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転生魔女と天才聖女 ~居場所をなくした私たち二人が、最強の相棒となって幸せを見つけにいく物語  作者: 汐柳伊織


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19.完全論破の結末――『神前裁判』 ~決着~

「はぁ?」


 勝利を確信して余裕の笑みを浮かべていたエヴリンと、「やれやれ」とすべて片付いたとでも言わんばかりの表情を浮かべていた神殿長たちが、揃って口をあんぐりと開けた。


 しかしそれも一瞬。


 すぐさま表情を一変させ、眉を吊り上げる。


「き、貴様っ、神聖なる魔具である聖杯を汚いと称するとは何事か!」


「そうよっ、偽物とかふざけんじゃないわよ! こんなにも精巧で神々しい聖杯が――に……偽物とか。これだからお子ちゃまは困るのよ」


 神殿長はまるで自身が愚弄されたかのように激高していたけれど、エヴリンの方は焦ったようにまくし立ててきた。


 けれど、そんな彼らをものともせず、


「でも、魔力感じられない」


 と、いつもの調子でリアは切り返すだけ。


 神殿長たちは彼女の指摘にまたしても「は?」と固まったけれど――すぐさまはっとした。


「そうか――そうだったっ……」


 わたしもそれに気がつき、思わず歓喜の声を上げてしまった。


 慌てて口を塞ぐ。


 ――そうよ。リアにはあれが視えるんだった……!


 なんだか目の前を覆っていたどす黒い(もや)のすべてが、雲散霧散していったような気がした。


 彼女たちがなぜ、最初から聖杯を用意しなかったのか、用意できなかったのかも、リアのお陰でなんとなくわかったような気がする。


 そういうことだったのね。


 だけれど、だったら本物の聖杯はどこにあるのって感じだけれど――ともかく、もしかしたらこれでなんとかなるかもしれない。


 ありがとう、リア!


「神殿長様。ひとつ、確かめたいことがございます!」


 わたしはこの機を逃すまいと、大きな声を発した。


「あ? な、なんだ?」


 ――上位の神官は、()()が視えなくても感じることはできると聞いている。


 どうやら神殿長も、わたしが何を言いたいのか気がついたみたい。


 頬が引きつっていた。


「聖杯は、神聖魔法を強化するための魔導具だと伺っております。そして、魔導具である以上、常に魔力が宿っている。このことは、神殿にいる方々なら誰でもご存じのはずです」


「そ、それがどうしたというのだ?」


「つまりです。魔力が宿っていれば正しく魔導具として機能しますが、万が一魔力が宿っていなかった場合、儀式が失敗するということです」


 あえて含みを持たせるような言い方をしてじっと見つめていると、神殿長が苦虫をかみ潰したような顔をして、生唾を飲み込んだ。


 ――あの顔。


 どう考えても、メンツ潰されたって、腹を立ててるよね? 神殿長という立場にありながら、真贋(しんがん)すら見抜けなかったんだから。


 もしかしたら、エヴリンの企みが崩壊しかかっていることに気がついて、悔しがってるだけかもしれないけれど。便乗排除できないから。


 でもね、残念でした。そんなこと、わたしたちには関係ない。


 というわけで、止めを刺すことにした。


「神殿長様、これらを踏まえてあえて申し上げます。もし本当に、オル=レーリア様がおっしゃるとおり、その聖杯に魔力が宿っていなかったとしたら、それは魔導具ではない――つまり、真っ赤な偽物だということです。そして同時に、割れ口と一致している破片もまた、偽物だと断定できます。ですからその場合――わたしたちの無実が確定するということです」


 心にたまっていた(おり)をすべて出し切ったわたしは、そうして静かに口を閉じた。






 わたしの発言を受け、ざわついていた室内には静寂が訪れていた。


 神殿長やエヴリンたちだけでなく、お偉いさんたちも何が言いたいのか理解できたのだろう。


 にっこり笑うわたしに、エヴリンの顔から血の気が引いていった。


 神殿長も、あれだけ威張り散らしていたのにもかかわらず、ばつが悪そうに視線を逸らしている。


 それを見て、改めて確信した。

 あの聖杯は偽物なのだと。


 しかも――リアに指摘されて初めて気がついたけれど、あの汚れ。


 彼女が暗示していたのとは意味が違うけれど、聖杯の至るところに付着している独特の――


 わたしは顔を引き締めてから、論破への階段をさらに上っていった。


「神殿長様、改めてお願いいたします。その聖杯が本物かどうか判別するために、一度、儀式魔法を発動してくださいませんか? そうすれば白黒はっきりつくと思います」


 じ~っとまっすぐに見つめていると、神殿長が思いきり狼狽え始めた。


 言い淀んで答えようとしない。

 それをどう解釈したのか。


 代わりに髭面の男性老神官が口を開いていた。


「よくわからんが、神殿長。もしあの少女が申していることが事実なら、これは大事(おおごと)ですぞ? やはりここは一度、試してみてはどうだ?」


 その発言に他のお偉いさん方も頷いている。しかし、


「そ、そのようなことはせんでよい。それに、見よっ、この哀れな神器の姿を。このように破損していては、真贋問わず、儀式など成功するはずがなかろう!」


 これ以上の追求は聞く耳持たないと言わんばかりに、腕組みして目を瞑ってしまう。


 どうやら、あくまでもしらを切るつもりらしい。


 エヴリンたち同様、何がなんてもわたしたちに罪を着せて、排除したいということなのだろう。


 ――でも、そうはさせないんだから。


「神殿長様。もう一つお伝えしたいことがございます」


 静かに訴えると、「あぁ?」と、鬱陶しそうな反応が返ってくる。


「その聖杯、遠目からでもよくわかるくらい、妙に汚れていると思いませんか? 中でも、この神殿では滅多にお目にかかれない、特徴的な色合いの糸くずが付着しています。これを見て、何かお気づきになりませんか?」


「あぁ? 糸くずだと?」


 めんどくさそうにしていた最高権力者が、細めた目で聖杯を眺めるものの、意味がわからないといった感じで首を傾げた。


 しかし、同じように眺めていたエヴリンは違った。


 吊り上がった黒い瞳が瞬間的に目一杯見開かれた。


 睨みつけるような視線を、わたしたちの右側にいた侍女官たち――特に、わたしを突き飛ばしてバカにしてきたあの女性へと向けていた。


「あんたっ。何やってるのよ! あれだけ言い含めておいたじゃないの。慎重にやれって! なんでこんな――」


 そこまで叫んで固まってしまった。


 奇声に近い叫び声を上げていた彼女が、我に返ったように大慌てで口を両手で覆う。


 だけれどもう遅い。


 自ら墓穴を掘ったに等しい発言だった。


 しきりに目を泳がせ硬直している彼女に代わって、わたしが続けた。


「神殿長様。その聖杯にはたくさんの糸くずが付着しているのが確認できると思います。特に、絢爛にあしらわれた一際大きな紅玉。その角に、(あお)い繊維が引っかかっています」


「……やめて」


 エヴリンが俯き加減で何か呟いた気がしたけれど、構わず続けた。


「ですが、この神殿内でそのような色をした織物や衣服などは、基本的に使われておりません」


「そんなことはわかっておる。禁忌ではないが、その色は女神アイシス様をお慕いして咲き出でた玉華(ぎょくか)の色とされておる。他の神殿ではどうかしらんが、この神殿で好き好んで使う者などおらん。神罰が下るぞ」


 何を今更といった感じで鼻を鳴らしてくるけれど――


 チラッと目を向けた先の、例の侍女官の反応は顕著だった。


 青ざめ強ばった表情を浮かべて、慌てたように右袖を左手で握りしめた。


 独特の刺繍。


 彼女のほつれた右袖の内側には、玉のように美しい花と言われる玉華――ヒスイカズラに似た色合いの、花模様が編み込まれていたのだ。つまり――


「神殿長様、わたくしはその色と同じ糸を使って刺繍を施している方を存じております。それは――」


 断罪された側が逆に断罪し返す。

 まさにその瞬間、


「だからやめなさいって言ってるのよぉっ!」


 鼓膜が破れそうなくらいのキンキン声が、部屋中を震わせた。


 たまらず至近距離にいた神殿長が耳を塞ぐ。


「――やかましいわ……! 貴様はいったい何をわめいておるっ。わしにもわかるように説明せよ!」


 どうやら神殿長はまだ気づいていないらしい。


 当然といえば当然か。


 あの人からしたら、平民出の侍女官なんて背景の一部だしね。


 しかも、わかりづらい場所に入れてあるし。


 そんなことを考えていると、


「わたしは関係ない……」


 正気を失ったようにぼそっとエヴリンが呟いた。


 神殿長の声すら耳に入っていないようだった。


 頭を抱え、小刻みに身体を震わせながら後じさっている。


 そんな彼女の姿を見ていた侍女官たちもまた、自身の身体を抱き締めていたけれど、刺繍を入れていたあの人だけは悲鳴を上げて、その場に座り込んでしまった。


 ――こういうのを因果応報って言うんだろうなぁ。


 今まで散々ご主人様と一緒に、わたしたちに嫌がらせしてきた罰。


 なぜ、彼女の刺繍が宝玉に引っかかっていたのかは想像することしかできないけれど、ぶつかってきたときに目にした袖口のほつれがすべてを物語ってくれている。


 そしてそれが同時に、あの偽物や破片を用意して、わたしたちを陥れようとしていたことへの証明にもなる。


 わたしを突き飛ばしたのもついでの嫌がらせだったのかもしれない。


 ホント、悪いことは長続きしないってことを、証明してくれてるようなものよね。


 そんなことを考えていたら、


「神殿長。状況がよく飲み込めない。彼らはいったいなんの話をしておるのだ? それと先程も申したが、その聖杯は本当に偽物ではないのか? 確かに魔力の気配が恐ろしく薄いが」


 大聖杯の真贋について、少し前に問いかけていた老神官が、鋭い視線を向けた。しかし、


「い、今は聖杯の真贋など重要ではない!」


「なんですと……?」


「今最も重視すべきは、こいつらが何をやらかしたかだ! ――おい、エヴリンっ、答えろ! まさか貴様らっ……この偽物をこしらえるときに、何かやらかしたとでも申すのか!?」


「ひ……」


 殴りかかりそうな勢いでにじり寄っていく神殿長を前にして、正気を取り戻したエヴリンがたまらず腰を抜かしてしまった――ていうか、今、偽物って言った?


 きょとんとしていると、隣のジョアンナが、


「ということは神殿長、その聖杯が偽物だということをお認めになるということですね?」


「な、なに?」


 どうやらわたしと同じ思いに達したらしい。


 ジョアンナが代弁してくれた。


「今偽物とおっしゃったではありませんか。神殿長もわたくしたちも、聖杯に魔力が宿っているかどうかは実際に儀式を行わなくてもわかります。つまり、神殿長もすでにお気づきになっていたということではありませんか? これがそこの彼女たちによる自作自演で、オル=レーリアとアネットを罠にはめるために仕組まれた策略だったということが」


 心では思っていたけれど、立場上、決して口に出して断言することができなかった『仕組まれた罠』という言葉。


 それをジョアンナがはっきり言ってくれた。


 この瞬間、わたしは完全勝利を確信した。


 果たして――


「うがぁぁぁ~~っ。貴様は何をやっておったのだ!」


 突然神殿長が後ろに流した白髪をかきむしったかと思った次の瞬間、ワゴンの上に置かれていた肩幅ほどもある大聖杯を()()と持ち上げていた。


 そしてそのまま、あろうことか、エヴリンの足もと目がけて叩きつけてしまったのである。


 カーンッという耳をつんざく甲高い音が室内に轟き、そのままぐにゃっと潰れてしまった。


 どうやら、素材まで本物とは似ても似つかなかったらしい。


「おい、エヴリンっ。貴様、この落とし前をどうつけるつもりだ!」


「誤解です、神殿長様っ。何かの間違いです。こんなはずでは……!」


「黙れ! これ以上、こんな道楽に付き合ってられるかっ」


 胸中に渦巻く激情に飲まれそうになっているのか、今度はワゴンまで蹴っ飛ばした。


 ガシャンッと、それがエヴリンの侍女官たちのもとへと飛んでいき、壇上のテーブルに激突したあと転がった。


「はぁ……」


 事実上、聖杯が偽物だったことを神殿長が認めたため、盛大な溜息をつきながらお偉いさん方が立ち上がった。


「たく……本当に傍迷惑な連中だ」


「ま、所詮下級貴族のやることだしな。たかが知れている」


「だな――しかし、そうなると、本物はどこにあるのだ?」


「さぁな。とにかく、もうここに留まる必要はない。本当に茶番だ」


 口々にそう漏らして、部屋の外へと歩き始めた。


 審議放棄。この瞬間、わたしたちの勝利が確定した。


 有罪か無罪かを審議し、裁決を下すのは神殿長を含めた彼らなのだから。


「アネットっ、リア!」


 ジョアンナが見たこともないくらいの華やいだ笑顔を浮かべて、わたしたちを抱き締めてくれた。


 張り詰めていた気持ちから一気に解放されて、それが疲れとなってどっと押し寄せてくる。


 すべてが終わったという実感がまだわかなかったけれど、


「うん! 終わった……終わったよっ、ジョアンナ、リア!」


 嬉しさのあまり、少し涙が出てきそうだった。


「お~……やっとめんどくさいのから解放される。早くお部屋、帰りたい」


「うん……!」


 いつもどおり、何を考えているのかわからないリアの反応。


 だけれど、それが逆に、日常が戻ってきたことを暗示してくれる道しるべとなったような気がした。


 わたしたちは円陣組むように抱き合い、その場でぴょんぴょん跳ねながらしばらく喜び合っていた。


 エヴリンたちいじめっ子グループは全員放心状態で床の上にへたり込んでいる。


 結局、本物の聖杯がどこにあるのかについては明らかにされなかったけれど、わたしたちが無罪放免になったことに変わりない。


 このあと、彼女たちがどのように処罰されるのかは不明だったけれど、きっと、もう手出しされることはないだろう。


 わたしは改めて、勝てて本当によかったと思った。しかし――


「まだだ……」


 肩を激しく上下させて荒い息を吐いていた神殿長が、突然胃の()から声を絞り出すようにした。






「まだ終わってなどおらん……」


「え……?」


 この人、何を言っているの?

 終わってないってなんの話?


 わたしたち三人だけでなく、部屋から出ていこうとしていた上位神官たちまで立ち止まって、眉間に皺を寄せている。


「もはや聖杯のことなどどうでもよい。せっかく裁判という場を設けておるのだ。ちょうどいい。これまで保留にしてきた重大案件について論議しようではないか」


「重大案件ですと?」


 この神殿ナンバースリーの立ち位置にいる例の老神官が胡乱げに問い返した。


「そうだ」


 そう呟いて、俯き加減だった神殿長が顔を上げてこちらを見た。


「背信者オル=レーリアとそこの小娘! 貴様らには重大な戒律違反の嫌疑がかけられておる。ついでにそちらの裁きも下してくれるわ!」


 お腹の下辺りにずしんとくる、重くてしわがれたような声。


 意味不明なことを言い出した神殿長は、少し前のエヴリンがそうであったように、苛烈で常軌を逸した笑みを満面に(たた)えていた――


 ちゃぶ台返し。


 ふと、そんな言葉が脳裏をよぎった。

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