15.突きつけられた「証拠」。仕掛けられた罠
「エヴリン・キンセル。お前が何を申しておるのか、わしにはさっぱりわからんぞ? 大聖杯を盗み出したとは、いったいどういうことだ」
高らかに宣言したあの女に、神殿長が渋い顔をした。
「決まっておりますわ。そこの卑しい者たちが、あろうことか聖なる儀式に使う大聖杯を盗み出したのです――証拠もございますわ!」
いつもの粗雑な話し方と違って、どこか芝居かかった口調でおかしなことを言っている。
まるで理解できなかった。
聖杯を盗んだってどういうこと?
まったく身に覚えがない。
確かに朝、わたしたちはあの部屋にいたけれど、聖杯なんて盗むどころか触ってもいないし。
おかしな言いがかりつけないでほしいのだけれど。
本当に意味がわからず、わたしとリアは見つめ合ってお互い首を傾げてしまった。しかし、
「神殿長――」
ひとりの男性神官がどこからか現れ、いそいそと恰幅のいい白髪の神殿長へと近寄っていった。
――あの人は……。
リアと初めて会ったとき、わたしのことを薄汚いと罵ってきたシュレーゲン・ドルトイって人だ。
確か神殿長補佐官っていう要職についている人で、どちらかというと側近中の側近。
つまり、立場的に神殿長の次にめんどくさい人、ということになる――エヴリンよりましだけれど。
「はぁ? ――なんだと!? 大聖杯が消えているだと!?」
息を潜めて成り行きを見守っていたら、突然神殿長が吠えた。
「はい。間違いございません。午前の儀式中は確かに儀場にございましたが、今はどこにも。普段保管している宝物殿にも見当たりませんでした」
わたしは午前の儀式で見たあの大きな聖杯を脳裏に思い描いた。
煌びやかに輝く至宝中の至宝。
あれが消えた?
聖礼の儀のために、係の人が小神殿へと運んだんじゃなくて?
本当に盗まれたの?
なんだか嫌な予感がする。
ゆっくりと神殿長やシュレーゲンがわたしたちに視線を向けてくる。
そのどれもが、服に付着した汚泥でも見るかのような目つきだった。
「オル=レーリア、それからそこの……赤毛の小娘。どういうことなのか、説明してもらえるのだろうな?」
今しもお腹の出た大きな身体で重量級の蹴りを入れてきそうなほど、怒気を露わにしている。
皺だらけのふくよかな顔も歪みきっていて、寒々しいほどの敵意みなぎる視線を向けてきていた。
けれど、そんな状況であるにもかかわらず、
「ん~? リア、神殿長やみんなが何言っているか、意味不明」
相変わらずリアはそんなことを言いながら、きょとんと小首を傾げるだけだった。
……まぁ、うん。気持ちはわかる。
リアじゃないけど、わたしだってこの人たちが何言っているのか、さっぱりわからないし。
本当にいったいなんなの?
しかし、わたしたちの混乱など、この人たちには通じない。
「とぼけるでないわっ、貧民上がりのこそ泥めが! 現に大聖杯がなくなっておるではないか! 貴様はこれをどう説明つける!?」
「リア、知らない。きっと、誰かが食べちゃったんじゃ?」
ちょっと、リアっ。まじめな顔して何言ってるのよ!
神殿長相手にそんなこと言ったら、殺されちゃうわよ!?
そう心の中で突っ込んではみたものの案の定、
「ふざけるな!」
神殿長が顔を真っ赤にしながら激高した。
「もうよいわっ。これ以上問い詰めても時間の無駄だ! ――おい、エヴリン。先程貴様は証拠があると抜かしておったな? 本当にこやつらが盗んだという確証はあるのだろうな?」
怒り狂って手にした杖を何度も床に叩きつけている神殿長の視線を受けたあの女は、勝ち誇った笑みを浮かべて、「えぇ、もちろんでございます」と口にした。
そのあとで、ひとりの侍女官を見つめる。
エヴリンとは別の聖女候補に仕えている女性だった。
彼女の隣には、四人いるエヴリンの侍女官のひとりも並んで立っている。
そしてその顔がいやらしく笑っていた。
「グレイス。さっきわたしに言ったこと、確かなのよね?」
「は、はいっ……間違いございません。聖杯を捜索していたところ、あの侍女官の部屋からこれが見つかりましたっ」
顔面蒼白で終始ビクビクしている四十代半ばくらいの侍女官は、わたしのことを指さしながらも、エヴリンに何かを手渡した。
――あれは……!
わたしはそれを視界に入れて、息が止まりそうになった。
「これが動かぬ証拠ですわ!」
そうして神殿長に突きつけられた小さな何か。
それは――つい先程、自室で見つけた金色の欠片だった。
ていうか、いつの間にわたしの部屋から持ってきたの!?
「そこの卑し女。これが何かおわかり? 聖杯の欠片よ。そしてこれが見つかったのはあんたの部屋。つまり、そこのクソガキが、あんたを使って聖杯を盗み出させた何よりの証拠よ!」
これ以上ないと言わんばかりの愉悦に歪んだ笑みを浮かべながら、そう高らかに宣言する彼女。
しかもそれだけでなく、あいつより遙かに地位が高い神殿長やシュレーゲンたちがいるにもかかわらず、この人、「あっははは!」と、狂ったように嗤い始めた。
本当にいかれてる。なんなのよ、この人。
確かにあの破片、部屋にあったけれど、でもわたし、盗んでなんかいないし、リアにお願いもされていない。
それ以前に、あんな粗末なもの、その辺に転がっている単なる壺か何かの欠片じゃないの? どうしてそれを聖杯の欠片だと断定できるの?
酷く頭が混乱していた。
そもそもの話、どうしてその聖杯の欠片と呼ばれるものがわたしの部屋にあったのか。
どうしてそれを、この短時間でわたしの部屋から見つけてきて、ここへと持ってこられたのか。
そしてなぜ、この人たちはわたしたちが盗んだと言い始めたのか。
目まぐるしくいろいろな思いが胸中に流れていく。そしてその結果――
……そっか……。
なんとなくだけれど、わかってしまった。
最近感じていた嫌な視線。
そしてずっと鳴りを潜めていたのに、なぜ今更ながらに、この人たちがわたしたちに突っかかってきたのか。その理由。
――わたしたちを罠にはめて、陥れようとしている。最大級の嫌がらせとばかりに。
そして、その策を練るための時間が必要だったから、この数週間、何もしてこなかっただけ。
……本当に悪質すぎる。なんなのよいったい。
現在、行方不明とされる聖杯が、実際問題、どこにあるのかはわからない。
この人たちが隠し持っているのか、それとも本当に、別の誰かが盗み出してしまったのか。
その両方の線が考えられる。
けれど、普通だったら断定できないはずの、あんなよくわからない欠片を聖杯の一部だと主張してきた。
それだけで十分だった。
つまり、これは単なる出来レース。
でっち上げた嘘の罪状を使って、わたしたちを陥れようとしているだけ。
普段から見せている言動がすべてを物語ってくれている。
……そんなにも、わたしたちのことが嫌いなの?
目の前が真っ暗になりそうだった。
これまでにも、散々嫌な目に遭わされてきた。
衣服や儀式道具を隠されたこともあった。
ささやかな幸せを噛みしめながら大切に食べていた粗末な食事でさえ、泥を入れられたこともあった。
突き飛ばされたり、嫌みを言われたり、せっかくお掃除したのに汚されたり。
そのあげくの果てがこれなの?
罠にはめてまで……そうまでしてわたしたちを徹底的に潰したいの!?
「――ていません……」
「あ?」
「わたしたちは何もしていませんっ。何かの間違いです!」
わたしは全身に走る悪寒や、胸の痛みを抑えることができなかった。
無駄と知りつつも、我慢できず、震えながら叫んでしまう。しかし、
「うるさいわね! 下民の分際で貴族のわたしに口答えするんじゃないわよっ」
「ですが!」
――こんなの絶対に間違ってる!
人間という同じ生き物なのに、どうしてここまでされなければならないの?
わたしは込み上げてくる理解できない気持ち悪さや、激しい動悸を懸命にこらえながらも、なおも食い下がろうとした。けれど、
「えぇい、うるさいっ、黙らんか、小童どもめが! これ以上、このわしを煩わせるでないわ!」
「で、ですが神殿長様……!」
ダメと知りつつ反論しようとしたのだけれど、
「黙れと申したのだっ――おい、貴様ら。さっさとこいつらを連れていけ! 今すぐ、神の名のもとに、公平なる裁きを下してくれるわ!」
「はっ」
エヴリン同様、まったくわたしの訴えを聞き入れてくれない神殿長のせいで、あっという間に大勢の人たちに囲まれてしまった。
肩や腕をつかまれ、無理やり立たされ引きずられていく。
「待ってっ……待ってください!」
必死に叫んで抵抗するわたしだったけれど、
「あ~~……めんどくさい……。おやつの時間、あるかな?」
まったく緊張感の欠片もないリアだった。
ほへ~っとしている――この子、神経図太すぎるっ。
「ちょっとっ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
足を突っ張り棒にして、後ろに傾きながら引っ張られていくリアに文句を言ったけれど、まったく気を引き締める気配がない。
興味ないのか、それとも諦観してしまっているのか。
希代の大聖女候補ちゃんはまったく当てにならなそうだった。
こうなったら、自分でなんとかするしかない。
じゃないとわたしたち、濡れ衣着せられたあげく、あの人の陰謀に巻き込まれて殺されちゃうかもしれない。
だったらもう、やっぱりクロニャンを――
しかし、そう思ったときだった。
「これは……いったいどういうことですか? 何があったというのですか?」
どうやら騒ぎを聞きつけ、駆けつけてくれたみたい。
瞬時にまずい状況になっていると判断してくれたらしいジョアンナが、血相変えてわたしたちに取りつこうとする。
人の波を押しのけ、なんとか解放しようとしてくれたけれど、でも、無駄だった。
「ジョアンナ~~~!」
徐々に大勢の神官たちが作る隙間の向こう側へと消えていってしまうジョアンナに、必死になって手を伸ばす。
あと少し。あともう少しで手が届く。
でも――お互いがんばって手を繋ごうとしたけれど、指先が触れた瞬間、ぐしゃっと押し潰されるように、ジョアンナが完全に埋没し、わたしの前から消えてしまった。
そうしてあとに残ったのは――際限なくわき上がってくる空しさと無力感、焦燥感だけ。
どうしようもなく息が苦しくなって、心までちっちゃくなってしまいそうだった。
だけれど……!
このままじゃ、すべてが終わっちゃうっ。
引きずられながらそこへと連れていかれたわたしは、懸命に頭をフル回転させて、打開策を模索していくのだった。
――わたしたちの無実を証明し、あの人の陰謀を阻止するための最良の手立てを見つけるために。
次話からいよいよ裁判編へと突入していきます。




