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転生魔女と天才聖女 ~居場所をなくした私たち二人が、最強の相棒となって幸せを見つけにいく物語  作者: 汐柳伊織


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1.貧民街に生きる少女、運命の扉を開く

 その日も、朝ご飯の支度をしていたら急に空き缶が投げつけられ、おでこに当たった。


 痛い……。

 まったく、なんなのよ。


 あまりの痛さに一瞬何が起こったのかわからなくなってしまったけれど、痛みに耐えながら「あぁ、またか」と、小さな両手でおでこを押さえながら唐突に悟った。


 四六時中飲んだくれている、どうしようもない父親に八つ当たりされたのだと。


「おいっ、アネット! いつまでやってんだっ。飯の準備終わったら、さっさと酒買ってこいや!」


 赤ら顔で目も()わり、床の上であぐらかきながら壁にもたれている父。


「お酒って……もうおうちに、お金なんかないよ……?」


「だったら、てめぇでなんとかして金稼いでこいや! たくっ。本当にグズだな。それくらいのこともわからねぇのかっ。いったい、誰のお陰でこうして毎日飯が食えてると思ってやがる!」


 誰って……わたしのお陰じゃない。


 わたしが普段、なんとかしてお金を稼いできているから、ご飯食べられているんじゃない。


 わたしはご飯の支度もそこそこに、うんざりしながら一間(ひとま)しかない、薄汚れた家から外に飛び出していった。






「まったく……朝っぱらからあんなのの相手なんかしてられない」


 家の前の通りをあてどなくさまよい歩くも、一向に気分が晴れることはなかった。


 本当に、イライラする。

 昔はあんなじゃなかったのに……。


 一年前、病気で母が亡くなってから、すべてが変わってしまった。


 食べるものにも困る貧乏暮らしだったのに、まったく仕事しなくなってしまったから、余計生活が苦しくなった。


 なけなしのお金も家財道具も全部、お酒に消えた。


 大好きだった母の、唯一の形見だった(くし)や髪飾りまで……。


 売らないでって泣きながら頼んだのに、結局、怒鳴り散らしながら殴り飛ばしてくるだけだった。


 はぁ……本当に最悪。

 いったい、いつまでこんな生活続けたらいいんだろ……?


 朝目が覚めたらすべてが夢だったらって、何度思ったことか。

 でも現実は変わらない。


 泣いたって誰かが助けてくれるわけじゃないし。


 結局、毎日歯を食いしばって生きていくしかないってことなのかな?


 ――ねぇ、神様。


 もし見てるなら、ちょっとだけでいいからなんとかしてよ。


 わたしはぽってりとした短い足で、とぼとぼと、さらに裏通りを歩いていった。






 鼻をつく臭気が立ち込める貧民街の路地裏はとても狭い。


 今にも壊れてしまいそうな倒壊寸前の家屋が左右に立ち並んでいるから、正直なんか怖い。


 ……少しだけ真ん中歩こうかな。


「お? アネットの嬢ちゃんじゃないか。今日も早いな。今から仕事かい?」


 てくてく歩いていたら、前方からきた顔見知りのおっちゃんが声をかけてきた。


 少し汗染みが目立つはちまき姿が特徴のおじさまだ。


「ん~……まぁ、そんなところかな?」


 本当は違ったけど、無理して笑顔を作って話を合わせておいた。


「そっか。まぁ、お互い大変だけど、がんばれよ」


「うん。ありがと~」


 明るく声を返すわたしに、おっちゃんが屈託のない笑顔を見せてくる。


 貧民街に生きる人たちによくある、生気のない瞳や表情とは明らかに違う。


 ホント、この人はいつ見てもいい顔してるなぁ。


 なんかこっちまで元気が出てきそう。


 ありがとうね、おっちゃん。いつも気にかけてくれて。


 お陰で少しだけ気が紛れてきたわたしは、今更ながらに、この付近ではあまり嗅げないいい匂いが漂っていることに気がついた。


「あれ? この匂いは……」


 ……小麦粉の焦げた香ばしくて甘い匂い。


 クンクン鼻を鳴らしながらも、自然と、おっちゃんが抱えていた大きな紙袋に目が行く。


「もしかして、パン買ってきたの?」


「あぁ、これか?」


 おっちゃんはそう言って、ニヤッと笑った。


「おおよ。やっとまとまった金が入ったからな。ぃやぁ……ホント、パンなんて久しぶりだぜ。何しろ一ヶ月に一回食えるかどうかってところだからな」


「そっか。そういえばそうだったね」


 にこにこ笑っているおっちゃんの笑い声に、つられてわたしまで笑ってしまった。


 だけれど、内心ではちょっと複雑だった。


 おっちゃんじゃないけれど、パンなんてずっと食べてないから、(うらや)ましすぎてお腹が鳴りそう。


 いつも笑顔だった母と、今みたいなろくでなしじゃなかった父と三人で暮らしていた頃の、思い出の味でもあるのよね。


 固くてパサパサして、うまみも何もないけれど、それでもごちそうのひとつに変わりはない。


 きっと、このおっちゃんもたくさんがんばって働いて、ようやく買えたんだろうな。


「さてっと、早く帰ってやらないと、子供たちも女房もうるさいからな。そろそろ行くわ。アネットもがんばれよ」


「……うん」


 亡くなった母の優しい面影を脳裏に思い描いていたら、おっちゃんが笑顔で手を振ってきた。


 わたしもそれに応じる形で微笑みながら手を振る。


 しかし、そんなときだった。


 ――ガシャンッ。


 突然、重いものが地面に叩きつけられるような衝撃音が辺り一帯に響きわたった。


 びっくりしておっちゃんもわたしも慌ててそちらを向いた。


 思わず、息を飲んでしまった。


 少し離れた前方の路地に一台の荷車が留まっていて、それが派手に横転していたからだ。


 積まれていたと思われる大量の麻袋が地面に転がり、泥まみれとなっている。


 さらに、その周囲には数人の子供たちが尻餅つく格好で茫然(ぼうぜん)と固まっていた。






「てめぇら、何してやがんだっ」


 朝の静寂を切り裂くように、野太い怒声が辺り一帯に鳴り響いた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 どうやら荷運びの仕事をしていたらしい、継ぎはぎだらけのワンピースを着た女の子が、一生懸命頭を下げている。


 彼女と同じように、ボロボロの半袖半ズボン姿の男の子も謝っていたけれど、


「うるせぇっ。謝ればすむって問題じゃねぇだろ! 貴様ら今日の給金はなしだっ」


「そんなっ」


 わたしと同じ、五歳くらいの小さな子供たちが表情を強ばらせ、今にも泣き出してしまいそうなほど、肩を震わせた。


 おそらく、荷車を押している最中に転倒してしまい、それが原因で車まで横転してしまった、ということなのだろうけれど、それにしたって……。


「ひどいっ……」


 わたしは一連の出来事を見て、知らず知らずのうちに声を漏らしていた。


 みんな家の事情で小さなうちから働かなければならないっていうのに、ちょっと失敗したくらいでお金払わないとか、そんなことってある!?


 しかも、あの子たち、あんなにも身体(からだ)が小さいのよ?


 うまくいかないのは当たり前じゃない!


「ふざけないで……なんなの、あの人。あぁ、もうっ。わたし、これ以上、見てられない」


 父のこともあり、むしゃくしゃしていたから、余計に腹が立ってしまった。


 正直、わたしは少し怖がりだから、積極的に揉め事なんかに首を突っ込みたくはない。


 できればしっぽ巻いて逃げたいくらいだった。


 だけれど、さすがにあれは看過できない。


 あまりにも非人道的すぎる。


 わたしは意を決し、怒りを力に変えて、そこへと歩いていこうとしたのだけれど、


「やめとけって」


 隣で同じように様子を見ていたおっちゃんに肩をつかまれ、止められてしまった。


「で、でも……!」


「気持ちはわかるさ。俺だって、できることなら助けてやりたい。だけどな、あいつらを本気で助けたいって思うなら、相応の覚悟が必要になってくるぞ?」


「覚悟?」


「あぁ、そうだ。奴らを本当の意味で助けるためには、たくさんの金が必要になる。これがどういうことか、嬢ちゃんならわかるだろ? ベルトランとこの娘なんだから」


 他の子より身体が小さく、人一倍幼く見えるわたしにもわかるようにと、優しく教えさとしてくれた。


 ……そうだった……そうだよね。


 わたしはおっちゃんが何を言いたいのか、嫌というほど理解していた。


 ――この世はすべて金次第。金がなければ何もできない。


 特にここ、その日の食べ物すらろくに手に入らない貧民街ではなおのこと。


 わたしはボロボロのスカートをぎゅっと握りしめた。


 おっちゃんの言うとおりだった。


 あの子たちの味方をして、あの親方さんに文句言ったってなんの解決にもならない。

 むしろ事態を悪化させるだけだ。


 わたしが介入したことで、あの子たちがお仕事をなくしてしまうかもしれないし、そうならなかったとしても、結局、もらえなかった分のお給金をわたしが肩代わりしなければ、あの子たちが抱える金銭問題は解消されないのだから。


「アネットの嬢ちゃんや。俺もお前さんとこの家庭事情はよく知ってるから、本当ならこのパンを少し分けてあげたいところだ。だけどな、俺にだって家族がいる。ほんの一切れのパンですら、余所(よそ)に回す余裕がないっていうのが本音だ。あいつらもそれと一緒さ。だから嬢ちゃんも余計なことは考えず、自分のことだけを考えて生きていくんだ。いいな? それが、この厳しい世界で生きていくために必要な絶対条件だ」


 おっちゃんはそんなことを言いながら、(うつむ)き加減だったわたしの頭を大きな手でなでてくれた。


 顔を上げると、少しだけキザな笑みを返してくる。


 そうして今度こそ本当に、がたいのいいあの人は家に帰っていった。


 ひとりぽつんと残されたわたし。


「大丈夫だよ、おっちゃん。心配しないで。わかってるから」


 助けようと思ったって、助けられないし、そんなことしたら自分が破滅するってことくらい百も承知だった。


 だって――あの子たち以上にお金がなくて困っているのは、このわたしなんだから……!


 わたしは悔しさを必死に抑え込みながら、駆け出した。


 途中、横転した荷車や、あの子たちとすれ違う。


 チラッと一瞥(いちべつ)すると、助けを求めるように子供たちが周囲に視線をさまよわせていた。


 だけれど誰も助けない。

 助けたくても助ける余裕がない。


 ごめんなさいっ。


 わたしもこの町に住む他の人たちと一緒だ。


 ううん。それ以上の偽善者だ。


 結局見捨てちゃうんだから。


 自分の気持ちに嘘をついて、懸命にそこから離れていく。


 直後、背中越しに彼らの泣き声が聞こえてきたけれど、耳を塞いで聞こえない振りをした。


 罪悪感でいっぱいになってしまったけれど、どうしようもない。


 無理に感情を押し殺した。


「……だけれど……もしいつか、いっぱいお金稼げる日が来たら、そのときには必ず助けてあげるからね」


 そうしたら、わたしだって……きっと、救われる。


 わたしはその場から逃げるように、ひたすら走り続けた。


 途中、息が続かなくなってしまい、立ち止まる。


 肩で呼吸しながら、暗く沈みそうになる気持ちを無理に振り払い、「がんばるのよ、わたし!」とカツを入れた。


 そして顔を上げた。


 秋真っ盛りの早朝は少し寒く、ぶるっと身体を震わせる。


 今の時刻は八時くらい。


 いつもだと、九時頃から町のゴミ拾いの仕事をしているので、まだ一時間ほど時間がある。


 なんの目的もなく飛び出してきちゃったから、することがない。


 う~ん、困ったな。どうしよう……。


 父のせいで小銭すらもうないし、今日は親方さんに多めに仕事を回してもらおうかな。


「うん。それがいいかも。よしっ。そうと決まったら善は急げってね。今日もがんばるぞ!」


 ――そしていつか本当にお金持ちになって、こんな生活から抜け出してみせるんだから!


 わたしは痩せた両頬を軽く叩いてから、ゴミ集積場を管理している町役場に向かおうと勢いよく走り出した。


 しかし、そんなときだった。


 しゃん……! 


 どこからか、風に乗って涼やかな音色がそよいできたような気がした。


 まるで、わたしをどこか違う世界へと(いざな)おうとするかのような、神秘的で清廉(せいれん)な音色。


 あれは……確か、そう。


 平民街にある大通りからときどき聞こえてくる、鈴の()によく似た音色。


 神殿関係者が行っているとされる、巡礼行列が奏でる響き。


 なんの代わり映えもしない、いつもの音にそっくりだったけれど、今日は何かが違っているような、そんな気がした。


 胸の奥が少しだけうずき、熱くなっている。


 なんだろう? この感覚。


 わたしは、何か目に見えない力に背中を押されているような気がして、そちらへと駆け出していった。

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