええと、………拾った?
右肩の上に茶色の羽
左手に子供抱きは白い羽
―――置いてあった場所に戻して来なさい。
眉ひとつ動かす事無く言い切ったっ!
その男の名は傭兵隊副隊長ガストン。またの名を鉄壁の理性。
強面の顔、眉間には三本の皺が常駐勤務。口数少なく、常に理性的。
放つ言葉は的確に敵の急所を抉りとり、返す刀も忘れない。
ディーンの手綱をとれる数少ない逸材。
糸が切れた凧のように好奇心の赴くままに、傭兵隊を引き連れ(引き回し)あっちへふらふら、こっちへふらふらとするディーンに反省を促し、一週間料理禁止の厳罰を下せる唯一の男。
ちなみにその一週間のディーンの食事はよその傭兵隊御用達。
傭兵による、傭兵の為の、由緒正しい非常食。
ディーン曰く、豚の飯。
一度ディーンにその厳罰を処した副隊長は、この傭兵隊内では神と同列の存在として崇められ、隊員たちの畏敬と畏怖の念を一心に集めている。
※ ※ ※
ガストンは内心はどうあれ無表情にディーンに問う。
「……何故だ」
視線の先には何やらご機嫌な様子のディーン。
すでに羽の生えたお子様二人は治療師のダーヴィットの元へ送還済みだ。
悪名高いダーヴィットとはいえ、いたいけな子供相手にあーんなことや、こーんなことは、まさかしないだろう。意識の無い子供達は他の隊員たちの手によってディーンの元から運ばれて行った。
この大陸にはいくつもの国があるが、どの国を見ても安全に生活できるのは一握りの人だけ。多くの護衛に囲まれ恵まれた生活ができるのは貴族や裕福なもの達だけの特権。
少し大きめの町で通りを外れて暗がりに目をやれば、そこにはひっそりと蠢くものがいる。
そこにもそれなりの秩序とルールは存在し、全くの無法地帯では無い。
そこに蠢くもの達は、子供であれ、大人であれ、それに従い生きている。
そのルールと秩序が暴力を持ってなされるものであったとしても。
子供が『道に落ちている』事などなにも珍しい事では無い。
傭兵としていくつもの国を渡り歩き、国の裏側、都市の暗部を散々見てきた。それが今さら子供の一人二人拾って何になるのか。
傭兵の生活は傍で見るほど楽なものではない。
貴族の元で下っ端の兵士をやるよりは、一度の実入りは良く見える。
だがそれは兵士の様に常に支払われ、安定した生活の基盤となるようなものではない。
割りのいい仕事にありつけたとしても、次はどうかわからない。
いつ仕事にあぶれるか、先の保障は何も無い。
自らの身体と腕、後は運に委ねて生きていく。
身体を張って仕事をしても、怪我をすればそれで終わり。
国に仕える騎士や兵士の様に保障も無ければ金も出ない。
吟遊詩人がその勇壮果敢な戦いをどんなに華々しく歌おうと、荒くれたちが酒の肴に自分の勇士を語ろうと、その実態はその日暮らしで家もなし。
ディーンにそんな事がわからないはずはない。
だから、何故。
「えっ、珍しかったからっ!」
翼人族は町に薬草を売りに来たりギルドに薬を下ろしたりはしているが、実際に町で見かける事はかなり少ない。子供ともなれば尚更だ。
声高に言える事でもないが翼人族の子供の羽は一枚一枚が小さく、その柔らかさは格別の物。大人の羽は大きく、美しい羽色をした物は大変に見栄えがする。
そのままで飾っても良し。羽だけを飾りに加工しても良し。
今は表向きは規制が敷かれ一時の様な無茶苦茶な乱獲は表立っては行われていない。だが裏では法の目などあって無き物なのはいずこも同じ。
そんな事もあって、街で見かける翼人族は数も少ないが、あまり綺麗な羽の色をした者はまず見かける事が無い。そんな中で偶然見つけたのが真っ白い羽をした、まだ生え変わる前の子供の羽。
ついつい物珍しさにふらっとやってしまった感は否めない。
暁にはダーヴィットがいるが、あんなものを代表にされたんではいくらなんでも翼人族が気の毒だ。
上機嫌なままにふざけた事をあっさり言い切るディーン。
絞め殺してやろうか。ガストンは変わらない表情の下で淡々と考えた。
その気配が伝わったのか、ディーンが顔を引きつらせ必死に弁解を始めた。
「ええと、ほら、翼があると空からの偵察とか、魔獣の動向も良く分かるだろうし。人相手の仕事だと空からこっそり追ったりも出来るし」
眉間に三本の皺を刻んだまま、無表情でガストンがディーンを見る。
一秒、二秒、三秒……………。
耐え切れなくなったディーンの目がほんの僅かに泳ぐ。
「………今、考えたな」
ガストンの呟き。
ディーンの額に浮かぶ冷や汗。
手に汗握る無言の攻防がひっそりと静かに繰り広げられる。
その攻防の終止符は意外なところから高笑いと共にもたらされた。
―――ヒーヒッヒッヒーッ
静寂を破るけたたましい高音。聞きたくは無いが、嫌になるほど聞き覚えのあるその響き。
「でかしたーっ! 若造、でかしたぞぉぉぉっ!」
相変わらずのボサボサ髪、血走った目で叫びながら飛び込んできたのは子供たちの治療をしているはずのダーヴィット。
その幽鬼もかくやと云う様な風貌と鬼気迫る勢いは、知らない者が見れば慌てて逃げるか剣を抜くかのどちらかだろう。だがこの傭兵隊では悲しい事にすでにお馴染みの姿。
ダーヴィットは何か熱中する物が出来ると一気にこの状態へ突入する。
ガストンとディーンは一先ずこちらを先に片付けようと目と目で会話する。
―――こんなものが横にいたんでは、まともに会話は成り立たない。
ディーンとガストンは心の中で同時に同じ事を考えながらダーヴィットに視線を向ける。
「一体どうした。子供たちの治療は?」
ディーンは取り合えず聞きたかった事を先に聞く。
「だからでかしたと言っておるじゃろうがっ!」
うん。話にならないね。いつもの事だけどね。
心の中でディーンは自分で自分を慰めていた。
そんなディーンの様子に全くかまう事無く、いつも通りに話を進めるダーヴィット。
「実験じゃ、実験じゃっ! 若造、良いものを拾ってきたぞ。あやつは翼人族の希少種じゃ」
話が見えないディーンとガストン。
だが、ダーヴィットが言う『実験』の響き。
嫌な予感しか感じない。
二人で顔を見合わせ、お互いの目の中に同じ思いを感じとる。
―――何か知らんが、まずいっ!
「ちょっと待て、実験て何だ。希少種って何だ。お前まがりなりにも同族だよなっ!」
矢継ぎ早にディーンが問う。
ダーヴィットは翼人族。まさか同じ種族の小さな(?)子供相手におかしな事にはなるまいと思っていたが、甘かった。
イッテしまっているマッドサイエンティストならぬマッドドクターに、それが何かはわからないが餌を投げ入れてしまったようだ。
ここで食い止めなければっ!
ディーンには拾った責任もある。ディーンは実は結構子供が好きなのだ。
そのディーンをうるさげに見るダーヴィット。
「じゃから、あやつは希少種なのじゃっ。風の魔術使いじゃ」
そんな事も知らんのかという風に応えるダーヴィット。
だがディーンにはそう言われても話が見えない。確か翼人族の中ではごく稀に風使いが現われると噂で聞いたことはあるが………それが何?
首を傾げるディーンや無表情のガストンにかまう事無くダーヴィットの暴走は止まらない。
「翼人族は数が少ない上にほとんどが隠れる様に暮らしておる。さらに風使いは滅多に生まれん。ワシも見るのは初めてじゃ。どうやって魔力を飛ぶ以外に使っておるのかもわかっておらんのじゃ。ああ、実験じゃ、実験。謎の解明じゃ」
興奮状態が更に上昇したのか背中の羽がバサバサと忙しない開閉を繰り返す。
地味に邪魔だからやめてくれ。
ディーンは心で呟きながらも、やっと話が見えてきた。
ディーンとガストンはゲッソリとやつれた気分で、目の前で楽しげにヒーヒー笑うマッドなくそじじいを眺める。
どうやらディーンの拾ってきたお子様は何やらダーヴィットの研究心をいたく刺激するものだったらしい。こうなったダーヴィットの暴走を止めるものは何も無い。
だがなんとか食い止めなければっ!
固い決意をするディーンの脳裏に過ぎるのはいたいけな二人の小さなお子様の姿。
すでに成人ちょい前くらいには大きかった気もするが、そこは脳内補正でカバーする。
「あー、取り合えず、何か実験をする時は事前に俺に報告と許可をとる事。後、俺の立ち会いの元、本人達の許可もとる事」
ここはすごく大事だからな。とディーンは本人許可の部分と自分が立ち会う事をしっかりと強調し、二回繰り返す。
固い決意の割に、弱いっ! なんとも弱腰な制止。
聞いているのかいないのか。相変わらずヒーヒー言っているダーヴィットを横目で見ながら、
―――もしかしてあのままあの路地裏に置いといた方があの二人には幸せだったんじゃ………。
ディーンは二人の子供の未来に人型をしたどす黒い影を落としてしまった様な気がして、暗澹たる思いに溜息をついた。………ああ、どうかあの二人にちゃんと帰る場所がありますように。
その横ではなし崩しに纏まってしまった感のある現状に、やっぱり無表情のままのガストンもディーンと同じく溜息をついていた。
―――はぁぁぁ
ディーンパパ、華麗に見参!!
えっ、何であんな所にいたのかって?
それは大人の事情と言う奴ですよ。ええ、『大人』の……。