26.危険と隣り合わせの旅路。子供の足だと結構大変
生まれ故郷の神殿都市ザルツークを旅立って、すでに半日以上が経過していた。
現在、ジョアンナが示してくれた最初の目的地であるエーシェン村までの道のりの、大体どの辺りを歩いているのか、いまいちよくわかっていない。
現在地がわかるようになる魔導具製の魔法地図なるものも最近開発中とのことだったけれど、当然手に入らないので、風景や距離感、道しるべ、それから持っている簡易地図だけで居場所を特定するしかない。
そのため、未知の世界への憧れやわくわく感もあったけれど、同時に、いつ着けるかわからないといった不安要素も大きかった。
……だからかな。
たぶん、それが原因なんだと思う。
ついつい、自分たちが凶悪な使い魔に乗っているということを、すっかり忘れてしまっていた。その結果……。
「――ばっきゃろぉ~~~!」
街道を行き来していた人相の悪い旅人がいきなり襲いかかってきたので、それをクロニャンたちが一声吠えて、吹っ飛ばしてしまったのだ――すまぬ。
他にも、
「ひえ~~~!」
「……もごもごもご」
これまた旅人風の、仲のよさそうな中年男女が、吹っ飛ばされた盗賊みたいな人の後ろを歩いていたため、それを目撃して顔面蒼白、一目散に逃げ去っていくという痛ましい出来事まで起きてしまった。
ホント、あのときは肝を冷やした。
クロニャンたち見て怖がることなくいきなり襲ってくる人が世の中にいるという、いい教訓にもなったけれど、そのあとを歩いていた、人のよさそうな旅人たちまで危うく巻き込んでしまうところだったし。
無実の人を怪我させちゃったら、わたしたちはただの悪人になってしまう。
そんなのは絶対に嫌だった。
それにジョアンナとも約束したしね。
万が一の時以外は見せてはいけませんって。
だから今後は気をつけないと。
そういうわけで、今現在のわたしたちは、短い足でがんばって徒歩移動していた。
「でも、ずっとクロニャンの背中に乗って移動していたから、感覚がおかしいのよね。ふらふらするし、長時間歩くのも久しぶりだし、何より視界が悪い」
今まで馬に乗っていたようなものだから、違和感しかない。
視界も低く、まるで地べたを這っているみたいだった。
それもあって、エーシェン村が地の果てに感じられる。
これ、本当に辿り着けるの?
「う~……疲れたのです。ヴィーに乗って移動したい」
隣を歩くリアがゾンビみたいに両腕をだらんとさせながら歩いていた。
わたしは苦笑してしまった。
「もう。旅はまだ始まったばかりでしょ? わたしも人のこと言えないけれど、今からそんなことだと、旅を続けられないよ?」
「う~……でもリア、運動嫌い。もうこれ以上、歩けない。アネット、おんぶ」
彼女はそう言うと、最後はニヤッと笑ってわたしに飛びついてきた。
「ちょ、ちょっとぉ~~!」
軽量化魔術が施されているとはいえ、ジョアンナが旅の必需品や数日分の携行食まで持たせてくれたから、背負った鞄はそれなりに重量がある。
わたしの遙か頭上へと飛び出すように取りつけられている、大人用のでっかい杖まであるから、余計にかさばる。
それなのにリアったら。
「お、おもいぃ……つ、潰れちゃうから、やめなさい……」
「にしし」
さっきまでのヘロヘロはどこへ行ったの?
すっかりいつもの元気っ子に戻っている。
ひたすらわたしの首元に抱きつき、体重をかけてじゃれついている。
なんだか先が思いやられそう。
わたしはリアを適当にいなしながら、ジョアンナからもらった旅の必須アイテムのひとつである、魔術仕掛けの懐中時計を取り出した。
仕組みはわからないけれど、この時計、中に入っている魔力の塊――魔晶石という石を動力にして動いているらしい。
そんな摩訶不思議な二十四時間時計の針は、現在、十六時をさしている。
もうまもなく、日が暮れる時間帯だった。
確か、エーシェン村まではザルツークから丸一日かかると言ってた気がする。
本来なら、当然今日中に着けない距離にあるため、そういうときのために、街道の要所要所に、魔獣除けなどの結界が施された野営場所が設けられているらしい。
わたしたちは何がなんでも、日が暮れる前にそこに辿り着かなければならなかった。
夜になると、魔獣や魔物が活性化するらしいから。
「う~ん。でも、実際にその野営場所まであとどのくらいで着くのかもわからないのよね。子供の足だから、余計大人より時間がかかってそうだし」
「ん? だったら、ヴィーに乗って移動する!?」
「しません!」
「ぶ~……」
即答したら、リアが頬を膨らませて離れた。
今は周辺に旅人の姿はまったく見当たらないから、最悪、また使い魔に乗って移動するっていうのもありだけれど、ときどきすれ違うこともあるのよね。
だから用心しておかないと、また同じ轍を踏みかねない。
「どうしようかな」
そんなことを考えていると、
「アネットっ、あそこに何かあるです!」
突然リアが元気を取り戻して、ぴょんぴょん跳ねながら前方を指さした。
わたしのちっこい背丈では、街道沿いの背の高い枯れ草が邪魔であまりよく見えなかった。しかし、
「あ……あれかも!」
銅色の夕空に向かって、いくつかの細い煙が立ち上っていた。
西からそよぐ風に運ばれ、微かに東へと流れている。
「アネットっ。きっとあれなのです! おんぶしてあげるから、急ぐのですっ」
何言ってるの、この子?
さっきわたしにおんぶしてって言ってたのに、現金すぎる――ていうか、
「荷物背負ったわたしを、おんぶできるはずないでしょ! おかしなこと言ってないで行くよっ」
そうツッコミ入れたあと、わたしがスタスタ歩き始めたら、すかさずリアも、慌てたようについてきた。
――急がないとまもなく夜の帳が完全に下りてしまう。
わたしは少し緊張しながらも、笑顔のリアとともに、遙か北へと続く踏み固められた剥き出しの大地を駆け抜けていった。




