47.行ってきます。またね! ~そして新たな旅立ち~
宿に戻ったわたしたちを、例によって宿屋のおばちゃんとおっちゃんが温かく迎え入れてくれた。
心配の声やらなんやらをたくさんかけてくれて、気遣ってくれた。
ホントにみんな優しい。
イセリアさんやヘルミネアさんもそうだけど、村のみんなも宿のおばちゃんたちも本当に……。
ジョアンナが言っていたとおり、この村は本当に温かいところだった。
ご飯もおいしいしね。
いいイメージしかわかない。
こんな平和なところでずっと暮らせたらどれだけ幸せだろうって、改めてそう思える村だった――でも……。
夕時となり、早めの夕飯をすませたわたしとリアは、その足で湯浴みをし、部屋に戻った。
そしてベッドに寝転がりながら、明日のことを考える。
「本当にどうしようかなぁ……」
「アネット」
「うん?」
「明日、この村、出るですか?」
「う~ん……正直どうしようかなって、思ってる。一応、当初予定していた魔術師協会には正式に登録できたし、予定にはなかったけれど、冒険者の方も無事登録できたから、もうここにとどまる理由もないのよね」
「そうなんだ。なんか寂しい」
「うん。それはわたしもそうだよ。ホントはもっとずっとここにいたい。みんないい人たちばかりだし、宿のおばちゃんたちともせっかく仲良くなれたし。でも……」
そう。わたしたちには目的があった。
別に、必ず大神殿まで行かなければならないというわけでもなかったし、今すぐ到着しなければならないというわけでもない。
のんびり旅を続けながら、危険と隣り合わせと知りつつも、同時にいろいろな素敵に満ちあふれている不可思議なこの広い世界を見続けるのも悪くはない。
だけれど、実際にはそれを許さない環境がすぐ側まで迫っていた。
――神殿の追っ手。
まさか、追いかけてくるとは思いもしなかった。
『こんなこと言うのもあれだけれど、詳しい事情はいっさい聞かないし聞く気もない。だけど、もし、あんたたちがあのろくでもない連中に追われているのなら、なるべく早くここから発った方がいい。この村は北のフェルゼン管轄ということもあって、あいつらが直接手出しできるわけじゃないけど、あのザルツークの神殿連中のやり口がおかしいってのは昔から有名だからね。油断してると痛い目見るよ?』
ギルドを出るとき、イセリアさんにそう言われた。
どうやら、あそこの人たちは本当に悪名高くて頭がおかしいらしい。
追われているならさっさと逃げた方がいい。そういうことみたい。
(まぁわたしもその意見に同意ね。追ってきた神官たちはあれだけ酷い目に遭ったから、彼らに関してはしばらく戻ってこないでしょうけど。でも別の追っ手が差し向けられないとも限らないからね)
(だな。まぁ、暴れていいというのであれば――)
(やめなさい)
ギルドを出るとき、クロニャンとヴィーもそんなことを言っていた。
つまり、どう転んだって、これ以上長居してはいけないということなのだろう。
「滞在したのがたった一日二日とか、そのくらいなのが本当に悔しい。もっといたかったな」
「うん。あのカーボ、食べてみたかった」
「……本気で言ってる?」
「うん!」
得体のしれないデカカボチャ食べたいとか、さすがリア。
わたしだったら絶対に食べたくないけど。
……でもまぁ、うん。そうだね。
またあんなカボチャ騒動になるのはごめんだし、再び追っ手が来たらみんなに迷惑かけちゃうから……やっぱり明日、出発しよう。
わたしはそう決意し、中々眠れない夜を過ごした。
翌朝。
「本当にもう行っちゃうのかい? もう少しいてくれてもよかったんだよ?」
「まぁ、これで永遠の別れというわけでもないしな。また気が向いたら立ち寄ってくんな。そしたらもっとうまいもん食わせてやっからよ」
宿を出るとき、おばちゃんとおっちゃんがそう温かい声をかけてくれた。
「うん。またきっといつか会いに来ます。そのときにはまた、おいしいものいっぱい食べさせてください」
「リアも必ずくる! いっぱい食べるっ」
例によって大荷物を背負いながら、笑顔でわたしたちはお辞儀した。
胸が少しきゅっと締めつけられたけれど、でも、これが旅の醍醐味でもあるのよね。
旅を続けていけば必ず起こる、出会いと別れ。
一期一会になるかもしれない運命の出会い。
寂しさをこらえながらも、わたしたちは元気よく手を振り、北門へと向かった。けれど、
「え……?」
朝六時くらいということもあって、さすがに村の広場には誰もおらず、みんな家の中で寝てるのかなと思ったのだけれど、北門が迫ってきたとき、それに気がつきびっくりしてしまった。
「みんな……どうして……」
門の付近に大勢の村人たちが集まっていた。
彼らはわたしたちの姿を目にすると、「お~い」と手を振りながら声をかけてくる。
ギルドのイセリアさんを始め、魔術師協会のヘルミネアさん。
ギルドでわたしたちに絡んできたおっちゃん。
他にもまだまだいる。
直接会話したことはないけれど、昨日カボチャ騒動で神様にお祈りしていた人たちまで。
そして極めつけは――
「よっ」
「……変態お兄さん」
「誰が変態だっ」
そう。
十数人が集まる門の前に来たわたしたちを出迎えてくれた中には、ヴィーたちに吹っ飛ばされ、さらにはイセリアさんにまでドヤされてギルドに連行されてしまった残念なお兄さん――ガーランドさんまでいた。
「みなさんどうして?」
茫然としながら呟くように言うと、
「何言ってんだい。あんたたちが今日出発するってことくらい、事前になんとなくわかってたからね。今朝早くに宿の女将さんからも連絡もらったし、それであんたたちをみんなで送り出してやろうって話になったんじゃないか。たくっ。ホントに水くさいったらないね。まぁ、昨日あたしの方から勧めた手前、あまり強くは言えないけどね」
そんなことを言いながら、イセリアさんは腰に両手をあてがってニヤッとした。
「ホントにねぇ~……。わたしももう少し、あなたたちとは一緒にいたかったわ。だって、いろいろと調べたいことがあったのだもの」
心底残念そうに溜息をつくヘルミネアさんだったけれど、
ちょっとっ。調べるって何!? 人体実験する気っ?
いろいろな意味で怖すぎる!
わたしは思わず心の中で叫んでしまった。
「まぁとにかくだ。こんなちっちゃなガキんちょふたりで旅を続けるってのは、ホントに大変なことだからな。変な奴に絡まれないよう、十分気をつけるんだぞ?」
そう難しい顔で助言をくれたのは、ギルドに顔を出したときに絡んできたザックスというおっちゃんだった。
「あんたがそれを言いなさんなっ。殴られたいの!?」
「ちょっ。何考えてんだお前は!」
笑いながら殴りかかる真似をしたイセリアさんに、ザックスさんが大慌てとなる。
わたしも他の村人たちも、それを見て声を上げて笑ってしまった。けれど、
「……かっこいい」
「え……?」
「やっぱり、リア、あれやりたい」
例によって、筋骨逞しいお姉さんの真似をしようとするおかしな女の子だった。
「――まぁいいさね。とにかく、しっかりやるんだよ? 北に向かうなら半日行ったところにある城塞都市フェルゼンが次の目的地になるはずだし、そこまでは比較的安全だから大丈夫だとは思うけど」
「はい。十分気をつけて旅を続けます。短い間でしたが、本当にありがとうございました」
そうお辞儀するわたしにリアも真似をする。
「あ、あと、これも渡しておくよ。紹介状。もしフェルゼンに立ち寄るなら、ギルドと魔術師協会にこれを渡しなさい。そうすれば、便宜を図ってくれるはずだから」
そう言って、イセリアさんが手紙を差し出してきた。
「何から何まで本当にありがとうございます」
もう一度笑顔で感謝を伝えると、彼女は照れたような笑みを浮かべながら右手を左右に振った。
「いいって。それくらいしかしてやれることはないからね。それに、最近は本当に物騒な世の中になっちまったからね。昨日の神殿連中もそうだけど、人攫いの類いも結構な数が横行しているって話だし」
「人攫い……ですか?」
不穏な言葉に胸の奥がぎゅっと、締めつけられてしまった。
「他にも、近頃おかしな病にかかる人たちも多いそうよ。どこからか、流行病の類いでも流れてきているのかもしれないわね。ホント、嫌になっちゃうわ」
ヘルミネアさんまでそんなことを言った。
「だけどまぁ、俺たちこの村の連中はまだ、直接その手の被害には遭ってないから平気だけどな。あくまでも風の噂って程度だ。あまり気にしなさんな」
昨日デカカボチャを収穫していた男性が、そう助言してくれた。
「そう……ですか。でしたら、少しは安心ですね」
とはいえ、わたしは愛想笑いを浮かべながらも、胸中複雑な思いとなってしまった。
そこまで深刻ではないと言われたけれど、正直、旅の道中でそんな物騒なものと遭遇なんかしたくない。できれば遭わない方がいいに決まっている。
だけど、同時に確信めいた思いもあった。ふたつとも相応に厄介な案件だったけれど、もしかしたら、わたしたちならなんとかなるんじゃないかって。
人攫いに関してはアクシデントみたいなものだから、対策していてもどうすることもできないかもしれないけれど、病についてはわたしが持つ薬の知識やリアの神聖魔法さえあれば、なんとかなるんじゃないかって、そう思う。
だから……きっと、わたしたちは大丈夫。
わたしはそう自分に言い聞かせた。
けれど……。
最悪の事態が脳裏をよぎり、暗く気持ちが沈んだ。
わたしたちが出発したあと、万が一この村に疫病が蔓延でもしたら……。
……せめて、予防だけでも。
わたしはそう思って、道具袋から例のものを取り出し、イセリアさんに渡した。
「なんだい、これは?」
「はい。滋養強壮に効く、いわばお薬みたいなものです。調味料として使えば、もしかしたら病気予防にもなるかもしれません。気休め程度ですが、お世話になったお礼です。もらってください」
調味料として使える粉末状になったフレーベ。それが入った小さな袋を手渡した。
そしてさらにもう一つ。
「それからこちらは傷薬です。殺菌効果に優れていて、化膿止めに効く優れものです。こちらも置いていきますので、よかったら使ってください」
そう言って、わたしはペースト状になった緑色の塗り薬が入っている掌大の瓶も手渡した。
フレーベで作った傷薬。
一般に出回っているものと比べても、たぶん、効能はこちらの方が高いはず。
だって、研究に研究を重ねて作った、わたしの自信作だもの。
イセリアさんは最初、胡乱げにふたつの品物を眺めていたけれど、最後にはニヤッと笑ってくれた。
「見たことも聞いたこともない代物だけど、アネットが持っていたんだ。きっと凄い効果が期待できるんだろうね。ありがたく頂戴しておくよ」
「はいっ。もし誰か怪我したり、病気になった人がいたら、それを使ってください。きっとよくなると思いますから」
わたしはそう元気よく応えたあと、リアを見つめた。
彼女はきょとんとしていたけれど、わたしの意図をくんでくれたのか、こくりと小さく頷いた。
いよいよ出発のとき。
襲ってくる寂しさを振り払うべく、一度深呼吸した。そして――
「それではわたしたち、そろそろ行きます。本当にお世話になりました。そしてまたいつか、必ず立ち寄ります。ですのでそのときには……」
「あぁ。村を挙げて歓迎するよ。今度はたっぷり、満喫できるようにね」
わたしは会心の笑みを見せるイセリアさん、それからヘルミネアさん、そして他の村人たち全員と握手しながら、彼らが両側へと分かれて作ってくれた道を通って、門を潜った。
村のみんなも外に出て、手を振ってくれている。
わたしとリアも大きく手を振った。
「さよならは言いませんっ、行ってきます!」
「行ってくるのですっ。また遊びにくるです!」
そうふたりして元気よく挨拶した。
一歩一歩前へと確実に進んでいく。
少し足取りが重かったけれど、それでも徐々に村が遠ざかっていった。
ときどき振り返ってみたけれど、みんな、ずっとお見送りし続けてくれていた。
わたしは込み上げてくる何かを懸命にこらえながらも、無理に笑顔を浮かべる。そして、
「みなさ~んっ、お元気でぇ~~! またねぇぇっ」
もう一度、甲高くて大きな声で叫んだ。
すると、まるでそれに応えるように、
「おいっ……クソガキどもっ。悪い大人には十分気をつけるんだぞっ」
「――あんたが言いなさんなっ」
例によって叫んだガーランドさんをイセリアさんがしばき、村人が大笑いした。
そんな彼らを見て元気をもらえたわたしは……。
「よしっ。次の目的地は北の城塞都市フェルゼンよ! ――リア、なんとしても無事にそこまで辿り着いて、そしてそして……大神殿まで行こうねっ」
気合の一声をかけると、
「ん! 絶対に大聖女様に会いに行くですっ……ホントは嫌だけど」
「ちょっとぉっ」
顔をしかめて答えるリアに、わたしは鋭く突っ込みを返すのだった――
――まもなく、季節は冬へと移行する。
そんな時分の出来事だった。
この先どんな旅が待っているのか――
笑いながらリアと一緒に歩くわたしの胸の中は……期待と不安に満ちあふれていた。
ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。
アネットとリアの物語はこれからもまだまだ続いていきますが、いったんここで幕引きとなります。
今後、二人がどのような旅路を歩んでいくのか。
そして、一人神殿に残してきてしまったあの人の行く末は?
それは、読者の皆様のご想像に委ねたいと思います(一応サイドという形で、少しだけジョアンナの短編を公開しております)。
この先の物語がどうなるかにつきましては、しっかりと道筋ができておりますので、もし機会があり、続きを書かせていただけることになりましたら、改めて答え合わせをしたいと思っております。
ですので、そのときはまた、応援、ご愛読のほどよろしくお願いいたします。
それからいつものお願いです。
励みとなりますので、少しでも「面白かった」「続きが読みたい」と思ってくださいましたら、ぜひ、「ブクマ」や「★★★★★」などで応援していただけると嬉しいです。
不定期ですが、二人の短編や、この物語、あるいはこの世界の住人が絡む物語も引き続き、別作として公開していくかもしれませんので、ブクマはそのままに、楽しみに待っていてください。
それではまた~(^_^)/~




