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転生魔女と天才聖女 ~居場所をなくした私たち二人が、最強の相棒となって幸せを見つけにいく物語  作者: 汐柳伊織


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29.野営地に起こった異変 ~不浄を打ち消す星の光~

 わたしたちを含め、この野営地を利用していた何人もの人たちが、その場所に集まっていた。


 野営サイト一番奥の角地。


 そこには公的に掘られた井戸があった。


 飲み水の他、食器などを洗うときにも使われる、野営地や旅人にとっては欠かせない設備だった。


「いったい、なんだってこんなことに……」


 先程叫んでいた若い男の人が、眉間に皺をよせて、汲み上げた桶の中身を見下ろし固まっていた。


 奥の方でテントを設置していた他の人たちも、お互いにひそひそ話をして困ったような顔をしている。


「あ~……こりゃダメだ。完全に死んでるな、この井戸」


 ランタンの明かりなどでなんとか井戸の底を覗こうとしていたあのおじいさんが、溜息交じりの声を吐き出した。


「なんでこんなことに。もう飲み水残ってないから、ここで補充してから出発する予定だったのに。本当にどうすんだよ」


 誰かが途方に暮れたように呟いている。


「あの、これ、何が起こっているんですか?」


「ん。リアにも説明してほしい」


 井戸から戻ってきたおじいさんに、ふたりして問いかけると、


「よくわからんが、中に魔獣の死骸が転がり落ちておる」


「え? 魔獣って……この中結界が張られていますよね?」


「あぁそうだ。だが、結界は万全ではない。生きている魔獣や魔物であれば、そもそも嫌がって近寄らんが、死んでいたり、正気でなかったりした場合、話は別だ」


「つまり、誰かが持ち込んだか、あるいは」


「そうだ。無理やり突破しようとして結界の衝撃で命を落とし、その勢いのまま井戸の中に落ち込んだのだろう」


 そう深刻そうな顔をして教えてくれたおじいさんのあとに続いて、おばあさんが、


「結界は物理的に魔獣たちを弾き返してくれるけれど、魔物や魔獣が持つ特有の魔力反応を検知して判断しているだけですからね。死ねばそれらは失われてしまいますから、簡単に入ってこれてしまうのですよ。まぁ今回の場合、自死なのか、それとも誰かが故意でやったのかどうかまでは定かではないけれどね」


「そうだったんですか」


 そういえばジョアンナが言ってたっけ。


 人間含めた動物の中に流れる魔力は、命の灯火とともに失われてしまうって。


 結界に関しても、使い魔は魔力が契約者と繋がっているから対象外として識別されるけど、魔獣とかは別だって。


(そうそ。だから今、わたしの身体の中にはマスターの魔力も流れているってわけ)


 クロニャンがすかさず補足してくれた。


(あ、そういうことか。だからさっき、魔力食べるとか言ってたんだ。単純にわたしの魔力が流れてるって意味で)


(そそ。そういうこと~)


 なんだか非常に軽い反応が返ってきた。


「とはいえ、本当に困ったな。これじゃフライパンとかも洗えんからな」


「最悪飲み水はまだ残っているし、夏ではないから飲まなくても半日くらいだったら我慢できるかもしれないけれどね」


 おじいさんとおばあさんも顔を見合わせて溜息をついている。


 わたしたちは一応、飲み水はまだいっぱいあるから、エーシェン村までだったらなんとかなるけれど、鍋はやっぱり洗いたい。


 おじいさんや他の人たちも困ってるみたいだからなんとかしてあげたいけれど、魔獣から出た腐敗物が井戸内を汚染しちゃってるんじゃ、これはもう、どうしようもないよね。


 なんで魔獣が井戸の中に入ってしまったのかについては、結局わからずじまいだけれど。


 原因究明の材料が圧倒的に少ないから、調べる手立てなんてないしね。


 だけれど……これ、ホント、どうしよう。


「アネット」


「ん?」


 リアがローブを引っ張ってきた。


「よくわからないけど、何があったです?」


「うん? なんか、魔獣の死骸が井戸の中に落ちちゃってるせいで、水が腐っちゃってるんだって」


「ん? それはどういうこと?」


「つまり汚いってこと。毒っぽくなってて飲めなくなっちゃってるみたい」


 わかりやすく説明してあげたつもりだったけれど、リアはきょとんとしている。


 本当にわかってるのかなぁ?


「よくわからないけど、それって、毒を浄化すればいいってこと?」


「え……」


 毒を浄化するってどういうこと?

 治癒魔法かけるってこと?


 神聖魔法には上位魔法や下位魔法とかあって、いろいろな状態に対応した魔法があるって聞いたけれど、まさか毒を治癒する魔法使うってこと?


 そんなバカなと思っていたけれど。


「ちょっと待ってて」


 リアは表情変えずにひょこひょこテントへ戻っていくと、もらったばかりの真新しい神官の杖を持ってきた――て、ちょっとリアっ。本当に魔法使うの!?


「待って、リア。まずいってば。わたしたちはお忍びみたいな状態で旅してるのよ? それなのに派手なことして目立ったりなんかしたら、取り返しのつかないことに……」


 そう、すかさず小声でさとしたけれど、


「へーき、へーき。だいじょぶ」


 彼女はにかっと笑うだけ。


 わたしは思わず溜息をついてしまった。


 全然わかってないじゃない。


 わたしたち、破門になってるから、登録してない魔術師が魔術使っちゃいけないのと同じように、あの教会絡みの神聖魔法も使ってはいけないっていう規則になってるのに。


 それなのにもしこのことが知られたら、ザルツークだけじゃなくて、総本山とかからも指名手配されちゃうかもしれない。


「リア、ダメ、使っちゃ。ばれたらまずいって」


「でも、みんな困ってる。だったら女神様の力使う。これ正しい」


 そんなことを言って、相変わらずにこにこしている。


 いやまぁ、実際そのとおりだし、助けるのはやぶさかではないし、助けたいけれど。


 でも、やっぱりまずいでしょ。


 どうしようかと思っていると、わたしたちの挙動不審に気がついたらしい。


「嬢ちゃんたち、いったい何する気だ?」


 おじいさんとおばあさんだけでなく、周囲にいた他の人たちも、こちらを注目し始めた。


「浄化魔法使う」


 リアは臆することなくそう宣言する。


 そうして井戸のもとへと歩み寄っていった。


 そんな彼女を見て、さすがに気がついてしまったらしい。


「浄化って……まさか嬢ちゃんたち、神官だったのか?」


 おじいさんがびっくりしている。


「神官って、その年でか? そういや聞いたことがあったな。この辺管轄してるノルド教会だかって教会には年齢問わず、力ある者を雇い入れて育成してる機関があるとかなんとか」


「確か聖女候補とか言ってたな」


 先程水が補充できなくて嘆いていた人たちが、お互いにきょとんと見つめ合っている。


 やばい。


 ていうか、いきなりバレそうになってるじゃない!


 緊張感が否応なく増してきて、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


 このままだと、本当にまずいことになる。


 なんとかしないとっ。


 そう思っていたのだけれど、


「天にまします地母神アイシスよ」


 止める間もなく、リアが魔法詠唱に入ってしまった。


 両手に持った杖の先端が明るい光を放ち始める。


 彼女自身もまた、清廉な淡い輝きを灯し始めた。


 神聖魔法が発動している証拠だった。


 ――終わった。


 このあとの展開を予想し、わたしは最悪の状況に対処すべく頭をフル回転させた。


 そんな中、


「――以下略! 汚い水、全部綺麗になるっ」


 本来の詠唱呪文とは程遠い、彼女特有のインチキ極まりない独自呪文で、とうとう魔法を発動させてしまったリア。


 爆発的な光の粒子が周囲に放たれたかと思った次の瞬間、井戸目がけて光の奔流がすべて飲み込まれていった。


 そして、


「うおおぉっ。なんだこれは!」


 誰かが叫んだ。


 焚き火やランタンなどの明かりだけが光源となっていた野営サイトにとってはとても眩しく、けれど穏やかな気持ちになれる温かな光が、飲み込まれていったのとは逆再生されるみたいに天へと飛翔していった。


 微風に流れてざわめく木の葉の中へと、きらびやかな粒子が溶け込んでいく。


 それはまるで、この世の悪しきものすべてを一瞬にして雲散霧散させてしまうかのような、鮮烈に輝く聖なる星空のようだった。


 そうして、すべての光が収まったとき、その場は異様な静寂に包まれていた。


「すげぇ……」


「つーか、さっき、以下略とか言わなかったか?」


 まずい……。


 わたしは冷や汗をかいてしまった。


 あのような独特の詠唱方法をするのはたぶん、世界広しと言えどもただひとり、リアだけ。


 彼女だけがなぜか、おかしな唱え方しても、普通に神聖魔法が発動してしまうのだ。


 つまり特定されやすい。


 さすが大聖女様に認められた特別な力を持つ子供なだけはある。


 うんうん――て、感心している場合じゃない。


 どうしよう!?


「嬢ちゃん」


「は、はいぃっ」


 最悪の事態に備えていつでも逃げられるようにと、得意げにVサイン出していたリアを手元に引き寄せていたら、おじいさんに声をかけられてしまった。


 思わず声が裏返ってしまう。


「さっきのとてつもない神聖魔法の威力といい、さっきのおかしな文言といい。確かザルツークからきたと言っていたな?」


「え、えぇ、まぁ」


 わたしはしれっと目を逸らした。


 おじいさんは何か考え込むように腕組みする。


 まずいまずいまずいっ……。


 この反応、他の人たちも、絶対気づいたはず。


 だからダメだって言ったのに。


 リアの詠唱、ホント、独特すぎるのよ。


 本当は天にましますの文言のあとに、定型文とか魔法の種類とか示す長い呪文唱えないといけないのに、全部すっ飛ばしちゃうんだもの。


 あれ聞いたことがある人なら気づいて当たり前なのよね。


 どうしよう。今すぐ逃げた方がいい!?


 そんなことを考えていたら、


「つーかおい、見て見ろよっ」


 誰かが叫んで井戸の中を覗き込んでいた。


「なっ。バカな。まさか本当に、さっきの光で浄化されたってことなのか!?」


「え……?」


 わたしたちへ好奇や疑いの眼差しを向けてきていた野営者たちが、井戸の中を覗き込んで固まっていた。


 おじいさんもおばあさんと顔を見合わせてから、井戸を覗き込んで、こちらも愕然と固まってしまう。そして、


「まさか……信じられん。実際に水が綺麗になったかどうかわからんが、中に浮かんでいた魔獣の死骸まで跡形もなく消えちまってるぞ」


 呆気にとられたような、夢を見ている風な顔で、わたしたちの方を見つめてくる。


「すげぇっ。あんなにも濁ってた水がこんなに綺麗になってるぞ!」


 井戸を覗き込んでいた野営客が、実際に水を汲んで確かめたらしい。


 チラッと確認してみたけれど、遠目からもはっきりとわかるくらい、桶の中の水は透き通っていた。


 さっきのヘドロまみれの水とは大違い。


 なんか心なしか、キラキラ光っているような気さえした。


 どういうこと?


 すっかり緊張感を削がれてしまったわたしは、他の人たち同様、ぽかんとしつつも、


「ねぇ、リア。さっき何をしたの? 本当に治癒魔法使って綺麗にしちゃったってこと?」


「ん? 治癒違う。あれ浄化魔法。汚いもの全部浄化して、綺麗にする魔法。土とか水とか、なんでも。死霊系の魔物とかにも効くって、聖典に書いてあった。リア、よくわからないけど。でも、()()()()()()してるのに効く、聞いてる」


 そう言いながら小首を傾げている。


 死霊系っていうのがいまいちよくわからなかったけれど、要するに、魔物とかも浄化しちゃうから、毒っぽい死骸も含めて全部まるっと消しちゃったってこと?


 凄い。


 そんな魔法があるだなんて知らなかったけど、やっぱり神聖魔法っていうか、魔法って素晴らしい。


 もちろん、リアの能力や、ジョアンナにもらった杖が凄いだけかもしれないけれど。


 わたしは改めて、神聖魔法の天才の力に感心してしまったのだけれど、


「聖女様っ」


 突然、さっきまで大騒ぎしていた野営客が一斉に地べたに座り込み、そのまま地面に頭着けるような格好となって、低頭してしまった。


「このご恩は一生忘れません! ありがとうございましたぁっ」


 焚き火の薪が爆ぜる音と、虫の音が鳴り響く森の中に、歓喜に満ちた叫び声が響きわたっていった。


 リアはそれに応え、楽しそうに親指立てて笑い、わたしと目が合ったおじいさんはただ何も言わず、笑顔で頷いてくれるだけだった。






 翌朝七時前後。


 結局、リアがザルツークの元聖女候補だったということはバレずにすんだ。


 一足先に野営地をあとにした人たちは、みんな、リアがただの聖女もどきと解釈して、それ以上の追求をしてくることはなかった。


 おじいさんに関しては、あの反応からすると、たぶんリアのことをなんらかの形で知っていて気づいていたと思うのだけれど、何も言ってこなかった。


「それじゃ嬢ちゃんたち、道中の無事を祈っておるぞ」


「はい! おじいさんたちもお元気で!」


 ザルツークへと旅立っていくおじいさんたちを、わたしたちは笑顔で見送った。


 すでに野営サイトには誰もおらず、わたしとリアだけが残っている。


「行っちゃったね」


「うん。なんか、寂しい」


 わたしの何気ない呟きに、リアが言葉通り、どことなくしょんぼりとしているような気がした。


 おじいさんたちはしばらくの間、ザルツークに滞在すると言っていた。


 だから余計に少しだけ心配になってしまう。


 あんな住みにくい町で、無事に暮らせていければいいのだけれど。


「アネット」


「ん?」


「リアたちも行こう」


 そう言って、にこっと笑ってくる。


 わたしも自然と笑顔が浮かんできた。


「うん。今日は昨日みたいに走らなくてもいいように、どんどん行くよ!」


「おう~~」


 そう声をかけ合って、笑いながら歩き始めるわたしたち。


 今日も快晴。


 エーシェン村まではあと半分の道のり。


 ここまでなんとか来れたから今日もきっと大丈夫。


 昨夜の井戸のことがまだ鮮明に脳裏に焼きついていたから、すっきりしなかったけれど。


 なんだか、幸せな未来を手に入れるための旅路にケチが付いたような気がして、なんとなく釈然としないまま、わたしたちは次の目的地を目指した。


本エピソードをもちまして『初めての野営編』が終了となります。

次話以降、別視点の幕間2話挟みまして、『エーシェン村編』へと突入いたします。

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