33.いざ、魔術師協会へ
宿から三軒くらい北に行ったところに、杖の絵看板がついた、三角屋根の可愛らしい建物が立っていた。
隣は平べったい屋根の、二階建ての建物だったけれど、こちらは剣を交差したような絵看板になっている。
わたしたちは迷わず、杖の絵が描かれている建物の中へと入っていった――のだけれど、
「とんがり帽子! わたしが知ってる魔法使いの格好っ」
中に入るなり、薄暗い店内正面の受付カウンター内にいたお姉さんを見つけて、思わず叫んでしまった。
わたしとリアもフードを被れば立派な魔法使いっぽい格好になるけれど、お姉さんはまんま魔法使い――魔術師のイメージそのものだったのだ。
青紫色のつば広帽子と同系色のローブ。
二十代後半くらいの年齢で、黒髪の綺麗な女性だった。
瞳はたぶん、アメジスト色だと思う。
「こんにちは、お嬢ちゃんたち。ここはあなたたちみたいな子供が遊びに来るような場所じゃないわよ?」
少し険のある言い方に聞こえたけれど、案に反して、お姉さんはにこにこしていた。
さっき叫んでしまったこともあり、少し気まずかったけれど、どうやら煙たがられてはいないようだった。
「あ、あのっ……わたし、駆け出しの魔術師なんです。だから登録したくてやってきました……!」
「え……」
扉付近で勇気を出して用件を伝えたら、思い切りぽかんとされてしまった。
「リア」
「ん。わかった」
わたしたちは手を繋ぎながら、ゆっくりと受付へ歩いていった。
魔術師協会の中は、想像していたよりずっと狭かった。
宿のおばちゃんが出張所って言ってたし、それにどうやら、この村から半日くらい北に行ったところに城塞都市フェルゼンという大きな町があるらしく、そこからこの村に職員が派遣されてきているだけなのだとか。
だからお店も規模は小さいし、綺麗に整頓されてはいたけれど、左右の壁に置かれた棚に、値札が付いている道具がいくつか置いてあるだけの、こぢんまりとした建物だった。
「えっと、お嬢ちゃんたち。もう一度教えてくれる? さっき、登録って言ったの?」
わたしの目線と同じくらいの高さがあるカウンターの向こう側から、お姉さんが身を乗り出して、聞いてきた。
なんだか微妙に右頬が引きつっている気がする。
わたし、そんな変なこと言った覚えないのだけれど。
「えっとですね。こっちの子は魔術師ではないので違いますが、一応わたしは座学も実技の訓練も受けている魔術師なんです。ですが、まだ登録できていなかったので、それで登録したいと思って伺ったのですけれど」
じ~っと見つめていると、今度は固まってしまった。
整った桃色の唇が、「嘘でしょ?」とか言っている。
これ、絶対信じてなさそう。
確か、魔術師目指す子供たちって、五歳くらいから修行始めるって言ってから別におかしくないと思うのだけれど。
もしかして、わたしまずいことしてるの?
同い年くらいの子供たちって、もしかして普通は魔力を錬成する訓練くらいしかしてなくて、座学とか実技は、もっと年いってから行うものなのかな?
その辺ジョアンナは何も言ってなかったのだけれど。
そんなことを考えていると、
「あの……すこ~し、確認させてもらってもいいかしら?」
石化していたお姉さんが元に戻った。
「はい」
「本当にお嬢ちゃんは魔術師の訓練を受けているのね?」
「はい。ザルツークで中級魔術師の方から丁寧に指導してもらいました。今は荷物を宿に置いてきてしまっているので持っていませんが、杖や魔導書も持っています。一応使おうと思えば杖なしでも魔術は使えますが、魔術制御の補助に杖はあった方がいいって言われているので、使わない方がいいと思います」
証拠を見せろとか言われると面倒だから、釘を刺しておいた。
こんなところで使ったら、大惨事になるのは目に見えているしね。特にわたしの場合。
一応、攻撃魔術以外にもいろいろ教えてもらったけれど、詠唱呪文、完璧に覚えてないのよねぇ。
唯一覚えているのがあの、炎魔術だったりする。
「あの、もう一度聞くけれど、本当に本当なのね?」
「はい。ホントに、ほんと~です」
目を細めて疑わしげに見つめてくるお姉さんに緊張しながらも、わたしはおうむ返しにそう答え、じっと見つめた。
すると、それをどう思ったのか、お姉さんは一転、感心したような呆れたようなよくわからない顔をしながらも、「はぁ~あぁ……」と素っ頓狂な声色を吐き出した。
「……なんて言うか、相変わらずこの業界は意味不明なことが多いわね。なんだかまったく信じられないけれど……。でもまぁ、実例もないわけではないから、そういうこともあるんでしょうね」
彼女はそう前置きしてから、
「まぁいいわ。そういうことにしておいてあげる。それに、別に登録するだけなら誰でもできるしね。年齢制限とか魔術の訓練経験とかもあまり関係ないから」
「え……? そうなのですか?」
「えぇまぁ。一応一口に魔術師といってもいろいろあるのよ。お嬢ちゃんたちみたいに、小さいうちから訓練積んで一流を目指すような、名門魔術師一族の子弟がいる一方で、とんと魔術らしい魔術も使えないくせに、頭でっかちで威張りくさってる研究者タイプとかね」
「もしかして、それって学者肌ってことですか?」
「そそ。お嬢ちゃんも座学の方で教養身につけたならわかると思うけれど、この業界って、日進月歩じゃない? 新しい魔術や、系統魔法を生み出そうと躍起になってる連中が大勢いるのよ。そういった連中のお陰であたしたちみたいな正真正銘の魔術師は、新魔術の恩恵にあずかれてるから、いいっちゃいいのだけれど、あの人たち本当に頭が固くて威張りだからめんどくさいのよね――って、こんな話はどうでもいいか」
お姉さんはそう言って、背もたれに寄りかかると苦笑した。
「それじゃ早速、登録といきましょうか」
「あ、はい。お願いします」
一時はどうなることかと思ったけれど、なんとか登録できるらしいとわかり、わたしはリアと顔を見合わせて微笑んだ。けれど、
「それじゃ、とりあえず、使い魔呼び出してもらえる?」
「え……?」
「えっと、実技の訓練も受けているみたいだし、使い魔はいるんでしょう? 基本、魔術師は実技の訓練を受ける前に、真っ先に使い魔と契約することがしきたりになってるからね。だからそれが魔術師の証にもなるのよ」
「そ、そうだったんですか」
わたしは「ははは」と笑いつつも、内心では「まずいっ、どうしよう」と焦っていた。
どう考えても、こんなところでクロニャンなんか呼び出せるはずがない。
あの厄災とか言われているのをお姉さんが目にしたら、いったいどんな反応をされることやら。
それに、あの大きさのものをこんな狭い場所で呼び出したら、お店がメチャクチャになっちゃうし。
「どうしたんだい? もしかして、使い魔はまだだったりする? 一応年齢とか訓練度とかは関係ないけど、使い魔だけは登録情報に載せる義務があるのよね。だからできれば、見せてほしいのだけれど。もしいないなら無理にとは言わないけれど」
「え、えっと……いるにはいるんですけれど、ここで呼び出すとちょっと……」
「へ?」
気まずくなり、静かにす~っと、視線を左側に逸らしていくと、お姉さんが意味不明といった顔になった。
(ちょ、ちょっとどうしよう、クロニャン!)
必死になって呼びかけると、
(まぁ……よくわからないけれど、念話でよければ威嚇してあげるけれど?)
(威嚇してどうするのよっ)
本当に肝心なときに役に立たない。
攻撃力も厄災級とか言われてるから、使いどころ間違ったらやばそうだし。
ホントどうしよう。
一人悩んでいたら。
(おい、そこな人間よ)
「え……」
突然、高圧的な野太い声が頭の中に響いてきて、ドキッとしてしまった。
しかも、声が聞こえたのはわたしだけではなかったらしい。
右隣のリアもお姉さんも、ぽかんとしていた。
(つべこべ抜かしとらんで、さっさと登録とやらをせんかっ。本当にまだるっこしい)
わたしは思わずリアを見つめてしまった。彼女は、
「にしし」
と、なぜかにこにこしている。
はぁ……どうやらわたしとクロニャンの会話を聞いていたらしいヴィーが、リアと相談して勝手に強制介入したらしい。
「ちょ、ちょっとっ。な、なんなの、今の!? もしかしてあんたたちの使い魔の声じゃないわよね?」
なんだか酷く怯えた風にぎょっとしているお姉さんが、少し仰け反りながら聞いてきた。
「えっと……すいません。今の、こっちの子の使い魔です」
俯き加減になりながらリアを指し示しぼそっと呟くと、これ以上ないくらいお姉さんは茫然とし、対してリアは腰に手を当て得意満面の笑みをこぼすのであった。
「はぁ……なんか、あんたたちには驚かされることばかりだわ」
なんとかちゃんと使い魔もいるということを信じてもらえたわたしたちは、ふたり分の手数料、銀貨六枚を支払ったあと、わたしだけでなく、リアも魔術師として登録してもらえることになった。
先程お姉さんが言っていたとおり、どうやら魔術の才がなくても使い魔契約さえしていれば登録できるのだとか。
リアの扱いを今後どうしようか迷っていたから、正直助かった。
ノルド聖教会の規則で、破門になると許しが出ない限りは再所属は望めないうえに、公の場で神聖魔法も使ってはいけないらしいから、魔術師の肩書さえあれば、今後は元教会関係者としてではなく、魔術師として行動できるから自由の幅が利く。
それに路銀も稼ぎやすくなるしね。
ちなみに、使い魔の登録は名前と種族だけでいいらしいので、大雑把に銀巨狼と黒猫ということにしておいた。
実際にそういうのがいるらしい。
「それじゃ、細かい規定などに関しては、さっき渡した協定書を見てもらうとして。わたしの方からは絶対に守ってもらいたいことだけを端的に説明するわね?」
「はい、お願いします」
「まずひとつ目。知ってると思うけれど、無闇やたらと人に向けて攻撃魔術を打ってはいけません。怪我したら痛いし、危ないからね」
「はい」
「ふたつ目。さっき渡したライセンスカードには有効期限が設定されているから、失効する前に必ず更新すること。さもないと、登録抹消されて、魔術が使えなくなってしまうからね」
わたしは手渡された銀色の四角いカードを眺めた。
そこには、ジョアンナから教えてもらった四大系統魔法と呼ばれる系統魔法すべてに共通する魔法言語で、『仮登録』と記されていた。
一応、中級とか下級みたいなランク付けがあるらしい。
「それから、魔術師には基本的にノルマはないけれど、ライセンスにはランクがあるから、一定の功績を挙げていかなければ昇格することはない。つまり、お嬢ちゃん――アネットたちはまだ登録したてで仮登録になっているから、なんでもいいんで、協会に貢献するようなことをしないと、本登録にもならないし、本当の意味で協会からの恩恵もあずかれないってわけ」
「つまり、登録はしてあるから、もう公の場で魔法は使っても大丈夫だけれど、さっき説明してくれた、特典とかお金の支給とかは受けられないってことですか?」
「そういうことになるかしらね」
ジョアンナが教えてくれた路銀稼ぎに使えるって話は、どうも本登録されてからみたいで、その後、魔術研究とか、魔術を使って人の役に立つことをすることで、貢献度がたまり、それに応じた褒賞金がもらえる仕組みになっているらしい。
お店に併設している魔法ショップも仮登録のままじゃ利用できないし、ランクを上げていくことで割引率がアップしていく権利も当然、与えられない模様。
つまり、何もしなければ文字通り、ただ登録しているだけ。
「あの、ヘルミネアさん。具体的に何をしたら、貢献度って稼げるんですか?」
わたしは自己紹介が終わったばかりのお姉さんに、そう声をかけていた。
「そうね。もっとも有力なのは、やっぱり学者たちがやってる魔術研究で成果を挙げることかしら。新魔術を開発すれば一発で莫大な貢献度が稼げるし、褒賞ももらえるからね。しかも万が一新系統魔法なんてものを編み出せたら、間違いなく、学会でトップクラスの地位に収まることができるだろうね」
「え……そんなにですか? 新系統魔法ってことは、四大系統なんとか以外ってことですよね?」
「そうなるわね。だけれど、当然、駆け出しのあんたたちにはどだい無理な話ね。かなりの学を積み、さらに古代まで遡って魔法研究しないといけないからね。だから学者連中でもそんなことできた奴は、ここ数百年間にひとりもいないって話よ」
「そうだったんですか」
「えぇ。だから、あんたたちの場合だと、もっとも現実的なのは冒険者ギルドに行って、そこで仕事請けて、住民から寄せられている様々な仕事をこなすことくらいかしらね。そうすれば、ギルドからも報酬もらえるし、貢献度もたまるから一挙お得ってところかしら」
「なるほど……」
冒険者ギルドか。
確かこのお店の横の建物がそれだった気がする。
どんな施設かわからないけれど、少し行ってみようかな。
どうしようか考えていると、
「あ……それと、ひとつ言い忘れてたことがあった。もしギルドに行くなら気をつけた方がいいわよ。この村は比較的安全だけれど、たまに犯罪者まがいの連中とかいるからね。十分に用心しておいた方がいい。特にあんたたちみたいな、子供だけで行動してるような連中だと、格好の餌食になってしまうからね」
そう真剣な顔をして忠告してくれたお姉さんの、どこか哀れみさえ感じさせるその声色が、妙にゆっくりと胸の奥へと浸透していったような気がした。




