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第七話    ~山近街道を行く~



 西に摂泉国(せずみのくに)、南に大奈国(おおなのくに)、そして東に近滋国(このしげのくに)

 山波国に隣する、主に関わりの深い国々である。ちなみに北は湾。

 イナリ姫と共に京を出発したアンズが今回向かうのは、東の近滋国方面だ。


 近滋国は、広い国土の真ん中に、和大国でも間違いなく最大と言われる、巨大な近淡湖(ちかあわこ)を擁している。

 それは物見するだけでも見応えがあるもので、アンズも過去にナルミに連れていって貰ったことがある。

 近隣の国で富豊かな者であれば、物見目当てで近淡湖を眺めに来ることも多いほど、大いなる自然の名物に恵まれた国だ。

 東西を駆ける飛脚らが、余程の遠回りにもならぬ限りであれば、近滋国を通ってその大湖を眺め、日々の心の疲れを洗い流すというのもよく聞く話。

 アンズもお仕事だとかは抜きにして、またゆったり遊びに行ってみたいと思う国の一つである。

 今や巫女ゆえ山波国を、神社を長く空けづらい彼女には叶え難い夢なのだが。


 近滋国を越えてさらに、いくつかの国を越えた先、倉鎌へと赴くのがイナリ姫の里帰り。

 アンズがイナリ姫を護送するのは、近滋国との国境(くにざかい)までだ。

 その国境までの道となる山近(やまちか)街道は、山波国から東へ行くための道として入念に整えられた、馬の蹄にも優しい平坦な道である。


 倉鎌幕府が成立するまでは、和大国の中心地と言えば山波京が唯一であったのだが、遥か東に政の象徴が誕生すれば、二つを繋ぐ道の重要性が各段に増す。

 元より東西の交易路はある程度均されていたのだが、京の貴族と倉鎌の武家、その要人やその遣いが東西の往復機会が増えると、いっそう道は整理された。

 俗には国道(くにのみち)とも呼ばれている、東西を繋ぐ道の数々の中でも、特に治安良く安全に、歩きやすく整えられた道がいくつかある。

 山近街道もその一つで、国境を越えれば近山(ちかやま)街道と名を変えて、そのまま近滋国で最大の村、近滋村へと繋がっていく。

 見晴らしが良く、賊の潜む所が無く、街道周辺の村や茶店も行儀良くせよとお達し強く、治安においても念入りの街道。

 間違いなど起こってはならぬ姫君の御身、それが東へと向かうのであれば、山近街道をおいて他に選ぶべき道は無い。


 まして、行列とも呼べそうなほどの護衛を引き連れての行軍だ。

 何かの間違いなど起きようはずもない。誰しもがそう思うだろう。

 逆に言えば、それほど確信できなければ国を渡ることなど危うしとして認められぬほどには、イナリ姫は喪われてはならぬ人物ということである。






「はい絶対何かあるぞ~。

 あって欲しいとは微塵も思ってないけど」

「絶対何かあるだろうねぇ~。

 なんにも起こって欲しくないって心から思ってるけど」


 そんな要人護衛の旅路の中、アンズとコナツの表情の曇りっぷりは中々のものである。

 空も曇っている。ただ、晴天であっても二人の気分は曇り倒していただろう。

 だって嫌な予感しかしない。


「おいおい最も若い衆、不謹慎な内容のお喋りはやめてくれや。

 縁起でもねえだろうよ」

「内心では功を望んでいるのかもしれんが、何事も無いのが一番であろう。

 滅多なことを口にするのはやめて貰いたい」


「そうは言いますけどね、"コガラシ"の大将。

 これで何も起こらないことを想定する方が楽観的だと思うんですけど」

「あのぅ、"ユキタダ"さん……

 口が軽かったのはお詫びしますけど、ぜ~~~ったい何かあると思いますよ」


 イナリ姫おわす籠を真ん中とする、縦に伸びた護送行列。

 その籠のすぐ前にいるのが、この護送団の指揮を務める二人の男であり、アンズとコナツもそのそばで共に歩いている。


 一人は、馬に跨り槍を握る中年の武士であり、この護送団に抜擢された武士らを纏める"コガラシ"という男。

 最高位を表す色とされる紫染めの鎧と兜は、今日の一団における立場を表すものであり、屈強な体格や厳めしい顔つきからは歴戦の気配が誰の目にも伝わる。

 黙っていると強面で人を寄せ付けにくい人物だが、己が跨る馬の隣を歩くコナツに話しかける顔は気さくであり、話してみれば案外穏やかな人物だ。

 敵対勢力と対峙すれば一瞬で鬼へと豹変するであろうことは想像に難くないものの、有事無き今は気のいいおっちゃんだというのがコナツらの所感である。


 もう一人は、こちらも意味のある紫の烏帽子を頭に乗せた、旅路向きではなさそうな公家の服を身に纏う"ユキタダ"という男。

 こちらはこの護送団に抜擢された陰陽師らを纏める立場なのだが、特筆すべきは二十歳過ぎというその若さ。

 姫君の護送という大任を預かる者達は、相応の実力が求められるぶん、その実力の研鑽に費やした歳月もあってか平均年齢がやや高い。

 そんな中でユキタダのような若者が指揮官を担うというのは、彼の実力や指揮能力が卓抜した証左であり、その秀才さが容易に想像できる。あるいは天才か。

 物腰柔らかそうな若き男前の顔立ちではあるのだが、口を開くと冷ややかな声、その表情もあまり豊かではなく、少し取っつきにくさがある。

 重要な任ゆえ常に気を張っている勤務態度は当然だが、ある意味ではコガラシとは対極的な存在である。


 黙っていれば怖いけど、話すと柔らかいコガラシ。黙っていれば目の保養になる男前だが、口を開くと少し怖さが見えるユキタダ。

 高齢の域にあるコガラシと若年のユキタダ。片や得物は刀、片や得物は符。

 対極的だ。両者の馬が合うとすれば、京と姫君への忠誠心ぐらいのものだろう。


「この護衛の数、少なすぎるでしょう。

 大将軍様の親族に万が一のことがあったら、京も幕府も大揺れじゃないですか」

「武士や陰陽師の方々を信頼していないわけじゃないですけど、イナリ姫様の安全を確信するにはこの倍ぐらいの兵力が必要だと思いますよ。

 どこのどなたがこんなひどい采配したのか存じませんけど」


 前者がコガラシに返答したコナツ。後者がユキタダに返答したアンズ。

 この護送団は、武士と陰陽師、そうでないアンズとコナツを合わせ、おおよそ総勢五十名余りの頭数で構成されている。

 たった一人を護送するためにこれだけの人数が動くのは、イナリ姫の特別さを物語るには充分、と言えるだろうか。


 答えは否。断じて否である。

 幕府から京に嫁いだ将軍家のイナリ姫は、東西の政の総本山を繋ぐ重要な地位にあり、万一のことなど間違っても起こってはならない立場だ。

 里帰りのこの旅路、イナリ姫に傷一つでもつけば、京の護送が幕府の姫君を軽視したものと見做され、政争の火種になることなど目に見えている。

 それこそ、万一あろうと相応の兵力を揃えていればまだ話になるのだが、五十名余りの護送団に姫君を重んじましたという説得力などあるはずがない。

 せめてこの倍、頭数の桁が三である兵力をここに割いて、初めて姫君の無事に全力を尽くしたと主張し始められる話である。


「どうであろうと俺達は為すべきことを為すだけだぜ?

 何事も無く姫様を幕府まで送り届ける、それだけ考えていればいいじゃねえか」

「兵力の少なさを言い訳に、出来ませんでは姫様の護送は務まらぬ。

 危惧や懸念より、有事の際にどのように動くか、様々な状況を想定した上で意識を高めることにだけ努めればよい」


「ま~、それはそうなんですけどね。

 確かにどっちにしたってやること変わりませんけど。

 最悪、俺がこの身体を盾にしてでも姫様護ればいいんでしょ」

「それはそうでも私は納得できませんよ。

 意識は高く持ちますけど、それとあるべきはずのものが無いのは別問題じゃないですか。

 自分への負担どうこうはどうでもいいんですよ。そんなことより……」


 どん、と後ろで重い音がした。

 ぐちぐち言ってたアンズも思わず言葉が途切れ、歩きながら音のした後方を振り返る。

 同時に漂う妙な空気。

 苦笑いするコガラシと、額に手を当て溜め息をつくユキタダ。


「……………………えっ?

 うるさかった、ですか……?」


 もう一度、どん、という音が聞こえた。

 イナリ姫の籠が小さく揺れながらだ。

 その音が、イナリ姫が内側から籠を殴るか蹴るかした音だと気付いたアンズは、ちょっと蒼ざめかけている。

 籠の中におわす怖い怖い姫様が不機嫌なのは見るも明らか。


「あ~……その、な?

 今回の護衛団の人数と人員を采配されたのは、姫様でな?」

「……お前はこの護衛団を指名された姫君の采配を、恐れ多くも口さがなく批難していたというわけだよ」


「………………え゛……」


 どずん、と一際大きな音と共に籠が揺れた。

 恐らく蹴っている。それもかなり強く。

 真相を教えてくれたコガラシやユキタダは既に、知らないぞという顔でアンズから目を切っている。

 籠を抱える武士の人足二人も、皇族であり将軍家の姫君でもある人物のお怒りっぷりに、戦々恐々という心地だろう。

 アンズが尚更そうなのは、冷や汗汗だくだくの顔色からもわかりやすい。


「だ、だ、だ、だって、知らなくて……

 わ、私、その……イナリ姫様の御命を軽んじたような采配を、他の人がしてたなら許せないな、って……

 そそそ、そういう話でありまして、あくまでも……」


 ばこん。


「ぴいっ!?

 すすすすいませんでしたああぁぁぁ!!」


 本心からの弁解であるのはコナツにもコガラシにもユキタダにも見えたのだが、イナリ姫はお許しにならなかったようで、四発目にして一番強い蹴り。

 もう駄目、怖すぎ。アンズは籠に背を向け、離れて並ぶ護送列の数人ぶん前の方まで逃げていった。

 実際、ここまでおかんむりのイナリ姫は近くにアンズを置きたくないであろうし、今はとっとと離れた方が吉なのは確かである。


「とりあえず慰めてきますね。

 なんかあったらすぐ戻りますんで」


 大へまをやらかしたアンズに苦笑しながら、コナツはコガラシとユキタダに一礼して、アンズを追ってその隣の位置を目指す。

 噂には聞く山波神社の頼もしき巫女とて、初めて見る姿があれではコガラシもユキタダも、片や苦笑し、片や目をしかめ、大丈夫かと思うばかり。

 とりあえず現状、アンズは巫女として神様の凄さを知らしめるどころか、このまま終わると名を落とすだけで帰るの流れである。


「コナツ、ごめんねぇ……

 お友達になって間もないですけど、永遠のお別れは近いかもしれませぇん……」

「いくら何でもあの程度の失礼で死罪になんてされねえだろ。

 後日とんでもないお叱りは受けるかもしれないけど」

「その時私は、きっとむごたらしい死を迎えるのだよ……

 いや、もしかすると自殺した方が少しでも苦しまずに逝ける……?」

「お前、本当にイナリ姫様のことが苦手なんだな」


 お馬鹿になってしまったアンズの相手をさほどせず、話を聞いてやる身にだけなってやるコナツ。

 肩を落とし、この世の終わりのような顔で俯き、とぼとぼ歩くアンズのなんと頼りないことか。


 時間が経てば立ち直るだろうか。もはやそれを待つしかない。

 今のアンズに、あれこれ言葉を投げかけるより、話しやすい誰かがそばにいてやるだけでいいとしたコナツは、なかなかの好判断が出来たものだ。

 背はコナツの方が僅かに低いのだが、二人の関係をきょうだいに例えるなら、コナツが兄でアンズが妹のようである。






 真昼時といえば食事時だが、姫様を乗せた籠を擁する行列が東へ向かう足を止めることはない。

 姫様のお進みを滞らせること、目的地への到着を遅らせることなどあってはならないのだ。

 朝からずっと歩きっぱなしの旅ではあるが、半日歩いた程度で仕事が出来なくなるような、軟弱な足を持つ武士などいないし、陰陽師も同様。

 アンズやコナツも当然へっちゃらである。


「ねーコナツ。

 コナツは米俵担いで半日歩ける?」

「そりゃ別に。

 というかそれぐらいはお運びの仕事でちょくちょくやってるしな。

 二俵で同じ距離をやれって言われたら流石にきついけど。持ちにくいしな」

「やっぱり男の人は凄いねぇ。

 私は半俵でも半日歩きはちょっとしんどいよ。

 籠を運んでる人足さんや、重い鎧を着込んで半日歩ける武士さん達も凄いけどね」


 籠のそばでのやらかしからしばらく経ち、アンズも普通に話せる程度には気持ちを持ち直した。

 あるいは、お喋りして気を紛らわせているふしもある。

 沈んだ気持ちのまま万一の有事に直面すると、万全の対応が出来ない可能性もあるのだし、手段はどうあれ立ち直るのならそれが望ましい。


「つーかアンズ、ちゃんと食ってるのか?

 実力や体力を疑ってはいないけど、ちょっと細すぎるだろ」

「あんまりじろじろ見ないで欲しいんだけど。

 当たり前のようにこういう恰好でいるけど、本音言うと恥ずかしいんだから」

「そんなじろじろは見てないよ。

 ぱっと見ただけでそう印象付くぐらいにはアンズは華奢だからさ」


 生活圏内で米俵を担いで歩くことも容易いアンズだが、確かにコナツが言うように四肢は細く、帯でぎゅっと絞った腹回りに贅肉の気配も一切無い。

 正直なところ、護送という万一の荒事に備える仕事をするにあたり、アンズの体型を頼もしく感じる者はまずいまい。

 アンズも実は今日の中でも、そうした目線を武士や陰陽師から感じ取っており、肌を晒す恥ずかしさよりもそちらの方が気になっている。

 この巫女は頼りないな、と思われると信仰に響きそうだから。

 それを言ったらさっきの失態も痛かったし、思い返すとまたへこみそうなので考えないようにする。


「弁当いくつ?」

「三つ。コナツは?」

「俺もそうだけど。じゃあ一緒か」

「一個交換する?」

「いいな、興味ある。

 交換し……うわでかっ」


 ゆったりした昼食の時間は取れないが、そんなことは姫様の護送任務に就く者なら想定して然るべきで、皆お弁当を持参で歩きながら食べている。

 漬物を持参するちょっと美食家な一部の陰陽師様を除き、殆どの者、特に武士は全員が握り飯だが。アンズとコナツもそう。

 懐から取り出した竹皮に包まれた握り飯を歩きながら食べる二人は、お互いどんな味付けをしているのか興味が沸いてのやり取りだ。

 個々人が自分で作る握り飯は、作り手が自分好みの味に仕上げているものなので、交換するだけでもそれなりの楽しみがある。


「塩とか使ってないんだな。

 ――あ、でも梅干し入ってる」

「うちの神様が梅のこと好きだからね。釣りの日には梅入れないけど。

 コナツのは結構塩味利いてるじゃん。案外お金持ち?」

「塩は活が付くから、安物厳選してるけど積極的に買ってるだけだよ。

 流れ者暮らししてなけりゃ自前で漬物ぐらい作るかもしれないけど。

 で、釣りの時に梅干し入れないのはなんで?」

「釣りの日に握り飯に梅干し入れるとあまり釣れないんだってさ。

 神様の知恵だぞ、覚えておいて損はないよ」


 華奢だと頼りないと思われそうなので、ちょっとでも身体を作りたいという想いがあるのか、アンズの握り飯はかなり大きめだ。

 一方で、質素倹約を旨とするため塩を味付けに使うことはせず、代わりに自前で漬けた梅干しで味を補う。

 梅に漬ける際に使う塩で充分ということだろう。おかげで大きな握り飯、只のご飯の塊でしかない部分の広いこと広いこと。


 対するコナツは腰元に下げた竹筒の一つを叩き、塩を常備していることを示している。

 水筒にも使われやすい竹筒、よく密閉がされており、中に詰めた塩がこぼれにくいようだ。

 握り飯での個性でお互いのことを知り合えるというのは元々よく言われる話であり、アンズもコナツも歩き飯でそれを楽しんでいる。


「なんだお前ら、夫婦(めおと)か?

 思ったよりも随分と仲良さそうじゃねえか」


「ぶっ……!

 こ、こいつと……!?」

「あっ、こらコナツ! 巫女が握ったご飯を少しでも噴き出すんじゃないよぉ!

 ばち当たりだぞぅ!」


 しばし籠から離れていたアンズだったが、ゆっくり歩む足運びにして周囲に自分を抜かせ、コナツとともに籠のそばまで戻ってきたところ。

 改めてそばで二人のやりとりを見ると、ちょっとからかいたい気分になったコガラシが、馬上から話しかけてくる。

 女性との繋がりを種にいじられるコナツの動揺ぶりは、女性付き合いに疎かった初心(うぶ)さの表れとしてわかりやすい。


 対してアンズは、言葉のあやでこいつ呼ばわりされた反撃ついでに余裕のある返事を出せる辺り、性には厳格な立場ながら手慣れた対応だ。

 誰にでも愛想がいいせいか、山波村でもあの子やあの子と良縁なんじゃないのとよく囁かれるため、この手のからかいには慣れているのだろう。

 そんな二人の態度の違いを馬上から見下ろすだけでも、コガラシにしてみればそれなりに楽しい。


「肩の力を抜いて進める余裕は結構だが、有事の際はしっかり頼むぜ?

 特にコナツ、お前さんは特にだ。

 推挙した身として、お前さんが役立たずだと俺様が恥をかいちまうからよ」

「まあ、力を見せる機会があれば一番槍はやってみせますよ。

 そちらに出番は回さない気概でやりますんで」


「え、コナツそんな感じで雇われたの?

 イナリ姫様の護送団を指揮するような人に推薦されて、こんなお仕事に抜擢されるなんてかなり凄くない?」


 貴人の護衛というものは、獅子身中の虫を護衛対象のそばに置くことなど言語道断なので、信頼できる京仕えの者達のみで構成するのが普通である。

 要は、絶対に裏切らない確信と、高い実力を兼ね備えた者であることが必須条件ということだ。

 重要なのは後者よりも前者であり、アンズはその点においては間違いなく信頼できるものがある。

 いかにイナリ姫との関係が拗れていようが、彼女が姫君を害する愚を犯すことなど絶対にあり得ない。

 玉依鳴海(ナルミ)が育てた神職者を疑うのは、かの人格者かつ元皇族の人物を疑うことと同義であり、議論するのも馬鹿げた話である。


「俺はちょっと訳あって山波国で野盗や浪人に喧嘩売りまくって、京によく引き渡してきたからな。

 一応それなりに実力は示せてる自信はある」

「やだコナツ、正義感の塊?

 それで信頼されちゃった? すてき」

「そんな恰好のつく動機じゃねえけどな……

 まあその辺の話は色々あるし長くなるから今日は無しで」

「承知~」


 合戦ないし武家同士の小競り合いが起こった時、敗れた側の武士は基本的に斬り捨てられるのだが、逃げ延びることに成功した落ち武者は実に厄介。

 禄を失い、生活基盤もままならず、敗残兵を狩る敵勢に見つかれば結局斬り捨てられるのだから地元にすら戻れない。

 そうなってくると野山に身を潜め、どのように生きていくためのものを獲得するかといえば、ろくな手段が残らぬことは想像に難くあるまい。

 野盗の出来上がりである。しかも素人以上に刀を扱う技術があり、腕が立つから始末が悪い。

 再起、ないしせめて天寿を全うするまでの生存を目指す落ち武者が、緩やかに迎えるしかない死を避けようとすればそうなっていくしかないのだ。

 ただでさえ獣や妖の脅威から命の危機に怯える者達が、真っ当な精神で再起や更生を志すなど現実的な話ではない。


 常に治安の悩みの種になる、野に放たれし悪党の駆除を果たすには、相手が素人以上の武士くずれである以上、こちらも腕が立たねばどうにもならない。

 京もしばしば武士を遣わせて、山狩りをすることも多いのだ。

 熟練の武士らを多数派兵して、狩るべきものが見つかれば成功だが、それでも相手も必死だから、こちら側にも怪我人が、最悪犠牲者が出ることもある。

 弓の心得がある野盗もいる、という事実を鑑みれば、視界の悪い野山の戦いでは京仕えの強い武士とて、無傷確定でないことがわかりやすいだろうか。

 話すのが面倒な動機を持つコナツようだが、ともあれ彼のように進んで野盗を狩ってくれるような人材は、政治家目線でも相当にありがたいのだ。


「平気で十人近くのならず者を動けなくなるまでぶちのめして、京の使いを呼んで引き渡してくれたことが何度もある。

 こいつのおかげで、のべ百にも届こうってならず者をこれまでに捕えられたんだから、もはや京も認めるほど山波国の治安に貢献してきた(わっぱ)だよ。

 俺も手合わせしてみたが、こいつは強ぇぞ。俺といい勝負するからな」


「へ~、コナツほんとに凄いんだ!

 京仕えの武士様がここまで仰ることなんてまず無いよ!」

「おだてても何も出さねえぞ。

 そもそも塩ぐらいしか持ち合わせねえし」

「塩ちょうだい! べんり!」

「だめ。なんだかんだで貴重だからよ」

「くぅ~」


 馬鹿の冗談口を挟んではいる会話だが、頭数のある野盗を単身でなぎ倒し、京仕えの武士様にさえ一目置かれるコナツの実力には担保すら感じられる。

 現に、姫様護衛の武士の指揮官であるコガラシと、恐らく酔狂混じりとはいえ手合わせし、それといい勝負をすると太鼓判まで押されているのだ。


 思い返せば、妖である手の目と遭遇した際さえ、存外落ち着いていたコナツである。

 そして、姫様に害を為すことはないだろうと信頼できる人格も、恐らく過去のコガラシとのやり取りで信用されているのだろう。

 そうでなければコガラシが、京仕えの武士でこの護送がいかに重い任務か知る彼が、コナツをここに推挙することなど絶対にあり得ない。

 なんとなく程度に只者ではなさそうだとコナツに感じていたアンズも、内心ではコナツへの評価を鰻登らせているところ。


「…………」

「なにアンズ。

 じろじろ見られるのを嫌うお前がじろじろ見てくると戸惑うんだけど」

「コナツがかっこよく見えてきた」

「経歴を聞いて急に惚れてくる奴は信用ならねえなぁ」

「私もコナツがかっこよく見えるなんて自分でもおかしいと思ってる。

 私よりちっちゃいのに」

「落ちをつけるための言い草なのはわかるけど酷さが勝つな。

 よし、見限ってやるから絶交しようぜ」

「えっ、そんなのやだ。

 嘘泣きしてでもそうはさせません」

「小賢しい巫女だなぁ」


「…………」

「…………」

「……………………」


「すげー! 本当に涙出しやがった!

 俺もう絶対お前の涙なんて信用しねえわ!」

「でへへへ、出来ちゃうんですよねぇ。私も自分で凄い技だと思ってる。

 だから嘘泣きで人を騙したことはほんとに無いよ。冗談にならないもん」


「お前ら、ほっといても話が弾むなぁ。

 もう本当に一度、一緒に暮らしてみろよ。

 お互い夫婦に受け入れ合える関係になれるかもしれねえぞ?」

「神職者でしょこいつ。

 流れ者の俺がそんな関係になれるわけないですよ」

「私は主神に操を捧げる身分ですからねぇ。

 真面目に言うと、何も成し遂げていない今、まだまだそんな話は早くて考えられないんですよ」


 一回目のいじりには唐突だったせいかコナツも余裕の無い反応だったが、落ち着いてしまったら返答も冷静なものだ。

 神職者との婚姻は実に重い。神様に全てを捧げた人に、主神以外の誰かと生涯を寄り添う誓い。

 テンジン様への信仰そのものが薄れた現代ながら、やはり人は儘ならぬ苦しみから逃れるため、神様に祈り救いを求める風潮はまだ根強い。

 神職者は今でも軽んじられる立場ではないのだ。

 それだけの価値観がまだ残っていながら、肝心のテンジン様への信仰が薄い現状が、常々アンズには歯痒くて堪らないのも事実だが。


「無駄口が多過ぎますよ、コガラシどの。

 そちらの巫女どのも。気が緩み過ぎではないですかね」

「あっ、すみません……

 お気に障りましたら控えします……」


「おいおいユキタダ、いいじゃねえかよ。

 こいつら有事の際にはしっかり気持ちを切り替えられるであろう奴らだってことぐらい、勘に頼らなくてもわかる話だろうよ」

「たとえその二人がそうだとしても、この緩和し過ぎた空気は問題です。

 一手の遅れが姫君に如何な傷跡に繋がり得るかも計り知れぬこの護送、物見遊山と勘違いされては困りますな」


 コガラシ、コナツ、アンズの三人による談笑は、確かにぴりぴりしがちな厳戒なる護送旅において、和やかな空気を伝播させていたのも確かである。

 若者同士の微笑ましい会話に、小声で笑っていた兵もいたほど。それは、ちょっとぐらいそれを笑っても怒らないコガラシの人徳あってのものではあるが。

 その緩みきった空気をぴしゃりと斬る、陰陽師らの大将格であるユキタダの冷ややかな言い草は、せっかく和んでいた空気を凍らせるものであった。

 実際のところ、万が一などあってはならぬ任である以上、ユキタダの言い分もまた存分に正論。


「姫様がいかに貴き立場にあられる方か、よくわかっていない部外者がはしゃぐのはまあ可愛いものですよ。

 その語り口に乗せられて浮き足立っている京の精鋭という様に、私は甚だ疑問を感じますね。

 嘆かわしいと言っても何ら過言ではない」

「あぅ……」


 ユキタダも、暗にアンズをちくりと刺す示唆をしながら、一切アンズに反論が出来ない論調を上手く使う。

 京の姫様の重みも知らぬ部外者だからその軽さも仕方ありませんね。

 それに乗せられて気が緩んでいるこちらの身内がなっていませんね。

 ぎろぎろと武士や陰陽師を睨みつけるユキタダの目線と正論に、彼の指揮外である武士も含めて少し気まずそうな顔をしている。

 彼らが今叱られているのは、半ばアンズのせいだと暗喩するこの空気には、直接批難されていないにも関わらずアンズが針の(むしろ)である。

 直属の部下でもないアンズを咎めることさえ控えた上で、彼女をきつく責めるには最上かつ効果的な論調だ。


「なんだ、じゃあ俺ら許されてるじゃん。

 アンズ、もうちょっと気楽にいこうぜ」

「こ、コナツ、煽らないで……」


「夏彦と言ったな」


 両手を後頭部に添え、空を仰いで歩きながら堂々言い放ったコナツの態度は、嫌味ったらしいお上に対する皮肉を隠さぬ口ぶりだ。

 そんなコナツの態度をはっきり意識したユキタダは、コナツの歩く前に立ち止まって振り返り、前に立つ壁としてコナツの歩も止める。

 籠の進みとともに進む隊列は誰一人足を止められぬ中、対峙したコナツとユキタダだけが足を止め、前進する行列に後れを取り始めていく。


「あっ、あっ……コナツぅ……」

「ほっとけ。

 ユキタダ(あいつ)はああ見えて話はわかる」


 列の進行に遅れるわけにもいかず、歩みを止められないアンズは、後方に離れていくコナツが心配で仕方なくなる。

 だが、馬に跨るコガラシは大事無いことだと言う。

 ユキタダは若いが、それでも年長者を差し置いて陰陽師らの総指揮を任せられた人物だ。

 お小言の煩い生真面目な奴だとはコガラシも思っているが、彼も彼なりにユキタダのことを、人格的にも買っている。


「意外に思われるかもしれぬが、私はお前のことを買っているんだ。

 決して高潔な動機のみで野盗どもを狩っているわけでもあるまい。

 私がお前を買っているのはそんな理由ではない」

「……まあ、あまり知った風な口を利かれても困りますけど」

「コガラシどのが推挙したという一事を以って、私はお前を信頼している。

 腕が立つことなど小耳に挟む程度でも知り得ることだ。

 それ以上のものがお前にあると、私の信頼する武士が、己が立場を懸けてなお表明している事実を無視することは出来ぬ」

「……………………」

「結果が全てだ。応えて見せろ。

 今の流れで、"わかっています"などと恰好つけた言葉を返すなよ?」


 コナツは僅かな睨み合いめいた時間の後に少しの間を設け、はぁ参ったとばかりに頭をかいてみせた。

 年長者が侮れないことなど知れた話だが、この人も俺よりちょっと年上な程度でありながら食えない方だと思ったからだ。


 自分を推挙したコガラシの名を引き合いにして、今ここで対応を誤ればコガラシの顔を潰すという釘を刺しながら。

 それでいてこの眼差し、冷徹でいて本音しか喋っていない。

 お為ごかしと口八丁の得意なお偉い様とは違う、嘘をつかない大人こそ、そうだとわかる側からすればどう足掻いても潰せないし、潰す気も起きない。

 ここまで腹を割られたら、下らないお小言なら適当にあしらってやろうと思っていたコナツも観念というものだ。


「誓って、仕事は完璧にしますよ。

 でも、空気に応じて軽い口を叩くかどうかは俺なりに考えてます。

 俺目線で言えば、あのうるさい巫女だって考え無しの口じゃないですからね」

「それなら良い。だが、私も私の立場というものがある。

 すべてを甘受できるかどうかは別問題だ。

 煩い上役に映ろうと、最後は我々の指示に従うと約束して貰いたい」

「皆まで言わせちゃこちらの非ですね。

 わかりました、お詫びしますよ」

「聞き受けた。

 私もお前とは初対面だ。己の命よりも大切なものをお前にも預けている」


 遠目に後ろを伺って、気の強そうなコナツがユキタダに一礼している姿を見たアンズは、どんな叱られ方をしたのだろうとコナツが心配になる。

 男社会の上下の厳しさはアンズだって知っている。京にいるミツサダの、自分に対してではなく男の部下に対する接し方を見てもわかること。

 女社会でもそう。年長の女性が年下の女性を叱る時の怖さは、アンズが一番よく知っている。イナリ姫を引き合いに出すまでもなく、ナルミも怒ると超怖い。

 同性同士の上下関係は、異性同士のそれの比ではないのだ。誰でも知っていることだが。


 再び並び歩み始め、足を速めて隊列の持ち場に追い付こうとするコナツとユキタダの足運びに、アンズは遠目で少しほっとする。

 ユキタダの仏頂面は変わらないが、コナツの表情は少し締めたものながら、とげの抜けた感情が滲み出ていたから。

 コガラシの仰るとおり、ユキタダはコナツにとって、話のわかる大人であったと見てとれる姿だと感じ取ることが出来た。


「……やっぱり年長者の方々の器は私達とは違うんですねぇ」

「年上には敬意を払い、年下は慈しんで導く。

 んな当たり前のことがわからねえ奴が、人を率いる立場に抜擢されることなんてねえさ」


 この護送団の人選の、最終決定権を持つのはイナリ姫だ。

 彼女の人を見る目は確かである。

 それは自分との儘ならぬ確執があって尚、やがては名君の器だと評して然るべきだとイナリ姫を認識するアンズにとって、疑う余地も無いことだ。


「とはいえ――」


 コガラシは、そこで悪戯っぽく笑った。

 今から悪いことをしようとする顔だ。それも、正当性ありで。

 出来た大人は悪いことをしようとする時、大義を用意するのが上手である。


「お前ら何を緩んでやがる!!

 ひよっこどもが大将の笑い声に感化されて気を抜いてんのか!!

 万一のことがあれば腹を斬るべき旅路だと忘れてんじゃねえだろうな!!」

「京仕えの武士と陰陽師が雇われと同じ立場だと思うなよ!!

 姫君の御身と安否の懸かった道のりだと忘れておらぬであろうな!!

 だらしない構えの者は後程はっきりと帝に言上する!!

 ゆめゆめ忘れるな!!」


 コガラシの怒声めいた声、それに乗っかる形で発せられるユキタダの怒号。

 ああ、男社会だ。気を引き締め直せと強く戒める男性の強い声。

 武士も陰陽師も、怒らせたら終わりの相手の怒号を耳にして、背筋をぴんと正すその姿。

 仕事だけは完璧にやれという、公家も武士も農民ですら変わらぬ不文律を改めて唱える大人の声は、どんな言葉よりも重く突き刺さる。


 姫君の命を守るという重き任ゆえ浮き彫りになるが、仕事を完璧にこなすことはどこの世界でも当然のことだ。

 アンズはコガラシの急な大声に少し目を丸くしたが、それだけ。

 怖い人だとは内心思っていない。普通のことを強く言っただけの人だ。

 巫女としての仕事を、妥協なく完璧にこなすことが当然だと常々意識するアンズにとって、何ら特殊な話ではない。


「ただいま」

「コナツ、気合入ってる?」

「入ってない。

 普通にやるべきことやるだけだし」

「よーし、私も頑張るぞー!」


 追い付いてきて隣に並び歩く形になったコナツと、会話だけは緩く、しかし気を引き締め直すアンズ。

 イナリ姫を護り切る。ただそれだけのお仕事。

 失敗など許されない。じゃあ、失敗しなければいいだけ。

 完璧な仕事というのは、裏を返せば単純明快である。


 兵力の少なさに懸念を覚えた旅の始まりと比較すれば、アンズも肩の力が抜けたものだ。

 コナツが、そして頼もしい大人がそばにいる。

 武功一つ示すことなく、アンズにそう思わしめるコガラシもユキタダも、人を率いる器としては上々であろう。

 大人とは、そして上司とはかくあるべきである。

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