3.黄金の輝きの中で――
どうしてお父さんがこんなところに……!
突然父が現れたことで、先程まで感じていた混乱が一瞬にして吹き飛んでしまった。
空き缶投げつけられたときに感じた窮屈さと苛立ちが蘇ってきて、やがてそれが焦りに変わった。
結果的に言いつけも守らず、こんなところで油を売っていたのだ。
そんなわたしを、あの人が許すはずがない。
絶対に殴られる。しかし、
「やっぱ来ちゃったか」
「え?」
このあとの展開を想像し、身体を硬直させていたら、急にリアがおかしなことを言った。
数歩先で立ち止まったまま、赤ら顔でふらふらしている父のことを、嫌そうに見つめている。
え? 何? どういうこと? 知り合いなの?
けれど、そんなことに気をとられている場合ではなかった。
ただでさえおかしなことになっているのに、そのうえあんな酔っ払いまできたら、ややこしいことになるのは目に見えている。
わたしを連れ戻そうとして、この子たちに殴りかかるかもしれないし。
そうなったらまずいことになる。
わたしは焦りながらも、固唾を飲んで見守った。
「ちっ、全然戻ってこねぇと思ってきてみりゃ――おい! てめぇらっ。俺の娘をどこへ連れていく気だ!」
そう叫びながら、どこで手に入れてきたのか、右手に握りしめていた酒瓶を思いっ切り地面に叩きつけていた。
胸に突き刺さるような破砕音が辺りに響きわたり、遅れてどぎついアルコール臭が立ち込めてくる。
鋭い眼光を向けてきて、今にも大暴れしそうな勢いだった。
――まずい。今すぐ止めないと、本当にとんでもないことになってしまう。
つい先日、酔っ払って近所の人と喧嘩になったばかりなのに。
あのときは貧民同士の揉め事だったから、衛兵に連れていかれずにすんだけれど、今回ばかりはそうもいかない。
神官って確か貴族が多いって聞いたことがあるし、もしこのまま刃向かっていったらどうなってしまうかわからない。
親子ともども反逆罪か何かで処刑されてしまう可能性だってあり得る。
まずいよっ……!
わたしは全身を走る怖気と必死に戦いながらも、
「何してるのよっ。やめて、お父さん! こんなところでよしてっ。わたしはどこにも行かないから!」
これ以上騒ぎが大きくならないようにと、父をなだめるために必死になって近寄ろうとしたのだけれど――しかし、そんなわたしの左手を、リアが強く握りしめてきた。
ちょっとっ。何するのよ!
まるで、それ以上行ってはダメとでも言いたげに、動きを封じられてしまった。
意味がわからない。
そんなにわたしを侍女にしたいの?
あぁもうっ……!
焦りと苛立ちから頭がおかしくなってしまいそうだった。
すぐにでもあの人を止めなければならないっていうのに。
市民権すら与えられていないわたしたち貧民なんて、ゴミとしか思われていないわけだし、このまま行くと、確実に破滅確定となってしまう。しかし、
「あなたに、アネットは相応しくない」
わたしを背中に庇うように目の前に進み出たリアが、静かにそう告げていた――ていうか、今、わたしの名前呼んだ?
「あなた、どうしてわたしの名前知ってるの?」
意表を突かれ、父から視線を彼女に向けるも、
「内緒」
ただそれしか返ってこなかった。どういうこと?
混乱するわたしを余所に、リアが再度、口を開いた。
「もう一度言う。あなたにアネットは相応しくない。だからリアが連れてく。帰って」
「ふざけんじゃねぇっ。てめぇ何様のつもりだ!? 聖女候補だかなんだか知らねぇが、勝手なことばっか言ってんじゃねぇ! そいつは俺の娘だ。相応しいもクソもあるかよ!」
赤かった父の顔がどす黒く変色していったような気がした。
まだ二十八歳という若さなのに、こけた頬や、汚れた肌のせいでかなり老けてみえる。
「いいか!? これ以上は言わねぇ。とっとと返しやがれっ。そいつは酒代稼ぐのに必要な大切な道具だ。今そいつ連れていかれたら、いったい誰が酒買ってくるっつぅんだっ」
な……。
酒代……道具って……。
ズカズカと歩み寄ってくる父の言葉に、わたしは命すら危うい危機的状況だということもすっかり忘れて、茫然となってしまった。
呆れとも諦観ともつかない、よくわからない感覚に襲われ、目眩すら覚えそうだった。
父がそういう人だってことくらい、最初からわかってはいたけれど、改めてあんな暴言吐かれると、正直、泣きたくなってくる。
こんなにも非常識でおかしな状況になっているっていうのに、相変わらずお酒のことしか頭にない。
わたしを連れ戻しに来た理由がお酒って。
それって、あなたにとって、わたしは本当に酒代稼ぐ道具でしかないってこと?
変な人たちに連れていかれそうになっていたから来てくれたんじゃなくて?
わたしはまだ、あなたのことをお父さんだと思っているのに、親子の情すら欠片も残っていないってことなの?
――やめてよ……空しくなるから……。
一生懸命お金稼ごうとがんばっていたのがバカみたいじゃない……。
底冷えするような痛みが込み上げてきて、なんだか息苦しくなってしまった。
けれど、そんなわたしの気持ちを無視して、事態は急変する。
「それ以上近寄るな!」
わたしはその空気を切り裂く怒声に一気に現実に引き戻された。
一瞬にして緊張感が走る。そして――
杖を持った神官たちが、肉薄する父を四方八方から取り押さえてしまった。
「くそがっ。てめぇら離しやがれ!」
杖でがんじがらめにされながらも、大暴れとなる父。
「お父さんっ」
それを見たわたしは、知らず知らずのうちに叫んでいた。
まずい……! 何やってるのよっ……。そんなことしたら……!
父は神官たちの服や腕をつかもうと手を伸ばしたけれど、届かないと知り、包囲を破るべく、杖を蹴り上げようとした。けれど結局は無駄だった。
拘束されている身で自由に動けるはずもなく、まったく足が届かない。
そうこうするうちに、大勢集まってきた神官たちに完全に抑え込まれ、まったく身動きが取れなくなってしまった。
このままだと、本当に父の身がどうなってしまうかわからない。
そればかりか、万が一反逆罪に問われたら、わたしまで殺されてしまうかもしれない。
そんなの、絶対にダメ!
こんな下らないことで親子揃って死ぬとかありえない……!
早鐘のように高鳴る鼓動に息が詰まりそうになりながらもわたしは、
「待ってくださいっ……お願いします! 父にはわたしの方からよく言い聞かせておきますので、今回だけは見逃してくださいっ」
なんとかしてこの泥沼の事態を打開しようと、ぐちゃぐちゃになりかけていた頭を懸命に働かせ、必死で目の前の女の子に訴えた。
けれど、ゆっくり振り返った彼女は――怒るでもなく、冷酷な表情を浮かべるでもなく、よくわからない不思議な表情を浮かべていた。
アクアマリンの瞳に宿る、揺らめくような光が、しばらくの間、わたしへと注がれていたけれど、思いを断ち切るように、再びゆっくりと父へと向けられた。そして、
「あなたのところにいると、アネット、不幸になる。このままじゃ、かわいそう。救いたい。だから、リアが連れてく。これ、神様の思し召し」
片言ながらも、静かに、何かを決意したかのように、不思議なことを言った。しかし、
「はぁ? てめぇ、何ふざけたこと抜かしてやがる。神だと? わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇっ――いいか!? 何度も言わせるな! 娘を連れていかれると、生活が成り立たなくなるんだよっ。そいつは大事な働き手だ。神殿の思い通りになんかさせるかよっ」
牙を剥き出しにして激高した父、それに対して、目の前の幼い少女が今、どんな顔をしているのかわからなかったけれど、
「だったら、どうしたら諦める?」
唐突にそんなことを言った。
「あぁ!?」
眉間に皺を寄せていた父が、リアの申し出にしばらくの間、硬直した。けれど、それも長くは続かなかった。
「――金を寄越せ」
え……。
静かに、だけれど力強く吐き出された父の台詞。
わたしは耳を疑ってしまった。
今、お金寄越せっていったの……?
お金って何? わたしをどうする気なの?
話の成り行きについていけず、ひとり混乱していると、
「もう一度言う。どうしてもそいつを連れてくってんなら、それに見合っただけの金を置いていきやがれっ」
地を引き裂くような父の怒声によって、その場がシーンと静まり返った。
父を拘束していた神官たちも、この大通りの両脇に壁を作っていた民衆たちも、誰ひとり物音を立てることはなかった。
そんな中、わたしは知らない間に、身体が震え始めていた。
父が吐き捨てた言葉の真意を、今更ながらに理解してしまったからだ。
もしかしてわたし……お金で売られるの……?
瞬間、頭が真っ白になりかけた。
なんで? どうして? わたし何か悪いことした?
――なんでよ……!
けれど、そんなわたしを置き去りにして、勝手に話は進む。
「お金? お金を払えば諦める?」
「そうだ。さっきからそう言っている」
父はつまらなさそうに吐き捨てると、ちらっとわたしを一瞥した。
そして再びリアに向き直る。
「――どうせお前ら神殿連中には一生わからんだろうが、俺たち貧民は貴様らと違って、死ぬまで一生働き続けなければ食っていけねぇんだよ。だからそいつを連れていかれると、生活が破綻する。だったら、それに見合うだけの金を要求しても罰は当たらねぇってもんだ。そうだろ? あぁ?」
饒舌にそう語った父の薄ら笑いを見た瞬間、わたしの中で何かが音を立てて壊れたような気がした。
「……ふざけないで……さっきから勝手なことばかり……。お金寄越せってなに……? それって、わたしを売り飛ばすってこと? たったひとりしかいない肉親なのに? これまでずっと一緒に暮らしてきたのに!? なんでそんなこと言い出すのよっ。わたしはそんなこと望んでなんかいない!」
父が殺されてしまうかもしれないからって、必死になってがんばっていたのに……どうしてそんなこと言うのよ!
どうしようもないろくでなしで、うんざりさせられることも多かったけれど、それでも大切な父親だからと自分に言い聞かせてがんばってきたのに。
それなのに……!
次第に募ってくる、怒りと悲しみと絶望がない交ぜとなったような感情にぐちゃぐちゃにされながらも、気がついたときには悲鳴に近い心の叫びを上げていた。しかし、
「うるせぇっ。お前は黙ってろっ」
獰猛なまでの険しい表情で、父はそう、怒鳴り散らしてくるだけだった。
「お父さんっ」
知らない間に霞んでいた瞳で、じっと父の瞳を睨みつけた。
だけれど、父はもう、何も答えてはくれなかった。
酔っ払っているはずの父の鋭い眼光が拒絶の色を表し、どこか冷静な色すら漂わせていた。
まるで、何かを計算しているかのような、そんな光だった。
「――とにかくだっ。これ以上押し問答する気はねぇっ。金が払えねぇってんなら、今すぐそいつを返しやがれっ。そんでもって二度と俺たち親子に近づくな。いいな!?」
吐き出す息も荒く、父はそう締めくくるように吐き捨てた。
再び静寂が訪れるその場だったけれど、しばらくして、目の前にいた白銀の髪の女の子が、
「シュレーゲン」
と、左手方向を振り返った。
ひとりの男性神官が歩み寄ってくる。
先程わたしのことを汚いと言った人だ。
「はぁ……オル=レーリア様。これ以上はもう、騒動を起こさないでください。神殿長に何を言われるかわかったものではありませんよ」
「わかってる。だから、お金ちょうだい」
「は?」
「ん!」
彼は差し出された彼女の左手と顔を交互に見比べながら、意味不明とばかりにしばらく固まっていたけれど、もう一度溜息をついたあとで、懐から財布を取り出した。
リアはそれを受け取ると、中から丸い金色のものを五枚取り出した――生まれて初めて見る金貨だった。
「アネットの父。そんなにお金ほしいなら、これあげる。だから、これで諦めて。こんなにいい子、あなたみたいな人のとこ、いちゃダメ。全部忘れて。この子はリアが助ける。大切に育てる。だから安心する」
そう言って、彼女はどこか悲しそうな顔をしながらも、金貨を父のもとへと放り投げていた。
カランコロンと小気味よい音をさせながら、黄金の輝きが地に落ちる。
その瞬間、その場にいたすべての人たちの動きが止まった。
誰も動かず声も発さず、ただキラキラと輝く金貨をじっと見つめているだけ。
そう、あれだけ暴言吐いていた父ですら、釘付けとなって固まっていた。
だけれど、それも一瞬のこと。なぜなら――
「……と……さん……」
わたしは――それを目にして、茫然と固まってしまった。
信じたくなかった。嘘だと思いたかった。だけれど――
鋭い双眸を目一杯見開き動きを止めていた父が、あろうことか、神官たちの拘束を破り、弾かれたように地面のお金に飛びついていった……。
「あは……あははははっ。金だ……! 金だ金だ金だぁっ」
あれだけ不機嫌そうにわたしを離せと言っていたのに、すべてが嘘だったかのように狂喜乱舞している。
まるで、目の前にいる娘のことなんか、もうどうでもよくなってしまったかのように。
最初から、この世に存在していなかったとでも言いたげに。
わたしは、涙があふれそうになってしまった。
「なんでなのよっ……」
そう叫びながら、わたしは金貨を投げた女の子を睨みつけた。
「あなた! どうしてこんなことするの!? なんで? どうしてっ? わたしたち家族を引き裂いてまで、どうしてわたしを神殿に連れていこうとするのよ……!」
視線だけで相手を射殺す勢いで叫んだけれど、振り返った彼女はただ一言、
「このままじゃ、あなたが死ぬから」
「え……?」
寂しそうな表情を浮かべながら、ただそれしか答えてくれなかった。
……どういうこと……? 死ぬって……わたしが……?
意味がわからず、涙目のまま固まっていると、彼女の向こう側にいた父が金貨を手にしながらその場を跳びはねた。
「ぎゃはははっ。金だっ。金さえ手に入ればもう用はねぇっ――おい、アネットっ。お前を解放してやる。どこへなりとも好きなところへ行くがいい!」
「な……」
何言ってるのよ……。
お金さえあればって……。
「お父さんっ……」
けれど、わたしの叫びは父にはもう届かなかった。
すでに手に入れたお金のことしか頭にない。
何度も何度も金色の光を空へとかざし、魅せられたようにその輝きを眺めていた。
わたしには、その光景が悪夢としか思えなかった。
一生懸命がんばってお金稼いで、家計を切り盛りして、たったひとりになってしまった肉親を養おうって毎日必死になって働いてきたのに。
ついさっきだって、今日も気合入れてがんばろうって、そう誓ったばかりだったのに。
それなのに、どうしてそんなこと言うのよ……。
わたしはあなたのこと、まだお父さんだと思っているのに、本当にもう、娘ともなんとも思ってくれていないってことなの!?
そんなのってないよっ。
「お父さん!」
わたしはあふれ返る悲しみを振り払うように、もう一度叫んだ。
けれど、やはり父の眼に、わたしの姿はなかった。
たった金貨五枚の魔力に魅了され、狂ったように笑っている。
……酷いよ……こんなのってない……あんまりよっ……。
心の中でそう慟哭したときだった。
「――おいっ」
狂喜乱舞していた父が唐突に怒鳴り声を上げ、わたしたちを睨みつけるようにじっと視線を向けてきた。
「先に言っておく。いいか!? そいつを連れていく以上、奴隷のようにこき使ったら、貴様ら全員血祭りに上げてやるから、そのつもりで覚悟しとけ!」
射貫くように鋭い眼光で見つめてくる父に、
「わかった。リア、アネット、大切にする。この子、一生守る」
静かにそう、彼女は呟いた。
しばらくの間、ふたりの間に奇妙な時間が流れていたけれど、それもすぐになくなった。
よくわからない、読めない表情を浮かべていた父が視線を外し、再び手にした金貨に小躍りし始めたからだ。
それを見た瞬間、わたしは心の奥底に大切にしまい込んでいた何かが、音を立てて崩れ落ちたような気がした。
優しかった頃の父との大切な思い出が蘇ってくる。
かわいいかわいいと、毎日頭をなでてくれたあの人の笑顔が音を立ててパリーンっと、木っ端微塵に砕け散ってしまった。
どこまでも優しい母と、誠実で頑張り屋だった父との間に生まれた愛娘という、理想的な家族だと喜んでいたその姿までもが、掌からこぼれ落ちていってしまう。
どうしてこんな……。
――あの頃に戻りたいよ……お父さん……お母さんっ……。
嵐のように吹き荒れる胸のうちを懸命になって抑え込もうとしていたら、突然笛が鳴った。
おそらく行進再開を告げる合図か何かなのだろう。
父から視線を外し、わたしの元へと近寄ってきたリアが、慰めるように頭をなでてきた。
左手を握りしめてくる。
そしてそのまま、隊列に向かって歩き始めた。
どうやら他の神官たちの反対を押し切って、わたしを神殿に連れていく気らしい。
なんだかもう、抵抗する気力も起きなかった。
……どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
父親との別離、そして召喚命令。
ずっと一緒に暮らしてきたのに、突然引き離されるように父のもとを去ることになってしまった。
リアって子が、どうしてわたしを連れていきたがっているのかも理解できない。
さっき、わたしが死ぬとか、助けるとか意味不明なことを言っていたから、もしかしたら、なんらかの形でわたしのことを知っていて、それで助けようとしてくれて、こんなことになってしまっただけなのかもしれないけれど。
でも……こんな形で別れたくなんかなかった……。
もし本当にこの子と一緒に行かなければならない事情があったなら、普通に送り出して欲しかったのに……行っておいでって……それなのに……。
――どうしてお金で売ろうとするのよっ。
いろいろな思いが胸の中で渦を巻いていた。
困惑、焦燥、空しさ、悲しみ。そして――
神殿という未知の世界に連れていかれることへの恐れが、身を引き裂く感情の波となって、あとからあとから押し寄せてくる。
こわい……。
けれど――いくら行きたくないと叫んだところで、すでに退路は断たれている。父に売られたわたしにはもう、帰る場所なんてないのだから。
このままこの子と一緒に神殿に行くしかない。
それなら――
わたしは、救いを求めるように隣の女の子を見た。
わたしのことを助けたいと言ってくれた少女。
どうしてそこまでして助けようとしてくれたのかはわからない。
けれど、必ず守ると約束してくれた。
だったら、そんな彼女についていけば、何も怖くない、大丈夫だって、なぜか不思議と、そう信じられた。
なんの根拠もないし、もしかしたら今まで以上に酷い目に遭うかもしれない。
それでも――少なくとも、あんな寂れた貧民街にいるよりかは遙かにましって、そう思えた。
わたしは、震える手で彼女のそれを握りしめた。
この子のいる場所が、新しい居場所だと自分に言い聞かせながら――
隊が動き出した。
わたしは、にこにこ笑顔のリアに手を引かれて、自発的に一歩踏み出した。
父と遭遇した場所が次第に遠ざかっていく。
しばらく歩いたあと、後ろ髪引かれる思いとなり、一度だけ振り返った。
あの人はまだ、先程の場所にいた。
リアの言葉に従う気になったのか、すでにわたしを追いかける気配はない。
それどころか、「金だ、酒だ!」と歓喜の叫びを上げながら、数度飛び跳ねたあと、大慌てで人混みの中へと消えていってしまった。
わたしはそれを見た瞬間、「あぁ……そっか」と漠然とながら、そのことに気がついてしまった。
――わたし、捨てられたんだ。
無性に悲しくなって涙があふれ返ってきたけれど、でももう、賽は投げられてしまった。
――さようなら、お父さん。わたし、あなたのこと、大好きだったよ。
それから数刻後。
神殿に向かって、予定どおり巡礼行列が行われていった。
その間、わたしはもう二度と振り返ることはなく、リアに手を握られながら歩き続けた。
やがて、絢爛豪華な白亜の建物が見えてくる。
巨大な門。
彫刻技巧の粋を結集して作られたかのような、様々な動植物や天使が描かれた石門。
わたしはその偉容を前にして、無意識のうちに一度、足を止めていた。
この先はまったくの未知の世界。
貧民が入ってはいけない、右も左もわからない伏魔殿かもしれない場所。
わたしはこれからどうなっちゃうんだろう?
不安と期待が渦巻く中、わたしはにこにこ笑顔を崩さない白銀の髪の少女に手を引かれて、門を潜っていった。
ここまでお読みくださり、誠にありがとうございます。
いよいよ次話から、神殿編に突入いたします。
引き続き、応援、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
また、励みとなりますので、少しでも「面白い」、「続きが気になる」と思ってくださいましたら、ぜひ、【ブクマ】や【★★★★★】などで応援していただけると嬉しいです。




