24.さようなら ~広がる明日の空と沈み行く昨日の空~
「キャ~」
「どわぁ、なんでこんな町中に魔獣なんか……!」
「ひ~~~」
神殿から町の北門へと続く大通りを風となって駆け抜けていくわたしたちを見て、大勢の人たちが恐慌状態に陥っていた。
通りの中央を歩いていた人や、一段高くなった石畳の側道を歩いていた富裕層たちが、血相変えながら避難していく。
中には逃げ遅れて、クロニャンたちが巻き起こした突風に吹っ飛ばされてしまう人たちもいた。
「ごめんなさぁ~~い!」
謝ったけれど、実のところ、そんなことに気を取られている場合ではなかった。
めっちゃ怖いんですけど!
体感速度三十キロ以上ありそう。
鞍のない馬の背にしがみついているのと変わらない。
それなのに、わたしの前を走るリアは、「きゃっきゃ」と声を上げて余裕で楽しんでいる。
もしかしてあの子……この富裕街区にいる人たちの逃げ惑う姿を見て、面白がっているんじゃ……。
でもね、リア――
わたしにそんな余裕なんかないよっ。
勘弁して! やっぱり、この子たちやばすぎるっ。
振り落とされないようにしっかりと背中に抱きつきながら、長くて頑丈な被毛を必死になってつかみ、耐え続けていたら、
「お、おおお、おいぃ! き、貴様ら止まれっ。なんだその魔獣は……!」
前方から、恐ろしく怯えたような怒鳴り声が飛んできた。
かろうじて開けられた目で確認すると、いつの間にか北門前まで来ていて、そこを守護していた衛兵数人が、長槍を構えてわたしたちの行く手を阻もうとしていた。けれど、
「ヴィー! 特攻するのですっ」
まったく振り落とされる気配もなく、乗用馬にでも乗っているかのような姿勢で、右腕を掲げるリア。
その瞬間、ヴィーが例によって咆哮のような唸り声を上げた。
「ぐあぁっ」
たまらず衛兵が頭を抱えながら左右に散っていく。
その隙に、リアが門の向こう側へと飛び出した。
(アネット、わたしたちも行くわよ)
(う、うん……)
どこか優しくて、わたしのことを気遣ってくれているような声色。わたしは――
「いっけぇ~~!」
心のうちにあるすべての不安や戸惑いをかきけすように、声を限りに叫んでいた――その瞬間。
クロニャンが一気に加速し、跳躍した。
「どわぁぁぁ~~っ」
再び門の前に集まり始めていた衛兵たちだったけれど、巻き起こった暴風によってあえなく吹き飛ばされてしまった。
心の中で謝りつつも、門の外へと飛び出したわたしは、初めて目にする新世界の景色に、ただただ圧倒されるばかりだった。
一面、秋の枯れ色に染まった大平原地帯。
これから、新しい明日に続く冒険の日々が始まる。
自然と、不安や期待が入り交じったような、よくわからない感情があふれ返ってくる。だけれど、
――ジョアンナが示してくれた、おそらく唯一無二の最良の道。
北門からだいぶ離れた頃、わたしたちは果てなく広がる大草原を突き抜ける、一本の街道の途上で立ち止まった。
「リア、これから何が待ち受けているかはわからないし、もしかしたら、神殿にいた頃なんか比べものにならないくらいの苦難や絶望が待っているかもしれない。だけれど、わたしたちふたりが一緒なら、必ずなんとかる。そう信じて、がんばって大聖女様に会いに行こうね」
「うん! リア、アネットさえいれば、なんにも怖くない。ずっと友達」
わたしたちはどちらからともなく微笑み合い、再びクロニャンたちの背に乗り歩き始めた。
――しかし、そんなときだった。
遙か遠くの空から、聞こえてくるはずのない父の声が聞こえてきたような気がした。
再び立ち止まって、南の空を振り返る。
地平線に垣間見える、生まれ故郷の神殿都市ザルツーク。
その空を覆う青空には――いつの間にか、どす黒い雨雲が漂い始めていた。




