39.氷結の魔女
「な、ななな、なんなのよあれ……!」
フリーズ状態から解放されたわたしは、開口一番、思わず小声で叫んでしまった。
見たまんま、クモの巣みたいな感じになっていて、そこに蚕の繭みたいなものがいくつも張り付いていた。
他にも、そういった形状のものが、せり出した太い枝のそこら中から垂れ下がっている。
この分だと、おそらく見えない向こう側の木々にも相当数ついていると思われる。
……はっきり言って、気持ち悪すぎる。
(まぁ、想像通りの物体よね。たぶんあれ、全部魔物の卵か何かよ)
なんだか異様に冷めた声ではっきりと言われてしまった。
「ちょっとぉっ。卵とか言わないでっ。それじゃつまりあれってこと? あれ全部、クモの卵ってこと!?」
想像するだにおぞましい。
あれが全部孵って大量にちっこいのやでかいのがいろいろ出てきたら、応戦する前にひっくり返る自信がある。
そう思っていたのだけれど、
(そうとも限らないんじゃないかしら?)
「どういうこと?」
意味がわからず首を傾げるわたし同様、リアもまた、きょとんとしている。
そんなわたしたちに、ヴィーがつまらなさそうに教えてくれた。
(我はクロほど索敵能力が高くはないゆえ、あまりわからんが。この森には確かに無数の魔物たちが棲息しておる。だが、そのどれもが同一個体ではないということだ)
(つまり、何が出てくるかはさすがにわたしたちにもわからないってことね。気配だけでどの個体が棲息しているかも読めないし。ただ、ひとつ言えることは、さすがにこのままじゃ危なくて鉱石採取どころの騒ぎじゃないってことよね)
「だったらどうするのよ。泉は毒っぽくなってるし、瘴気も出てるし、さらになんの魔物かわからない卵まであんなにいっぱいあるだなんて。こんなの聞いてないよ。問題だらけじゃない。もしかしてこれって、詰みってこと?」
せっかくここまで来たっていうのに、結局任務失敗とかバカみたいじゃない。
これだったら、最初から魔物討伐任務とか受けてた方がましだったかもしれない。
自分の判断が間違っていたのかもと、少し落ち込みかけていたら、
(まぁ待ちなさい。幸い、理由はわからないけれど、この周辺で探知できる魔物の気配はどうやらこの卵だけみたいだし、これさえやっつけて毒も浄化すれば、なんとかなるわよ)
クロニャンはそう言って、にこっと笑ったような気がした。
とはいえ、言うのは易し。
クロニャンだったら余裕かもしれないけれど、わたしたちだけであんな大量にある繭を全部やっつけるとか無理だからね?
軽く見積もっただけでも、二十個以上ありそうだし。
「アネット」
見るのも嫌だったのですぐに視線を外すと、リアがなぜか笑っていた。
「あれ、やっつけるですか!?」
なんか凄く楽しそうなんですけど?
「ちょっと、リア。わくわくしてる場合じゃないでしょ。クロニャンたちだったら魔法で一発だと思うけれど、それしたらこの森全部吹っ飛んじゃいそうだし、かといってまだ修行の身のわたしたちじゃ、絶対に無理だよ」
「そんなことないのです。アネットの炎で全部燃やすのです。ちゅど~んって!」
なんだか両腕あげてその場で飛び跳ねているけれど、
「そんなことしません!」
「え~……」
「よく考えてよ。ここは森の中よ? 下手にわたしの炎魔術なんか使ったら、繭だけじゃなくて木も全部燃えて、山火事みたいになっちゃうじゃない」
「だいじょぶ。うまくやればいける」
リアは相変わらずにかっと笑って親指を立ててくるけれど、無理に決まっている。
たとえもしうまく火力調節できたとしても、魔物が燃えたあと、その火が樹木に移るのは目に見えている。それに――
(まぁ、アネットの言う通りね。こんなところで火魔法――火の魔術なんか使ったら大事になるしね。同様に、わたしが得意としている雷撃系魔法もね。それに、じわじわ焼くような攻撃なんかしたら、何が起こるかわからないわ。もしかしたら繭の中にいる魔物が仲間や親を呼び寄せちゃうかもしれないしね)
「よ、呼び寄せるって……しかも親とか……」
思わず想像して背筋が寒くなってしまった。
森の中には百を超える凶悪な魔物がひしめきあっているという。
そんなものが一斉に襲ってきたら、いくら結界があったとしても一瞬で消し飛んでしまうかもしれない。
そうしたらクロニャンとヴィーが最後の手段とばかりに森ごと吹っ飛ばすしかなくなってしまう。
か、考えただけでも恐ろしい……。
ひとりブルブル震えていると、
(まぁ、こればかりは仕方がないわね――アネット、あんた氷結魔術使いなさい)
「え……? 氷結? 氷結ってことは氷の魔術ってことよね? わたし、そんな魔術教えてもらってないから使えないよ? 呪文も知らないし」
(大丈夫よ。わたしが教えてあげるから。エルシーリアが使っていたのを覚えているし、そのとおりにやればいいわ。うまくすれば、一瞬で敵を全部氷漬けにして即死させられるから)
「即死!? いくらなんでも、初心者のわたしにそんなことできるわけないじゃない。しかもその魔術、大魔女様のでしょ? 使えるわけが――」
(まぁ、ものは試しよ。やるだけやってみなさい――と、それからリア。あなたはアネットの氷結魔術とほぼ同時に浄化魔法を行使して、泉とこの辺一帯の空気をすべて浄化しなさい)
「うぃ! わかったのですっ」
リアはそう答えると、眉をキリッとさせて、自身の胸に右手を置いた。
よくわからないまま、泉周辺一帯を掃除することになってしまった。
クロニャンから詠唱呪文をひととおり教えてもらったのはいいのだけれど……でもこれ、使ったことのない水属性魔術なのよね……。
しかも、クロニャンが言うには、風属性もついでに操ることになるような、高度な魔術らしい。
たぶん、ジョアンナだったら使えそうな気もするけれど、自分の身体に流れる魔力属性と違う属性魔術はうまく唱えられないのが一般的って言うし、そういう意味でもかなり難易度が高いはず。
わたしの場合は六属性すべてを兼ね備えているからまったく問題ないとか、あっさり言われたけれど不安しかない。
万が一失敗して卵が孵ったら……。
危機を察して森中の魔物たちが襲ってきたら……。
い、嫌すぎる……。
ジョアンナからもらった大人サイズの長い杖を両手で握りしめ、構えたまま固まっていると、同じく左隣で杖を構えていたリアが、
「全部やっつけてやるのです。ちゅど~ん、なのです!」
と、脳天気なことを言ってきた。
もう、本当に。
だけれど、お陰で緊張が幾分解れた気がする。
わたしは軽く深呼吸してから、
「リアっ。こんなところで立ち止まってなんかいられない。よくわからない魔物なんて、全部蹴散らすよ!」
「お~っ」
それが作戦開始の合図となった。
万が一の事態に備えて、わたしたちの両サイドを固めるように守ってくれているクロニャンとヴィーが見守る中、ついにリアとわたしは詠唱を開始した。
ジョアンナからもらった杖のお陰で呪文のほとんどを省き、最初と最後だけを朗々と紡いでいく。
同時に、クロニャンに指示されたとおりのイメージを脳裏に思い描いていった。
目の前にあるすべての敵が一瞬で凍りつくような、極寒の猛吹雪を連想する。
そして、その映像が明確に立像された瞬間、わたしは練り上げた魔力を一気に解放していた。しかし、
「な……!」
自分でやっておきながら、それを目にして、茫然と固まってしまった。
――暴風吹き荒れる猛吹雪の乱流。一面真っ白な氷の世界。
いち早く放たれていたリアの浄化魔法と、遅れて放たれたわたしの氷結魔術が混ざり合い、化学反応起こしたかのように爆発的な光の洪水が世界を薙ぎ倒していった。
それまであった闇もどす黒い泉も、すべてが真白き世界へと飲み込まれていく。
そして、清浄な空気や綺麗な泉へと戻ったそれらだけでなく、周囲に乱立していた巨木や、気色悪い魔物の卵も、一切合切跡形もなく、一瞬にして凍りついてしまった。
まさしく、あっという間の出来事だった――ていうか、なんなの、この威力!? なんで全部凍っちゃってるの? こんなの聞いてないんですけど!
(あ~らら、やっちゃったわね)
(うむ。実に素晴らしい)
「凄いのですっ。やっぱり、アネットのちゅど~んは、格好いいのです!」
事の次第にひとり口をパクパクさせながら固まっていたら、無責任としか思えない発言や、脳天気な愛らしい声が降ってきた――が、当然そんな台詞は看過できない。
「ちょっとぉ~! 話が違うじゃないっ。なんなの、これ!? クロニャン言ったよね? ただ敵が凍る程度の威力だって! なのになんでこんなことになってるの? ここだけ雪国みたいになっちゃってるじゃないっ」
(そんなこと言われたってねぇ。使ったのはアネットだし)
「それってわたしが悪いってこと? また失敗したってこと? さっき最下級魔術って言ったよね!?」
解せぬ。
最下級でここまで猛吹雪になったり、そこら中凍ったりするものなの!?
けれど、クロニャンはいくら聞いてもただニヤニヤしているだけで、
(まぁ、もう少し修行して、うまく魔力制御できるようになることね)
と、それしか答えてくれなかった。
あぁ、もうっ。
本当に適当なんだから。
ていうか、下級と偽って、上級とか最上級魔術使わせたんじゃないでしょうね。
(とにかく。これで瘴気も周辺の魔物反応もすべて消滅したわけだし。異変に気づいて他の魔物たちが近寄ってこないうちに、さっさと終わらせてしまいましょう)
そう念話を送ってきたあと、クロニャンは先行して変わり果てた氷の世界へと歩いていった。
わたしは相変わらず釈然としないものを感じていたけれど、それでも軽く深呼吸してからリアと一緒にあとに続いた。
このあとはいよいよ、魔鉱石の採取作業となる。
凍ってしまっている大地に足を滑らせないように気をつけながら、確かめるように泉へと近づいていった。




