32.辿り着いた新天地エーシェン村は、噂通りの温かな村
なんとか日が落ちる前に目的地のエーシェン村へと到着したわたしたちは、門を守っていた門衛さんに旅をしている旨を告げ、中へと通してもらった。
「ここがエーシェン村……やっとついたよぉ……」
丸太で作られた柵囲の中に入ったわたしたちは、ほっと安堵の吐息を吐き出した。
エーシェン村は、本当に小さな村だった。
生まれ故郷から飛び出して、初めて見る景色と余所の村。
中規模都市のザルツークと比べたら本当に片田舎にありそうな、どこか牧歌的でのどかな雰囲気が漂う場所だったけれど、本当に見るものすべてが新鮮で、見ているだけで楽しかった。
わたしは思わず、目と口を大きく開けたまま、お上りさんみたいに「わ~……」と、声を漏らしてしまった。
街道からでも見えていた大樹。
それが村の中心で自己を誇示するように、天高くそびえて立っていた。
空や左右へと、大きく広げた枝葉が微風になびいて、青々とした葉音を奏でている。
その周囲には柵に囲まれた花壇があり、緑生い茂る草花たちが顔を覗かせていた。
「なんだか、本当におとぎ話の中みたい」
花壇の周りをぐるっと一周するように道が作られていて、それに沿うように建てられている木造家屋の周りには、村人と思われる人たちや旅人たちが笑顔で談笑していた。
本当に平和そのもの。
ジョアンナが言っていたとおりだった。
「こんな世界もあるんだ……」
生まれ故郷と明らかに違う新しい土地。
旅に出て本当によかった。
ひとり、温かさと興奮に胸を熱くしていたら、
「ふひ~。リア、今日はもう歩かない」
わたし同様、村に一歩足を踏み入れたリアが、わたしの左肩にしなだれかかってきた。
目を瞑って渋い顔を浮かべているところをみると、本当に疲れているらしい。
無理もないか。
今日は走らなかったけれど、結構急ぎ足だったしね。
それに、街道は比較的安全ということもあって、道中、特に危険なこともなかったけれど、それでも日没までに着けるかどうか不安だったから、急かしちゃったしね。
ごめんね、リア。
地平線の向こう側に村の柵などが見えてきたときには本当に安心して、ふたりして抱き合いながら喜んじゃったっけ。
「とにかく、お疲れ様、リア。さ、暗くなる前に宿探そ」
「ん……。探す。もう寝たい。おやすみなさい」
「ちょっとぉ……」
「zzz」と言い始めたリアは、相変わらずマイペースだった。
宿はすぐに見つかった。
大樹の右手側すぐのところにあった、三階建ての一番大きな建物。
何軒かあるみたいで、とりあえず、一番綺麗なところを選んだ。
ザルツークではお店の前の看板は全部文字だったけれど、文字が読めない人もいるからか、この村の看板は全部絵で表されていた。
こんな小さな村なのに、お店がいっぱいあることにも驚かされたけれど、そういう細やかな気配りまでできるところに、非常に好感が持てる。
本当にいい村だった。
「いらっしゃい」
お店に入ってすぐのところに、店主のおばちゃんがいる受付があり、左手に階段、右手には開けっぱなしになっている扉があった。
チラッと見た限りだと、どうやらその奥は食堂になっているみたい。
「あ、あのっ……今晩泊めていただきたいのですが」
やばい。なんかこういうの初めてだから、妙に緊張してしまった。
「おやおや。これは大層可愛らしいお客さんたちだね。泊めるのはいいけれど、あんたたち、まさかふたりで旅してるとかって言わないだろうね? ご両親は?」
そう疑うように聞いてきたけれど、おばちゃんは優しい笑顔の中にもどこか、状況を察してくれているような、憐憫さを感じさせる色を浮かべていた。
「ちょっと事情がありまして、ふたりきりで旅をしているんです」
わたしはおばちゃんに心配させないようにと、とびきりの笑顔を浮かべた。
それが功を奏したのかどうかはわからないけれど、少しだけ表情を暗くしたのち、
「そうかい。そいつは大変だねぇ。よし。今日は特別だ。あんたたちにはたっぷりとサービスしてあげるからね」
カウンターから出てきた恰幅のいいおばちゃんはそんなことを言って、にんまりと力強い笑みを浮かべた。
そしてそのまま、わたしたちふたりの肩に手を置きしゃがみ込む。
「それからここで食事するって言うなら、宿代も食事代も全部半額にまけといてあげるけど、どうだい?」
「え? 本当ですか!?」
「あぁ、もちろんさ。ただし、他の連中には言うんじゃないよ? ぶ~ぶ~文句言われちまうからね」
軽く片目を瞑ってみせるおばちゃんに、わたしとリアは顔を見合わせたあと、
「ありがとうございます!」
と、元気よく答えた。
「あ、そうだ。それとお姉さん、この村に魔術師協会っていうのがあるって聞いているんですけど、どこにあるかわかりますか?」
旅の路銀を稼ぐためにも、協会に登録しておかなければならないとジョアンナが言っていた。
そして同時に、登録しないと、表向き、魔術も使い魔も使ってはいけないと。
だから今後のことも考え、できるだけ早く登録しておきたかった。
「おや? 協会の出張所ならあるけど、あんたたち、もしかして魔術師なのかい?」
きょとんとしながらも、おばちゃんは今更ながらに気がついたみたい。
わたしたちが杖を持っていることに。
「えへへ、まだ駆け出しですが」
にっこり笑うと、おばちゃんは驚き、そのまま固まってしまった。
案内してもらった三階の角部屋に荷物を置いたわたしたちは、とりあえず、今日中に登録だけでもすませてしまおうと、宿の外に出た。
今はもう十七時。だいぶ辺りは暗くなっている。
協会の営業時間は十八時までということだったから、早く行かないと。
「行こ、リア」
「うん。リアも、魔術師ごっこ、興味ある」
「ちょっと。ごっこじゃなくて、登録して立派な魔術師にならないとダメなんだからね?」
今はまだ魔術師としては未熟者だったけれど、身体の中には大魔女様に匹敵するくらいの凄い力が流れているという。
いつか、そんな人と同じくらい高度な技術を身につけて、理不尽な世界すら笑い飛ばせるくらいの強い女性になってみせるんだから。
そうすればきっと、教会から追い出されちゃったリアを守り通すことだってできるはず。
わたしは決意も新たに、「よしっ」と気合を入れて、教えてもらった場所へと走り出した。
しかしそんなときだった。
どこからか、妙な視線を感じたため、反射的にそちらを向いていた。
大樹の反対側の建物辺り。
そこで、三、四人いる旅人たちが談笑していた。
そしてそんな彼らのうち、比較的背の高いひょろっとした人がこちらを見ていたような気がした。




