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第二話    ~巫女のお仕事~



 山波村は、中央市場から少しはずれた場所に、大きな広場を擁している。

 真昼に至ったこの時間帯は、村の子供達がよく集まってきて遊ぶ、市とは違う意味で毎日が賑やかな場所である。


 蹴鞠を何度落とさず蹴れるかで競う男の子達。

 一か所に何人かで集まって、持ち寄ってきた草花を共に編み、髪飾りを作って見せ合いっこする女の子達。

 鬼ごっこでもしているのか、男女入り混じって駆け回る子供達。

 みんな、楽しそう。大人には持ち得ない、高い声で無邪気にはしゃいで笑う子供達の声ときたら、高尚な雅楽にも劣らぬほど耳に心地よい。

 我が子を離れた場所から見守り、楽しそうな我が子を眺めるだけで幸せな顔をする親御さんの姿もまた、絶景と言って過言ないほど心温まる。


「はぁ~、山波村に生まれてよかったぁ~。

 こんなのを毎日のように眺められる村は少ないですからねぇ~」

『相変わらず、筋金入りの子供好きだな』


 そんな広場に到着したアンズは、目を煌めかせてそう言っていた。

 思うだけにしておけばいいのに、胸の前で両手をぎゅっとして、想い高じて口に出ている。

 可愛らしい幼子の集う広場を前にうっとりした眼差しのアンズの姿には、その頭の上で頬杖ついて座るテンジンも呆れ声を漏らさずにいられない。

 山波村は大きいので人口も多く、その村の真ん中にある大きな広場に、お昼時に集まってくる子供達も相応に多い。

 余所の村では、これほどの数の楽しそうな子供達を一望できる機会など、お祭りのような特別な日を除いてそうそう無いのである。


 蕩けたような目で視界いっぱいの子供達を眺めるアンズの姿に、子供達も気が付いた。

 みんな、手元足元が忙しくない限りなら、アンズに気付いて何らかの所作を見せてくれる。

 短い手を振ってくれたり、微笑みかけてくれたり。そうした反応の数々が、アンズの胸をきゅんきゅんさせる。

 無垢な子供達の挙動や笑顔は、アンズのつぼを劇的に突くようで、アンズは特定の場所を見る眼もせず、ふにゃふにゃ顔で手を振って返すのみである。


(ねえテンジン様、楽園(じょうど)ってこういう場所のことを言うのだと思いません?

 子供は一人でも可愛いんですよ? それがあの数ですよ?

 山波村に生まれてよかった理由の五指に入りますよ、この絶景は)

『う~む、大丈夫か?

 いつかお前が幼子攫いにならんかと、しばしば気掛かりになってくる』


「はぁ、いけないいけない。

 お仕事だ、お仕事」


 浸り過ぎてやばい奴の顔になってしまってはまずい。巫女の頭に切り替えて、アンズは広場の真ん中へ向けて歩きだす。

 この広場の真ん中には、山波村の重要文化財とも言える、村の象徴たりえるほどの像が鎮座している。アンズの足の向かう先はそこである。

 広場を横切るアンズに対し、彼女に気付いた子供達が声をかけたり手を振ってくれたりもするが、アンズはそれぞれに微笑んで、手を振って応じるのみ。

 我慢して、そう留めている。我慢しなかったら、みんなおいでって広場の子達を呼び寄せて、纏めて可愛がってあげたいぐらいである。


 しかし今は、待ち合わせの客人に会うためにこの広場を訪れた身分。

 珠玉の如し幼少の子らに目移りしつつも、辛抱しながらアンズは広場の真ん中へと向かっていった。


 稲荷御像(いなりのみすがた)

 この広場の中心に据え置かれた、とある皇族の姫様を象った石像である。

 設立当時の齢十つ頃の姫様を象ったその石像は、華やかなお召し物を纏われた幼くも可愛らしい姫様を形作った像であり、今なお見物になる完成度だ。

 山波村の名物として名高く、村の外から山波村を訪れた旅人の多くも、村を発つ前にこの像を一目見ようとすることが多い。


「あの~、すいません。

 あなたが、山波神社の巫女アンズをお待ちの方ですか?」


 そして、名物の不動産であるがゆえ、稲荷御像はしばしば待ち合わせ場所として使われる。

 アンズは稲荷御像のそばに立ち、雲を数えて暇潰しするかのように空を見上げていた少年に声をかけた。

 この村では見たことのない顔で、ちょっと変わった恰好だ。


 上は藍色染めの袖無し甚平に、同色の股引という出で立ちだが、まずそれが長年の一張羅を思わせるかの如くぼろぼろ。

 暗色だから目立ちにくいはずの汚れや沁みも隠しきれない、数年ものの古着なのが見て明らか。

 股引の膝は破れ、襦袢の裾はほつれ、本来あったはずの袖を意図的に捨てた後としか見えぬほど、肩口で左右僅かに非対象に破れ失われている。

 晒された二の腕以下は、細身であるが柔肌そうでもなく、うっすらと筋肉質であることを匂わせる。


 たとえ農民でも、ここまで服を駄目にはしない。修験者のように山暮らしをしているんじゃないのか、というのがアンズから見ての所感である。

 お顔立ちこそアンズからは年下に見えたから話しかけやすかったが、この風体でもしも強面だったら、アンズも話しかけるのをちょっと躊躇っていただろう。


「ん……お前がアンズなのか?

 俺が、山波の巫女アンズに護送依頼をした者だけど」


 どうやら、当たりだったようだ。

 正しい巡り会いを証明するために木札を見せてくる少年の態度は、アンズの推定が正しかったと実証してくれるものである。


 "真昼時 稲荷御像発 桑原村至"

 真昼に稲荷御像の前で待ち合わせ、とある村へ向かうという意。

 アンズが預かった札と同じ内容の、彼が見せてくれた札は、俺がアンズに護送依頼をした者だという合わせ札である。


「お若いんですね。おいくつなんですか?」

「十七だけど」

「うそっ、見えない」

「ん、どっちに?」


「…………ぇ……」


 ど失言。アンズが答えに詰まる。

 同い年らしいが、思いっきり年下の顔に見えた。

 目線の高さも相手の方が低く、アンズよりも背丈の小さい彼に対し、最初に年下に対する言葉遣いで話しかけていなかった時点で上出来ではあったのだが。


 しかし、今それを正直に言ってしまうと、あなた子供みたいですねと言うも同然。同い年という初対面でそれはよくない。

 かと言って、ほんの僅かな間とて言葉に詰まった時点で、今さら年上に見えますとお世辞を言っても白々しい。

 たったこの程度の小さな失敗から取り返しがつかなくなるのだから、営業話術というものはつくづく難しく繊細だ。

 結果、出てくる言葉が無くなった。目がきょろきょろ。


「おい」

「じゅ、じゅうななさいにみえます」

「おい」

「わ、私も十七歳なんですよ~。

 奇遇ですね、良い縁なのかもしれませんね、あはははは!」


『くふふふ、くふふふふふふ』

(声を殺して笑うふりして絶対聞こえるように笑うのやめて下さい)


 話を逸らして誤魔化す方向へ逃げた。誤魔化しきれてはいないけど。

 相手は釈然としない顔をしているが、意地でもアンズは明確な返答を(けむ)に巻く。

 自分がどんな失態をしたかは相手にも察されているだろうとはわかっていても、だからって正直に相手が嫌がりそうなことを白状するのも抵抗ありあり。


「えぇと、ごめんなさい。色々と。

 私が山波神社で巫女を務めるアンズです。よろしくお願いします」

「まあ、いいけど。

 俺は夏彦(なつひこ)

 地元ではずっと"コナツ"って呼ばれてたから、そう呼んでくれた方が返事はしやすいな」


「わかりました。

 それじゃ、コナツさん……」

「あーちょっと、やめてくれ。同い年なんだろ。

 敬語で話しかけられるなんて慣れてないから、それ自体もむず痒い。

 普通に話して、呼び捨てで呼んでくれていい」


 敬語使いが基本のアンズだが、それは彼女の育ちがいいからだ。

 普段から当たり前のように敬語が使いこなせる農民を探せと言われれば、結構時間のかかる作業になる。

 それだけこのご時世、そんな人物は稀だということだ。

 同い年に敬語を使われるコナツが、痒いと言うのは単なる性分によるものではなく、畏まられることに慣れない庶民の反応として一般的な反応であろう。


「わかりま……んんっ……わかった、コナツ。

 お客様だからって敬語使わないよ? いいんだよね?」

「いいよ、俺がそうしてくれって言ってんだし。

 ってか、そんな咳払い一つ挟まなきゃいけないぐらい不慣れか?」

「だって巫女だもん」

「そういうもんか」

「そういうもんかもね」

「はっきりしねえのかよ」

「あははは」


 半分本当、半分大袈裟。冗談というものはこれぐらいの塩梅が一番良い。

 巫女だから自らに語りかけてくる者、神職者に接触を求める者に対し丁寧な言葉遣いで返し、少しでも親身になって貰い、信仰を受け入れやすくなって欲しい。

 そんな根本的な打算はある。巫女として義務付けられているにも近い振る舞い。

 遡れば、コナツに語りかける第一声が敬語だったこと、つまり正味では年下だと思った相手にそういう話しかけ方をしなかった、その時点で表れている。


 初対面の相手が、どんな尊厳を持っているかなど見切りようがあるまい。

 そして尊厳とは踏み越えて傷つければ最後、知りませんでしたの言い訳では埋め合わせきれない溝を生むこともある。

 それは相手の非になどなり得ない。良縁を築きたいと思うなら自らの非だ。

 敬語はそれを侵さない第一歩なので軽視できたものではない。


「それじゃあ、さっそく桑原村に向かおっか。

 明るいうちには着きたいよね?」

「ああ、でもちょっとだけ寄りたい所がある。

 米問屋に寄り道したいんだがいいか?」

「ご案内しましょうか?」

「助かる。あと敬語になってるぞ」

「およよっとっと」


 でも、それが習慣づいているとちょっと意識を抜いた途端に敬語だから。

 沁みついたものはそう簡単には抜けない。舌を出して笑うアンズに悪びれた気配もない。だってしょうがないんだから。

 コナツもそんな彼女に対し、追々普通に話せるようになってくれればいいよと微笑みを返すのみだった。











「近道だけどほんとによかった?

 ご存じないことはないだろうけど、山林は決して安全じゃないよ?」

「アンズがしっかり護衛してくれるんだろ?

 信じてるからお構いなく。

 別に急いでるわけでもないけど、早く着けるならその方が俺は好みだよ」

「ん~、まあ信じて貰えるなら光栄だけどね」


 山波村を出発したアンズとコナツ。

 隣村の桑原村は山間(やまあい)に位置する村で、近道して向かおうとするなら山を突っ切る形になる。

 遠回りするなら、比較的見通しも良く安全性で勝る道もあるのだが、コナツの意向でこの旅路は山林を越えてのものとなっていた。


 雨上がりであれば濡れた木々の放つ匂いでむせ返るのが森林だが、活きの良い樹木が密集する山波国の森は、乾いた空気の今でも木々の香りが濃厚だ。

 山波国の森は木々の密度も高く、晴れた真昼時の今であっても、木漏れ日が差し込む場所はかなり少ない。

 日中ゆえの最低限の明るさだけを保証されながらも薄暗く、一般的な感覚であれば、どことなく不安を抱かずにはいられない明度である。

 人の手が付いていない数百年来の樹齢が(たむろ)する密林は、人里近くに多い真っ直ぐとした木々と異なり、曲がりの多い樹木が大半を占める。

 同じ木々でも村で見慣れたものと形が異なれば、ましてそれが四方八方に溢れて薄暗いとあれば、本能的には非日常的な魔境のようにも感じられ得る世界だ。

 原生林ゆえの緑の匂い、それに鼻をくすぐられる心地良さと、それでいて視覚的には畏れすら抱く、それが密林の持つ顔である。


「それよりも、それで大丈夫?

 桑原村まで案外遠いよ?」

「遠くはないだろ、四半日もかからず着けるんだから」

「いや、そんなの抱えてだったら話変わってくるっていうか」


 出会って間もない二人であるが、さっそくコナツはアンズの第一印象を覆し、小柄な風体からは想像も出来ない歩き様を見せてくれていた。

 何せ山道を歩くコナツの肩には、米俵が担がれているのだ。

 村を出る前、寄った米問屋で預かった荷物だ。

 従来の半分の米俵、径も厚みも痩せた半俵のものには違いないが、それでもその重量は生半可なものではない。

 これをコナツは右腕でぐっと耳に押し付けるように力強く抱え、上りも下りも坂の多い山道を平然の足取りで歩いている。

 そんなもの抱えての旅の連れに、ついつい並び歩く自分の脚をゆっくりにしてしまうアンズに反し、コナツは合わせなくていいよとばかりにすたすた歩く。


「言っても半俵だぞ? 俺は一俵でもいいって言ったぐらいなのに。

 アンズだってこんなのも持てないってことはないだろ」

「馬鹿にしないでよ、一俵でもどうってことないってば。

 でもそれだけのもの抱えての長旅は流石にきついと思う。

 馬でも借りた方がいいんじゃないの?」

「そんな金あるわけないだろ。

 俺はお前を雇うだけでも使ってるんだから」


 米俵は重い。確かに子供に持てる重さではない。

 しかし、十七歳の女の子であるアンズにでも、抱えられるものであるのは事実である。

 華奢な女の子に見えて意外に力持ち、なんて話ではなく、こんなことは誰にでも出来て当たり前のことだ。


 はっきり言って、いい歳こいて米俵も担げないようでは、農民失格の烙印を押されて村人から白い目で見られる話である。

 毎日食べる欠かせないものさえ運ぶことも出来ない者に、時には支え合う共生の(ともがら)の資格はなかなかに認められ難い。

 子供達でも幼い頃から、教えられるまでもなく親や里の大人達の姿を見てそれを悟り、早い子であれば十歳に満たぬうちから米俵に自ずと触れ始めるのだ。

 男の子ならば、平均十二歳頃にはもう米俵を担ぎ始める。当時は苦しそうな顔をしながらも、それが男児に生まれた宿命と本能的に察して。

 アンズだって同じ年の頃には既に米俵を担いでいるし、平均十五歳頃で米俵を担ぎ始める女性陣の中では早い方ですらある。


「そりゃ俺だって、アンズが隣村まで米俵担げるとは思ってないけどさ。

 "背担ぎ"だろ?」

「あー、やっぱ馬鹿にしてる。

 "肩担ぎ"ぐらい出来るよ。私もう十七歳だよ?」

「え、嘘だろ。そんな細腕で?」

「巫女っていうのは皆様の力になってこそなんだから。

 普段はちゃんと農業のお手伝いしてるんだよ?

 背担ぎなんて甘ったれた運び方で時間かけるほど甘いご奉仕しないってば」


 米俵も運べないようでは穀潰し。そんなこと、男も女も関係ない。

 とはいえ、男子と女子では体の育ちが違うので、たとえ非力であっても重い俵を運ぶための技術というものはある。

 コナツが口にした"背担ぎ"というのは、こつを掴めば簡単な、女の子でも米俵を担ぎ上げられる手法のこと。

 それさえ女性向けのものだが。男子がそれをやっていたらちょっと馬鹿にされる。


 十五歳にもなって米俵も担げないのが許されるのは、農業に直接携わらない貴族や皇族ぐらいのものだ。

 それこそ村を仕切る豪族や地主でさえ、たまには屋敷内で俵を動かす程度のことはする。出来て当たり前のことだから。

 毎日食べるものを運ぶことすら出来なくてどうやって生きていくのか。

 米俵を運ぶことすら出来ない者というのは、働かざる者食うべからずだとか、もはやそれ以前の問題ということだ。


「巫女さんっていうと神社で傅いて祈るばかりだと思ってたけど。

 別に農業に殉じなくても御奉納はあるんだろ?」

「あるけど何の見返りも無く受け取るだけっていうのは私の性に合わないなぁ。

 働きを捨てて神事に徹頭徹尾尽くしてる神職者の方々もいるんだろうけど。

 それはそれで決して楽な信奉じゃないって尊敬するけどね」


 農民と異なり神職者は、その町村に神仏を奉る要人として、生活に直結する農業に一切関わらずして一定の寄付めいたものに養われる立場にある。

 不労の身にして食に不自由しない身分には違いないが、それを隣の青い芝と見る庶民はそうそういない。

 なぜなら神職は強欲を是としない神仏の訓えに基づき、豊作の年さえ貧食、すなわち凶作の年とて隣人と"普段どおりに"空腹を共にするからだ。

 それでいて農業に携わらぬとて、毎日の祈りと境内の掃除をはじめとした、一日をその神仏に捧ぐ奉事に身を捧ぐ様を誰もが知るからである。


 だから、神職者が自らの手で生み出す穀物ひとつ無かったとて、人里に神社や寺あらば、村や町は強いられることもなく穀を奉納する。

 謹めも果たさず貰うものだけ求める生臭坊主など、どこを探してもこの世には現存しない。

 そんな神職者もどきは、無視されるどころか襟首掴んで追放されるからである。

 意識高い僧ともなれば、寝る間も惜しんで神職としての勤めに身をやつし、生きながらにして即身仏さながらの痩せ細った様であることさえ何ら珍しくない。

 巫女としての勤めは果たしてます、村の皆様のお手伝いもしています、そんなアンズの方が神職者としては少し珍しい部類に入る。


「ふーん……

 アンズはその方が楽なんだな」

「……ん? 何その含みある目」


 だから、物珍しげな目で見られること自体は、アンズも慣れたものである。

 でも、今コナツが自分を見ている目は何か違う。

 余程の変な奴を見つけたような、ちょっと分かり合えないかもとさえ思っていそうなその目。

 問い質すアンズ。これははっきりさせておかないと、何か変な認識を持たれかねない予感がしてならない。 


「いや、人前に毎日そんな恰好で出ても平気なんだなって」

「ほーらまた始まった! みーんなそう言うんだから!

 私が好き好んでこんな恥ずかしい恰好してると思うんだ!」

「そんなはしたない恰好、趣向じゃなきゃ絶対嫌だろ」

「こんな趣向持ってるわけないでしょー!

 あんた俵担いでなかったら蹴っ飛ばしてるぞ! 人の苦労も知らないで!」


『山波神社の巫女の正装だぞ』

(絶対認めません!!!!!)


 急に顔を真っ赤にして大声を張るアンズだが、こんな誤解だけは絶対にされたくない。

 嫌々着ているだけのくっそ恥ずかしい巫女服なのであって、アンズだって理由なくこんな服着て人前に出る女性がいたらちょっと白い目で見たくなる。

 平気だなんて思われたら堪らない。もはや聞き捨てならない侮辱に相当する。


「わかった、わかったって。

 俺が悪かったよ、お前んとこの神様はすけべなんだな」

「ほんっとにそうなんだよ!

 なーにが正しい姿勢を学ぶための正装だっ!

 うちの神様ほんと頭おかしい! 気持ち悪い!」


『はっはっは、気持ち悪いは言い過ぎであろ。

 それだけは撤回しておけ、巫女として』

(撤回します! すいませんでした!

 でも許してません!)


 はっきり言って、うら若き女性のアンズが膝上まで露出し、腋まで丸見えのこの"正装"は、世間一般の認識として相当はしたない。

 もっと言えばいやらしい。淫乱だと指を差されてもおかしくない。

 こんなものを普段着とさせられるなんて、裸で外をうろうろしろと言われるにも近いのだ。

 今でこそアンズは何年もこれを着てきているから慣れてもいるが、初めてこれを着た十歳の時は、恥辱のあまり外を出歩くことが出来なかった。

 それだけ本来、女性としてあり得ない。

 手を挙げただけで、さらし締めの乳房が横から丸見えの恰好を。

 長めの階段を上っているだけで、下方後ろから見上げられれば畚褌(もっこふんどし)と生尻を覗かれ得るような恰好を、どこの女性が好んで纏うというのやら。


「疲れたり足ひねったりしたら言ってね。

 私が持つから」

「半俵なんて片脚折れてても運べるから。

 お前こそあんまり俺のこと見くびんないで欲しい」

「片脚折れてても運べるは流石に大きく出すぎなんじゃないの?」

「経験あるよ。

 そりゃ添え木も無しじゃ流石にきついけどさ」

「あ~、そういうとこはさすが男の子だねぇ」

「男、って言うならいいけど男の子はやめて貰えない?

 お前俺の背が低いからって子供扱い半分入ってるだろ」

「うっ、そんなことは……

 流石に今のは言葉のあやだから。許して?」

「ま、ちっちゃいからコナツって呼ばれてるわけだし慣れっこだけどな」


 片脚の骨が折れていても半俵を担いで仕事をしたことのあるコナツ。

 それを聞いて意外とも思わず、相手を讃えるだけのアンズ。

 なんにも度を超えた話じゃない。生きていくためにはすべて必要なことで、日常。

 この程度のことを"逞しさ"と形容するような根性無しなど、ありふれた野犬に噛まれた怪我一つで食い扶持も得られず野垂れ死ぬだけだ。


 今の世は人の命を容易に奪うもので溢れている。

 天災、疫病、凶作、野獣、盗賊。そして何よりも、もう一つの最たる脅威(あやかし)

 明日の命を保証されていると信じている農民はいない。だから、生きているだけで幸福だ。誰もがその自覚を持っている。

 生きていくために、どんな怪我をしても、何らかの形で働くことをやめない。でなければ死ぬだけ。

 特別な強さなどではない。わざわざ評価されるべきでないほどに。






「いよいよ本当にこの道でよかったの感が溢れてきております。

 確かに近道ではあるけど」

「俺は早く桑原村に着きたいんだよ。

 そのためにアンズに護送を頼んでるんだからさ」

「任せてくれていいけどね」


 アンズが暮らす山波村からは最も近い隣村である"桑原村"だが、それでも山一つは越えた先に位置するため、道筋そのものは複数ある。

 たとえば山を越えずに北から迂回する道は、他の人里へ向かう分かれ道も多い、平坦に拓かれた野道である。

 見通しもよく、人の往来も多いため、野犬や狼も己の縄張りではないと認識しているのかあまり寄り付かない。比較的安全な道筋であろう。

 南方から山を躱して進む道筋は、そちらが開拓不充分なためもあり獣道ではあるが、傾斜もさほど多くないため歩きやすい。馬車を引くことも辛うじて可能だ。

 動物も多いため警戒は必要だが、北から迂回するよりは桑原村へ行くにも近く、地元の者達が好んで使いやすい通り道でもある。


 アンズとコナツが進んでいるのは、最短で桑原村へと向かう山越え一直線。

 道と呼べるものなんて無い。真昼時でも鬱蒼とした木々に光を阻まれた、斜面多き薄暗い森を突き進む歩みである。

 人の手が加えられていない山を越えるのは、腕と目に覚えが無ければ自殺行為にも等しい。

 野犬や狼は勿論のこと、山賊やその(ねぐら)が潜むことも珍しくなく、それはつまり武士崩れの人相書きが潜伏するにもうってつけの闇の世界とも言える。

 特にそうした凶賊は、飢えを凌ぐために標的に襲う時、相手が財や食べ物を持っているかなどお構いなしだ。

 真っ当な穀物にもありつけない飢えた者達にとっては、人間そのものが食い扶持でさえあり得るからだ。

 酔って気が大きくなってしまった者が、度胸を示そうと山に入っていって、二度と帰ってこないなんて話は掃いて捨てるほどありふれている。

 山に無策で飛び込むというのは本来、崖から海に飛び込むようなものなのだ。運が良ければ流されて命を拾えるが、普通は二度と浮かんでこない。


「こっちでいいのか?」

「うん、そっちもうすぐ切り立ってて進めなくなるから。

 ちょっと遠回りに感じるかもしれないけど信じてついてきて」


 そんな常識、百も承知のアンズもコナツも、恐れ一つ無い表情で平静の会話を交わしながら野山を進むのみ。

 標ひとつ無く、右も左も前も後ろも似たような光景の山の中を、二人は方向感覚を失うこともなく、桑原村への方向を見失っていない。

 山に囲まれた村の育ちのアンズ、実のところは似たような育ちのコナツ、視界に惑わされて方向感覚を無くすことなどないようだ。

 二人だけの特殊な技能ではなく、生まれ育ち次第では誰でも自ずと得て当たり前になっていくありふれた感覚である。

 地元だからこの山に詳しいアンズが、より良い道筋をコナツに案内しているだけであり、コナツ一人でも初めて訪れるこの山を真っ直ぐ越えること自体は容易だろう。


「そんなお米担いで山越えなんて頭おかしいって言われそうだけどね。

 山賊に見つかったらよだれ垂らして襲われるよ」

「山賊だったら俺一人でもなんとか出来るよ。

 アンズを雇ってるのはそういう問題じゃないから」

「あ、出来るんだ。

 山賊って結構怖いよ? 刀や弓を持ってるやつも結構いるよ?」

「傷さえ負わなきゃどうってことないだろ。

 俺、山賊に襲われるのなんて一度や二度じゃなかったけど、一回だって後れを取ったことなんてないぞ」

「だから今も生きてるんだろうけどねぇ」

「俺の育った村の周りは山賊が多いからな。

 里まで降りてきた人攫いなんてのも実際にあったから、喧嘩ぐらい出来なきゃ自衛できなかったんだよ」


 武装した山賊は恐ろしい。古びれた刀でも人肌は容易に裂く。

 研がれていない刃であれば、むしろ傷口が潰れて治りにくい。

 錆びた刃が肌の下を汚せば、たとえその日生き延びても傷口から腐り、やがては全身すら目を覚ませなくなる。


 弓の心得がある武士崩れがその中にあればもっと怖い。

 野草や茸を用いた毒を刃に塗る知恵のある賊なら、飛び道具の先端にそれを塗ることを考える。

 毒を塗られた矢が肌を掠めただけで、たとえそれが死に至る直因でなくとも、それによって抗う力を削がれれば死に直結する。

 鎧や兜は所詮、全力の刀を受けてしまえば耐えきれず壊れてしまうが、それでも飛び道具を弾くその硬度だけで、戦場における必須さを物語る。

 多勢で襲いかかる賊、それらの攻撃を一度でも受けてはならない。防具はその一度だけを防いでくれて壊れるだけでも御の字のはたらきなのだ。

 それが前提だと理解すれば、いかに山賊が恐ろしい存在かは推して知るべし。


「アンズに護送を頼んでる理由はわかってるだろ。

 多いんだろ、この辺りは」

「まあ、うん……

 うちのテンジン様のお膝元のはずなんだけどね」


『私の加護も、そうは届かなくなっておるしな』

(皮肉のつもりではなかったんですけど……

 そう感じられたならすいません)

『いや、よい。

 ある意味ではやはり、お前に信仰を集めて貰わねば困るな。

 信仰が集まり、私の力が強まることで加護が広まれば、こうした懸念も減らしていけるのだからな』


 だが、この世にはそれだけ恐れられる山賊よりも、もっと恐れ忌避されるものが実在する。

 神の目が光る域においては人前に姿を見せることもなく、しかしいざ人の前に姿を見せれば、どんな凶賊や獣にも勝り脅威的な存在。

 それこそが、身近かつありふれているぶん、頻度で劣る天災や凶作にも勝り、人々に恐怖の象徴として認識されるものだ。


「もしかして、あれがそうか?」

「あ、コナツ勘いいね。

 気付いてたんだ」

「アンズがいてくれなかったら俵捨てて一目散だな。

 俺もあれの対処はそう簡単じゃない」

「それでも逃げ切れるかどうかはわかんないぞ?

 (あやかし)はしつこいからね」


 木陰からコナツ達を見つめている、麻服を身に纏う奇妙な人物。

 山賊にしては虫食い一つ無い服。そして目の良い二人はその人物の顔に、二つあるはずの目が無いことも見て取っている。

 代わりに右掌を腰元から二人に向けており、その掌に眼球がぎょろりと光っているのだ。


 人に非ざるもの。

 "(あやかし)"、あるいは妖魔(ようま)と呼ばれる存在だ。

 悪意あるそれが人に目を付けた時、その命を奪うため執拗たることこの上なし。

 そうして"恐れられる"存在であることが、妖の行動原理そのものであり生存本能そのものであるというのは、知らぬ神職者などいない定説の一つである。


「あれって"()()"だよな。

 任せていいんだよな?」

「うん、勿論……あっ、ちょっと?

 俵置いたりしなくても大丈夫だってば。

 私の神様が齎してくれる加護、流石に手の目には負けないよ?」


 元よりコナツを先導する立場にあったアンズが、手の目と呼ばれる妖とコナツの間に位置する場所に立ち、彼を守る意思を立ち位置にて体現する。

 手の目は恐ろしい妖だ。襲われた者の死に様が、妖の異質さを実によくわかる形で表しているとされる。

 アンズだって、テンジン様の加護を預かる身でなければ、あんなものとは怖くて関わりたくない。

 俵を置いて、アンズが駄目だったらすぐに逃げられるよう準備しているコナツに、大丈夫だってと振り返って言い張れるのも、あくまで戦う力があるからだ。


「わかってるって、信じてるよ。

 山波村の巫女アンズの話は俺も聞いてるんだから。

 だから信頼して頼ってる」

「あははっ、嬉しい。

 私もよその村まで名前が届くようになったんだね」


 私の神様は凄いんだ。それがわかって貰えるなら必ずテンジン様への信心に繋がる。

 武功を挙げたがる武士とは全く異なる動機で名高くなりたがるアンズは、俵に腰かけてお手並み拝見と言わんばかりのコナツに最高の活を貰った。

 コナツは逃げない仕草だ。アンズが手の目を退けることを信じてくれている。

 つまり、アンズが信奉する神様の力を信じ、命を預けてくれているのだ。


「さあ、御照覧あれ!

 山波神社の巫女アンズ!

 妖満ちし世を憂いるテンジン様の力、この身に背負い仕る!」


 気合充分、静かなはずの山奥に響くアンズの声。

 それに伴い、コナツの目にはっきりと映ったのは、この日初めて見る神様の力の体現。

 それはまさしく、超常的な存在である妖と紙一重、人の味方であるがゆえに恐れではなく畏れを抱くべき、名高きはずの神を御傍に置く巫女の後ろ姿だ。


 ばりばり、と激しく火花散る音とともに、アンズの背を中心に顕れた、絵姿の雷神様を彷彿とさせる八つの太鼓。

 同時にアンズの両手には、細くも折れぬ強さを感じさせる光輝く(ばち)が顕れ、それでアンズが太鼓の一つを叩く。

 どん、と重々しい音が鳴る様は、突然現れた見間違いとも思えようそれが、まさしくそこに実在していることをコナツに伝えるには充分だ。


 さながら雷神、あるいはその使い。

 うら若くしてその巫女であり、主神の加護を一身に背負う唯一無二。

 コナツは今、アンズが噂高い山波村の巫女たるその根拠を、その後ろ姿だけで鮮烈に感じるばかりであった。

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