よし、土の精霊を起こしに行こう。
なんでもあり。
「お嬢、やっぱり植物が育ちません」
そんな報告に頭を抱えるのは、これがはじめてではなかった。
はあ〜〜あ、こりゃあ起こしに行かねばならんか…。
半月くらい前から国の植物たちの育ちが悪いとは、国のお偉いさんにも報告がいっているはずだ。
それは我が領地も同じで、畑で野菜なんかを育てている領民からひと月ほど前から報告が上がってきている。
種を植えても芽が出ず、芽が出ないから何も世話できず、なかなか歯痒い時間が続いている。
そして、何より土がおかしい。
これはまずい、今年は不作かもしれない。
国に備蓄がどれだけあるかわからないが、我が末端領地にまでお恵みがあるかどうかは正直怪しい…。
「どうしますか、お嬢…」
領民の不安そうな顔に、私は決意をしなければならないのだろう。
こうなったら、重い腰を上げて向かうべきところへ向かわねばなるまい。
…………正直、他の誰かに変わってほしい案件だけれど、こんなことができるのは『精霊の祝福』を受けている人間だけだし。
それに該当して、なおかつ人のために動かなければならない身分の人間となると、すぐに身軽に動ける人間は私くらいなものだろう。
王太子殿下の婚約者殿とか、司祭殿とかを、森に放り込むわけにはいかないし……。
貧乏領地末端貴族令嬢の私が行ってきますよ、はい。
というわけで、森の奥深くに行く準備を済ませて、私は白き森へと出かけていった。
白き森とは、この国と密接関係にある精霊が住んでいる森だ。
精霊に生かされ、また精霊を生かす存在として、長きにわたり交流が続いている。
白き森は普通の人間は立ち入り禁止だが、精霊に愛されている者、つまりは精霊の祝福を受けている者は入っていいことになっている。
『精霊の祝福』と仰々しく言うが、要は精霊のお気に入りの人間というだけだ。
それは精霊によって選ぶ基準が違うので、祝福を得られれば誇れるというものでもない。
歴史書に載っている祝福を持っていた人間の中には、国家反逆者もいて、その人間の好かれていた理由は『アグレッシブで元気で気持ちが有り余っていて見ていて飽きない』というなんとも自由な理由だったので、選ばれたから崇高な人間というわけでは決してない。
精霊に気に入られると、手首の内側に紋章のようなものが現れるので一目でわかる。
それを、『精霊の祝福』と呼んでいる。
「……はあ、なんで、こんなに苦労してまで、森に入らないと、いけないのよっ…」
息も絶え絶えになりながら、鬱蒼とした森の中を進んでいく。
精霊たちは自然が大好きなので、森を管理して整えるなど言語道断であり、その生えたい放題の森を人間が行くには困難な道のりである。
精霊たちはよっぽどのことがない限り森の中から出てくることはなく、普段は国の中心にある円形状の森の真ん中あたりに住んでいる。
とにかくこれが遠いのなんの、いくら私が末端とはいえ貴族令嬢に野宿させる距離を歩かせるのはいかがなものか。
数日かけてようやく辿り着いた精霊の住処には、仲良く精霊たちが集まっていた。
「あ、あの、すみません」
喉カラカラの状態でヘロヘロになりながら近くにいた精霊に声をかけると、私に気づいて数名がふわりと飛んで近づいてきた。
「あらあら、人間の子じゃないの。どうかしたの?」
精霊たちの言葉は、私たち人間と同じ言語ではないため聞き取れているわけではないが、耳元で響く音でなんとなく何を言っているのかがわかる。
「あなた、顔に疲れが出ているわよ。大丈夫?」
「ほら、そこの葡萄の実よ。これで喉が潤うわ」
「…あ、ありがとうございます」
白き森で育つものなんて瑞々しいに決まっているが、口に含むと一気に生き返るようだった。
こんなふうにうちの領地でも育てばいいのにっ!
と思って、目的を思い出した。
「ありがとうございます、生き延びました。ところで、土の精霊殿たちはどこにいるか知りませんか?」
私はもっと食べたかったな葡萄…と思いながらも、駆け寄ってきてくれた精霊たちに尋ねた。
「ああ、彼らなら冬眠しているわよ」
「冬眠!? これからますます夏に向かうのに冬眠ってなんですか、季節忘れたんですか!?」
「あらあら、そんなに大きな声を出さないで。私たちに言われてもわからないわ」
そう言って、風や水の精霊たちは悲しげな顔をしていた。
おっと、困らせてしまった、いかんいかん。
私が話があるのは、土の精霊なのだし。
「……彼らの寝床、…冬眠場所を教えてもらってもいいですか?」
精霊たちに案内されて、住処の端っこに来た。
葉っぱが山盛り積まれたベッドのようなものの上に、幾人もの土の精霊たちが横になっているではない。
これはまた、見事に全員働いていない…。
絶望の淵に立たさせそうになったのをなんとか留まって、私は土の精霊たちに声をかけた。
「あのぉ〜、土の精霊の皆さん? 何をされていらっしゃるのですか? 具合でも悪いのですか?」
「……」
「無視しないでもらってもいいですか〜?」
「……」
「おーい」
「…………」
「…………」
全く返事がないので、私は背負ってきていた鞄の中からお鍋とお玉を取り出した。
そして、何か合図もすることなくそれらを叩き合わせて、けたたましい音を森中に響かせた。
ガンガンガンガンガンッッ!!!!!
近くにいた精霊たちが耳を塞ぐように逃げていって、眠っていた土の精霊たちは体を起こし始めた。
「なっ、何事だ…!? 異変か!?」
「う、うるさい…、やめてくれぇ!!」
「怖い、なんだ!?」
こっちだってこんな手段は使いたくないが、精霊の嫌いなものくらいは把握している。
ガンガンガンガンガンッッ!!!!!
ようやく目を覚ました土の精霊たちが私を見て状況を理解したのか、慌ててこの音を止めるように言った。
「それをやめてくれっ!!!」
「おはようございます、土の精霊の皆さん。どうして今働いていないか、尋ねてもよろしいでしょうか?」
畑に種を植えても生えてこないのは、土の様子がおかしかったからだ。
太陽もそこそこ出ているし、雨だって必要な分が降っている。
例年と同じ気候に、例年と同じものを植えていて、土だけ干からびたようにおかしな色をし始めていたのだ。
疑うべきは土の精霊たちだと思ったら、まさかの全員で寝ていたとは。
「我々は、最近働きすぎている。休暇も必要だ」
「ほう、どのように働きすぎなのか教えていただいても?」
私がそう尋ねると、ムッとした顔で反論された。
「貴様らは品質改良をしすぎなのだ!そのためにこちらがどれだけ維持せねばならんのか知っておるか?」
手前にいた精霊の発言に、他の土の精霊たちも「そうだそうだ!」と声を上げていく。
いや、それはお互い様だし、だってそう決まったじゃないの。
「それは、国のお偉いさんとあなた方とで協議をして決まったことではありませんか。あなた方が『できる!任せろ!』と言ったのでしょう?」
「そ、そうだが」
「大変だと言いますが、こちら側だって精霊に悪影響の出ない方法を取っているではないですか。何を今更そんなことをおっしゃっているのですか? まさか見栄を張ったなどではありませんでしょう?」
「ギクッ…」
「大体、品種改良なんて何年も継続して行っているものではありませんか。一年のうちに、どかんと仕事の皺寄せがいっているわけでもあるまいに、何を言っているのですか?」
「うぐっっ…」
「まさかとは思いますが、サボりたいだけとかではありませんよね?」
「あう……」
次々と質問で攻めていくと、土の精霊は今まさに領地の畑の土が干からびているみたいに、態度がしおしおと萎れていった。
他の精霊たちは、私と土の精霊たちの様子を距離のあいた場所から見守っている。
私だってこんなこと言いたかないが、いくら精霊が気まぐれとはいえ、約束は守ってほしいものである。
「サボりたいだけで寝られてしまって、私たちが今どれだけ迷惑を被っているか知っています? 芽も出ずに何も育っていないのですよ?」
「……でもでもっ、土を維持するのだって疲れるし」
「人の営みの真ん中にある白き森を維持するのだって、私たちも大変ですよ?」
「そ、それは…」
「他の種族に脅かされてきたから、あなた方は我が国に救済を要請してきた。だからこそ我々は協力関係であるのだし、我が国は1000年前からこの白き森を存続させている。違いますか?」
「だがっ…!」
「森中に油を撒いて火をつけてもいいんだぞって言っているんですよ。1000年前と同じような運命を迎えますか? 命からがら、今度はどこへお逃げになるのですか?」
最終手段として脅しに出ると、土の精霊たちはふるふると怯え出し、最終的には泣きそうな声でこう言ったのだった。
「…………今まで通りで、よろしくお願いします」
よし、勝った。
私は満足してお礼を言うと、森をあとにしたのだった。
そうして、翌日にはちゃんと畑から芽が出るようになったらしい。
その頃はまだ森を歩いていたから知らないが、報告書にはそう書いてあったし、帰ってから私も自分の目で確認しに行ったので、畑は大丈夫そうだった。
よかったよかった、不作は免れそうで。
だけれど、畑に芽が出たのと同時に雨も降ったし、川の水位も上がったし、風は心地よく満遍なく吹いたそうだ。
これはあとから聞いた話によって判明したんだけど、私の土の精霊への脅しっぷりに怯えた他の精霊たちが、翌日ガッツリ働いてくれたかららしかった。
悪かったって……!ごめんって!
私は土の精霊を起こして、普段通り働いてほしかっただけなんだよ!
私としては、あんなふうに大勢の前で叱るべきではないのだなと反省したのだった……。
了
お読みくださりありがとうございました!!
278日目。




