42.暴走するわたし――て、暴走してないから!
「ちょっとっ。壊滅とか何言ってるのよっ。ど、どどど、どうするのよっ、あれ!」
これまで生きてきた中で、最大級に酷い緊張感に襲われてしまい、わたしは素っ頓狂な声色を張り上げてしまった。
やばいやばいやばい……!
こっち向かってきてるじゃない!
なんなのよぉっ、ホントにもう……!
――そう。
森のたもとに大集結していた、おそらく百を超えそうな勢いの魔物の群れが、明らかにこちら側へと走ってきていたのである。しかも――
「い、い~~やぁ~~~! なんなのよ、あの気持ち悪い生き物っ……」
豆粒くらいの大きさしかなかったときにはよくわからなかったけれど、時間の経過とともにどんどん大きくなってきて、その姿がはっきりと確認できるようになっていた。
そして、幸か不幸か、そのお陰で、見たくもない姿を目にしてしまったのである。
――クモなのかカニなのかよくわからない生き物の群れ……。
甲殻っぽい殻に覆われた真っ白い手足が何本も生えていて、巨大なハサミがふたつついている奇妙な生き物。
しかも、それだけならまだしも、意味がわからないのがその胴体だった。
まん丸の身体に無数の刺みたいなのが生えていたけれど、なぜかそれが……わたしには樹木に見えたのだ……。
意味がわからないんですけど!
「どうするのよ、あれ! あんなのが一度に襲ってきたら、わたし、気絶しちゃうんだからっ」
冗談抜きに、すでに意識が遠のきそうだった。
リアを守らなければいけないという責任感が込み上げてくる一方で、足もとの感覚までなくなってきているような気がした。
しかし、それなのに対するリアの方はというと……。
「ちょ、ちょっと、リアっ。どうしてそんなに楽しそうなの!?」
そう。怖がっているかと思いきや、案に反して目をキラキラ輝かせながら、今しも小躍りしそうな勢いだったのだ。
「アネット! 今こそちゅど~んの番ですっ。あれを全部、魔法でやっつけるのです!」
「何ムチャクチャなこと言ってるのよっ。そんなことできるわけないでしょ!?」
まったくこの子ったら。相変わらずの無鉄砲というか、天然というか。
いくらなんでもそんなことできるはずがないじゃない。
しかも、迫ってきてる敵の群れ、あのヘンテコな奴だけじゃないし……。
ここからでも判別できるくらい、本当に意味不明なものばかりが近寄ってきていた。
ハリネズミっぽい図体でずんぐりむっくりしてて、しかもなんか、カニと一緒で、背中のトゲトゲが全部巨大な樹木みたいになってるし。
ホントに意味がわからない。
なんなのよ、あれ。どうやって生きてるのよ。
頬をピクピクさせながらそんなことを考えていたら、
(……案外冷静に対処してるじゃない。さすが大魔女の力に匹敵する魔力を持つだけのことはあるわね)
どこかクロニャンがからかうように言ってきたけれど、
(余裕なんかないわよっ。足だって震えてるんだから!)
そう愚痴をこぼせたのもそこまでだった。
「ひゃぁぁ~~~! きたぁぁっ。こっち来てる!」
距離が離れていたからか、それまでゆっくりめに動いているだけに見えていた魔物の群れが、明らかに恐ろしい勢いでこっちに迫っていることに気がつき、気が動転してしまった。
しかも、遠くからでも敵の見た目がある程度判別できていたとおり、百メートル近くまで接近してきた彼らは恐ろしく巨大な図体をしていた。
「ひ~~~! く、クロニャンっ、今すぐなんとかして!」
思わずリアと手を繋いでいることも忘れて、彼女を引っ張るように黒猫の後ろに隠れてしまったのだけれど、
(別にわたしが魔法一発で吹き飛ばしてもいいけれど、知らないわよ? この辺一帯焼け野原になっても?)
「何言ってるのよっ。そんなことしたら大騒ぎになっちゃうじゃない!」
悲鳴を上げると、
(ふふん。だったら我にやらせるがよい。あんな雑魚ども、すべて我が返り討ちにしてくれようぞ)
今度はヴィーが身体を低くし、今しも駆けていきそうな雰囲気だった。しかも、
「ヴィーが行くなら、リアも行くです! ヴィーに乗って、やっつけてやるのですっ」
「ちょっとっ、リアまで何言ってるのよ! ダメっ、絶対にダメだからっ」
有言実行とばかりに背中に乗りに行こうとしたリアを必死になって連れ戻したけれど、そのとき、わたしはそれを目撃してしまった……。
――知らない間にすぐ側まで迫ってきていた、気色悪い生き物の壁。
遙か彼方に見えていたレファールの森は――すでにもう、いっさいが見えなくなっていた。
すべてがカニ、ハリネズミ、木のお化け、キノコ、カブトムシ、それからそれから……ぷち。
わたしの理性が保てたのもそこまでだった。
「い~~やぁ~~~! こっち来ないでえぇぇぇっ」
恐怖に駆られてぎゅっと目を瞑ったわたしは、自分が何をしているのかまったく理解できなかった。
(ぬ……)
(あ~あ……)
「ちゅど~~ん! おお……凄いのですっ。さいこ~なのです、アネット!」
外野が何か騒いでいたような気がしたけれど、雑音にしか聞こえなかった。
気がついたときにはひたすら大きな杖をめちゃくちゃに振り回していた。
そこら中で爆音が響きわたっていたけれど、気にしてなんかいられない。
意味不明な行動を取っている自分を抑えることもできず、ひたすら詠唱という名の悲鳴を上げながら、振り回し続けていた。
漂う煙や腐敗臭、何かが焼け焦げたような悪臭。
けれど、やっぱりそれすら気にならない。
そして、何度も何度も目を瞑りながら振り回すこと数分。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
異様なまでの疲労感に襲われ、わたしはその場にへたり込んでしまった。
すでにその場で何かが蠢く音はまるで聞こえない。
おかしな気配すらまったく感じられなかった。
わたしは激しい倦怠感と怖気に襲われながらも、恐る恐るゆっくりと瞼を見開いていった。そして――
「……!」
目の前に広がっていた大惨事に、声なく固まった。
……焼け野原と化した辺り一面。そこに、わたしが知る美しい草原の姿はどこにも見られなかった。




