16.捏造された証拠と求刑――『神前裁判』 ~告発~
その部屋は、神殿の規則を破った人や、過ちを犯した者たちに罪を認めさせ、罰を与えるための場所として使われている、いわゆる『断罪の聖堂』
ひんやりとした空気と、お香の香りが僅かに漂う厳粛な室内正面には、絢爛なステンドグラスがはめられている。
こんな状況でもなければ、ずっと見ていたいと思えるくらい綺麗な場所なのに。
けれど、決してそれを許さない存在が目の前にいる。
講壇のような白亜の祭壇の向こう側にいる神殿長だった。
「それではこれより、神前裁判を開廷する。一同、女神アイシスに誓いの祈りを!」
高らかに宣言した神殿長が背後を振り返った。
ステンドグラスの前の高祭壇に鎮座している地母神アイリスを象った、白くて大きな女神像。
神殿長は、彼女に向かって略式の型を切ったあと、
「天にまします地母神アイシスよ。敬虔なる汝の子らが、嘘偽りなき告解を捧げんがことをここに誓い申し上げます」
そう宣誓して頭を下げた。
女神像や神殿長がいる、一段高くなった壇上――内陣左右の長テーブルについていた上位神官六名が復唱する。
同じように、内陣下りてすぐ左側の壇上にいたわたしとリア、証人という形で参列が許されたジョアンナの三人も復唱した。
わたしたちの反対側にいるエヴリンや侍女官たち計五人も、いやらしい笑みを浮かべたまま、誓いの言葉を口にする。
この宣誓の儀が終わったあと、いよいよ裁判が始まり、わたしたちの運命がすべて決まってしまう――ていうか、嘘偽りのないってなんなの? あの人たち、嘘つきじゃない!
なんとしてでもこの難局を乗り切って、明るい未来をつかんでみせる。
そう自分に言い聞かせて気合を入れようとしたのだけれど――再びこちらへと視線を戻した神殿長や、椅子に腰かけたお偉いさんたちに見つめられた瞬間、息が詰まりかけた。
――こわい。
嫌々といった感じの冷めた表情から覗く、刺すような視線。
断罪の聖堂に漂う独特の威圧感や寒々しさも相まって、手足の感覚がなくなっていく。
せっかく高めた前向きな気持ちまで、あっという間にしぼんでいってしまいそうだった。
まさに針のむしろ。
異端審問会や魔女裁判にかけられているような気分だった。
気持ちが負けそうになり、ぎゅっと拳を握りしめていると、エヴリンたちとの間に立って、壁となってくれていたジョアンナがそっと、笑顔で手を握りしめてくれた。
相変わらず優しい。
リアもいつもどおり、のほほんとした空気を漂わせている。
そのお陰で、わたしたちの周りだけが、小春日和の温かな日差しに包まれているかのようだった。
しっかりするのよ、わたし。
持ち直してきた勇気が消し飛ばないように、今度こそしっかりと、気合を入れ直した。
「ではまず、告発を申し出てきたエヴリンよ。その方らの言い分を聞く。率直に申せ」
恐ろしく高圧的な空気を漂わせながら、見下ろすようにギロリと睨んでいる神殿長。
けれど、そんな最高権力者の威圧をものともせず、右側にいるエヴリンがこちらをニヤニヤしながら一瞥し、口を開いた。
「わかりました。発言の許可を頂き、感謝申し上げます」
芝居がかった口調と動作で一礼してから、どこか陶然と、歌うようにつまびらかに話し始めた。
「事の次第はこうです。わたくしに仕える侍女官たちが聖礼の儀に使う祭具を運ぶため、ドルトイ様に付き従い、神秘の間へと向かったのです。そうしましたら――」
彼女はそこで、左手を胸に、右手を掲げるようにした。
「そこにあるはずのものが、まったく見当たらないではありませんか。大聖杯が!」
なんだか、歌劇とか喜劇を見ているみたいだった。
目の前で非現実的なことが起こっているというのに、あの人がしゃべるとすべてが薄っぺらくて、空虚に感じられてしまう。
胸のざわつきは相変わらずだったけれど、なんだか現実世界から放り出されてしまったかのようだった。
「それで?」
ニヤけた笑みを浮かべながら大仰に訴えるエヴリンに、「その話はもう聞き飽きた」とでも言わんばかりに、神殿長が冷たい視線を向けた。
エヴリンが続ける。
「はい。わたくしは彼女たちから報告を受け、本当に驚きましたわ。神殿最高の秘宝である大聖杯が紛失してしまったのですもの。ですからドルトイ様の許可を頂いて、自ら率先して捜索に加わりましたの。そうしましたら――」
エヴリンはそこで言葉を切り、こちらを見た。
「午前の儀が終わったあと、儀場周辺をそこの薄汚い連中がうろついていたという目撃情報が入ってきたではありませんかっ。これは由々しき事態です。もしかしたら、もしかするかもしれない。そう思って、わたくしたちは捜索と詰問を同時に進めたのです。その結果――」
彼女の笑みが、獲物をなぶるような酷薄なものへと変わった。
「あろうことか、大聖杯の破片がそこの貧民の部屋に隠してあったという知らせが舞い込んできたのです!」
「な……!」
隠したわけじゃない。ゴミだと思って捨てただけじゃない!
それ以前に、勝手に部屋の中に紛れ込んでいただけだし。
午前の儀だってそう。
わたしたちは儀式が終わったあと、すぐにあそこから出ていった。
部屋の近くなんて、うろついてなんかいない。
思わず声に出して抗議しそうになってしまったけれど、ジョアンナが強く手を握りしめてきた。
左右に首を振っている。
ごめんなさい……。
彼女たちが言っていることはどうせでたらめだし、わたしたちをはめるために入念にでっち上げられた策だということも重々承知していたけれど、それでも我慢できなかった。
よくわからない感情に押し潰されそうになりながらもじっとしていると、いよいよエヴリンの演説に熱が入った。
「神殿長様。これはもはや言い逃れのできない事実。彼らは大聖杯を盗み出したあと、至宝を破損させ、そのことに気がつき慌てて別々に隠したに違いありません」
そう静かに締めくくり、
「――わたくしは敬虔なる神の僕として、強く、彼らを糾弾させていただきますわ! ――オル=レーリア、それからアネット。あなたたちに極刑を求めます!」
そう宣言して、愉悦に顔を歪めるのだった。




