アドルフィーネとアドルフ 後 編
アドルフ・アドルフィーネ視点
目が覚めたら身体が揺れてた。そこがどこかを確認するよりも先に本能でフィーを探してた。
すぐ隣に顔があってほっとした。それでやっと他に気が回るようになったけど、もしかしたら、そうならない方が幸せだったかもしれない。
動かない手足、お腹と肩に感じる激痛。酷く揺れる度にそれがヅキヅキ、ヅキヅキ、自己主張を始める。
息を飲んで衝撃をやり過ごしながら、ゆっくりと周りに目を向ける。
どうやら薄暗い馬車の中にいるらしい。隣を見て思わず叫びそうになる。それを必死にこらえて、静かに手足を縛られたフィーに呼び掛ける。
なかなか目を覚まさないフィーに焦れながら、何度も何度も小声で呼びかける。
もしかしてフィーもどこか怪我でもしているのか、焦燥が胸を襲いだしてしばらく、やっとフィーが薄らと目をあけた。
ゆっくりと瞬きするフィー、焦れて時間がひどく遅く感じる。
やっとはっきり目が覚めたのか、思い通りに動かない手足にギョッとなると必死に起き上がろうとする。そんなフィーを碌に動かない手足で宥めて落ち着かせながら元気な様子に心の底から安堵する。
逆にフィーは俺の状態に気がついたのか泣きそうな目で俺を見る。
大丈夫だよフィー。まずは現状の確認だ。
※ ※ ※
目を覚ましても悪夢は覚めてくれなかった。
アドの怪我はひどくて、目を開けているだけでも辛そうだった。
馬車が揺れる度に隣からはこらえきれない呻き声が聞こえる。
私たちの乗ってる馬車の周りは、何人かの男の人たちで囲まれていて、モウカッタ、とか、ツイテル、とか言ってる声が聞こえてくる。
縛られている私の身体。碌に手当てもされず、転がされているままのアド。いくら世間知らずでも、これがどういうことかくらいはわかる。叫び出したいけど、隣にアドが居る。ただそれだけが私の精神をかろうじて繋ぎとめていた。
どれくらい時間が経ったんだろう。また少し眠っていたらしい。こんな状況で眠れるなんてと、ほんの少し可笑しくなる。でも、もしかしたら、オカシクなっているのは私の心の方かもしれない。
眠ったらほんの少しだけ冷静になった気がする。気のせいかもしれないけど、病は気から、とか言うし、きっとそう思うのも大事だよね。
まずはアドの様子を見てみる。動かない手足を芋虫のようにズリズリとアドに近づいて首をのばす。手当はほんの申し訳程度にだけど、してあるみたい。少しだけほっとする。
安心したら、今までアドばかりに気が行ってたから気付かなかったのか、外の声がまた少しだけ聞こえてくる。
ここを飛び出しても男の人がたくさんいるみたいだし、動けないアドを置いて行くわけにはいかないから、しばらくは大人しく様子を見るしかないと思う。
捕まえて運ぶって事は取り合えず、すぐに殺されることはないかなって思う。
これからの為にまずは様子を見なくっちゃ。
段々、私たちがどうされるのかわかってきた。
外の男たちが、白い翼はきれいだから貴族が観賞用に飼いたがる、とか、茶色の羽のほうは男だし、観賞用には無理だな、とか、言ってる声が聞こえてくる。
アドを馬鹿にされたみたいで、すごくムカつくけど、男が水を飲ませに来た時にアドの手当をさせてもらえるように頼む。
こんな男たちに頼みごとをするなんて心の底から嫌で嫌で死にそうになるけど、アドの為だから我慢する。お姉ちゃんなんだから、アドのことは私が守らないと。
男たちも死なれては困るのか、結構あっさりと聞いてくれて替えの布と薬草を少しだけ分けてくれた。手当をしている時だけは手の縄だけ解いてくれた。
くっきりと縄の跡が青くなってて、自分の手だけどなんだかぞっとした。
アドは簡単な手当てしかされていなかったせいか、それともこんな状態で馬車なんかに揺られているせいなのか、身体がひどく熱を持っていた。
アドの額に手を当てながら、嫌な事ばかりが頭を過ぎって手の震えが止まらなかった。
夜になったら馬車から降ろされて、どこかよくわからないところに連れて行かれた。
何も無い部屋の中に押し込められたけど、アドと一緒だったから良しとする。アドも揺れが無くなって少し楽そうだ。
次に男が来たら、またできるだけしおらしく包帯の替えと薬を要求しよう。
窓のないおかしな部屋で時間の感覚ははっきりしないけど多分三日くらいが経った。アドはどうにか熱が下がって怪我の無い方の手をゆっくりとだけど動かせるようになった。
折角熱が下がったのにまた馬車に乗せられた。今度の馬車はおかしな馬車だった。私たちの他に何かいろいろと積んであって、奥の方にほんの少し空間が開けられていた。
私とアドは奥で大人しくしていろといわれた。
仕方なく二人で肩を寄せ合って、すみっこに座ってた。
どうかアドの熱がまたぶり返したりしませんように。
外が何か騒がしくなった。
男が一人入ってきて、床の一部に手をかけて、あっという間にそれを引きはがした。壊れたって思ったけど元々下に薄く空間が作ってあって、収納庫になってた。
私たちはそこに収納された。
もし少しでも声を出したら即殺すって言われた。
板を元に戻しても脅しのつもりか、上から木の箱を一定間隔で蹴る音がつづく。
しばらくして外のザワメキが段々静かになって、単調な馬車の揺れと馬の嘶きだけが聞こえるようになった頃、天井が開いて私たちは物から人に戻った。
私たちはその後も何度も収納され、たまにまたおかしな部屋に入れられ、また馬車に乗せられるを繰り返した。
その間私はアドと一緒で、怪我の手当てが出来たので、他の事はどうでもよかった。
アドの包帯を替える自分の手が少し筋張ってきた気がするけど、気のせいかな。
一月ほどそんな生活を繰り返して、アドの包帯に血がにじむような事はもう無くなった。壁に手をつけばゆっくりと歩けるぐらいまで元気になった。
ほんの少しだけ、恐くなくなった。
閑人です
文中でのフィーによる「病は気から」は微妙に誤った使い方ですから御使用にはお気をつけ下さい。
えっ? わかってる?
まあ、念の為。