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【第1章完】転生魔女と天才聖女 ~居場所をなくした私たち二人が、最強の相棒となって幸せを見つけにいく物語  作者: 汐柳伊織


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4.始まる神殿生活と嫌みな神官たち――「でも気にしない」

 わたしが神殿で暮らすようになってから、早くも三週間の月日が流れようとしていた。


 あの日流した涙は、もうすでに乾いている。


 本当はまだ胸の中がもやもやしていたけれど、正直、泣いている場合ではなかったとも言う。


 あまりにも、生活環境が変わりすぎてしまったから。

 余計なことなんて、考えている暇なんてない。


 結果的にお金で売られて、ここで働くことになってしまったけれど、守らなければならない厳格な戒律だっていっぱいあるし、課された業務内容や振る舞い、作法など、覚えなければならないこともたくさんありすぎた。


 何より、今までとは百八十度、価値観の違う世界に飛び込んだから、毎日がてんやわんやになるのは当たり前。


 だけれど、それがかえってよかったのかもしれない。

 忙しすぎたからこそ、嫌なこと全部考えなくてすんだわけだし。


 だから、仕事に関してはまぁ、別にいいかなって、思ってる。

 決して悪いことばかりでもなかったしね。


 新しい生活拠点となった神殿内は、いつも清潔に保たれていて空気がおいしいし、わたしがお勤めすることになった最下級職である侍女官の食事は貧相だったけれど、一応毎日ご飯も食べられる。


 貧民街で暮らしていた頃のような、ドブ臭い生活ともおさらばできたし。

 そういう意味ではまさしく、文字通り天国みたいな場所だった。


 そう。あれさえなければ。


 ――貴族至上主義。


 なんとなく、最初から覚悟はしていたけれど、実際にここへ来てすぐ、嫌でも痛感させられた。


 天使や神様たちが暮らしているはずのここ、天国の住人の大半が、悪魔だってことを。


 つまり、予想どおりの伏魔殿だったのだ。






 あの子に連れられて、ノルド聖教会ザルツーク支部という正式名称のこの神殿へと初めて訪れたとき、すぐさま大勢のお偉いさん方が集まる会議室に連れていかれた。


 この支部の頂点にいる、五十代後半の上級貴族らしい神殿長ガークス・エル・ヨハンセンや、あの子と出会ったときに嫌みを言ってきた神殿長補佐官のシュレーゲン・ドルトイ。


 確かこっちは三十八くらい。


 それ以外にも、上位神官が何人かいて、合計十名くらいの好奇な視線に(さら)された――ううん。違う。


 貧民だからという理由だけで、虫けらを見るような目つきで見られた。


 眉間に皺を寄せて、おぞましいものでも見つけたみたいな顔をされた。


 中には酷薄なまでの、冷淡な視線を送ってくる人もいた。


 そんな環境に身を置き、さすがにわたしも声を失ってしまったけれど、一緒にいたあの子は強気だった。


「神殿長。この子、リアの侍女にする。ダメって言っても、侍女にする。これはもう決定。誰にも邪魔させない。女神様の思し召し」


「なぁにが女神様だ。まったく……貴様は本当にろくでもないことばかりしおる。どうしていつも勝手ばかりするのだ。こちらが用意した侍女官はすべて追い出すわ、かといって付けなければ身支度ひとつできん。あげくの果てには、どこのネズミかわからん小汚い小娘連れてくるわで、本当に手がつけられんわ。たく、()()()()()が絡んでなければ今すぐつまみ出しておるところだぞ」


 神殿長はそう言って、あからさまに顔をしかめていた。

 けれど、結局はわたしを追い出すことはなかった。


 理由はわからない。


 あの子だけでなく、ちょうどその場にいた女性神官(あのひと)が口添えしてくれたからかもしれない。


 いずれにしろ、こうしてわたしは神殿入り初日から、早くも根深い階級社会の闇に触れることになったのだ。


 ――神殿長をはじめとする、貴族至上主義が支配する地獄のような世界の一端を。






 早朝五時頃。

 侍女官の朝は早い。


 すでに三週間経っているからだいぶ慣れてきたけど、この時間からお仕事しなければならないため、結構しんどい。


 わたしは朝のお勤めとなっている神殿の清掃に向かおうと、自身に割り当てられている物置みたいな小部屋から外に出た。


 わたしたち侍女官のお仕事は大きく分けてふたつある。

 ひとつは各自に割り当てられた持ち場の清掃。


 そしてもうひとつが、本命となる役割――つまり、上位神官や下位神官、聖女候補と呼ばれる人たちの側仕えだった。


 なんでも、世界中にある聖教会支部には聖女様と呼ばれる偉い人たちがいて、聖女候補というのは、その後継人として育てられている女性たちのことをさすらしい。


 一応、立場的には上位神官の下らしいので、わたしたち最下級職から見ると、結構雲の上の存在。


 そして、そんな未来の聖女様のひとりに数えられているのが、わたしがお仕えしている、あのリアって子だった。


「さて、早いところ掃除終わらせておかないと、そのあとが大変だし、急がないと」


 わたしは軽く、今日一日の日程を脳裏に思い浮かべながら、通路を歩く速度を速めた。

 侍女官宿舎から小神殿を通り、本殿へと出た。


 わたしの担当場所は、誰もやりたがらないジメジメとした裏庭と、その周辺の石畳。


 理由はよくわからないけれど、いわゆるよくない方角と言われる、鬼門みたいな場所らしい。


 本当なら、定期的に担当が変わるみたいなのだけれど、とある事情により、わたしは他の侍女官たちが嫌がることすべてを押しつけられていたのだ。


 ――そう。つまり、嫌がらせ。


 ホント、どこもかしこも陰湿な人たちばかりで嫌になっちゃう。


 確かにここは表面上、白亜の大宮殿みたいな場所だったから、外から見るといちだんとその荘厳さが際立ってみえるけれど、徹底した貴族社会のせいで内部は非常にドロドロしている。


 心ない神官や一部の聖女候補が毎日のように、平民出身ばかりの侍女官たちに当たり散らしているからか、彼女たちの中にたまった鬱屈(うっくつ)した気持ちが全部、平民より立場の低いわたしへと向けられてしまったのだ。


 もちろん、そのことを知ったあの子が激おこになって、嫌がらせした張本人や、神殿長に抗議しに行ってくれたみたいだけれど、結局は無駄だった。


 他の侍女官たちはさすがに立場があれだから、多少は大人しくなったものの、神殿長はそうはいかない。


 あの人は貴族至上主義の権化みたいな人だし、何より、あの子よりも立場が上だから、いくら文句を言ったって、「正当な業務だから問題ない」の一点張り。


 まったく取り合ってくれなかったらしい。


 それでも、彼女は諦めずに、「守るって約束したから」と頬を膨らませて、引き続き神殿長に猛抗議しに行ってくれているみたいだけれど。


 しかも、わたしと一緒にいるときも、近寄ってくる人たち全員に睨みまできかせてくれている。


 本当にありがたいことだった。


 お陰様で、あの子と一緒にいる間だけは、露骨な嫌がらせをしてくる人たちもいなくなったし。


 でも――


 わたしは正直、心配だった。


 経緯はどうあれ、わたしがここに来たのは自らの意志だから、連れてこられたことについては、別になんとも思ってない。


 だけれど、あの子は「自分が連れてきたから、わたしが酷い目に遭ってしまった」と、責任を感じてくれているみたいで、一生懸命守ろうとしてくれるのは嬉しいのだけれど、あの子も立場が危ういらしいから気が気でなかった。


 彼女自身も他の人たちと違って、どうやら貴族ではないらしいから、それが原因で酷い目に遭うことも多いのだとか。


 同業者である他の聖女候補や神官たちのみならず、侍女官にすら心ない目を向けられているくらいだし。


 もしかしたら、他の人たちよりも、神聖魔法と呼ばれる神の力の具現能力が高いらしいから、それも理由のひとつなのかもしれないけれど。


 ともかく、そういった嫉妬や諸々のことがあって、あの子に対しても嫌みや無視は日常茶飯事だった。


「本当に……どこの世界にも、ああいう次元の低い人たちっているのね」


 修道服(ハビット)のような灰色チュニックを着て掃除場所へと向かうわたしを見て、露骨に顔をしかめてくる男性神官や、くすくす笑っている侍女官とすれ違った。


 だけれど、わたしは特に気にしない。


 もう慣れてしまったからというのが一番の理由だけれど、下手に絡んで問題にされたら、何されるかわかったものではない。


 そちらの方が怖かった。

 我慢我慢。


「さてっと。始めますか」


 掃除場所へと辿り着いたわたしは、早速周囲を見渡した。


 昨日草むしりしたばかりなのに、石畳の地面からは雑草がにょきっと顔を覗かせている。


「ふふん。あなた、ずいぶん挑発的じゃない? わたしの前に顔を出すと、全部薬の材料にしちゃうんだから」


 わたしは一見ただの雑草にしか見えない、よもぎみたいな草たちに向かって、くすくす笑いながら飛びかかっていった。





 

 目をキラキラ輝かせながら、一心不乱に草をむしっている今のわたしは、きっと、あほの子に見えることでしょうね。


 えぇえぇ、そうでしょう。だけれど気にしない。

 だって、わたしにとってこの草は、本当に宝物のひとつなのだから。


「これこれ。この年がら年中青々とした色合い。これが()()()()としていいのよね」


 ウキウキしながら一本一本丁寧に引っこ抜いていく。

 葉っぱの形状はよもぎみたいだけれど、妙に細長いのよね。

 そのお陰で他の雑草と見間違えることもないから大助かり。


「ここには他にも、いろいろなのが生えているし、ちゃんとわけておかないと、あとで選別が大変になっちゃうからね。そうしたら、傷薬として使えなくなっちゃうから、慎重にやらないと」


 この葉っぱを初めて見つけたとき、そして、この雑草(フレーベ)をすり潰すと、化膿止めの傷薬になるということを発見したとき、どれだけ嬉しかったことか。


 世間一般的には、フレーベにそんな効能があるだなんて知られていないみたいだったから、余計にわくわくした。お金になるかもって。


 貧民街にいた頃は、ホント、コツコツ集めてたっけ。


 みんなは哀れむような目つきでわたしを見てきたけれど、ホント、余計なお世話よ。


 絶対にこれは将来、お金になるって確信してたんだから。


 だけれど、今となってはそんな失礼な人たちとの絡みも、いい思い出となっている。


 あのときのことを思い出すと、とっても温かくて、同時に切ない気分になってくるけれど。


 この草が食べられるって教えてくれた母に、これを食べさせようとして、変な顔されたっけ。


 ――ふふ。なんだか、あの顔思い出すと、笑えるけれど。


 わたしは黙々と草むしりに励んだ。

 三メートル四方一帯の草がどんどんなくなっていく。

 同時に少しずつ、フレーベとただの雑草の山も増えていく。


 フレーベ自体はそこまで多く生えてはいないけれど、それでも少しずつ積み上がっていくよもぎ君もどきを見ていると、どうしても顔がニヤけてしまう。


 今すぐこれがお金になるというわけではないけれど、神殿でのお仕事では怪我も多いから、重宝するのよね。


 あの子にただで()()()()かけてもらえるから、怪我なんていくらでも治せるけれど、なんか悪いしね。


 それにこれ、傷薬の材料だけでなく、滋養強壮にもいいらしいから、わたしにとっては体力回復薬にも匹敵する貴重なお薬(たべもの)なのだ。


 だから、集めておいて損はないのだけれど、残念なのがその味だった。


 フレーベは激マズだから、普通の人はまず食べない。


 けれど、栄養価の高い食べ物を食べられない、貧民街の子供たちにとっては価値ある食べ物なのよね。


 だからこそ、わたしは積極的に食べた。


 苦みが強い代わりに風味があるから、まずい貧民街の料理の味変のために、香味料感覚で積極的に食べた。


 当時、傷薬に使えるだなんて思ってもみなかったけれど、この滋養強壮効果がきっと、立派な薬の材料として使えると思ったから。


 だから研究に値すると思っていっぱい調べた。

 いろいろなことを試した。


 そうしてようやく、食べる以外にも使い道があることに気がついたのだ。


 そう。それが傷薬だった。


 つまり、()()()()()()で培った薬の知識が、ようやく花開いた瞬間でもあった――






 わたしには、この世界に生まれ落ちたときから、あちらの世界で生きていた頃の記憶があった。


 向こうでのわたしは、あと少しで二十代を卒業させられてしまうような年齢だったけれど、その分、いろいろな知識を有していた。


 毎日寝る間も惜しんで薬の研究開発をする日々だったけれど、その根底にあったのは、病で苦しむ人々をひとりでも多く救いたいという真摯(しんし)な願いからだった。


 しかし、難病認定されている病の新薬開発に成功したと思った矢先、わたしたちの前途は文字通り、身も心もすべて、炎に包まれてしまった。


 だからこの世界で目を覚ましたわたしは、あんな生活環境に放り込まれてしまったことも相まって、少しでも自分たち家族や他の人たちの助けになれるようにとがんばったのだ。


 それなのに――結局は幼くてお金もなく、貧民街がこの世界のすべてだったわたしにできることなんて、ほとんどなかった。


 一番助けたかった母ですら救えなかったし。


 だけれど――


 わたしはあのとき、後ろは振り向かないって決めたの。

 目の前でやれることがあるならそれに取り組む。


 だからこそ!


「むしゃむしゃ」


 う~ん……相変わらずこの草、まずい。

 風味的には山椒なんだけれど。


 引っこ抜いたフレーベの葉っぱを試しに一枚食べてみたけど、いまいち効果がよくわからない。


 やっぱり、すり潰して傷薬にするのが一番ね。


 そう思って、わたしは引き続き、無心で引っこ抜いては一箇所にまとめておいた。


 あとでこっそり持って帰りやすいようにと。しかし、


 突然、ギ~っと、何かが軋む音が聞こえてきたので顔を上げた。


 本殿へと続く裏口扉からひとりの男性が顔を覗かせていた。


「ちっ。相変わらず辛気くさいところだな。胸の中が毒で汚染されてしまいそうだわ」


 下位神官を現す専用の神官衣を着た男性はそう吐き捨てると、わたしを一瞥(いちべつ)して、さらに不機嫌そうにしながらこちらへと歩いてきた。


 なんか嫌な予感がするなぁ……。


「よぉ。確かお前、あいつんとこのクソガキだったな。はっ。身体ん中にヘドロが流れているお前らにはお似合いの場所だな。せいぜい気張って働いて、神殿すべてをピッカピカに磨くこったな」


 二十代後半くらいの男性はそんなことを言いながら、わたしへと一直線に近寄ってくる。


 いったいなんの用?

 わたしに何しようとしているの?


 身体が勝手に強ばっていく。


 目の前の男は、笑っているのか怒っているのかよくわからない、(いびつ)な笑みを浮かべていた。


 だけれど、こういう人に共通しているのは、目の奥で光らせている薄汚れた感情。


 貧民街に漂う臭気よりも汚く見える。


 ……なんか、いろいろな意味で、この人怖い。


 目つきもおかしいし。


 それ以上こっち来て欲しくないのだけれど……。


 しかし、歩みが止まることはなかった。


 ……本当に勘弁してほしい。めんどくさすぎる。


 神官たちがこういった差別意識を向けてくることは日常茶飯事だし、慣れているから別にいいのだけれど、いちいち絡んできてほしくないのよね。


 せっかくお薬の材料手に入れて、将来の小銭稼ぎに使えるかもって、ウキウキしていたのに。


 すべてが台無しだった。


「おい、ガキ。無視してんじゃねぇ。なんとか言ったらどうなんだ? あぁ? 俺は貴族様だぞ」


 どうやらお貴族様らしい。うん、まぁ、わかっていたけれど。

 あの子は別として、ここにいる神官や聖女候補様は全員、お貴族様だしね。


「では、お言葉に甘えまして、ひとつ進言させていただきます」


「あぁ?」


「そのままこちらに歩いてこられると、大変危険でございます。お戻りになった方がよろしいかと」


「はぁ? てめぇ、なにほざ――グギャァ」


 あ~あ。


 せっかく忠告してあげたのに、手遅れだったみたい。


 一箇所にまとめておいた大切なお薬の材料が踏まれそうだったから、()()()と思って教えてあげたのに。


 無警戒にそれを踏んづけて、派手にすっ転んでしまった。


「ぐあぁぁっ」


 どうやら頭と腰を地面にぶつけたらしく、左右に転がって痛そうに暴れている。


 まったく、この人は何やっているのやら。


 先に言っておくけれど、わたしのせいじゃないからね。


 勝手に近寄ってきたこの人が悪いんだし。


「もう、大丈夫ですか? お怪我は――あぁ、(ひじ)まですりむいているじゃありませんか。待っていてください。今手当てしますから」


 痛そうに頭抱えている金髪神官に草持ったまま近寄っていくと、


「おい、てめぇ、何する気だ!」


「え? 何って、薬を塗ってさしあげようかと」


 そう告げて、手で草をもみもみしたあと、擦り傷になっている左肘に押し当てようとしたのだけれど、


「ぅおぉ~い! 何しやがる。そんなきたねぇもん、(こす)りつけるんじゃねぇっ。こんな怪我くらい自分で治せるわっ」


 男性神官は叫びながら、もごもご何かを呟いた。

 瞬間、手から仄かな光が発せられる。


 そっか、そういえばそうだった。


 神官って、ノルド聖典っていう神聖魔法の書物持ってるから、治癒魔法が使えるんだった。


「ちきしょう。あとで覚えてろよ!」


 治癒魔法のお陰か、動けるようになったあの人は、よろめきながらも建物の中へと消えていく。それを見てわたしは思わず溜息をついてしまった。


「なんか、面倒なことになっちゃったなぁ。変なことにならなければいいけど」


 神殿生活始めて三週間と少し。

 わたしの前途には依然、小鬼たちがうろついているようだった。

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