37.レファールの森での初仕事
よくわからないドタバタに巻き込まれてしまったわたしたちだったけれど、その後、予定どおり北門から外に出て、西のレファールの森へ向かうためにひたすら草原を歩き続けていた。
「村の人たちは誰も近づかないって言ってたけれど、本当に人気のないところね」
森に向かう街道のような道はなく、主要街道から一歩逸れると、そこは大自然の中。
枯れ色の草原の遙か向こう側に、木立生い茂る森が広がっていた。
幸いだったのが、エーシェン村南の草原地帯と違って、草の背丈が短かったこと。
わたしの膝くらいの丈しかなく、森に向かって一本の獣道みたいなものもできている。
これだったら背の小さいわたしたちでも迷わず、普通に歩いていけそうだった。
「アネット」
転ばないようにしっかりとした足取りで歩いていたら、左隣のリアが声をかけてきた。
「今から、何するです?」
「え?」
昨日説明したはずなのに、どうやら忘れてしまったらしい。
本当にもう、仕方がないなぁ。
「あのね? これからあの大きな森の中にある泉まで行って、そこにある岩場からルアン魔鉱石っていう石を取ってくるの」
「ふ~ん? それはお仕事?」
「うん。無事完了したら、正式にわたしたちは魔術師として登録してもらえるようになるの。そうしたらお金も稼げて、おいしいものとかもいっぱい食べられるようになるかもしれないってわけ」
「それは本当なのです!? だったら、早く終わらせるです! ヴィー呼んで、一気に森の中、行くですっ」
リアは珍しく早口でそれだけ言うと、わたしの返事も待たずに勝手に召喚してしまった。
「ちょ、ちょっとっ……」
しばらくぶりに見る白銀の巨大もふもふを前に、わたしは焦って周囲を見渡した。
村や街道からはもうかなり離れているから人の気配はなかった。
それどころか、魔獣や魔物といった危ない生き物たちの姿も見当たらない。
わたしは胸をなで下ろすとともに、「本当にもう」と、相変わらずの猪突猛進振りに呆れ果ててしまった。しかし――
「あ、そっか。誰もいないなら逆に問題ないんだ。クロニャンたち出しておいた方が、いざというとき守ってもらえるしね」
そう思っておろおろしつつも、リア同様わたしもクロニャンを呼び出した。
そうして、わたしたちは使い魔の背に跨がると、一気に森まで駆け抜けていった。
徒歩だったらたぶん、一、二時間くらいはかかっていたと思われる距離を、わずか十分足らずで走破したわたしたちは、森の入口に差しかかったあたりでクロニャンたちから降りた。
(気をつけなさい。ギルドで言っていたとおり、中は相当ヤバいのがうようよしていそうよ)
目の前に現れた森は、見上げるほどに高く太い樹木が所狭しと生えているような、樹海と呼ぶに相応しい場所だった。
鬱蒼と生い茂った森の中は薄暗く、どこか気味悪ささえ感じた。
心なしか、腐敗臭まで漂ってきているような気がする。
「なんか、今更だけど、入りたくなくなってきたなぁ……」
木漏れ日だけが唯一の光源になっているみたいで、いかにも何かが出そうな気配。
本当に気色悪い。
わたしは結構虫とかも苦手だから、魔物云々以前にそういうのが出てきそうで、ちょっぴり腰が引けてしまう。
本能的に危険を察知しているみたいで、肌まで粟立っていた。
それに、クロニャンたちがいるとはいえ、わたしとリアはただの子供だ。
魔物どころか人間とすら戦ったことがない。
そんなわたしたちふたりに、果たして本当に冒険者の真似事なんてできるのだろうか。
「ここ入る?」
二の足を踏んでいると、リアが小首を傾げながら聞いてきた。
「あ、うん。イセリアさんが言うには、ここから入るのが手っ取り早いみたい。昔はここから入って、魔鉱石を採取していたらしいから。だけれど、実際に採取していたのって、もう何年も前のことで、今は誰も入ってないから、中がどうなっているのかわからないらしいのよね」
「ふ~ん? よくわからないですが、なぜ誰も入らない?」
「なんか、数年前から凶悪な魔物が出没するようになって、手に負えなくなってしまったらしいのよ。幸い、森の中から外に出てくることはないみたいだから、今のところ被害は出てないみたいだけれど。ただこのまま放っておくのも問題だから、近々近隣の町から討伐隊を指揮して殲滅する話も出ているそうよ」
「ふ~ん?」
どうやらよくわかっていないらしい。
まぁ、リアは十歳だからね。
神聖魔法とか、興味あることに関しては天才でも、それ以外は普通の子供ってことよね。
いいんだか悪いんだかわからないけれど。
「でも、本当に今更だけれど、そんな危険なところにわたしたちみたいな戦闘経験も何もない子供が入っていって、大丈夫なのかな……」
考えれば考えるほどに臆病風に吹かれそうになる。けれど、
(わたしとヴィーがいるから心配いらないわ)
(うむ。敵が襲ってきたら大暴れしてやるゆえ、大船に乗ったつもりでいるがよい)
クロニャンの優しい声と、得意げな顔をしたヴィーがそう励ましてくれる。
(だけれど中に入る前に、一応確認だけはしておいた方がいいでしょうね)
(確認?)
隣にいたクロニャンが意味深な発言をしてくる。
(えぇ。以前にも話したけれど、わたしとヴィーは防御結界が使えるから、あなたたちを常に外敵から守り抜くことができる。けれど、結界に特化した能力を持っているわけではないから、効果範囲が曖昧なのよ)
(曖昧ってどういうこと?)
その問いかけには、ヴィーが答えてくれた。
(簡単なこと。使い魔は基本的に、どの固体でも魔法威力増幅と結界のふたつの能力を有してはいるが、得意分野がそれぞれ異なるのだ。そのうえ、我らは互いが持つ魔力などの威力も桁外れに高い。ゆえに、精密な結界を施せるわけではないということだ)
(つまり、アネット単体に結界を施せるわけではなくて、三~十五メトラル四方の範囲内でしか結界を使えないってこと)
(……てことは、それって、もしかして……)
クロニャンが言ってる三メトラルというのはこの世界での共通単位らしく、大体三メートルくらいの大きさからしか結界が張れないということを意味している。
つまり……。
(万が一結界を張ったときに、すでにわたしたちの周りに敵がいた場合、その敵も結界の中に入り込んじゃうってこと?)
(そそ。そういうことになるわね。だから、一応、何が起こるかわからないから常に結界を張っておくけれど、長時間維持できるわけでもないから、探索時間にだけは気をつけてちょうだい)
(わ、わかった)
結界があるからそれなりに安全かと思っていたけれど、結構使い勝手悪いのね……。
(それから、わたしは他に、高火力魔法と索敵能力も持っているから、魔物の警戒はこちらの方でしておく。だから、あんたたちはしっかりと、ギルドの仕事をてきぱきこなしなさい)
わたしはリアと顔を見合わせて静かに頷いた。
意を決して森の中に入ったわたしたちは、万が一に備えてヴィーに先頭を歩いてもらい、そのあとに続く形でわたしとリア、殿にクロニャンという形で探索を開始した。
どうやらヴィーは広範囲魔法もさることながら、近接戦闘も得意らしい。
とはいえ、本気で暴れられるとこの森も含めて、わたしたちもどうなってしまうかわからないため、最悪の事態になった場合だけ、敵と戦うってことらしい。
「けど、それにしても……予想以上に気味が悪いところね……」
わたしは両手で杖を握りしめながら、物音がするたびに周囲にピクっと視線を向けた。
まさに樹海や密林と呼ぶのに相応しい場所。
秋も深まりもうすぐ冬という時期だったけれど、生い茂った枝葉はどれも青く、風に揺れてざわめいている。
ときどき差し込む木漏れ日によって照らされた森の奥は、見通しが悪い。
周囲から漂ってくる独特の異臭もまた、わたしの気持ちを暗くさせた。
そんな嬉しくない状況だったけれど、幸いだったのが足もとが歩きやすい剥き出しの地面だったということ。
今歩いている場所は、巨木と巨木の間にできた天然の一本道みたいな場所で、でこぼこしていたり、太い木の根が土から飛び出していたりと、決して楽な道のりではなかったけれど、丈の長い草木に行く手を阻まれることがなかったから普通に歩けた。でも、
(……本当にここは凄いわね)
「え……?」
突然クロニャンが棘のある声を吐き出した。
(これ……数匹とかそういうレベルの話じゃないわよ。おそらく百を超える魔物の大群が、この森の中の至る所に潜んでいるわ)
「ひゃ、ひゃくぅ!?」
一匹だけでも嫌なのに、百匹も魔物とかいて、それが一斉に襲ってきたら、わたし余裕で気絶する自信あるんですけど!?
(しかも……噂通り結構な強さよ。あの村にいた連中の中で、ここの魔物とまともにやり合えそうな人って、ほとんどいないんじゃないかしら?)
「そ、そんなに!?」
目的地に向かって歩きながらも、思わず帰りたくなってしまった。けれど、
(ふふん。その程度の雑魚、我にかかれば一瞬で消し炭よ)
「そうなのです。ヴィーとリアに任せるのです! いちころなのですっ」
「ちょっとっ。まさか戦いに行く気じゃないでしょうね!?」
本当にリアったら、この状況わかってるの?
(だけれど――変ね。なんだかこちらの様子を窺っているような動きしか見せないのよね。遠巻きにしているだけで、近寄ってくる気配がまるでみられないし。まぁ、向こうも気配を察知できるだろうし、さすがにわたしやヴィーにちょっかいかけてくるほど愚かではないということかしら?)
だといいけど……。
本当は引き返した方がいいような気もするけど、
(ねぇ、クロニャン。もし仮に敵が襲ってきたら……)
念のため、あえて聞いてみた。
(まぁ、最悪なんとかなるんじゃない? 今もう結界張ってあるし、全方位、どこから攻めてきてもあんたたちは怪我一つ負わないし、どうしてもって状況になったら、この森ごとわたしの魔法で一網打尽にしてあげるだけだから)
そんなことを言いながら、器用に不敵な笑みを見せるクロニャンだったけれど、
(森吹っ飛ばすとか絶対に止めてよ!? 目立っちゃうから!)
心の中で絶叫しつつも、一抹の不安を覚えながら、わたしたちはイセリアさんにもらった森の地図を頼りに、鉱石採取の場所までひたすら歩いていった。




