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転生魔女と天才聖女 ~居場所をなくした私たち二人が、最強の相棒となって幸せを見つけにいく物語  作者: 汐柳伊織


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30.露と消えゆく泡沫の夢 ~昇りかけた朝日、落日と化す

「まって……まってまってまってっ……」


 神殿内にある聖女候補の部屋とは思えないほどに、(ぜい)を凝らした(みやび)な一室。


 高級家具や品のある壁紙、カーテン、その他諸々に囲まれた、悪趣味なくらいに金がかかった部屋。


 その住人であるエヴリン・キンセルは、昼の明るい光が差し込む自室の片隅で、ひとり焦っていた。






 昨日の朝。


 彼女は青天の霹靂(へきれき)とも思えるくらい()()()に遭わされたものの、結果的に、目の上のたんこぶだった元聖女候補のオル=レーリアたちを神殿から追い出すことができたため、この上なく大喜びしながら朝の清々しい時間を過ごしていた。


 これでやっと、自分の天下がやってくるのだと。


 しかし、昇りかけた朝日がそのまま燦然(さんぜん)と輝ける日など、一日たりとも訪れることはなかったのである。



 ――今まで治療できていた病気の完治不能事案。



 裁判のせいで中止となっていた聖礼の儀の繰り越し開催が昨日午後決まったものの、かなりの難病とされる死の病を、誰も治せなくなっていることに気がついたのだ。


 本来であれば、すべての病を治療できるとされる聖女が、各神殿にひとりは在籍しているはずだったが、なぜかここ、ザルツークには誰もいなかった。


 それがそもそもの間違いだったと言えなくもないが、それ以上に、神聖魔法の天才にして大聖女すら目をかけるあの少女に、皆が知らぬ間に寄りかかりすぎていたのかもしれない。


 彼女がいなくなった途端に、誰も治せなくなってしまったのだから。


 彼女だけが、あの病を治せた唯一無二の存在だったのだから。


 しかし、それなのに、である。


 そんな、ある意味生命線とも言える彼女を、エヴリンたちは知ってか知らずか、自ら切り捨ててしまった。


 身から出た錆とはまさにこのことだが、これが現在、神殿内だけでなく、この都市を治める領主や上級貴族の間にまで知れわたり、大問題となっていたのである。


『治せていたはずの病を誰も治せなくなってしまった=神官たちが神の奇跡や祝福を失ったに等しい』と。


(違う……わたしのせいじゃない……! そうよっ。あいつよ。そもそもあいつがあんなこと言ってこなければ……!)


 そうエブリンが、とある人物を脳裏に思い描いたときだった。


「え、エヴリン様……! た、大変です。神殿長様が激怒されておられます! 至急、小神殿まで来るようにとの仰せですっ……」


 室内に入ってきた担当侍女官の言葉に、エブリンは一層、身体を震わせながら青ざめていった。






「貴様らはいったい何をしておったのだっ」


 付き従った侍女官たちが重い扉を内側へと開いていった瞬間、罵声が轟きわたった。


 そのあまりにも凄まじい高圧な空気に、エヴリンは一瞬たじろいだ。


 今すぐにでもここから逃げ出したい衝動に駆られたが、それを許す神殿長ではなかった。


「ようやくきおったか。貴様、どう責任取るつもりだっ」


 エヴリンを見つけた神殿長が白髪を乱しながら、半狂乱の叫びを上げた。


 見ると、室内には他にも聖女候補四人すべてが集められていた。


 中には上位神官数名もおり、全員が一列となって並んでいる。


「い、いったい、どうされたというのですか? 責任とはいったい、なんの――」


「とぼけるでないわっ、この無能どもめが!」


 中へと入り、他の聖女候補同様左端に立った彼女を、神殿長が恫喝した。


 彼はそのまま後方を振り返り、奥の祭壇を指さす。


 聖堂正面には例によって女神アイシスの巨大な神像とステンドグラス、それから祭具が置かれた祭壇があり、左手側には信者たちが出入りする扉がある。


 そして、その祭壇と扉がちょうど交わる部屋中央辺りに寝台のようなものが置かれ、誰かが横たわっていた。


 周囲にも貴族と思われる男女が十名近くいる。


「え、えっと……あの方々は……?」


「決まっておる! 貴様らとは遙かに格が違う、上級貴族の治癒希望者とその親族だ。だが昨日、高い寄付金を払ったにもかかわらず、治るどころか悪化したと苦情が来たのだぞ!? どう落とし前付けるつもりだ、あぁ!?」


「そ、そのようなことをおっしゃいましても、わたくしは担当ではございませんし」


 遠目からでもはっきりと、彼女にはわかった。


 昨日、自身が治癒していない相手だと。


 エヴリンはそう確信したのだが、


「嘘を申すなっ。あの方の治癒を担当したのは貴様だと、こいつらが証言しておるのだぞ!?」


「なっ……」


(何言ってるのよっ……わたしがやったって、どういうこと!?)


 エヴリンには、神殿長が何を言っているのか、まるで理解できなかった。


 昨日彼女が担当したのはどれもこれも、軽傷を負った者や、軽い鼻風邪(カタル)を患った者たちばかりだったのだ。


 寝ていなければならないような重病患者や、ましてや例の、昨日大騒ぎになっていた死の病を患った者たちなど、担当した覚えなどない。


 それなのに、自分がやったことになっている。


 周囲を見渡すが、誰ひとり、彼女と目を合わせようとしなかった。


 それを見て、彼女はすべてを悟った。


(はめられた……!)


 何が起こっているのか理解したエヴリンはかっと目を見開き、他の聖女候補たちを睨みつけた。


「あんたたちふざけんじゃないわよっ。わたしじゃない。わたしはあんな人、治療なんかしていないっ。あんたたちがやったんでしょ!? 治せなかったからって、責任をわたしに押しつけないで!」


 そう逆上して叫ぶも、


「黙らんかっ。つべこべ抜かしとらんで、貴様ら全員、もう一度治癒してこいっ。よいか!? 今度こそ必ず完治させるのだ!」


 すでに顔を赤紫色にまで染め上げた神殿長の怒声で、エヴリンたち聖女候補や、他の上位神官六名が全員一斉に走っていった。


 そしてすぐさま、嗚咽(おえつ)を漏らしていた親族と思われる貴族たちを周囲にのけ、蒼白な顔をしている二十歳くらいの小太りな男へと、同時に上位治癒魔法を放った。


 しかし、


「がはっ……」


 超長詠唱の末に放たれた治癒の光だったが、貴族の子息は症状が回復するどころか、いきなり激しく咳き込み、大量に吐血してしまったのである。そしてその結果――


「ぃやぁぁぁ~~~!」


 彼の母親と思われる、悪趣味なくらいに派手な格好をした女性が甲高い悲鳴を上げた。


 神官たちを押しのけ懸命にすがりつくも、すでに彼女の息子は絶命していた。


 たちまちのうちに騒然となるその場。


 他の親族もまたエヴリンたちを突き飛ばし、彼女たちを転倒させながら取りつき、全員が悲痛な叫びを上げた。


 床の上に転がされていたエヴリンは、そんな彼らを夢現(ゆめうつつ)の状態で眺めていることしかできなかった。


(……どうしてこんなことに……)


 ただそれだけが何度もリフレインする。


 上級貴族の子息が亡くなった。


 これまでの教会史上類を見ないほどの汚点――地盤が崩れ落ちかねないほどの大失態だった。


 ありとあらゆる難病すべてを治せる機関。


 それがノルド聖教会なのである。


 それなのに、治せないどころかみすみす死なせてしまった。


 このままではまずいことになる。


 必ずや、領主や総本山から査察団が送り込まれてくることだろう。


 そうなったらすべてがおしまいだ。


 今はまだ秘匿されているが、先日彼女たちがしでかした最大級の悪事も、一切合切暴かれてしまうことだろう。


(なんでよ……どうしてこんなことに……。いったい何が悪かったというの? ただあいつがいなくなっただけじゃない。これからわたしの時代がやってくるはずだったのに……どうしていきなりこんなことになっちゃうのよ……)


 目の前で起こった現実が受け入れられず、ただただ、それしか思い浮かばなかった。


 確かにあの少女はずば抜けた神聖魔法の使い手だった。


 だがそれだけだ。


 それ以外は彼女にとってはなんの価値もない下民。


 それなのに、目障りだったあの少女を追い出した途端、頭上に厄災が降ってきた。


(わたしは悪くない。全部あの小娘が悪いだけ。自分は何も悪くない)


 頭の中に湧き出る思いはただそれだけだった。それだけが、脳裏を渦巻いている。


(だってそうでしょ!? あいつは普段からやりたい放題だったのよ? だったら破門されて当然じゃないっ)


 しかも、ただでさえ貧民というだけでむかついていたのに、さらに別の賎民(せんみん)まで連れてきて自分の侍女官にすると言い始めた。


 彼女にはそれが我慢ならなかったのだ。


 だからふたりまとめていじめ抜いたというのに、潰れるどころか逆に、あのふたりは強固な精神力で跳ね返してくるばかりだった。


 だから余計に許せなかった。


『殺してやる』


 そう思ったことすらあった。


 しかし、そんなときに()()()がすり寄ってきたのである。


『あの下賎な連中を罠にかけて、極刑や破門に追い込む策がある。それが成功すれば、名実ともに、あんたが聖女候補の中で随一の実力者となる。間違いなく次代の聖女様になれるって』


 そう囁かれて、その策にのった。


 しかし、それがそもそもの間違いだったと気づいたときには、すべてが遅かった。



「エヴリン・キンセル」


 それまで顎を上げながら、汚物でも見下ろすかのように、亡くなった貴族を眺めていた神殿長が、唐突に声を漏らした。


 名を呼ばれたエヴリンは、尻もちついたままゆっくりと、神殿長を見つめた。


「この事態を招いたのはすべて貴様だっ。この大罪、どう責任とるつもりだ!」


 いきなり激情の鬼と化した神殿長。


 エヴリンにとってそれは、昨日見た、恐ろしい魔獣のそれと同等だった。


「このお方を死に追いやったすべての責任は貴様にある! 貴様が次代の最有力聖女候補だったあの小娘を追い出しさえしなければ、こんなことにはならなかったのだっ」


「なっ……」


(何言ってるのよ、この人……!)


 どんどん凶悪な目つきとなっていく神殿長に、エヴリンは夢から覚めていくようだった。


 何を言われたのかまったく理解できなかった。


 神殿長の真意が彼女にはまるで読めない。


「し、神殿長様? おっしゃっている意味がよくわかりません。どうしてわたしが追い出したことになっているのですか?」


「決まっておる! 嫉妬にかられ、罠にはめてまであの者を亡き者にしようとしたのは貴様ではないかっ。しかも、それが叶わないとわかった途端、追い出しにかかりおって。まったく。そのせいでこんなことになったのだ。もはや言い逃れできんっ。貴様を教会への反逆と殺人罪の容疑で懲罰房送りとする!」


「そんなっ。待ってください! あんまりですっ。()()()()神殿長も賛同してくださったではありませんかっ。これで()()()()()()()()()()()()って! だからわたしたちはがんばって策を弄して、入念に準備してきたんです。すべては正しい貴族社会のため。すべては神殿長のご意思のもとっ。()()()()()()()()で行ったんじゃありませんか!」


「黙らんかっ。貴様、このわしに濡れ衣着せようとはなんたる不敬! えぇいっ。これ以上は我慢ならん――おい、誰かっ。こいつを今すぐつまみ出せ! 牢へ放り込んでおくのだっ」


「待ってっ、待ってください!」


 神殿長の怒声によって、関わり合いにならないようにと遠巻きにしていた上位神官たちが、エヴリンのもとへと一斉に集まってきた。


 たちまちのうちに取り押さえられてしまった彼女は、そのまま強引に引きずられていく。


「神殿長様っ――いやっ、離して! こんなのってないっ。誰かっ、誰か助けてぇ……!」


 必死になって包囲から逃れようとするも、すべては無駄な努力だった。


 部屋の外へと連れ出されながらも、彼女は視界をよぎった女性たちを捉えた。


 ずっと自分の側仕えとして働いてくれていた侍女官たち。


 しかし、一縷(いちる)の望みを託して目で訴えかけたエヴリンの願いは、ついぞ叶うことはなかった。


 侍女官たちは誰ひとり、助けるどころか目も合わせようとしなかったのである。



 ――こうして、燦々(さんさん)と輝く太陽の陰に隠れていた小さな太陽は、顔を出した途端に落日となり、闇の向こう側へと葬り去られてしまったのであった。





 

 ひとりの聖女候補が強制退場させられたことで、小神殿内には陰鬱(いんうつ)な空気が漂い始めていた。


 そんな中、気まずそうにもと主の顛末(てんまつ)をただ黙って見ていることしかできなかった侍女官たちだったが、しばらくしたのち、互いに見つめ合うと、誰からともなくいやらしい笑みを浮かべた。


 遠くからそれを視界に捉えた神殿長は軽く舌打ちしたのち、再びすまし顔へと戻った。


「――おい」


 彼は、遅れて聖堂内に入ってきた神殿長補佐官のシュレーゲンを呼び寄せた。


「お呼びでしょうか」


「うむ。あー……名は知らんが、あそこの薄汚いメス豚どもも、ついでに牢へとぶち込んでおけ。平民のくせして好き勝手しおって。そもそも、奴らが失敗しなければ、裁判中のわしの名演技が台無しになることもなかったのだからな」


 忌々しげにそれだけ言うと、彼は返事も待たずに歩き出した。


 しかし、すぐさまその歩みは止まる。


「あぁ、それから。ついでにリュクスもあとで神殿長室へ呼べ。あンの、クソの役にもたたん下級貴族めも、まとめて処断してくれるわ」


 神殿長はそう告げると、酷薄なまでの残忍な笑みを浮かべた。






 一方、神殿内がそんなことになっているとは露知らず、ザルツークの町の西門から外へと出ていった()下位神官のゴンドワン・リュクスは、赤く腫れ上がった左頬をさすりながら、ひたすら西へと街道を歩いていた。


「――たくっ。あんなクソどもとこれ以上関わってられるかってんだ」


 彼は金髪を微風になびかせながら独りごちる。


 数週間前のあの裏庭で、()()()()()()()()()()()()()ときもそうだったが、彼の低い神聖魔法力では、完全に頬の腫れを治すことはできなかった。


 そのせいか、例の裁判が終わった直後、失策の責を取らされ殴られた顔の痛みも、まったく治まる気配が見られなかった。


「まぁ、罠を仕込んだあと、隙をみてさっさと金目のもの盗んでずらからなかった俺も悪いっちゃ悪いがな」


 エヴリンをそそのかして聖杯を使ったトリックのやり方を教えたまではよかったが、神殿長も彼女もいまいち詰めが甘すぎて、結局ボロが出た。


(本当にクソの役にも立たん愚か者どもだったな。正直、あそこまで使い物にならんとは思いもしなかったぞ)


 最初から絡むべきではないとわかっていたなら、あのような提案などしなかっただろう。


 失敗すると知っていて、実行する愚か者などいない。


「いっそのこと、あの()()()()()()たちに味方してた方がよかったかもしれねぇな。そうすりゃ、もっとうまいこと金稼げたかもしれねぇし」


 彼は軽く舌打ちしながらも、


「まぁいい。頂くものは頂いたしな。これでしばらくは借金もなんとかなるか。クソみたいな貴族ごっこともおさらばできるし、ま、終わりよければすべてよしってね――てか、今頃あのクソ爺、泡食ってるだろうな。クク、笑える」


 リュクスはさも愉快そうに呟くと、背中に背負った鞄を一瞥してニヤッと笑った。

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