44.迫る危機と、エルシーリアの魔術。そしてやっぱり――
「ね、ねぇ……! これ、どういうことなの……!?」
ここからだとまだ距離があるから、本当にあの人たちが神官なのか、あるいはノルド聖教会の関係者なのか、現時点で断定することはできない。
しかし、あの装い。見間違えるはずもない。つい最近まで、わたしたちは神殿にいたのだ。
真っ白いローブを身につけたあの格好といい、通常の神官たちとは立場の違う、いわゆる警備の任務に当たっている神官戦士と呼ばれる人たちだけが持っている長槍。
どう考えても神殿関係者だった。
そんな人たちが都合五人いて、こちら側に膨らむ形で半円状に広がり、周囲を見渡していた。
そしてさらにもう一人。
今度は槍を持っていない別の神官が村人たちの間を縫うようにして進み出てきた。
いったい何が起こっているの?
まさかとは思うけれど、わたしたちを追いかけてきたとか?
神殿飛び出してくるときに仕返ししたから怒っちゃったの?
なんて心の狭い!
しかし、文句を言ったところで事態が変わるわけではない。
「クロニャンっ……なんで神官があんなところにいるのかわかる?」
固唾を飲んで状況を見守りながらも、黒くてふわふわの被毛の中に隠れるようにしながら問いかけると、
(さぁねぇ……でも。大方予想どおりなんじゃない? あんたたちが神殿で派手に暴れたのは事実だし、捕まえようとして追いかけてきたってところでしょ? それでもって、さっきまたあんたが暴れたから、もしかしたら感づかれたのかもしれないわね。あんたたちがあの村にいたことは村人たちのほとんどが知っているわけだし)
「ちょっとっ。そんなあっさりと! もっと労る言葉ってないの?」
て、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
「ねぇ、どうしよう……。このままだとわたしたち、村に帰れないよ。もしかしたらあの分だと、あの村だけじゃなくて、この先の町とかにも手配書みたいなのが出回っているかもしれないし。そんなことになったわたしたちもう、気軽に町の中入って旅なんかできなくなっちゃうよ。大神殿にも辿り着けないし、食べ物もなくなって、そのまま飢え死にしちゃう!」
容易に想像できる結末。
今はもう冬に差しかかっている。朝晩の冷え込みも厳しくなっている。
町に入れず、食料や水が確保できなければ飢え死に確定だし、宿で寝泊まりできずにテント生活続けたら、場合によっては凍死もあり得る。
「ねぇ、クロニャン。どんな状況になっているかだけでも確認できない? それさえわかれば、活路が見出せるかもしれない」
わたしは後ろのリアと見つめ合った。
彼女は状況がよくわかっていないのか、きょとんと小首を傾げている。
白銀の髪と、アクアマリンの大きな瞳が愛らしい、まだ十歳の少女。
なんとしてでも彼女だけは守らないと。
そうひとり悲壮感を漂わせていたら、クロニャンが溜息をついた。
(ホントにしょうがない子ね。でもその生真面目な性格、悪くないわ。いい加減だったエルシーリアとは大違いよ)
「へ?」
(……なんでもないわ。とにかく、一応、あんたが言うとおり、確かにエルシーリアオリジンっていう、彼女しか使えなかった魔術系統があるのだけれど、その中に、遠距離からでも遠くの状況を確認できる遠見の魔術や遠聞の魔術なんてものもあったけど、あれはおそらくあんたには使えないでしょうね)
「どういうこと?」
(あれはエルシーリアが持っていた、幻と時の魔力属性に大きく左右される魔術なのよ。だからその属性を持っていない上に、今の未熟なあんたじゃおそらく無理ね)
「じゃ、じゃぁどうするのよ」
(そうね。あんたができることといったら、ジョアンナからもらった魔導書を最初から最後まですべて熟読して、何が書かれているかを暗記して、さらに、適正な魔力制御ができるように勉強することね。そうしたら、その魔導書に書かれている『現代人が判読不可能な魔術』も使えるかもしれないわね)
「そんなの無理に決まってるじゃないっ。確かにざっと目を通した中に、ジョアンナから教えてもらった言葉じゃ読めなかったよくわからない記述が巻末にいっぱい書かれていたけど。だけどもしそれが仮に、打開策見出せるような呪文か何かだったとして、今のこの状況でそれら全部の勉強を一瞬で終わらせることなんかできるはずないじゃない」
(まぁ、そうでしょうね)
クロニャンはそう言って、なんか笑った気がした。
むかっ。
絶対今、わたしをからかったでしょ!?
しかし、そんな悠長に構えている場合ではなかった。
「アネット、なんか、あの人たち、喧嘩してる?」
「え?」
唐突にリアがおかしなことを言ってきた。
彼女が見ている村の方へと視線を向けると、確かに北門の外でイセリアさんたち村人が、神官たちと揉めているような気がした。
「いったい何があったの?」
よく見てみると、最後に出てきたなんとなく偉そ~な雰囲気漂わせている人が、村人たちに怒鳴り声を上げているような気がした。
何を言っているのかまではわからなかったけれど、それに応酬する形で、あの筋骨逞しいイセリアさんが食ってかかっている。
他にも、こちら側へと歩いてこようとしていた神官戦士風の人たちに対しても、村の男の人たちが腕をつかんで妨害しているようにも見えた。
「もしかして……あれって……」
茫然としていると、
(かもしれないわね。あの人たち、あんたたちを庇おうとしてくれているのかもね)
例によって軽い口調でクロニャンが切り返してくる。けれど、
「そんなのダメよっ。相手はあの、めちゃくちゃあくどい神殿関係者なのよ!? あんな人たちに逆らったら、村の人たち、何されるかわかったものじゃないわ! しかも、相手は槍持ってるのよ? そんなのに楯突いたら……」
わたしたちがこんなところに来たばかりに、もしかしたら無関係なあの人たちが怪我をしてしまうかもしれない。
それだけですめばいいけれど、神殿関係者、つまり、貴族や権力者に逆らったら、牢屋に入れられてしまうかもしれない。
そんなのダメよっ。
「ねぇ、なんかいい方法ないの? わたしが今使えるのっていったら、火魔術とさっき教えてもらった氷結魔術だけ。でも、あんな危険な魔術、制御できないから使えるわけないし」
クロニャンたちけしかけて追っ払ってしまうというのが一番手っ取り早いけど、そんなこと当然できない。
いくらあの村の人たちがみんないい人だとしても、万が一ふたりのことを知られたら、どうなるかわかったものではない。
みんな怖がって、わたしたちを遠ざけようとするかもしれないし、最悪、変な人に通報されるかもしれない。
それに神殿関係者にクロニャンたちがいる、つまりわたしたちがここにいるということを、自ら名乗り出るようなもの。
それは絶対に避けなければならない。
無用な接触は控えるべき。
じゃないと、本当にこの先立ち寄る町や村で、手配書が配られてしまう。
そうなったらすべてが終わりだ。
(はぁ、本当に仕方がない子ね)
どうやらわたしの焦燥感を読み取ったらしい。
(さっきも言ったけど、本来であれば、あんたが持っている魔導書の解読できないところにエルシーリアが使っていたオリジナルが書き記されていて、そこに簡単に相手を屈服させられる擬態兵装召喚魔術っていうのがあると思うのだけれど、残念ながら今のあんたじゃおそらく無理ね。恐ろしく制御が難しいから)
「じゃ、じゃぁどうするのよ。よくわからないけど、そのなんとかってのを使えば、本当ならわたしたちの存在を知られずに解決できたのに、今は使えないってこと?」
(そうね。あんたが言ったとおり、その魔導書にはね、いろいろな問題を解決できるかもしれない、本当に素晴らしい魔術の数々が記載されているのよ。ジョアンナも言っていたけれど、その魔導書はエルシーリア縁の品。自身が生み出した魔術のすべてを後世に伝えるためという名目で書き記した、一〇〇余冊にも及ぶ魔導書があるのだけれど、そのうちの一冊を書き写したものだからね)
「え……? そうなの?」
(えぇ。彼女は実用性のあるものから、悪ふざけとしか思えないような変な魔術とかもいろいろ開発していたけれど、中には戦略級魔術っていう、小さな国くらいなら簡単に丸ごと消し飛ばしかねないようなとんでもないものまで作ってたわね)
「ちょっとっ……国を消し飛ばすって……」
とんでもないことを意図も簡単に言い出すクロニャンに、わたしは言葉を失ってしまった。
そんなものがこの時代に広まっていたら、あっという間に世界が滅んでしまう。
大丈夫なの?
そう思ったけれど、どうやら杞憂だったらしい。
(でもまぁ、その魔導書に謎の言葉として残っているとおり、一部の魔術は現代人には解読不可能なものもあるみたいだし、何より、正真正銘禁忌レベルの魔術は複合属性魔力を持っているあんたやあの人しか使えないから、安心しなさい)
そんなことを言って、ウィンクしてくる――なんて器用な。
とはいえ、安心しろと言われても逆に不安になってくるんですけど?
万が一、わたしが持っているものも含めて、世界中に残っている魔導書のすべてが解読されて、それを使える人間が現在わたしだけとか知られたら何が起こるのか。
ごくり。
思わず想像して冷や汗が出てきた。
(ともかく、今は確かにそんなこと言ってる場合じゃないわね。状況がよくない方向に傾いているみたいだし)
クロニャンはそんなことを言って、前方を促した。
わたしもつられてそちらを見て、息が詰まった。
村の人たちのお陰ですっかりわたしたちへの関心がなくなったのか、こちら側へと歩いてくる気配はなかったものの、逆に、神官たちが手にした槍が村人に向けられていた。
このままじゃ、本当にまずいことになる。
「ど、どうすれば……!」
わたしはない知識と知恵をフルに巡らせた。
クロニャンとヴィーをけしかけるわけにはいかない。
かといって、リアを前面に押し出して神聖魔法の何かを使わせたら一発で感づかれるし――ていうか、そもそも追っ払えるような魔法があるかどうかもわからない。
でも、だからといって、わたしが使える魔術といったら、火と氷結だけ。
でも、それを使ったら、間違いなく、村人まで巻き込んでみんな全滅させてしまうかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だった。
動物ですら殺したくないのに、人間を傷つけるとかありえない。
わたしは元々、人の命を救う立場にあったんだから。
だけれどそうなると、
「やっぱりこれ……詰んでるじゃん……」
そう、茫然としたときだった。
「あ……ちょっと待ってっ」
そうだった。あれがあるじゃない!
わたしは今回の仕事を引き受ける前のゴタゴタを思い出して、叫びそうになっていた。
あのガーランドっていう残念なお兄さんの相手をしていたときに使おうと思っていたあれ!
あれだったら……。
「ねぇクロニャン! あの魔術教えてっ。相手を拘束して動けなくさせちゃうやつ!」
興奮気味に言うと、
(あ~……あれね。確かにあれなら危険はなさそうだけれど……大丈夫かしら?)
「へ? どういう意味!?」
なんでそんなこと言い出したのかわからずむっとすると、しばらくしてクロニャンが「まぁ、いっか」と、いつもの軽い調子で返事した。
そして、呪文の方もさくっと教えてくれる。
よし!
この魔法で相手をがんじがらめにして、そのあとなんとかして気絶させちゃえば、大事には至らないかもしれない。
よぉ~し。こうなったら一か八かよ!
わたしはそう思って、気合入れて、残り少ない魔力を一生懸命練りながら、イメージを膨らませていった。
相手をがんじがらめにして拘束し、動きのすべてを封じてしまう、つる拘束魔術を!
「いっけえぇぇ!」
気合十分、詠唱が完成した瞬間、わたしは奇声を上げながら、残りの魔力全部を吐き出すつもりで一気に前方へと解放していた。
両手に握りしめたジョアンナの杖の先端から、土色に輝く魔力の息吹が勢いよく空を舞い、一直線に飛んでいった。
そして――
今しも村人たちへ槍の穂先を突き入れようとしていた神官たちの足もと目がけて、魔力の奇跡が潜ったかと思った次の瞬間だった。
ぼこっ。
そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで、地面から巨大な何かがせり出し飛び出していった。
わたしたちはそれを見て……。
(やっぱりね……)
(うむ。実に素晴らしい威力である。あっぱれだ)
「にしし」
外野がピーチクパーチクガヤガヤしている中、わたしはひとり、口を開けて固まった。
――大地を食い破るように突き抜けていった巨大な何か。化け物のように空へと伸びたそれらが、すべてを飲み込んでいった。




