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転生魔女と天才聖女 ~居場所をなくした私たち二人が、最強の相棒となって幸せを見つけにいく物語  作者: 汐柳伊織


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22/33

21.最後の夜。そして――

「アネット、オル=レーリア……ごめんなさい……! 助けてあげられなかったわたくしを、どうか許して……」


 抗えない権力によって、無理やり理不尽な結果を押しつけられてしまったわたしたちは、打ちひしがれながらも、リアの部屋へと戻っていった。


 そして中に入るなり、心の均衡が崩れたようにジョアンナがわたしたちを抱き締めてきた。


 今にも泣き出しそうな顔をして、大きな身体で優しく包み込んでくれている。


 ――結局、果てのない悪意には逆らえなかった。


 あれだけやり込めていたのに、やっぱりどうあがいても権力には勝てないってことなの?


 徐々に増していく心の(おり)が、重くのしかかってくる。


 悔しさに奥歯を噛みしめながらも、周囲の様子を窺った。


 わたしにとっては大切な癒やし空間だったこの場所も、今ではすっかり様変わりしたみたいに、ひんやりとした空気に包まれている。


 それが一層、わたしの心を空虚にさせた。


 だけれど――ふと顔を上げたとき、それに気がついた。


 わたしたちを抱き締めてくれているジョアンナが、小刻みに震えていることに。


 ……そっか、そうだよね……。


 わたしはそれを見て、急に切なくなった。


 自分はもともといい人生なんて歩んでいなかったから、これくらいのことで潰れるようなことはないけれど、でもジョアンナは違う。


 とても正義感が強くて繊細な人。


 親身になって、わたしたちの面倒を見てくれた心の優しい女性。


 だからたぶん今でも、これ以上ないってくらい、心を痛めているのだと思う。


 もしかしたら、決定を覆せなかったことに責任を感じて、自分を責め続けているかもしれない。


 ――ダメ……そんなのダメよっ。


 これ以上落ち込んでいたら、彼女が壊れてしまうかもしれない。


 わたしは気持ちを奮い立たせるように気合を入れた。そして自分に言い聞かせる。


 こんなことになってしまったけれど、人生すべてが失われてしまったわけではないと。


 結果的に命だけは助かったんだし、それだけで十分ではないかと。


 ――だって、生きていれば必ず挽回の機会は訪れるもの。


 わたしは震えているジョアンナを安心させてあげようと、無理に笑顔を浮かべた。


「ジョアンナ様、そんなに気にしないでください。ジョアンナ様は何も悪くありません。悪いのは全部、あの人たちなんですから――だから元気出してください。わたしは大丈夫。きっとなんとかなりますから」


「そうそ。リア、よくわからないけど、やっと解放されたから、嬉しい。これからもアネットと、一緒にいる。笑って過ごす。ふたりでいれば、安心。だから心配いらない」


 ……うん。そうだね、リア。

 これからもずっと一緒にいようね。


 神殿から追い出されたからって、別に引き離されるわけでもないし。


 ふたりで一緒に助け合って生きていけば、きっと、元気に歩んでいける。


 わたしはそう、自分に言い聞かせるようにしながら、リアと見つめ合って笑った。


 それを見たジョアンナも、


「もう……あなたたちは。本当に相変わらずなんだから……とってもいじらしくて愛らしい――ありがとう」


 そう結んで笑顔を見せた。


 優しく、それでいて力強く、わたしたちの頭をなでてくれる。


「えへへ」とどこか嬉しそうにリアが笑い声を上げた。


 そんなふたりを見て、わたしも心の底から笑いが込み上げてきた。


 (くじ)けてなんかいられない。


 本当に大変なのはたぶん、これからなんだから。


 神殿から追い出されたら、行く当てのないわたしたちじゃ、すぐに飢え死にしてしまう。


 かといって、今更わたしを捨てた父のところになんか戻れるわけないし、戻りたくもない。


 ジョアンナだって、当然、頼れない。

 これ以上迷惑かけたくないから。


 わたしは、今夜いっぱいという限られた時間の中で、自分に何ができるのかを改めて思い描いていった。


 ――どうすれば、幼くてひとりでは生きていけない大切な友達を守りながら、ふたり、毎日楽しく過ごしていけるのかを。






 ――夜。


 日中はずっと、荷造りの準備に追われていた。


 リアの部屋には、それほど多くのものが置かれているわけではない。


 三歳の頃に連れてこられてから今日(こんにち)に至るまで、彼女は七年間ずっと、ここで暮らしてきた。


 本当なら、相応に荷物があってもおかしくなかったのに、私物の類いはほとんど見当たらなかった。


 どうやら物欲がないというのは本当らしい。


 ただ、それでも持って歩けないほどの量はそれなりにあったから、思い出の品も含めて、そういうのは全部、ジョアンナが自分の実家で預かってくれることになった。


 さすが、貴族令嬢。


 彼女だけでなく、ご実家も比較的差別意識が低いらしいから、その程度のことくらいはお安い御用とのこと。


 よかったね、リア。おっきな火トカゲのぬいぐるみとか、いろいろ預かってもらえて。


「――このくらいかしらね」


 ジョアンナが用意してくれた夕食を食べ終わった十九時頃、わたしたち三人はあらかた荷造りを完了させた。


 リアの部屋は、すっかり空き部屋みたいになっている。


 本棚にあった書籍や、壁際のサイドテーブルの上にあった小物類も今はない。


 クローゼットも空っぽだ。

 あるのはベッドと布団だけ。


「本当に……出ていかなければならないんだ」


 寒々しい部屋を見て、心の中にまで隙間風が入ってきそうだった。


 この国は比較的暖かいけれど、もうじき冬がやってくる。


 だからかな、余計に物悲しい気持ちになりかけていた。


「アネット……」


 ジョアンナが眉を寄せ、部屋を見渡していたわたしの肩をそっと抱き寄せてくれた。


「なんて言葉をかけていいのかわかりませんが……ですが、あなたが抱える不安や苦しみ、痛いほどよくわかります。わたくしも同じですから」


 そう言って、どこか寂しげに微笑んだ。


「今回下された決定に関しても、本当に、思い出しただけでもはらわたが煮えくり返って仕方がありません。もし叶うのであれば実家にかけ合い、あらゆる手段をとってでも、あなたたちを繋ぎ止めておきたかった……」


 そこまで言って、彼女は瞳を曇らせた。


「……ですが、断念せざるを得ませんでした。あなたたちふたりは特別な子です。万が一、神殿長たちにそのことが知られたら、きっと、ただではすまないでしょう。今よりも酷い目に遭わされてしまうかもしれない。わたくしはそれが怖かった。ですから、あなたたちを匿うという選択肢すら取ることができませんでした。本当にごめんなさい」


 ジョアンナはそう言って、最後、心底苦しげに、少し声を震わせながら吐き出すように絞り出した。


 助けたいけれど、迂闊なことをすれば必ずボロが出る。そして、感づかれる。


 そう言いたかったのだと思う。だからこそ、こんなにも苦悩している。


 ……わかってるよ、ジョアンナ。その気持ちだけで十分だよ。


 わたしは、自身を包み込んでくれている彼女を見上げながらも、先程話題に挙がっていた『ここにいたら危険』という言葉を思い出し、気持ちが沈んだ。


 ここでの生活は一ヶ月くらいだったけれど、いいこと嫌なこといっぱいあった。


 だけれど、神殿長たちのことを考えると、ジョアンナが言ったとおり、やっぱりこれ以上、ここにとどまるべきではない。


 万が一破門を取り消してもらったとしても、こんなにも悪意渦巻く中にいたら、いつか必ず不条理に押し潰されてしまう。


 そうなったら何もかもおしまいだ。


 だから、そういう意味でも潮時だったということなのだろう。


 わたしはジョアンナの様子を窺った。


 相変わらず自らの葛藤を整理しきれていない風だったけれど――それでも、すぐに頭を切り替えたみたいで、心のわだかまりを振り払うように一度深呼吸した。そして、


「――さぁさ。こうしてばかりもいられませんね。湯浴みの前に、今後のことについて話し合っておかなければなりませんから」


「……そうですね」


 だいぶいつもの調子に戻ってくれた彼女に、わたしはこくりと頷いた。






 床の上に置かれている包み紙で包まれた衣類や書籍の上に腰かけたわたしたちは、円を組むように相談し始めた。


「アネット、それからオル=レーリア。これが最後の講義となります」


「はい」


 静かに話し始めたジョアンナに、わたしとリアは、心を引き締め頷いた。


「今後、外で生きていかなければならないあなたたちにとって、一番重要となってくるのは、どんな苦境にも負けない強い心と、そして知識です」


「はい」


 ジョアンナが真剣な顔をして、わたしたちを見つめてくる。


「このような事態を想定していたわけではありませんが、結果的に、これまで教えてきた多くのことが、きっと、役に立ってくれることでしょう」


 いつもの教師顔に戻っている彼女を見ていたら、これまで経験した様々なことが脳裏に蘇ってきた。


 ――ありがとう、ジョアンナ。


 彼女には、感謝しかない。


 本当にいろいろなことを教えてもらったから。


 この世界のこと、一般常識、読み書きや処世術、それから魔法や使い魔に関することまでも。


 五年間しか生きていないわたしにとっては、あの薄汚い小さな貧民街が世界のすべてだった。


 平民街のことは多少知っていたけれど、貴族社会のことも、町の外のことも、ほとんど何も知らなかった。


 だから、リアとジョアンナと出会って、初めて世界が開けた。


 世の中には数え切れないくらいに嫌なこともいっぱいあるけれど、それと同じくらい、たくさんの素敵にあふれているのだと。


「本当はあなたたちのような幼子を外へ放逐するなど、あってはならないことですし、とても心配です。身を切られる思いに胸が苦しくなります。ですが、アネット。それからオル=レーリア――リア、わたくしは信じております。あなたたちは決して弱くはない。ふたり助け合っていけば、きっと、強く生き抜いていけると。わたくしの助けがなくても、元気でいてくれると」


「はい」


 わたしとリアは、お互いにこっと笑って元気よく答えた。


 ジョアンナはそれに安心したのか、少しだけほっとしたような顔をしてから、一枚の地図を取り出した。


「これ……もしかして世界地図ですか?」


「えぇ。アネットは見るの、初めて?」


「はい」


 ぅわ~……。この世界ってこういう感じになってたんだ。


 製図の技術がどれくらいなのかわからないから、どこまで合ってるのか見当もつかないけれど、大陸もいっぱいあって凄い。


「ふたりとも、よく聞いてください」


 そう声を発したジョアンナが――強い決意のこもった真剣な眼差しを、わたしたちに向けてきた。


「この神殿を出たあと、北の聖地を目指しなさい。そこに大聖女様がいる。リアを見出してくれたあの方ならきっと、なんとかしてくれるはずです」


「大聖女様……?」


 わたしはジョアンナが指し示した場所を見た。


 荷物の上に置かれた地図の、ちょうど中央に、かなり大きな大陸がある。


 今いる神殿都市ザルツークは、大陸南方にあるグローエンヴァルト王国領内のかなり南の方。


 そして、そこから大陸遙か北の最北端に、ジョアンナが教えてくれた都市があった。


 ――神殿都市、聖地ノルド。


 この神殿を含めたノルド聖教会の総本山に当たるノルドアイシス聖教国、その聖都でもある。


「おそらく、厳しい旅路となるでしょう。ですが、それを押しても、あなたたちはそこを目指すべきだとわたくしは判断しました。あなたたちの能力のこともありますし、この都市は孤児や貧困層への軋轢(あつれき)が相当強い。留まっていたら生きていけないと思います」


「そう……ですね。もうじき冬が来ますし、お金もなく家もない。住む場所を失ったわたしたちは貧民街をさまよい歩くしかない」


 そして、うらびれた路地裏の先で、ひっそりと命の灯火(ともしび)を燃やし尽くすだけ。


「えぇ。ですが、この都市を出て、北へと向かえばきっと活路は開けます。登録しようと思っていた矢先にあのようなことがあってしまい、結局うやむやになってしまいましたが、例の魔術師協会のこともあります。あそこにさえ登録すれば、お金を稼ぐこともできます」


「そっか……」


 そういえば、そんな話もあったっけ。


 魔術を使う人たちが必ず登録しなければならない、世界的組織というものがあるらしい。


 そこに加盟すればお金ももらえるし、公の場で魔術や使い魔を使うこともできるようになるのだとか。


 つまり、逆に言うと、登録してない場合は訓練場以外での使用は禁止、ということになるらしい。


「それから、ここから一番近い北の大地に、エーシェン村と呼ばれる村落があります。村人は皆優しいと聞きます。きっと、あなたたちを歓迎してくれることでしょう」


「はい」


「そしてもし旅の途中、気に入った場所があったらそこで長居するのもいいですが、忘れないでください。あなたたちには強力な味方がいるということを」


「それが、大聖女様ですね?」


「えぇ。あの方は偉大なるお方。ノルド聖教会の最高幹部クラスでありながら、すべての信者や下級神官が相手でも、平等に扱ってくださる崇高なお方です。当然、リアの導き手でもあります」


 強固な自信が感じられる声色。


 ジョアンナの言葉なら、なんでも信じられる気がした。


「そういえば、大聖女様で思い出したけれど、裁判中にシュレーゲンが変なこと言ってなかった? あの方の御名を冠するとかどうとか。リアの名前って何か意味があるの? 大聖女様と関係してるとか」


「知らない。リアの名前、あの人が付けた。ただそれだけ」


 ふ~ん。特に意味はないのかな?


 きょとんとしていると、突然リアがぶるっと震えた。


「嫌なこと思い出した。あの人、怖い……」


「え? こ、怖いの?」


「うん。めんどくさい人。だからあんまり会いたくない」


「ちょ、ちょっとぉっ……」


 眉間に皺を寄せながら、膝を抱えて左右に身体を揺らしているリア。


 なんだか、顔をしかめている彼女からは強い拒絶が感じられた。だけれど、


「確かに大聖女様は厳しい一面もありますが、それはあなたがあの方にお会いするたびに駄々をこねていたからではありませんか」


 そう言って、ジョアンナが溜息をついた。


「ともかくです。いいですか? 遙か北の大地にある聖地ノルド。そこの大神殿にあの方がいます。本来であれば、幼子ふたりだけで旅をするのは危険ですし、到底辿り着けないような険しい道のりです。ですが、あなたたちは普通の子供ではない。特別な子です。これまでにもいろいろな知識を吸収してきましたし、強大な力を持つ使い魔だっている。人知を超えた彼らがあなたたちを正しく導いてくれることでしょう。ですからきっと、なんとかなる。わたくしはそう信じております」


 そう結んで、わたしたちを交互に見つめてくる。


 ずっとリアの面倒を見てきた世話役であり、教師であり、姉のような存在だった人。


 そしてわたしにとっても、最高の先生であり、お姉ちゃんだった。


「わかりました。これまでジョアンナ様に教えていただいた知識や生きる術を胸に、必ずや大聖女様のところまで辿り着いてみせます」


「えぇ。きっとですよ? しっかり者のあなたなら、必ずやり遂げてくれると信じています。リアのことを、くれぐれも、よろしく頼みます」


「はい」


 キリッとしながら応えたあと、どちらからともなく微笑み合ったわたしたち。しかし、


「ちょっと待って。なんでアネットが、リアのこと、面倒見るの? リアがお姉ちゃん。だから面倒見るの逆」


 そう唇を尖らせて、わたしの首もとへとむしゃぶりついてくるリアだった。


「ちょ、ちょっとぉっ」


「にしし」


 楽しそうに笑っているけれど、本当にわかっているのかな?


 これから大変な毎日が待っているってこと。


 そんなことを考えていると、


「あぁ、あと。忘れないうちに渡しておきます。あなたたちふたりへの餞別(せんべつ)です」


 そう言って、近くにあった包み紙を開けて、何かを差し出してきた。


 けれど、わたしはそれを見て、思わず息を飲んでしまった。なぜなら――


「……これ、本当に頂いちゃってもよろしいんですか?」


「もちろんです。何もできなかったせめてもの償いです」


「何もできなかっただなんてそんな……!」


「いいえ。事実ですから。それに、本当に厳しい旅になります。そのためにはなくてはならない必需品です。ですから急きょ、実家の伝手を使って取り寄せたのです」


 ……ジョアンナ……本当に優しい。


 わたしは目の前にある大きな贈り物を眺めた。


 いろいろな荷物が入りそうな背負いタイプの魔導具製鞄や、頑丈そうな魔導具製のローブ。


 これまでの人生で一度も着たことがないような、高そうな衣服まであった。


 他にもいろいろある。


 そして――


「それからリアにはこれを。神官の杖です。四大系統魔法のひとつ、魔導。それを駆使して作り上げられた魔導具製の杖です。きっと、何かの役に立つはずです」


 この神殿の神官たちが持っている杖とはまるで違うデザイン。


 白い(ロッド)の先が三日月みたいになっていて、中央に大きな金色の宝玉が浮遊している。


 もしかしたら、聖杯と同じで神聖魔法を増幅してくれる効果があるのかもしれない。


 ――ていうか、あれ? そういえば、教会を破門になると、魔術と一緒でこの教会固有の神聖魔法は使っちゃいけないって聞いたことがあるのだけれど、大丈夫なのかな?


 神官の杖渡すってことは、引き続き、魔法使いなさいって言ってるようなものだけど。


 そんなことを考えていたら、


「次にアネット」


 と、声をかけられた。


「あ、はい」


「あなたにはこれを」


 そう言って、彼女が手渡してきたものは――


「これは……頂けません! だってこれは……」


「いいのです。普段神殿勤めが忙しく、あまり魔術師として活動できていないわたくしが持っていても宝の持ち腐れです。ですから、これから困難に立ち向かっていかなければならないあなたにこそ相応しい。どうかもらってください」


 そう言ってにっこり微笑む彼女だったけれど、わたしは恐れ多くてそれを手にできなかった。


 だってこれ……ジョアンナが実家から持ってきた、大切な杖と魔導書じゃない!


 神官になったからって、魔術の使用が禁止されるわけじゃない。


 だから、愛着ある品を手元に置いておきたかったって話してたのに。


「アネット。この杖には詠唱短縮魔術が施されています。魔法先進民族と言われるエーラン人しか扱えない魔導具を製造する技術――魔導、その先端技術が詰まった一級品です。魔導書も、エルシーリア様に(ゆかり)あるとても希少価値の高いものと伺っています。ですから、あの方と同等の力を持つあなたにこそ、そういう意味では相応しいのです」


 そう言って、無理やり持たされてしまった。


 ふたつともとても大きくて重く、両方同時に持っていられない。


 宝玉のついた木製のゴテゴテした杖と、やはりこちらも金や宝石で装飾が施された魔導書。


 貧民街で生きてきたわたしのような、とても卑しい人間には分不相応な高級品だった。


 こんな希少価値が高くて、しかもあれだけ大事にしていた宝物みたいな品なんて、そうそう受け取れるわけがない。


 そう思って、ジョアンナを見つめたのだけれど――


 どうやら、彼女はわたしの考えなどお見通しだったらしい。


 拒否の意を示すように、軽く首を左右に振られてしまった。


 わたしはどうしようかなと迷ったけれど、結局根負けして、


「……わかりました。ジョアンナ様。ありがたく頂戴いたします」


「えぇ、そうしてください。その方が、その子たちも喜ぶと思いますので」


 そう笑って答えた彼女の瞳は……薄らと、濡れていた。


「アネット、それからリア。必ず無事に辿り着くのですよ。そして約束してください。またいつか、元気な姿を見せてくれると」


 そこまで言って、とうとう閉じられた瞳から、綺麗な雫がこぼれ落ちていった。


 淡いろうそくの灯りに照らされた濡れ光る頬を見て、わたしだけでなく、いつの間にかリアまで頬を濡らし――そして三人一緒になって、固く、抱き合いながら、静かに泣いた。

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