8.『白い巨獣』に度肝を抜かれる魔女見習い
「では引き続き、使い魔召喚の儀に移りましょうか」
先程まであれだけキャーキャー騒いでいたのに、すっかりいつものジョアンナに戻っている。
意味わかんない。
「詳しい説明は省きますが、使い魔というのは様々な角度から魔術師を助けてくれる生き物です。精霊、魔獣、聖獣など、本当に数多くの種類が存在します。能力もピンキリで、召喚者に応じた能力のものしか召喚できません」
なるほど。だからあれだけ騒いでいたのね。
「つまり、わたしの魔力は伝説の大魔女さん? と似ているから、もしかしたら凄いのが呼び出せるかもしれないと」
「えぇ。ですが、ひとつ忘れてはいけないのが、契約できるかどうかはわからないということです」
どういうこと?
「基本的に、召喚された使い魔はこちら側に敵意は見せません。ですが、契約できるかどうかはあなたとの相性、それから向こう側の意志次第」
「つまり、認めてもらえないと契約できないということですか?」
「えぇ。ですので――」
そこまで言ってジョアンナは、何か小さく呟いた。
すると、彼女の左肩の上に、いきなり白いモモンガみたいな生き物が現れた。
「この子はシリル。わたくしの使い魔です」
シリルと呼ばれたしっぽがふさふさしたかわいらしい小動物は、きゅるきゅる鳴きながら、ご主人様の腰まである金髪とか、白い頬に身体全体を使って頬ずりした。
かわいすぎる!
もしかして、ああいうのが召喚できるってこと?
わたしもあんなかわいい使い魔がほしい!
かわいいものに目がないわたしは、思わず叫びそうになってしまった。
「一応、複数ある魔法系統のことや魔術師に関しても後日説明いたしますが、わたくしは中級魔術師に位置しています。そしてこの子も魔獣に分類される生物で、能力的には下級から中級といったところでしょうか」
シリルちゃんは、ジョアンナが人差し指で頭を擦ると、気持ちよさそうに目を瞑った。
ていうか、あの子、魔獣なんだ。
「魔獣って、危険じゃないんですか?」
町の外には危険な魔物とか魔獣とかがあふれていると聞いたことがある。
一般的な動物とは見た目がかけ離れている生き物が魔物、それ以外の凶悪な野生動物が魔獣と覚えておけばいいらしい。
種族的にはまるで別物だけれど、危ないことに変わりはない。
「そうですね。危険といえば危険ですが、儀式で召喚した魔獣は通常のものとは別物です。契約すれば、基本的には主の言うことには絶対服従ですし」
「……そうなんだ」
それを聞いてちょっと安心した。
「――はい!」
ほっと胸をなで下ろしていると、突然、隣のリアが手を上げた。
「リアも使い魔いるです!」
得意げににかっと笑うと、何かもごもご言い始めた。しかし、
「待ちなさい、オル=レーリア! あれを呼び出してはなりません!」
「え?」
先程まであれだけ穏やかだったのに、急にジョアンナが血相変えて止めに入った。
だけれど、ちょっと遅かったみたい。
「ど~ん!」
リアが両手を上げて奇声を発した瞬間、何もない床が銀色に反転し、そこから何かが飛び出してきた。
「なっ……」
それを見て、わたしは絶句した。
目の前に現れた一面真っ白な壁。
清麗な輝きすら放っているそれは、すべてが白銀の被毛に覆われた巨大な何かだった。
身体が小さなわたしでは、上を見上げるようにしなければ全部が見えない。
だけれど、そんなわたしでもひとつだけわかったことがある。
「ひ~! お、おおかみぃ!」
そう。リアが呼び出した巨大な使い魔は、艶のある毛並みが美しい白銀の巨狼だったのだ。
「ヴィーっ、おひさなのです!」
アクアマリンの瞳をキラキラ輝かせていたリアが、我慢できなくなったみたいにその生き物に飛びついていった。
(おいっ。馬鹿者! 我は気高き伝説の聖獣、フローズヴィトニルなるぞ!? 気安く抱きつくでないわ!)
「ヴィーっ……もふもふ~~!」
不機嫌そうにする巨狼だったけれど、リアは気にした風もなく、楽しそうにわしゃわしゃしている。
わたしは、そのあまりにも非現実的な光景を前に、ひとり、ぽかんとしてしまった。
よくわからなかったけれど、リアがヴィーって呼んでいる白い狼の声が直接頭に響いてきている。
伝説の聖獣とか言っていたから、相当やばい生き物だということくらいは無知なわたしでもよくわかる。しかし、
「なんか……思ってたより怖くない?」
あれだけ威張り散らしたしゃべり方して拒絶していたのに、知らない間に伏せの状態になっている。
「あれはもう、嫌がっているというより、喜んでいるわよね」
もふもふした毛の中に埋もれて、ばふんばふんしているリアのされるがままだった狼さんは、満更でもなさそうだった。
(おい、そこの人間よ! 何が満更でもないだ。我は喜んでなどおらん! これは契約による強制力だ!)
「……なんか今、心読まれた?」
茫然としていると、ジョアンナが溜息をつきながらわたしの隣に並んだ。
「まったく。出してはなりませんと、あれほど言いつけておいたのに」
「出してはいけないってどういうことですか?」
「彼女がヴィーと呼んでいる使い魔は、普通の人間には呼び出せないような最上位の個体なのです」
「え……そうなのですか?」
そういえば、伝説の聖獣って言ってたっけ。
ということはつまり、それだけやばい存在ってこと?
他の人に見られると大騒ぎになるとか。
だけれど、だったらどうして、そんな凄い個体をリアが呼び出せたんだろ?
その疑問には、ジョアンナではなくもふられている本人が教えてくれた。
(この娘の召喚に応じ、契約した理由など些末なこと。単に、我に相応しい気高き神聖な魔力をこやつより感じたからにすぎぬ。ゆえに仕えたまでのこと)
そう言って、どこか得意げな顔をする。
しかし、それもすぐなくなる。なぜなら、
「もふもふ~~~!」
リアがそこら中をわしゃわしゃし始めたからだ。
(ぬおぉぉぉ~~~! 止めんか、馬鹿たれがっ……ぃや、そこは……! 違う、もう少し右――うひょぉ~~~!)
「……」
なんか、あっという間にへそ天になってしまった。
狼の野生はどこにいったの?
ひとり呆気にとられていると、ジョアンナが深い溜息をついた。
「やはり、ねだられても召喚を許すのではありませんでしたね」
ねだられたんだ。
もしかして、ジョアンナの使い魔見て自分もほしいって駄々こねたとか?
それで、仕方なく召喚を許可したとか? ――あ、あり得る。リアなら言いそう。
思わず想像して笑いそうになってしまったけれど、ジョアンナの方は呆れたように首を左右に振った。
「はぁ……あの子にはあとでよく言い聞かせておかないと。神殿の規則的には問題ありませんが、本来使い魔は魔術師の領分なのです。魔術師ではない彼女が使役しているとしれたら、一大事になりかねません」
「え……そうなのですか?」
「えぇ。あの子は神殿内では微妙な立ち位置にいますからね。下手に悪目立ちするといろいろ面倒ですので魔術の勉強もしていませんし、魔術師協会にも登録していないのですよ。ですからこのことが知られたら、協会から目をつけられてしまいます。契約だけならまだしも、無許可での使役は禁じられていますから」
「そうなんだ……」
魔術師協会ってところがなんなのかわからないけれど、いろいろ決まりがあるのね。
契約自体はいいけれど、登録せずにそこら中走り回らせたらダメってことか。
ジョアンナは眉間に皺を寄せながら、無邪気に遊んでいるリアを見ていたけれど、不意にわたしへと視線を切り替えた。
「それにです。ヴィーは特別な個体です。あのような桁外れの力も持つ存在を使役しているなどと世間一般に知られたら、何が起こるかわかりません。ですからアネットも、くれぐれもこのことは」
「はい。わかってます。誰にも言いません」
そんなことしてリアが酷い目に遭ったら嫌だし。
「よろしい。それでは前置きはここまでとして、あなたの使い魔を召喚しましょうか――あ、もちろん、契約できたら、あとであなたのことは魔術師として、正式に届け出ておきますから安心してください」
「はい。わかりました」
わたしは頷くとともに、儀式の準備に取りかかったジョアンナをドキドキしながら見つめた。
いよいよ、これからわたしだけの使い魔を召喚することになる。
どんな子を呼び出せるのか。
――できたらでいいの。どうかお願い、神様! リアやジョアンナが契約しているような怖くない、かわいいもふっこを召喚させて!
ひたすら祈りながらも、粛々と描かれていく魔法陣を見守り続けた。




